辻褄合わせの設定はしっかり練り込め。
大きなイベントが終わるとともに、学園都市の生徒達は冬服へと変わる。
例えば、柵川中学の白いセーラー服は濃紺の長袖へ、そして常盤台中学は袖無しのベストからブレザーへと変わる。
そんな季節だが、ヒーローのコスチュームに変化はなかった。
セブンスミスト……学園都市にある大型商業施設の一つで、中には中高生がよく利用する洋服屋さんや、ゲームセンターが入っている。
そんな建物なだけあって、高さもそれなり……にも関わらず、その屋上から飛び降りる影がある。しかも、頭からだ。
地面に激突する勢いで急降下するそれは、顔面に装備したサングラスから布を生やし、顔を覆い、側から見たら不審者にしか見えない外見をしている……が、彼を知っている人にとっては、むしろ心強い街の味方に見えた。
地面に当たる前に、その男は左手の平と右手に持つ水鉄砲から、液体を発射し、ビルに貼り付けると遠心力を利用して跳ね上がった。
糸を銃口と手の平の発射口に、僅かに備えついている刃で切り落としつつ真上にジャンプすると、空中で2〜3回転しつつ、街灯の上に止まり、そこを踏み台にして前へ進む。
ヒーローが進む先には、やたらとスピードを出して移動しているバンが見えた。
「ダメだな。鬼ごっこに車を使うのは反則だよ!」
そう言いながら真上に乗ろうとした直後、バンのトランクが開く。何事? と、眉間に皺を寄せたのも束の間、覆面の男が火球を放って来た。
その一撃を、二丁水銃は別の壁に糸を放って腕力で壁沿いに移動し、慌てて回避する。
「コラコラ、火遊びは良くないな」
壁を走りながら車を追い、連続して放たれる火球を回避しながらジャンプする。
そんな時だ。電話がかかって来た。サングラスのフレームにあるボタンを押し、応答する。
「もしもし?」
『あ、非色くん? 何してるのさ。もう朝のホームルーム始まってるよ!』
同級生の佐天涙子からだった。それに少し冷や汗を流しつつ、答える。
「あ、あー……今、急いで登校中。バスに乗り損ねちゃって」
『は? バス? ……ていうか、なんか爆発してる音聞こえてるけど』
「真横を花火が通っただけだから、気にしないで」
『……戦ってるの?』
「い、いやまっさかー! 姉ちゃんに迷惑かかるし、登校中にATM空き巣帰りの連中を見つけて追ってるなんてこと……!」
『説明ありがとう。白井さんに電話するね』
「やめてー! お願いだからやめてー……っと、危なっ⁉︎」
さらに飛んでくる火球を避けて、水鉄砲の照準を合わせる。狙う先は、まず火球の奴だ。
パシュッという乾いた音と共に射出された液体は、一撃で火球を飛ばして来る男の身体を包んだ。
その隙に、一気にバンの真上に飛び乗ってみせる。
『ホント、早く来ないと遅刻になっちゃうよ。ただでさえ、ヒー……そういう活動してるの御坂さんには早い段階でバレてたのに、それで遅刻が増えたら学校の人にもバレるかもよ』
「わ、わかってるよ!」
「何がだ、クソヒーロー!」
正面から金属バットを振るわれるが、それを回避しながら足を払い、浮かせたところで脚を掴み、車の扉に叩き付け、液体で固定させる。
「とりあえず、先生に言い訳しておいてくれない⁉︎ なんか、こう……遅刻の言い訳! 仕方ないねって思われる」
『いや、学校遅刻しても許される理由ってどんなのよ』
「おい、さっきから何の話だ!」
「うるさいな! 人が電話してる時に騒ぐな!」
「いやお前が乗り込んで来……ゴフッ!」
目の前から来る電撃を、一度車の中から出て上に上がって回避しつつ、窓から両足を揃えた蹴りで突入しつつ、電撃使いをダウンさせる。あとは助手席と運転席の二人のみだ。
「や、だからこう……なんていうの? 道に迷ったとか……」
『いやそれに騙される人はいないでしょ』
「じゃあ……ち、遅延! バスの!」
『いや、徒歩でしょ。登校』
「うぐぐっ……んっ?」
運転席を覗き込むが、中に二人とも人がいない。サングラスを使って付近を捜索すると、金らしきトランクを持って徒歩で逃走していた。おそらく、片方が念動力使いで、運転席から動いたまま逃げたのだろう。
マーキングは終わった……が、それ以前にやらなければならない事がある。運転席に人がいない車……それはつまり、ただの暴走車なわけで。
