気がつくと、非色が立っていたのは土手沿いだった。橋が近くにあるのにひと通りは少なく、悪さをするには持ってこい、そんな印象がある場所。
そんな場所で、非色は一人、体育座りをしていた。学校は上条と同じ高校の制服。そこでようやく、今自分は青髪ピアスの夢の中にいることを思い出した。
「すごいな……これが、インディアンポーカー……」
自分の服装まで変わっている。青髪ピアスの視点で夢の中にいるからだろうか? 上条が通う高校の制服と同じものだった。
しかし、これではあまりに普通の日常過ぎる。何せ、土手沿いで突っ立っているだけなのだから。いや、正確に言えば紙袋を抱えて立っている。これでは「漢の夢」と呼ぶには余りにショボい。
……そういえば、この紙袋の中身はなんだろうか? と、思い、中を覗いてしまった非色を誰が責められよう。
中に入っていたのは、ハードなエロ本だった。
「ふぁっ⁉︎」
思わずびっくりして両手の力が緩んでしまう。そうなれば、紙袋は地面に自由落下、中身もバサバサと散らかってしまう。
「ちょっ……嘘、えっ……? な、何これ⁉︎ なんでこんなものっ……!」
「コラ、まーたあなたなのね⁉︎」
「ふえっ⁉︎」
声を掛けられ、ビクッとしながら聞こえた方向を振り向く。そこに立っていたのは、非色の義姉である固法美偉だった。
「っ、ね、姉ちゃん⁉︎」
「あなた、何度聴取されれば気が済むんですか? また18歳にもならないうちにそんなもの買って!」
「いや、買ってない買ってない! なんか俺の手元にあっただけで……!」
「そんなにそういうコトに興味があるのなら……私が、相手して差し上げましょうか……?」
「……へ?」
そう言った直後、いつのまにか美偉は自身の目の前に迫ってきて、舌で唇を湿らせていた。
それと同時に、非色の手を引き、土手の下へ強引に引っ張り込んだ。
「ね、姉ちゃん! どこ行くの⁉︎」
「ふふ、ラブホまで行く時間が勿体無いもの。他人に見られなければ良いのなら、何処でシたって構わないものね?」
言ってる事が理解できない。意味が分からない。……というか、理解しちゃいけない気がした。
というか、自分の身体をあまりに簡単に引きずられ過ぎているのは気の所為だろうか?
そのまま行き着いたのは、橋の下。そこで何をされるのかと思った直後、美偉は自分の足元にしゃがみ込んでいる。いつの間にか胸元が開かれて第二ボタンが外され、胸の谷間どころか、ノーブラの所為か乳首が透けて見えていた。
「ね、姉ちゃん⁉︎ 外で、なんでそんな格好……!」
「これからもっとあられもない姿になるんだから、そんなに焦らないの」
「焦るわ! ていうか、やめっ……ズボンのチャック……!」
「嫌なら抵抗すれば? 嫌じゃないなら……特別な職務質問、始めちゃうわよ?」
「〜〜〜っ」
オーバーヒート直前。何が人の夢か。こんなのゴミクズの妄想以下だ。とにかく、これ以上、自分の姉の変な姿は見たくない。
そう決めた非色は、歯茎から血が出るほど噛みしめた後、勢いよく起き上がった。
「姉ちゃんを……変な目で見るなあああああああああああッッ‼︎」
「きゃああっ⁉︎」
起き上がった直後、悲鳴が聞こえる。肩で息をしながら、気を落ち着かせつつそっちを見る。そこでは、おそらく本物と思われる美偉が、自分の枕元で尻餅をついていた。
「ねえ、ちゃん……?」
「あ、あなた……大丈夫? すごい汗よ……? かなりうなされてたし……怖い夢でも見たの?」
「ーっ、ーっ……」
荒んだ息を沈めながら、胸に手を当てて落ち着かせる。心配そうに自分を眺める美偉は、起き上がりながら自分の頭を撫でてくれた。
「姉ちゃん……本物?」
「はい?」
「土手の下で、ノーブラでズボン脱がそうとしてない?」
「殺すわよ?」
「……」
夢、夢か……と、ホッとしつつ、心の中に一つの感情が芽生えた。この夢を、あの男は意図的に生み出しているとでも言うのだろうか? というか、あの男と姉はどういう関係なのか? 考えれば考えるほど、怒気と殺意が大きくなっていく。
