男を男にするのは先輩の男。
風紀委員に、休日はない。オフの日はあるが「土日なら休み」とか「祝日なので仕事無し」など明確なものはないのだ。
それ故に、大覇星祭後も固法美偉はいつものように一七七支部で仕事をしていた。黒子は表で見回り、そして初春は最近、話題のアプリの調べ物をしている。
そのアプリの内容は、表向きは宝探しアプリ。だが、その場所を細かく調べると、実態は未来の事件現場を予測するアプリでもあった。
あまり気持ちの良い話ではない。予知能力者などならともかく、未来予知を気取って事故を起こしているのだとしたら、明確な犯罪だ。
「どう? 初春さん」
「アプリ自体を調べてみましたが、特殊な何かは含まれていません。多分、狙って事故を起こしているなら、他所から介入していると思われますが……」
「そう。……今度、現場を調べてみるしかなさそうね」
「今度で良いんですか? 今からでも……」
「事故を起こされてるんだとしたら、近くに犯人がいるかもしれないでしょ? 備えも無しに動くのは危険よ」
「そうですね……。じゃあ、私は事故現場付近の監視カメラをハッキングして、共通の人物が映っているか探してみますね」
「ハッキングはやめなさい……まだ、事件って決まったわけでもないのに……」
大人しそうな顔をして、たまにそういう強行的な事を抜かすのだから、本当に人とは一面以外の顔も持っているものだ。
そんな中、ヒュンッと事務所内にもう一人の風紀委員が姿を現す。白井黒子だった。
「パトロール、終わりましたわ」
「お疲れ様。じゃあ、お昼にしましょうか」
「ですね」
そう言って、各々が食事の準備を始めようとした時だ。コンコンと窓をノックする音が聞こえる。顔を向けると、ヒーローの顔が窓に張り付いているのが見えた。
「あら、非色。どうしたの?」
声を掛けながら、窓を開ける美偉。二丁水銃が鞄から取り出したのは布の袋だった。
「はい、姉ちゃん。弁当忘れたでしょ」
「え、う、嘘?」
「台所に置きっぱなしだったよ」
「ありがとう。助かったわ」
たまにこういうドジをやらかすのは、いい加減なんとかしないとと思ったが、とりあえず有能な弟を持ってホッとするしかなかった。
「わざわざありがとね?」
「ううん。俺もこれから上条さんの所、遊びに行くとこだったし」
「あらそう。ちゃんと節度を持って、ご迷惑かけないようにね?」
「はーい」
それだけ話してから、非色は黒子と初春にも手を振る。
「ごめんね、仕事中に邪魔しちゃって」
「いえいえ、これからお昼にする所でしたから」
「良いタイミングでしたわ」
「そっか、良かった。じゃ、またね」
それだけ話して、壁際から立ち去って行った。ヒュンヒュンと建物の屋上を移動する非色を眺めながら、美偉は思わず感慨深く呟く。
「なんか……やっぱり私の弟、すごい子なのね……」
「ヒーローに忘れたお弁当持ってきてもらえるの、固法先輩だけですよ?」
「そうやって聞くと特別に感じるかもだけど……いやでもなんかやっぱり特別感ないわ」
「それは非色くんだからでは?」
なんて会話を、美偉と初春がする中、黒子は難しい顔をして顎に手を当て、ブツブツと呟いている。
そんな状態が気になって、美偉は小首を傾げながら聞いた。
「どうしたの? 白井さん」
「私が忘れたお弁当を届けてもらうには、どうしたら……」
「食べましょうか」
残念ながら、そればっかりは叶えようが無いことである。少なくとも、常盤台の生徒ならなおの事、不可能だ。
×××
「上条さーん」
「あ、来た」
上条の他に、土御門と吹寄、さらにもう1人、青い髪の男が一緒だった。何でも、今日は「男の遊び」を教えてもらえるらしい。
「こんにちは」
「よう、固法」
「早かったぜい、ひろひろ」
「こんにちは、固法くん」
「カミやん、この子が?」
「ああ、青ピは初めましてか」