「だーもうっ、面倒だな!」
再び窓から出ると、車の真上に乗って辺りを見回す。かなりの速度を出しながら蛇行を始めていて、通行人を巻き込みそうになっていた。
真っ直ぐ車が向かう方向にいるのは、自分と同じく遅刻ギリギリなのか、走っている学生だった。
ちょうど車に気づいたようで、こちらを向いて「えっ」と声を漏らす。ガードレールはあるものの、過信はできない。
「このッ……!」
衝突する前に、非色は車から飛び降りてその子を当てる角度から退かしつつ、車の前に目を向ける。ガードレールに衝突した車は、動く方向を変えて別の人の方へ走った。
「じゃあアレだ! 溺れてる人を助けたとか!」
『それは私が目撃者じゃないと時系列的に矛盾しちゃうよ。あと制服も濡れてないと不自然だし』
言いながら、車より早く走ってその人を退かす。さらに車の動きを先読みし、次の人を見つけては、退かし、交通整理をしながら走り続ける。
そんな中、目に入ったのは交差点。それも、赤信号だ。運良く対向車が来ていなくて対物事故以外は凌いで来たが、それでもこればっかりは無理。
そう踏んだ非色は、次の先読みを考えて車の前に立ち塞がった。
「あー……じゃあこれは?」
『どれ?』
「交通事故に遭ったとか」
直後、正面から車に突進した。ボンネットを掴み、強引に両腕の力を込める。
「ふんぐっ……!」
車を持ち上げた。縦に、腰が直角に逆方向へ曲がるが、それでも耐えている。すると、押し込まれていたアクセルペダルの力が抜け、ようやく車の動きが消えていく。
それを見て、ようやくホッと一息ついた。
『それは普通に病院沙汰でしょ。超人だって隠す気ある』
「あ、そっか」
嘘ではなかったのだが……と、思った時だ。なんか、カチカチと音がする。ボンネットの内側から。
まさか、と非色は冷や汗をかく。まさか、なんて思うまでもない。確信を持って理解した。爆弾だ。中々、やってくれるものだ、さっきの強盗も。というか、中にいる強盗達も死にかねない。
「よっ、と!」
どれだけ時間があるのか分かったものではないが、このままには出来ない。車を下ろすと、まずは中で寝ている強盗達を降ろして、その辺の電柱にくくりつけて固定すると、車を担ぎ上げた。運転の仕方を知らないので、このまま運ぶしかない。
「佐天さん、初春さん近くにいる?」
『いるよー』
「この周囲で爆発しても平気そうな場所探してもらえる?」
『あ、うん。分かった』
佐天も、もう色々と理解しているようで詳細を聞くことはなかった。「はい、初春。非色くんから」「なんですか?」「周りで爆発しても良さそうな場所だって。……学校の設備でハッキングとか出来るの?」「ちょっと待ってて下さい」と、言う声が聞こえる。
一応、非色は万が一に備えて、車に片方の糸を貼り付け、もう片方の糸を上手く使い、近くのビルの上に登った。もしもの場合は、空中にぶん投げて爆発させる。それでも破片が地上に落ちるので二次被害はゼロではないが、地上で起爆するよりマシだ。
『白井さん、至急柵川に来てもらえますか? ……はい、私を一七七支部までお願いします。非色くんが助けて欲しいみたいで』
「助けて欲しいなんて言ってないから! ただ場所を探して欲しいだけ!」
『ええ、はい。とにかく急いで……はい。人命救助だと思うので……はい。可能な限り早めでお願いします』
「ねえ、聞いてる⁉︎」
それから約1分後、タンッという音が聞こえる。その後に続いて「うおっ、な、なんだ……?」「常盤台の制服?」「お嬢様だ……!」「可愛い子……」みたいなざわめきが響く。黒子が距離を刻んで、やって来たのだろう。
『行きますわよ、初春』
『はい、お願いします』
『あ、待って。ていうか初春それ私の携帯……』
そのまましゅばばばばっという数回テレポートで刻むような音が耳に聞こえる。
そしてようやく一七七支部に到着したようだ。
『着きました。少し待ってて下さいね』
「はいはい。位置情報は送ったから、後よろし」
『そこから北東に1キロほど向かって下さい。川があるので、そこならば今の時間帯、二次被害は少ないと思えます』
「早ッ!」
そう言った直後、動き出した。ビルとビルの上を走り、言われた場所に向かう。