「ひ、非色……?」
再び、姉に顔を向ける。もし、もしこの姉と本当にあんな体験をしたのなら……そして、あの夢をたくさんの人に見せているのだとしたら……生かしておくわけにはいかない。
「青髪ピアス……ブッ殺す……‼︎」
「……は?」
直後、パジャマのまま非色は窓から飛び出した。割と高い位置にある寮から飛び降りたが、地上で平然と着地して見せると、クレーターを全力で作りながら地上をかけていった。
×××
30分後、超人の勢いで移動をした結果、途中で足を捻って転び、そのままビルの上で2〜3回ほどバウンドするように転び、川の中に突っ込み、気絶しているのを、能力を使って後を追った美偉に発見され、無事に帰宅した。
「で……何があったの?」
「……なんでもない」
「言わなきゃあなたの場合はわからないと思うから言うわね。私、割と怒ってるわよ?」
「っ……」
ズイッ、と目前までジト目で迫られ、思わず目を逸らしてしまった。フラッシュバックしたのは、さっきの夢の光景。美偉に迫られた時の絵だ。
だが、怒られてる時に目を逸らせば、それは姉として見過ごせないわけで。
「言、い、な、さ、い!」
「ひぃっ⁉︎」
強引に両手を頬に当てられ、前を向かされてしまった。それがなおさら、非色の中の恐怖を掻き立ててしまう。
思わず、怯えたように手を振り払い、後退りしてしまった。
その反応に美偉は少しイラっとしたものの、違和感がそれに勝った。どうにも、普段怒っている時と、怯え方が違う。
時刻は、とっくに日を跨いでしまっている。
「……非色。もしかして、お姉ちゃん何かしちゃった?」
「っ……」
「だとしたら、謝るから……ちゃんと話して欲しいな」
「ち、違うから! むしろ、その……謝るのは……青髪ピアスのゴミカス野郎……!」
「あの、何があったか知らないけど、ホントやめてよ? あなたの場合は殺しかねないんだから……」
とりあえず、話しやすい環境から作ってやることにした。一度、台所に立ち、温かいココアを注いでやる。
「はい。非色」
「あ、ありがとう……」
「とりあえず、落ち着いて。私、本当に怒らないから。……ね?」
「……うん」
入れてあげたココアを口に含むと、ようやく非色は落ち着いてきたようで、口を開き始めた。
話してくれた内容は、青髪ピアスにインディアンポーカーなるものを貰ったこと。そして、その内容が美偉がエッチなことをしようとして来た事だった。
そんな話を聞くなり、思わず美偉は盛大にため息をついてしまった。
「はぁ……下らない」
「っ、な、何が」
「所詮、夢じゃないの。そんな事で一々、腹を立てちゃダメよ。……確かに、少し恥ずかしくはあったけど、でも私の本当の身体が汚されたわけじゃないでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「あなたは、私のそっくりさんが夢に出て来たと思えば良いの。そんな下劣な輩のために、わざわざあなたが腹を立てて手を汚すことないわ」
今更になって、確かにそうなのかも、と非色は頷く。考えてみれば、その人の裸を見た事がないと、正確な裸体とは言えない。
つまり、あの裸の美偉は、少なからず青髪の妄想補正が掛かっていると見て間違い無いだろう。
なんだか、その事で本気であの男を殺そうとしていた自分が恥ずかしくなってきた。
そんな非色の頭に、美偉の手が置かれる。ふわりと優しい感触に、非色は目を丸くしながら前を向いた。
「でも、私のために怒ってくれたんでしょう? その夢も、途中で目を覚まして、理性的に拒絶してくれたみたいだし」
「っ……ま、まぁ……」
「ありがとう。非色」
「……っっ!」
あまりに慈愛に満ちた笑みを浮かべられ、目を逸らしてしまった。これはこれで、なんだか普通に気恥ずかしい。
「で、でも……このままだと、やっぱりえっちで下劣な奴らが美味しい思いをするばかりなんじゃ……」
「大丈夫よ」
「?」
「そういう人達には、いずれ必ず天罰が下るから。科学の街だけど、そういう因果応報は必ず訪れるものよ?」
