麦野沈利の様子がおかしくなったのは、ヒーローに負けた直後だった。フレンダがミスをしてもなんかやたらと優しかったり、絹旗が小腹をすかせた時は、シャケ弁当の一部を分けてあげたり、楽しみに取っておいたアイスを滝壺が食べちゃった時はアジトの壁を犠牲にして許してくれたり、とにかくやたらと優しかった。
その行動の奥底にあった真意は、とりあえず仲間から大切にすることにしたのだ。ヒーローみたいに、大胆に動けない。暗部の活動を無視して上層部に逆らうのは、流石に無理だ。
そもそも、人の命なんざ知った事じゃない、と思う程度には、倫理観は欠如しかけている。……しかし、仲間の命は別だ。
ヒーローのようになろうとは思わないし、赤の他人の為にあそこまで命を張るのもゴメンだが、確かにあの男の言う通り、学園都市の言いなりになるのも面白くないと思えた。
だから、まずは仲間を大切にする事から始めることにした。……あとは、まぁ……でもやっぱり、あのヒーローはムカつくし一発殴ると。
そんな割と情緒不安定な麦野であったが、そんな中で出会ったのが、目の前のカップルだった。
女の方はどうでも良い……が、男の方はあまりにもヒーローに、声とガタイが似過ぎている。
特に、声だ。あの人をおちょくるような声音は、いつ思い出しても腹が立つ。それと似たようなストレスを、少しずつ感じる声だった。
「なぁ、どうしたよ。打ってみろよ、その太い腕からパンチを」
それを聞いて、あからさまに目の前の男は大量の汗をかいている。なんか、本当にヒーローなのかもしれない。
「いや……お、俺実は今、骨折してて……」
「なめてる?」
「あ、いえ……すみません……」
嘘が下手にも程があった。眼光だけでヒヨるあたり、その辺の度胸がないのはヒーロー感ないが、それでもやはりどこが似ているような気がしてならなかった。
「麦野、どうしてそんなに詰め寄ってるの?」
「黙ってなさい、フレンダ」
隣の外国人を制して、麦野は引き続き少年に詰め寄る。
「その子、彼女?」
「あ、はい。一応……」
「ふぅん?」
緊張しているからか、割と素直に答えた。それを見るなり、麦野は100円玉をマシンに入れる。テレレッテレーと古典的な電子音の後、的が起き上がり、麦野は横に紐がついてるグローブを手にはめる。
軽く両肩と両肘を伸ばした後、胸前に構えた直後……右拳の親指を内側に捻り込んだストレートをかました。
カンカンカーンっと、ボクシングのKOシーンのようなベルが鳴り響き、記録は現在の最高記録を大幅に上回った。普通に常人離れしている威力である。
「おお〜……! む、麦野すごい! カッコ良い!」
「でしょ? フレンダ。……さ、あんたの番」
「な、なんで……」
「良いじゃない。私を疑った罰よ。彼女の尻拭いは、彼氏がしてあげなさい」
「……」
とにかく、逃がさない。麦野を上回る膂力を誇る人間はそうそういない。少なくともこれまで会ってきた中では、窒素装甲を身に纏った絹旗以外では、あのヒーローだけだ。
「俺お金なくて……」
「50円くらいあるでしょ。……ていうか、別にゲーム1プレイくらいで割り勘なんて思ってないわよ」
「し、白井さん……」
「……加減しなさいな。それなら、まぁ……」
「……」
仕方ない、と少年はグローブを嵌める。加減すれば一眼で分かる。……とはいえ、ヒーローだとしたら、あのパワーでは本気で打てばゲーム機そのものを爆破しかねないので、結局加減をするのは目に見えている。
要するに、判断材料はそこなのだ。加減したまま自分に勝てば、ほぼ超人確定である。
マシンの前に立った少年は、軽く拳を引く。さて、どうする? と、麦野はジっと少年を見る。
直後、拳を振るった。
「よっ、と……うわっ!」
……のだが、足元を黒子が引っ掛けた事により、顔面から的に頭突きしてしまった。強打した額を抑えながら、思わず蹲ってしまう。
「な、何すんですか白井さん⁉︎」
「随分と、その女性の言うことを素直に聞くんですね。……私の言うことは聞いてくださらないのに」
「え……い、いきなり何……?」
それは麦野とフレンダも同じ感想だった。もしかしたら、喧嘩でもして仲直りしたてだったのだろうか?
