とある科学の超人兵士。   作:バナハロ

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過程と誠実さは大事。

 さて、早速三人は事故が起きると思われるポイントに現着した。見通しの良い片側二車線道路。三人がいる側の歩道の上には、階段が設置されている。

 

「で、事故は?」

「ワクワクしない。あと、あなたは動かないように」

「え、な、なんで……?」

「ヒーローセット着けていないし、表向きは見習いなんだから。あの変な水鉄砲も禁止だからね」

「うっ……り、了解……」

 

 そう言われれば仕方がない。特に、まだ姉には手が取れたことは言っていない。それだけはバレたらさらに心配かけさせてしまうので言えない。

 ……とはいえ、このままでは自分が来た意味がない。何かやる事はないかなーと、辺りを見回すが、特に何もない。

 

「姉ちゃん、暇」

「いやあなた事件だけでなく事故も防いだりしてるんだし、注意すべき点とかないの?」

「俺は事故が起こってから動いてるから、あんまり予測とかしてないんだよ。反射神経と脚力だけで助けてるから」

「事件の場合は任せて良いの?」

「それも一緒」

 

 基本的に、起こる前に対処するのではなく、起こってから大事になる前に対処する事の方が多かった。

 

「大丈夫。俺と白井さんなら、起こってからでも十分、対処出来るし。てか、姉ちゃんのその目でも凶器の有無とか分かるし、事故が起こるって分かっていれば何とかなるでしょ」

「……まぁね」

 

 そんな話をしながら、三人でしばらく道路で待機。時間には多少のズレがあるため、本当に待たされるハメになっていた。

 そろそろ非色が辛抱たまらなくなる頃かも……と、美偉が冷や汗を流した時、電話がかかって来た。

 

「……あら、初春さんから」

「事件⁉︎」

「白井さん、ちょっとその子の相手してあげてて」

「ふふ、先程からお姉さんにばかり構って……非色さんにとって所詮、私は二番手の女、なのですね……」

「えっ、ち、違いますよ! し、白井さんも姉ちゃんも大事です!」

 

 外国の魔術師さんに教わった「男を構わせるテクニック」をフル活用して翻弄する黒子の隣で、美偉は電話に応答する。

 

「もしもし?」

『あ、固法先輩。一応、場所によってヒントがあったりとか、現場付近に共通する何かが無いかを見てみましたが、特に関連性は見られませんでした』

「そう……となると、愉快犯である可能性が高いわね……ありがとう」

『他に何か調べることはありますか?』

「大丈夫よ。ありがとう」

 

 それだけ話して、一度電話を切る。少なくとも、メッセージはない。頭を使う理由が一つ減った。

 だが、まぁこれから起こるかもしれない事件が解決したわけではない。一先ず、気を引き締めておいた。

 そんな中、ふと視界に入ったのは、二人の女学生とすれ違いそうな通行人の男三人。フードを被り、マスクをした荒い息の男、柄が悪く大きな声で電話する男、そして大型二輪に跨いでいる男。

 少なくとも、見た目はこのまま何か起こりそうだ。ゴクリ、と緊張気味に唾を飲み込む黒子。美偉も能力を使い、非色は軽くジャンプしつつ関節を伸ばし、そして首を左右に倒して準備運動をしておく。

 いつでも来い、と言わんばかりに準備を整え、そしてその光景を眺め続けた。

 

「へっくし!」

「あ、すみません」

 

 ……そして最後に、ブロロロっとバイクも普通に通り過ぎていく。何一つ問題なく。

 三人の間に、気まずい沈黙が流れた。

 

「……これ、デマだったのでは?」

「かなり時間に左右されているみたいね……」

「姉ちゃん、俺トイレ行きたい」

「行ってきなさい。ついでにお茶買ってきて。お金出すから」

「では、私は紅茶で」

「はーい」

 

 そのまま非色は欠伸をしながらその場を後にした。まぁ、気持ちは分かるのだから困る。まるで違反車が多い道でポイント稼ぎをするために待機している警察車両の心地だった。

 そんな中、今度はトラックが街を通りかかった。制限速度も守られていて、特に周りにも人はいない。

 これは関係なさそう……と、黒子が目を閉ざした時だった。その隣を、子供がボールを追いかけて車道に飛び出したのは。

 そして、そのトラックの隣の追越車線を走る一般乗用車が追い越した。

 

「……!」

「危なっ……!」

 