美偉の言ったことは本当で、翌日には常盤台のレベル5二人が、容易く完全犯罪を犯して天罰を下したのは、また別の話。
×××
夜更かししてしまった為、美偉は少しいつもより起きるのが遅くなってしまった。
目を覚ましたきっかけは、やたらと良い香りが鼻腔を刺激したため。起き上がってリビングに顔を出すと、朝食が完成していた。
並んでいるのはこんがり焼き上げられたベーコンに白米に、キャベツの塩揉みとお味噌汁。どれも美味そうだ。
「あ、姉ちゃん。おはよう」
「おはよう……どうしたの? 朝早くから……」
「ご飯作った。……その、昨日は迷惑かけたから」
「ありがとう。……って言いたいところだけど、これ食べられるの?」
「食べられるよ! 上条さんに料理何回か教わってるし!」
「ふふ、冗談よ。さ、食べましょうか」
「先に顔洗っておいでよ。目やについてる」
「冷めちゃうじゃない。先に食べるわ」
「……そ、そっか」
少し嬉しそうに、非色は俯いて頷く。
そのまま、二人で食事にした。早速、こんがり焼かれたベーコンを口に運ぶ美偉。
その自分の様子を、非色はソワソワしながら眺めていた。
「……うん、美味しい。焼き加減もちょうど良いわ」
「! ほ、ホント⁉︎」
「ええ、ホント」
「よ、良かった……!」
本当にこんな事で一喜一憂するなんて、素直で可愛い弟だ。とても、ヒーローなんてやっているようには見えない。
そんな非色が、表情を明るくしたままさらに声をかけてきた。
「じ、じゃあ、お味噌汁はっ?」
「うん。待ってね。……ずずっ、んっ……うん、美味しい」
「じゃあじゃあ、サラダは……!」
「ふふ、もう落ち着きなさい。ご飯くらいゆっくり食べさせてよ」
「あ、そ、そっか……」
引き下がり、自分も食べ始めたものの、視線だけはしっかりと美偉に向けられていた。この子、下手したら中学一年生よりも精神年齢は下かもしれない。
「美味しい?」
「ええ」
結局、聞いちゃうんだ、と思いつつ、食事を続ける。しばらく食べた後で、非色が再び口を開いた。
「そうだ、姉ちゃん。今なんか事件とか起こってないの?」
「? どうして?」
「俺も手伝うよ。役に立てるか分からないけど、多分立つから」
「大した自信ね……まぁ、確かに一つだけあるわよ。まだ事件として扱って良いのかも分からないけど」
「それはもう事件でしょ。怪しいって思ったら、とりあえず疑っておけば良いじゃないの」
「……あなた、風紀委員向いてないわね」
ヒーローなんて始めて、風紀委員に入らなかった理由がそれなのだろう。
「……手伝うからには、そういう強行的な行動は慎んでもらうわよ?」
「そんな事しないよ。俺、こう見えて暴力嫌いだし」
「戦いながら挑発するように軽口を叩いている人に言われても説得力が無いんだけど」
「いや、あれは相手の動きを単調にして次の行動を読みやすくするためなんだけど……」
「とにかく、私の言うことが聞けないなら、せっかくだけどお手伝いは無しよ」
「うん。まぁそれでも良いよ」
「え……い、良いの?」
あまりにあっさりと言われ、少し意外そうな声を漏らしてしまった。というか、そもそもこちらの捜査を手伝うと言い出すこと自体が珍しい。
「非色……何かあったの?」
「な、何が?」
「あなたがお手伝いなんて言い出すなんて……少し、気になったから」
「ん、別に? ……ただ、今一人になると……ついうっかり青髪ピアスと遭遇した時、宇宙まで投げ飛ばさない自信がない」
「……手伝ってもらうわね」
そんなわけで、風紀委員に参加する事になった。
×××
早速、一七七時部に到着。部屋の中に入ると、黒子と初春がわざわざ立ち上がって美偉を出迎えていた。
「おはようございます」
「固法先輩……と、非色くん?」
「おはよう」
「どうもー」
軽い挨拶と共に、我が物顔で支部内を見回す非色。そういえば、正体を明かしたままこの部屋に入るのは初めてな気がする。
「すっげー、パソコンがいっぱいじゃん」
「固法先輩、何故彼が?」
「その子、とってもシスコンさんになっちゃったのよ」