「もう結構です。私、帰りますので」
「えっ、ちょっ……ま、待ってよ白井さん!」
「失礼します」
そのままヒュッとテレポートでゲームセンターから出て行ってしまった。
「す、すみません! 失礼します!」
「あ、おい!」
「ホント、また今度会ったときにやりますので!」
とにかく焦った様子で後を追う非色。あんまりにも急な展開に、麦野もフレンダもキョトンとするしか無かった。
「……なんで急にジェラったわけ?」
「……あの制服、常盤台だったよな? お嬢様だし、自分以外の女と彼氏が仲良くするのは、些細な事でも嫌だったとか?」
「お嬢様ってプライド高そうだもんね。麦野と一緒で」
「フ、レ、ン、ダ、ちゃーん?」
「うげっ……く、口が滑ったってわけよ……!」
「二度目はねえぞコラアアアアッッ‼︎」
とりあえず、ヘッドロックをかました。
×××
非色はサングラスの機能を使い、すぐに黒子の後を追った。正直、急に怒られた理由はわからなかったが、とにかく後を追わないわけにはいかない。
幸い、このサングラスなら追跡は簡単だ……と、思って、すぐに追いついた。場所は地下通路のカフェの前。自分に気づいた黒子は笑みを浮かべて手を振って来る。怒っている、どころか少し申し訳なさそう顔をしていた。
「早かったですわね」
「え……いやまぁ、怒らせてしまったみたい、ですし……?」
「いえいえ、あれは演技ですので。申し訳ありません、急にあのような態度を取って……」
「え……演技なんですか?」
「少し強引でしたが、ああ言わないとあなたの正体がバレていたと思うので」
「……」
なるほど、と非色は即座に理解する。
「どうです? あなたの彼女になりましたが、何もあなたの足を引っ張るばかりではないでしょう?」
「……」
それを言われるとその通りかもしれない。むしろ、今回は助けられたというべきだろう。
「ありがとうございます。白井さん」
「……はい。今後も、好きなだけ頼って下さいな?」
「はい」
「では、続きのデートと参りましょうか」
「あ、うん。……えっと、どこまで決めてたっけ?」
もう完全に忘れてしまった。それ程、さっきまでのやりとりに、テンパってしまっていたようだ。
「コーヒーをプレゼントするにあたって、良い案があるという話ですの」
「どんなの?」
「インスタントコーヒーですわ」
「え……それ良いの?」
「インスタントコーヒーは、なかなか馬鹿に出来ないものですよ? 最近のその手の食品は皆、レベルが上がっているそうですの。高級なものであれば、有名な飲食店と大差ありませんわ」
勿論、佐天涙子や初春飾利からの情報である。普通のお嬢様である黒子に、本当にそうなのかは知ったことではない。
「固法先輩は買いませんの? コーヒーとか……」
「姉ちゃんはずっと牛乳だよ」
「あ、そ、そうでしたわね……」
「もしかして、コーヒーのためにここで待っててくれたんですか?」
「もちろんですの」
やはり、助かる……が、なんだか助けられてばかりな気がする。自分は仮にも男であり、彼氏なのに。
今日は本当に、何かお世話になったら一つ、お礼をした方が良いだろう。それこそ、自分にできることならなんだってする勢いで。
店内に入って、そのインスタントコーヒーの詰め合わせを選んだ。
×××
その後は用事が終わったので、二人揃ってショッピング。幸運と呼ぶべきか、風紀委員やヒーローが必要になるような事件も起こらず、割と普通のデートっぽく回ることが出来た。
さて、そしてそんな事があった日の夕方。非色は早速、病室に顔を出していた。
「と、いうわけで、二人に退院祝い!」
「わーい! ありがとう! と、ミサカはミサカは天真爛漫にお礼を言ってみる!」
「退院明日だぞ」
「明日は黄泉川先生とか来るんでしょ? 今日のうちのが良いかなって」
「開けても良い⁉︎」
「良いよ」
結局、思ったよりもコーヒーの詰め合わせの値段が高く、これひとつで二人分になってしまった。まぁその内のコーヒーには、カフェオレに合う種類のものもあったので、大丈夫だろう、
「わっ、これ……なに?」
「インスタントコーヒーの詰め合わせ。打ち止めが飲めるようにカフェオレに合う種類も入ってるよ」
「ホント⁉︎ 美味しい⁉︎」
「美味しいよそりゃ。……大人の味さ」