 声を漏らしながら、美偉が手を伸ばす。黒子は油断なく付近を見ていた。僅かに事故現場からズレがある。

 その追い越した乗用車は、子供を避けるため強引にハンドルを切った。……が、その先にいたのは、反対車線を歩いていた女子高生。

 

「そこ……!」

 

 今度こそ、予測地点ピンポイント。すぐに黒子はテレポートして、その少女を救い出した。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

 聞きながら、車の方へ振り向いた。テレポートして逃げてしまったが、車の運転手にも何かあったら……と、思ったが、いつの間にか戻ってきていたヒーローがビニール袋を片手にぶら下げたまま、両腕で追突前に押し留めていた。

 

「寝坊でもしていましたか?」

「人をパシっといてよく言うよ」

「あなたから買いに行くと仰ったのではありませんか?」

 

 そんな軽口を叩いていると、車が完全に静止したので、非色も力を緩める。

 

「大丈夫ー?」

 

 その確認に、運転手の男は指で「OK」を作って答える。さて、と非色は顔を上げた。

 ここから見える範囲で、このポイントを見渡せるビルはいくつかあるが、事故の全貌を見渡せる場所はそう多くない。

 と言うか、一箇所だけだ。そちらに顔を向けると、非色はサングラスの機能を使い、拡大した。小学生くらいの少年が1人、こちらをじっと見ているのに気がついた。

 

「……あれか。俺行くね」

「待ちなさい。私が行きます」

「え、なんで?」

「あなた、スーツの使用許可、固法先輩から降りていますの?」

「……」

 

 降りていなかった。まずいと思ったからすぐに変身してきたのだ。

 

「あなたは早く変身を解いて謝って来なさいな。今回ばかりは、仕方ないと許してくれるでしょう」

「あ、ありがとう……でも、気を付けてね?」

「分かっていますわ」

 

 それだけ言うと、黒子はその場から立ち去る。非色も周りにバレないよう、一度建物の屋上まで駆け上がり、変身を解除。

 ……黒子はああ言ってくれていたが、約束には厳しい姉の事だ。また怒られてしまうかもしれない。幸い、今は飛び出した子供を抱き抱えながら交通整理をしているし、見られていない可能性だってある。誤魔化した方が良い気がしてきた。

 少し遠回りして、何食わぬ顔で美偉の元へ合流した。

 

「姉ちゃん、なんかあったの⁉︎」

「いやあなたが車止めたの見てたから。素直に言うならまだしも誤魔化すなら怒るわね。後で覚えておきなさい」

「……」

 

 死を覚悟した。ニコニコした怒りが一番怖いことを改めて身にしみていると、すぐに黒子が戻って来た。……小学生の少年の肩に片手を添え、抱えるようにテレポートして。

 

「お待たせ致しましたわ」

 

 その姿を見て、非色は真顔になり、美偉は少し冷や汗をかく。

 

「白井さん、その子は……?」

「そちらのアプリの作成者ですの。詳しい話は、支部ですると致しましょう」

 

 そう言われると、その少年は非色を見上げ、少し警戒気味に黒子の背中に隠れる。

 

「? どうしました?」

「あの人は?」

「ああ、見習いの方です。お気になさらないように」

「……ふーん。見習いの人が一番、マッチョなんだね」

「「……」」

 

 言われて、非色は目を逸らす。というか、美偉と黒子も明後日の方向を向いた。

 

「まぁ、そうだね。俺、男の子だし」

「失礼だけど、お兄さんは歳いくつ?」

「おにっ……」

 

 直後、今度は美偉と黒子は顔に手を当てて空を見上げてしまった。何せ、根も志しも基本的には子供みたいな男だ。コーヒーなどの好みを除いても、基本的には幼くて幼稚で素直な性格をしているヒーロー様。

 そんな人に「お兄さん」なんて言ってしまっては、それはもうアレだ。

 

「お兄さん、13歳だよ」

 

 かつてないほど嬉しそうな声でそう言うのを見て、普通に引いてしまった。が、少年は読み取りづらい真顔のまま声を漏らす。

 

「……じゃあ、僕と二つしか変わらないのにすごいね」

「そ、そう? まぁ……そうね。すごいんだ、俺」

「それより、何処でお話するの?」

「一度、私達の支部へご案内しますわ」

 

 そんなわけで、少年と一緒に支部へ戻った。

 

 ×××

 