大きくジャンプして、川の方まで来た。そのままダイビングするつもりで大きくジャンプし、車を振りかぶる。川の上に落とした後、自分は糸を使って逃げる予定だった……が、川の真上に到達した時、ボンネットの内側から、ピーッという電子音が聞こえる。
「あ」
『『あ?』』
ヤバいと思い、左手首の腕時計を掴んで左手を覆うように鋼鉄のグローブを着けた直後、爆発した。
水面に大きな波紋が伝わり、朝であるにも関わらず夕陽のような鮮やかなオレンジと赤が反射する。車の部品が粉々になってパラパラと水の中に落ちる。
そんな中、やたらと大きな何かが炎上しながら川の中に落ちる。お陰で火は消えたが、コスチャームは少し燃え、制服にも穴が空いてしまっている。
「けほっ、けほっ……あー、クソ。やってくれたな」
『非色くん、生きてますか⁉︎』
「生きてる生きてる……コホッ。あーあ、また木山先生にスーツ作ってもらわなきゃ……」
『生きているのであれば良いですけど……怪我はありませんの?』
「平気ですよ。初春さん、白井さん。すみません、朝から」
『いえいえ。学校には「迷子の小学生の道案内」と伝えておきますね』
『……それで、何があったかご説明は?』
「まだ終わってないので後で。犯人が後二人います。白井さんと初春さんは学校に戻っていて下さい」
さっきマーキングしたから、逃走経路はすぐに追える。川から上がって動き始めると、声が聞こえて来る。
『私もお手伝いしますわ』
「いや、いいです」
『そうは行きませんの。あなたばかりに負担は……』
「電波が悪い」
切ってしまった。
×××
今回の相手、やり口はかなり姑息だった。仲間が車の中でダウンしているのに爆弾を作動させた時点で、何となく違和感があった。カチカチと音はしていたが、時限式の爆弾ではなくリモート式。
そのまま爆弾の処理を終えるまで爆破しなかったのは、ヒーローから逃げる時間を少しでも稼ぐこと。実際、サングラスに追跡機能が無ければ逃げられていただろう。
悪くない手口ではあったが、それでも追い詰めた。二人の男が隠れているボロボロの倉庫にやって来た。
どれだけの相手だか知らないが、油断は出来なさそう……と、思って中に入ると、人影が一つ、見えた。確か逃げた奴は二人のはず……と、思ったのだが、その二人は地面に突っ伏している。
じゃあ真ん中のは誰だ? と思ってマスクの機能を使う。
「むっ、お前はヒーローか?」
が、サーチする前に気付かれた。姿を現し、ゆっくりとその男に近付く。
運動会は終わったのに巻かれた鉢巻、季節の変わり目に半袖短パンと、その上に羽織られたジャージ、ギラギラした眼差しと、野生児のような黒い髪……削板軍覇だった。
「あ……えっと、この前の……軍覇さん?」
「おう。なんでここにいるんだ?」
「ATM強盗を追って来たんですけど……あなたは?」
「ATM強盗っぽい奴を見かけたから、とっちめてやった」
なるほど、と非色はホッとする。まぁやってくれたのならそれで良いだろう。一先ず、もう学校に行かないといけない……いや、その前に着替えた方が良い。
「じゃあ、俺はそろそろ……」
「待て、ヒーロー」
「……なんですか?」
「ここで会ったのも何かの縁だ。俺と一戦、どうだ」
「一線? 何を超えるんですか?」
「違う、戦えって言ってるんだよ」
「え、やだ」
なんでそうなると、頭の中で少し困ったようにため息をつく。
「前から気になっていたんだ。その異常な膂力と、無類のタフネス。それに追加し、他の人とは違う力を、自分ではなく他人のために使う根性……是非とも、拳を交えてみたいと思ってた!」
「そ、それはそのぉ……えへへ」
褒められると、やっぱり少し嬉しい。それも、レベル5となれば尚更だ。他の超能力者は、第一位はなんか厳しいし、第三位も先輩なだけあって基本、アタリが強いし、第四位は殺されかけて以来、会っていないし、第五位にも基本、生意気と思われているみたいだし。
「だから、決闘しようぜ!」
「いやそれはおかしいでしょう」
とはいえ、それとこれとは別問題である。意味のない喧嘩なんて、極力したくないものだ。
が、目の前の男は、超能力者の中で、一番人の話を聞かない漢である。すぐに拳に何やらエネルギーらしきものが込められる。
「じゃあ行くぞ!」
「いや話聞いて下さいよ!