「大人の、味……! と、ミサカはミサカは思わぬ所に現れた大人の階段に足を踏み入れてみる!」
「うるせェ、バカどもが」
口を挟んだのは一方通行。
「てか、改めて聞くけどよォ、テメェはホントどンな神経してやがンだ。俺は、テメェのその手首をぶった切ったンだぞ。そンな奴に、退院祝いなンざ……」
「? だから?」
「……」
そんなの、もう過去の話と割り切っている。何度も同じ事を言われて、少し飽きているような態度でさえあった。
「そんな事よりほら、言うことないの? 言うこと」
「……なんの話だよ」
「えー? 打ち止めは開口一番で言ってくれたんだけどなー?」
「……チッ」
ニヤニヤしながら言われて、一方通行は舌打ちしながら、ベッドの上で寝返りを打つ。
言おうか言うまいか、おそらく悩んでいるのだろう。素直じゃないことは非色もよく分かっていた。
しかし、なんだかんだ言って筋は通すのがこの男だ。だから、自分に協力すると言ってくれる事もある。
しばらく沈黙が続いた後、一方通行からボソリと呟くような声が聞こえた。
「……アリガトな」
「もっかい!」
「調子に乗ンなガキが!」
当然のように怒られた。
×××
常盤台の女子寮では、黒子が幸せそうに部屋のベッドでニコニコしていた。それはもう本当に幸せそのものの笑顔で、胸元で電気ウナギというお世辞にも可愛いとは言えないビジュアルを抱き締めている。
今、部屋の中には自分しかいないのだから、少しくらい他人に見られたら恥ずかしいことをしても構わない、そう思っていた。まぁ、それはすぐフラグになるわけだが。
「ごきげんね、黒子。そんなに初デート楽しかったのかしら?」
「それはもう! ちょっとトラブルもありましたが、楽しかったですわ! 少しでも、彼の力になることが出来て、とても良かったです」
「昨日、寝たフリして私が寝た後に起きて、一人で立ててた計画通りキスはできたの?」
「はっ、そ、そういえば……デートが楽し過ぎて忘れていまし……」
そこでハッとする黒子。つーか、誰と喋ってんの自分? みたいな。顔を恐る恐る後ろに向けると、美琴がニヤニヤしながら立っているのが見えた。
「ふーん? 随分、楽しかったみたいね。黒子?」
「あ、あの……いつから、そこに……」
「最初から」
カアアアアッと、白井黒子なのに顔が真っ赤になってしまう。
「いやいや、おちょくったりはしないから安心してよ。ただ、うん。つくづく私の後輩は可愛いなって思うだけだから、うん」
「それが一番恥ずかしいんですの!」
「分かるわ。だからこそ私は痛快なの」
「お姉さま⁉︎」
割と街中で散々な目に遭わされて来た美琴から、あからさまな逆襲を受けていた。
……とはいえ、やはり黒子としては「素直にさえなれなくて何一つ上手くいってない先輩に言われたくないです」という致命傷を負わせる一撃を飲み込むのに必死ではあったが。
「ちなみに……何してきたの?」
「はい。実は……非色さんが入院中のお友達の退院祝いを買ってあげたい、との事でして……」
「え、あの子に友達なんているの? ……それとも、あのバカまた入院したのかしら?」
「それが……驚かないで聞いていただきたいのですが、それがあの『一方通行』のようでして」
「…………は?」
あまりにさりげなく、そしてサプライズにしてはあっさりし過ぎた告白に、美琴は過去最大クラスに間抜けた表情を浮かべてしまった。
名前を聞いて思い浮かべるのは、夏休みの光景。自身と同じ顔をしたクローン……今では「妹」として受け入れた二万人の内、約一万人を、たかだか最強になる為に虐殺した白髪頭。
同じレベル5でありながら、自分一人では全く歯が立たなかった学園都市最強の男……何より、固法非色の左手を機械にした張本人。それが、友達?
「? お姉、様……?」
明らかに顔色が悪くなった美琴に、控えめに聞く黒子によって、少し正気に戻った。
「っ、な、何……?」
「どうか、なさいました……?」
「え、いや……な、何でもないのよ」
「とても、そうは見えなかったのですが……」
「ごめん、何でもないわ」
「……お姉様」
「今は、少し待って。話せる時になったら、話すから」
「っ、は、はい……」
「それより、デートの時の話、聞かせてくれる?」
黒子の頭を一撫でして、そのまま話に耳を傾けた。