 黒子は少年の体調を気遣ってテレポートで移動してしまったが、非色は姉とのんびり歩きながら帰宅。その間、普通に怒られながら帰った。

 支部内に入ると、先に黒子と初春が少年との打ち合わせをしていた。

 

「あ、来ましたわ」

「お疲れ様でーす」

 

 二人の挨拶に、姉弟も「お疲れ様」と挨拶を返す。

 

「ここまで、彼から聞いた話をざっくりまとめさせていただきますわ」

「よろしく」

 

 聞いた話をまとめると、少年……美山写影がアプリを作った張本人。予知能力者であり、インスタントカメラを使って未来に起こる事象を念写出来る。

 それに写るのは惨劇の瞬間のみ、その上、ひどく不鮮明で見づらいものだ。

 そして、それをアプリで通して撮ることで、場所と時間を含めた情報を得られる。

 早速、自分でも惨劇が起こることを物理的に回避させようと試みたが、それは出来なかった。

 その現場での事故は回避できても、別の場所で似たような目に遭ってしまう。運命のようなものがあるのは明らかだ。

 それを覆すために、その運命に干渉できる能力者を探し出した。そして、それが……。

 

「……白井さんだった、と」

「うん。僕は、そう思ってる」

「ふーん……」

 

 半分くらい聞いていなかった非色は、少し複雑そうな表情で余所見をしながら相槌を打つ。

 その非色を眺めながら、少し美偉は冷や汗を流した。こんなことを思っている場合ではないのだが、まぁ気持ちは分かる。要するに、あの子供が「運命を変えられる相手が黒子」と言っているのが複雑なのだろう。

 

「……まぁ、実際にやって見せた方が早いよ。ちょっと待ってて」

 

 言いながら、美山はペンライトを目に当てる。直後、目を大きく見開き、ズズズッ……と、空間が歪む。ほんの数秒の間にかくとは思えない大量の汗を流しながら、インスタントカメラのボタンを押す。

 ジーッと出て来たのは、やはりなんの写真だか分からないもの。それを、アプリで撮って、場所を特定した。

 それを見て、美偉が黒子に声を掛ける。

 

「行きましょう。白井さん、非色も。初春さんはここで待機」

「ええ」

「了解です」

「俺はパス」

「「「えっ?」」」

 

 しれっと断ると、非色は椅子の背もたれにもたれ掛かりながら、少し拗ねたように言った。

 

「ど、どうしたの? 非色……」

「そ、そうですよ。非色くん! 何処が悪いんですか?」

「非色さんの大好きな厄介ごとですのよ?」

「俺をなんだと思ってるの……だって、なんか俺いらなさそうだし。聞いた話だと、白井さんが助けないとダメ、って事でしょ? じゃあ別に行かなくても良いじゃん」

「そ、それはそうかもだけど……」

 

 ……どうやら、割と頭に来ているようだ。これは、姉として後で落ち着かせる必要がありそうだ。

 

「そんなわけで、俺もここで待機で良い?」

「……まぁ良いわ」

 

 とりあえず、許可を出しておいて、美山を連れて美偉と黒子は現場と思われる川の近くに急行した。

 

 ×××

 

 テレポート先では、小学生くらいの女の子が二人で、川の方へはみ出た木に引っかかってしまった帽子を取ろうとしていた。

 だが、途中で足を滑らせて帽子と共に川は落下。溺れる前に浮き輪を用意した黒子が救出に入った。

 その様子を眺めながら、美山が美偉に声を掛ける。

 

「……これで、能力の証明にはなったかな?」

「そうね。私達にとっても、事件が未然に防げるし、悪い事ではない、と……」

「うん。どうかな、僕と組んで欲しい」

「……」

 

 確かに悪い申し出ではない。大きな事件になる前に、それを防げる。さっきの少女の一件だって、一歩間違えれば溺死していただろう。

 だが、それをすることによる、目の前の少年のメリットは何か、と考えてしまう。自分にメリットがなくて動く人間なんて、少なくとも美偉は一人しか知らない。

 

「……」

 

 ……だが、まぁ一先ず乗っておいても良いだろう。どちらにしても、事件や事故は見過ごせない。彼自身、自分の能力を大人に知られてはいけないと思い、警備員より風紀委員を選んだのだろう。

 

「……ええ、良いわよ」

「ありがとう」

 