それを呟いてから、上条は紹介する。
「固法、こいつは青髪ピアス。俺達と同じクラスの変態だ」
「えっ……」
「カミやん、その説明は酷いなぁ。ボクは別に変態ちゃうよ?」
「どの口が言ってんのかにゃー?」
「いや、あんたも大概よ、土御門」
そういえば、吹寄が一緒とは聞いていなかった。何せ、今日は男の遊びとやらを教えて貰うために来たのだ。女の人が一緒でも出来ることなのだろうか? まぁ、遊びに男も女も無いだろうから、大して問題に思ってはいなかったが。
「吹寄さんも来たんですね」
「ええ。昨日、このデルタフォースが『固法に男の遊びを教えてやる』とかなんとか言ってたからね。……エッチな本の買い方なんて教えられたら、堪らないもの」
「おい、吹寄。上条さんはそんなの教えませんことよ?」
「あんたはそうでも他二人はどうかしら?」
「にゃー! どういう意味にゃ吹寄ー! そもそも俺はもうエロ本なんかに興味はないぜい! これからの時代、例えエロはなくてもメイドだにゃー!」
「僕は変なことなんて教える気あらへん! ただ、男として当然の矜持と義務を……!」
「あんたら……」
直後、吹寄はゴキゴキと首を左右に倒して鳴らし始める。その様子は、まるで頭突きの前準備でもしているかのように見えた。
が、そんな中でふと吹寄は隣の非色を見下ろす。今言われたことのほとんど意味が分かっていないようで、キョトンと小首を傾げていた。
そんな、多分暴力も振るったことのない子の前で、頭突きは良くない。そう思った吹寄は、ため息をつきながらグイッと自分の方に非色を抱き寄せた。顔が胸に埋められ、非色の顔は真っ赤に染まり、男三人は「えっ」と声を漏らす。
「言っておくけど、あんたらこの子に変な事を少しでも吹き込んでみなさいよ。その時は、色々と後悔させてあげるから」
「……いや今一番、変なこと吹き込んでるの吹寄じゃね?」
「羨ましいにゃー。あの子もカミやん病だにゃー」
「年上の巨乳お姉さんからのパフパフ……王道だけど、いや王道だからこそ最高や」
「返事!」
「「「はい!」」」
軍隊ばりにハリのある返事を聞き、満足そうに頷く吹寄の胸の中で、非色は早くもダウンしかけていた。
×××
その後は、吹寄の監視もあってか、割とまともに遊び回った。ゲームセンターに行ったり、ボウリングではしゃいだりと、とにかく遊び尽くした。
現在は、カラオケで熱唱中。あまり音楽について詳しくない非色だが、雰囲気だけでも楽しむことは十分、可能だった。
そんな中、ふと全員の飲み物がなくなっていることに気付き、非色は席を立った。
「俺、飲み物取ってきますよ。みんな何飲みます?」
「僕も手伝うわ」
隣で立ち上がってくれたのは、青髪ピアス。他の人達も、歳上らしく細かい所で、一番年下の非色に気を利かせてくれていた。
「ありがとうございます」
「ええよええよ。何飲むん?」
「サイダー」
「麦茶」
「アイスティー!」
「ほな、行こか」
「はい!」
二人で部屋を出て行った。こうして飲み物を取りに行くタイミングは、ちょうど良いクールタイムとなり得る。カラオケに行くと、どうにも熱が上がってしまうので、落ち着かせる時間が必要だった。
「なぁ、固法クン」
「はい?」
飲み物を注ぎながら、青髪は不意に声をかけて来る。
「インディアンポーカーって、知っとる?」
「え……さ、さぁ?」
「最近、巷で流行っとるんよ。自分の見た夢を、他人にも見せてあげられるカードのことや。非正規商品なんやけど……僕はこれ、素晴らしいものやと思っとる」
急になんの話? と思いつつも、耳を傾け続けた。
「夢の世界なら、どんな自分にもなれると思わへん? 実際に実現出来ないことも可能やし、逆に夢で経験したことを現実に活かせることもあるかもしれへん。夢を通し、色んな人たちに自分の経験を伝えることが可能なんよ。例えば……あの有名な二丁水銃。彼のような経験さえ、夢であれば可能になり得る……そう思わん?」