「シスコン……って、何?」
「御坂さんに対する白井さんみたいな人のことですよ、非色くん」
「うーいーはーるー?」
「え、俺そんな変態的じゃないよ姉ちゃん! 普通に姉として大好きなだけだよ!」
「2人ともそこへ直りなさいな」
「はいはい。良いから早速、昨日話してたことからまとめるわよ」
美偉が手をパンパンと叩くと、黒子と初春は大人しく席に着く。
「あの、姉ちゃん。俺ホント違うからね。白井さんみたいに御坂さんのパンツを被ったりなんて……」
「分かったから座って」
「待ちなさい。非色さん、それ誰に聞いたんですの?」
「え、いや初は……」
「っ……っ……(全力で首を横に振る花飾り)」
「……は、花飾りさん……」
「それ答えですよ!」
「初春、少し二人きりでお話しましょうか?」
「いい加減にしなさい……」
せっかく引き締まった空気が、また弟の所為で緩んでしまった。次に緩んだらキレる、と心に決めつつ、美偉は話を進めた。
「まず、今日からしばらく非色がお手伝いしてくれます。理由は……話す?」
「やめて。思い出したらあの人また殺したくなる」
「じゃあ、白井さんと一緒に居たいから、だそうです」
「あの、取ってつけたように私を理由にするのやめてもらえませんの?」
「それもホントの事ですよ、白井さん」
「……ほんと、ずるい人……」
「はい、非色。一応、他の風紀委員と鉢合わせになった時には研修ってことにするから、これつけて」
言いながら、棚から取り出して差し出されたのは、腕章だった。それも「風紀委員(見習)」と書かれたもの。
「えー、ダサい」
「手伝う以上は?」
「はい。言うこと聞きます……」
聞くしかなかった。
さて、あらためて会議が続く。美偉がそのまま進行役として話を進めた。
「今日は、引き続き昨日の件を追うわ。初春さん、非色もいるから、最初から教えてあげて」
「あ、はい。……えっと、今話題になっているこのアプリ。表向きは宝探しゲームとなっていますが、その裏では宝がある場所で必ず何かしらの事故や事件が起こっています。昨日の事故も含めて、6件中6件。つまり100%です」
「場所に関連性は?」
「え?」
「非色さん、どういう意味ですの?」
唐突な質問に黒子が聞き返すと、非色はすんなり答えた。
「百発百中でそのアプリが事故現場を偶然、引き当てるなんてありえないでしょう? あり得る可能性は二つ。予知能力者の仕業か、予知アプリを作る為に事件を実際に起こしてるか。前者の可能性は考慮しなくて良いですよね。それならばむしろ風紀委員への協力者ですから。故に、考えるべきは後者の場合のみです。予知アプリを気取る理由は、ザックリと考え得る限り……四つかな。アプリの広告のため、野次馬を増やして被害をさらに大きくするため、風紀委員に恨みがあり、誘い出して事故の巻き添えにするため……後は、何かしらのメッセージがあり、残すため」
「……だから、とりあえず場所と?」
「そうです」
相変わらず、戦いやら事件に関しては頭が回る男だ。今の一瞬で、よくそこまで考えられるものだ。
本当に非色本人なのか怪しく思えてきたので、試すように聞いてみた、
「非色さん、胸が大きな女性は好きですの?」
「えっ、な、何急に⁉︎ ……い、いやそれは……そんな、つもりないけど……で、でも……ど、どうだろう……あ、白井さんは今のサイズで十分……痛ッ⁉︎」
頭の上に、近くにあった椅子をテレポートさせた。わからない。バカなのかバカじゃないのか。
そんなやりとりを無視し、美偉がまとめるように言った。
「まぁ、分かったわ。前者であれば、それはそれで良いし、後者のつもりで備えておこうというわけね」
「そう」
「そして、どのパターンであっても、アプリの作成者は現場にいる可能性が高い。こうしましょう。初春さんはここに残って過去の現場から相違点を割り出す。私と白井さんはアプリをインストールして、次の予測地点で張り込み」
「「了解!」」
「え、いやあの……俺は?」
「じゃあ非色もこっち」
「はーい」
早速、行動を開始した。