 その返事を聞いて、美山は内心、大きくホッとした。

 小さな女の子の面倒を見ながら軽く指導して家に帰した風紀委員の二人は、改めて美山と協力者として手を組み、連絡先を交換した。

 他人を利用するようで気が引けるが、これも友達を守るためだ。運命には抗えないものだと思っていたが、それがさっき覆されたのだ。このチャンス、逃すわけにはいかない。

 そう決めて、今日の所は帰路についた……そんな時だった。

 ──突如、自身の腕に糸状の液体が付着し、真上に引き上げられた。

 

「うわっ……⁉︎」

 

 真上に垂直に飛んだかと思い、意識が戻った時は空中。ジタバタと足を動かすも、何かが付くことはない。

 が、それも一瞬だった。ビルの屋上の柵の内側に着地し、キョトンとしたまま辺りを見回す。そこにいたのは、ヒーローのマスクを被った男だった。

 

「ウォ……二丁水銃?」

「どうも」

「すごい……本物?」

「まぁね」

 

 驚いた……というより、感動してしまった。正義の味方が好き、なんて子供っぽくて周りには知られたくないが、それでも正直、好きではある。

 だが、だからこそ分からないことがある。

 

「……僕に何か用? あとサイン欲しいな」

「残念だけど、俺はサインとかないんだ。……漢字で二丁水銃って書くだけになるよ」

「それでも良いよ。ちょうだい」

「……」

 

 少し、狼狽えて様子で渋々、カバンの中のカメラにサインしてくれた。

 

「それで、何の用?」

「ああ、うん。俺は仕事柄、風紀委員にも友達が多くてね。たまに情報収集の為に、風紀委員の支部に盗聴器を仕掛けることもあるんだ」

「……」

 

 嘘っぽい。というか多分、嘘だろう。この人、嘘下手すぎ、と普通に引いた。

 

「それで?」

「あくまでもその場にいたわけじゃなく、盗聴した時に聞いた話だが……運命がどうとか言っていたね」

「うん。……まぁ、そんなオカルトじみたものがあるかはわからないけど」

「そんなものは無いよ」

「……え?」

 

 急にどうしたんだろう、というのが最初の感想だった。が、ヒーローさんはそのまま話を続ける。

 

「俺は、何度も死にそうな目にあってきた。それでも、まだ死んでいない。その戦いには、白井さんもテレポーターもいなかったことの方が多い。もし運命なんてものがあるのだとしたら、それは俺が力を尽くしたから勝てたわけじゃなく、そういう運命だったから勝てた、ということになっちゃうでしょ」

「そうなのかもよ」

「相手が、超能力者だったとしても?」

「……」

 

 その言葉に、押し黙る。確かに「運命」なんて言葉を使うと、そういう見方も出来てしまう。

 

「君は多分、今まで救えなかった人達しかいなかったんだろう。だから今回、風紀委員を頼った。それは正解だ。でも、その被害者達が生まれてしまったのは運命の所為じゃない」

 

 言いたいことが、なんとなくわかった。この人は、おそらく今まで今度も惨劇が起こる未来を覆して来たのだろう。

 その中には、この人が言った通り超能力者との死闘で死にかけた事もあったし、救われた命もあった。それらが、運命のおかげなんて呼ばれるのは、少し嫌だったのかもしれない。

 

「あと、君には俺みたいなスーパーパワーはないし、白井さんみたいな空間転移能力もない。だから、大切な人の為に他人を利用するのは結構だ。……でも、協力してもらう以上、その人には誠実になりなさい」

 

 その言葉を聞いて、胸の奥で隠していたことが明るみに出たように、ドキっと高鳴ってしまった。

 

「助けて欲しければ、助けてもらう相手に誠実になり、出来る手は尽くす事。大事な部分を隠して力だけ借りるのは、相手にも失礼だよ」

「……でも」

「風紀委員に話しづらい事なら、俺に言えば良い」

「っ、そ、そっか……」

 

 ヒーローが風紀委員に所属しない理由はなんとなく察しがついていた。ルール違反でも正しい行動が取れるからだろう。

 もしかしたら、この人なら処分対象の野良犬を、助けてくれるかもしれない。

 そう思った時、本当の意味で頼れる人が来てくれた、と思ってしまった。それと同時に、この人は本当に人気とか度外視で、人の為を思ってヒーローをしているのだと理解した。

 そう思った時には、思わず口から漏れていた。

 

「……お願いします。二丁水銃さん」

「何?」

「友達を……助けてください」

「……任された」

 

 


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