「そ、そうですね……?」
他人に自分の戦闘を体験させる、そんなのはごめんだが、でも夢であれば怪我もしないし、ヒーローになれる、という憧れを実現するのは確かに夢のある話かもしれない。
「僕も、その夢を作るソレにハマっとってな。……良かったら、僕の夢を一枚差し上げるで?」
「え、でも俺、使い方……」
「使い方は単純や。寝る前にこいつを額の上に乗せるだけ」
言いながら、青髪はポケットから一枚のカードを取り出した。
「でも、流行ってるんですよね? 頂いてしまってよろしいんですか?」
「勿論。中には、こいつで金を稼ごうとする輩もおるようやけどなぁ……僕は、ただ純粋に僕の夢をみんなにも楽しんでもらいたいだけなんよ。そんな中に、お金が発生する理由があらへん。……そう思わん?」
「確かに……そうですね!」
流石、上条の友達だ。あの胡散臭い土御門の友達と聞いた時は、正直大丈夫かなと思ったが、こういう人ならば良い人なんだと分かってしまう。
「そのカード、僕からもらったっちゅーことは、みんなには内緒にしといてや」
「あ、は、はい! ありがとうございます!」
ヒーローなんてやっていると、たまに最悪の夢を見ることもある。特に自身の力が進歩した際は、研究所にいた時を思い出すことだってあるのだ。
だが、今日は少なくとも良い夢を見れる。そう思うだけで少し楽しみだった。
「さ、そろそろ戻らへんと」
「そ、そうですね」
飲み物を人数分持って、二人で戻った。
×××
帰宅した非色は、カードをポケットにしまったままにしておいて、夕食にする事にした。
姉と2人で食事。遊びに行っていたとはいえ、どうせそのままパトロールなりなんなりしてくると思っていたのだが、早い帰りに美偉は少し意外だったが、まぁ気にせずに食事をする事にした。
「で、どうだったの? 今日は」
「楽しかったよ。年上の人ばかりだったけど、みんな良い人だった」
「あら、その上条さんって人以外にも誰がいたの?」
「うん。土御門さんと青髪さんと吹寄さんっていう人たちが……」
「……青髪?」
「うん。なんか多分、本名じゃないけど青髪ピアスって呼ばれてる人」
「……」
「知ってるの?」
少し嫌そうな顔をした美偉。今日、自分に夢までくれた人に嫌悪感を出すのはやめてほしかった。
「その人、私今年度に入って40回以上は職質してるのよ」
「え、な、なんで……?」
「変態さんだから」
「へ、変態って……でも、普通に優しい人だったよ? カラオケとか行ったけど、飲み物取りに行くの手伝ってくれたりして」
「それは勿論、人の顔は一つじゃないから、変態なだけで優しくない、なんて言うつもりはないわ。……でも、そういう面もあるって事」
……なんだか、少しこのカードを使うのが怖くなってきてしまった。まぁ、流石に夢だからと言って、変な真似は……いや、夢だからこそ? むしろ警戒すべきは夢? しかし、一緒に遊びに行った中に吹寄もいたし、そんな場で変態的なものを渡すだろうか……?
「どうかした?」
「い、いや……あ、そ、そうだ。姉ちゃん、インディアンポーカーって知ってる?」
聞かれて、思わず誤魔化すように話題を逸らしてしまった。
「え、し、知らないけど……」
「他人の夢を見ることが出来るって、今流行ってるらしいんだよね」
「そんなのが流行ってるのね……」
「うん。佐天さんとか詳しいかもだし、良かったら聞いてみたら?」
「考えておくわ」
次の日、固法美偉は後悔した。この時、そのインディアンポーカーとやらを、青髪ピアスから受け取った事に気付かなかった事を。普通に考えたら、その辺の確認はしなければならなかったというのに。
後日「BLAU!」ともてはやされる胡散臭い関西弁野郎を袋にしたのは、また別の話。