「すごいパーンチ!」
「ふおおおおおおお!」
手から放たれた何かを、慌てて天井に回避する。貼り付いたが、そこはさらに連続で放たれるビームのようなパンチ。それをとにかく避け続けた。
「パーンチ! パーンチ! もういっちょ、パーンチ!」
「あ、危なっ! ちょっ、やめっ……てかなにこれっ……!」
「ちょこまかと……よっ、と!」
直後、軍覇本人が迫ってきた。近距離から、さらにそのすごいパンチとやらを放たれる。
両腕をクロスしてガードしたものの、勢いに負けて天井から弾き出され、外に転がりながら屋根の上に着地した。
その後を追うように、軍覇も屋根の上に乗っかる。
「どうした、ヒーロー。戦い方を知らないのか? それとも、レベル5が相手は怖くて戦えないか?」
「……」
それを聞いて、少しイラッとしてしまう。本当に、力のある奴には困った奴が多い。このままボコボコにしてやろうか、とも思ったりしたが、ここで買ってしまってはヒーローとして失格である。
「……俺はこんな下らない喧嘩のために、この力を使うつもりはないよ。俺と戦いたければ、ATM強盗でもカツアゲでもしておいでよ。そしたら、相手になってやる」
「……自分がボコボコにされてもか?」
「まぁ全く抵抗しないことはないけど」
「……」
言うと、軍覇は腰に手を当てて少し黙り込む。真下を見たまま、しばらく足を止めた後、小さくため息をついた。
「よしっ、お前……気に入った!」
「……は?」
「お前がもし、何かに巻き込まれた時は、俺がヒーローをやってやる!」
「いや、結構です。あなたやり過ぎそうですし」
「俺が決めた事だ! 何、相手に根性があれば、死にはしない!」
「だからそれじゃダメなんですって……!」
「そうと決まれば、早速パトロールだ! うおおおおおお!」
「ちょっ……もう……」
お願いだから、手間をかけさせて欲しくなかった。あのまま放っておけば、自分の両腕に割と痺れと火傷と痙攣と内出血を残したあのパンチを連発されてしまう。
仕方ないので、見張りのために後を追った。
×××
「ゼェー、ひぃー……」
なんだかんだあって、登校はお昼頃になってしまった。結局、何一つ非色の意図を汲み取ってくれていなかった軍覇は、スキルアウト達を容赦なく叩きのめしていたので、慌てて止めるしかなかった。
自分の仕事を手伝ってくれるのは結構だが、殺さないように……或いは一生背負う事になる後遺症は残さないようにして欲しいとか、あと公共施設を必要以上に壊れるような攻撃はしないとか、とにかく人命優先とか、色々な事を言い聞かせ、その度に「任せろ!」しか言われなかった。多分あれは分かっていない。
街中を飛び回り、もうほとんど虫の息になりながら、一度家に帰って着替えを済ませ、コスチュームを引っ込めて学校に到着した。
「……怒られるなぁ……」
と、言うよりも、軽く騒ぎになっている可能性すらある。
なるべく、シレっと最初からいたかのように席に向かいたい所だが……いや、向かうべきだ。すぐに教室へ……と、思った直後だ。電話がかかって来た。発信源は、固法美偉。
「……もしもし?」
『あ、非色? 学校から連絡あったんだけど……あなた、学校行っていないそうね?』
「……」
そりゃそうなるだろう。
「いや、違うんだよ。姉ちゃん、これは……」
『白井さんから聞いたけど、また事件に首突っ込んだそうね?』
「……そ、それは……」
『で、その後は第七位さんと追いかけっこして遊んでるの見たってSNSに多数、上がっているわ』
「……」
逃げ道を確実に封鎖して来ていた。
「……違うんだよ。追いかけっこしてたわけじゃなくて……」
『はぁ……もう良いわ。どうせ、変な人に巻き込まれたんでしょう?』
「ま、まぁ……」
『でも、毎日こんなことするようなら許さないわよ』
「うっ……わ、分かってます……」
自分だって、別に学校をサボりたいわけではない。あまり学ぶことは多なくないが。
『それと、学校には体調不良って連絡入れておいたから。午後からでもちゃんと授業を受けるように。じゃないと許さないわよ』
「わ、分かりました……」
『うん。良い子。……別に、悪い事してたわけじゃないんだから、堂々としていなさいよ』
「……はい。ごめんなさい」
『はい』
とりあえず、勇気を振り絞って学校に入った。もちろん、初春と姉の証言の食い違いから「お前ただのサボりだろ」と思われて怒られ、生徒指導室に連行された。