とある科学の超人兵士。   作:バナハロ

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キャプテン・スパイダー・ウィンターソルジャー。

 さて、でかい口を叩いた以上は、自分もなんとかしないといけない。

 その上で、なるべく直前まで風紀委員に言うべきではない。何故なら、信頼に関わるから。あの子は規則的に見て「野良犬は駆除対象」と言う現実を見て、風紀委員にその面を隠している。

 ならば、不可抗力以外でその情報が漏れるのはダメだ。

 そして、それに追加して犬を助けるのは白井黒子でなくてはならない。予知能力者に干渉出来るのは、空間転移だけだから。

 その仮説が正しい保証はない。非色としては、もう一つの可能性として「単純に事故が起こってから助ければ良いのかも」という説を推したかった。

 何せ、美山がやった方法は「事故が起こるポイントを避ける方法」というもの。事故が起こった所をギリギリで助ける、と言うやり方は試していない。

 小学生だし、自分が怪我する可能性の方が大きいから仕方ないが、それであれば自分も救援に行ける。

 ……とはいえ、人の生き死に、あるいは怪我がリスクにある以上、確実に助かる方法があるのに試すわけにはいかない。

 そんなわけで「何も知らない黒子に犬を助けさせる」しかないのだ。今日は支部内にヒーローとして参加した非色は、既に美山を含めた全員が集まっている部屋の中に入り、開口一番で挨拶した。

 

「こんにちは。所で白井さん、犬って超可愛いと思いませんか⁉︎」

「え、なんです急に?」

「ちょーっとこっち来てくれるお兄さん?」

 

 唐突に立ち上がった美山が、非色の手を引いて支部から出て行った。入り口前で低身長ながらに壁ドンをして来るが、あまり怖くない。でも、子供ながらに気迫はあった。

 

「っ、ど、どうしたの……?」

「何? あの聞き方。バラしたいの? バラすなら普通にバラしてくれない?」

「いやそんなつもりは……」

「あんな聞き方したら、誰だって引っかかるから。今までどうやって生きてきたの? 頭脳戦とか出来ないの?」

「え、そ、そう……?」

「そうだから。あんまり下手に意識をすり込ませようとしないで」

「す、すみません……」

 

 小学生に迫られ、謝るヒーローがそこにいた。貫禄なんてゼロである。

 改めて二人は部屋の中に戻る。

 

「どうしたの?」

「サイン欲しかったんだって。ペンと紙ないから保留だけど」

「それ、今必要ですの?」

「あ、あはは……まぁ、美山くんもまだ子供ですから」

 

 適当に誤魔化しながら、改めて話を進める。

 

「で、今日の現場は?」

「ペットショップ? 俺、犬が見たい!」

「なんです? さっきからその犬推しは」

「はい、だからヒーローさんちょっとこっち。鞄で良いからサインして」

 

 再び外につまみ出された。再び壁ドンするように手をつき、無表情ではなく眉間に皺を寄せて低い声を出す。

 

「だからさ、何? 何なの? 一々、押さないと気が済まないの?」

「いや、あの……少しは犬が好きになれば、もしかしたらって事も……」

「その結果、駆除対象になったらどうしてくれるの? 助ける助けない以前の問題になっちゃうんだけど」

「あ、はい……スミマセン……」

 

 そのまま鞄にサインだけして部屋に戻った。二度目なので、ほか3人はジト目で眺めている。

 

「ねえ、さっきから何してるの?」

「何か私達には隠し事でも?」

「そうです。共有できる情報は教えてくれないと、信頼出来ませんよ?」

「「何でもない、何でもない!」」

 

 慌てて首を横に振った。が、疑念は晴れない。ジト目で睨まれてしまっていた。

 

「そ、そんなことよりほら! 次の予知の場所行かないと!」

「……そうね。次の予知まであとどれくらい?」

「あと、10分ほどです」

「よし、急ぎましょう」

「そうだよ! もしかしたら、犬の散歩をしている人が巻き込まれているかもだし」

「ヒーローさんヒーローさん」

 

 言った後、後悔したがもう遅い。自分の腕を強くツネっている小学生が、自分を真っ直ぐと睨みつけて言った。

 

「出て行って」

 

 追い出された。

 

 ×××

 

「最近の小学生って怖いですね……」

 

 そう不満をぶち撒けるのは、スーツを解除した固法非色。そして、それを聞くのは、木山春生だった。

 

「いやいや、君が悪いだろう。少しは人との会話力を磨いた方が良い」

「変なこと言ってました? 俺は来るべき予知の時に備えて、動物愛護の心を白井さんに……」

「やり方だろう、問題は。不自然に犬の話をねじ込み過ぎな部分だ」

「不自然ですか?」

「不自然極まりないだろう」

 

 言われて、非色は顎に手を当てて唸る。……今にして思えば、確かにそうかもしれないな、と今更ながら思うようになって来た。

 

「……俺が悪かったかー……」

「まぁ、失敗を繰り返して学ぶのが人間だ。特に、君の周りの人達は、その程度の失敗で距離を置くような人種ではないだろう?」

 

 白井黒子も、固法美偉も、御坂美琴も、佐天涙子も、初春飾利も、自分と離れることはないだろう。何せ、人外と分かっても一緒にいてくれているから。

 

「……そうすね」

「それより、これを使いたまえ」

「?」

 

 差し出されたのは、いつもの変身に使うプレートだった。受け取ると、若干前より重い感じがしたが、それ以外に大きな差は感じない。

 

「何が変わったんですか?」

「まずは変身だ」

 

 勿体ぶられてしまった。

 とりあえず、サングラスで顔を包んだ後、胸にプレートを当てて、ボタンを押しつつ軽くジャンプする。それにより、プレートを中心に布が広がり、自分の身を包み込んでいく。

 特に大きな差があるようには感じない。それを察してか、木山は次の指示を出した。

 

「次は、マスク内で『盾を』と言ってみたまえ」

「『盾を』」

 

 言われるがまま言った直後、胸のプレートの中央が、フチを残して外れた。大きさは直径30センチ弱……であったが、手に持った直後、周りから格納されていたシールドが広がり、直径50センチほどにまで広がった。

 

「盾、ですか……?」

「そうだ。君は相変わらず自分を大事にする事を知らない男だからね。余計な世話を焼かせてもらった」

「おお……か、カッコイイ……!」

 

 目を輝かせて、その盾を見下ろす。そこで、ふと気がついたのは広がった盾の端が、ゴムのような材質で出来ていること。

 

「ゴム、ですか?」

「盾自体は左手と同じ材質だが、それでは君が盾を攻撃に使った際、殺傷能力が高くなってしまう。気持ち程度のものだが、相手に大きな怪我は負わさないようにした。……実際に、投げてみるかい?」

「良いんですか?」

「なるべく、壁を狙ってね。パソコンや機材にはぶつけないように」

 

 言われて、非色は盾を持つ。フリスビーなどやったことは無いが、そこは要練習だろう。

 とりあえず壁に目がけて、フチを包むよう手首から腕を沿って持つと、身体を回転させながら一気に投げた。

 飛ばされた盾は、壁に衝突すると跳ね返り、パソコンの方へ向かった。

 

「やばっ……!」

 

 慌てて走り込み、ヘッドスライディングをするように飛び掛かって被害を出す前にキャッチし、受け身を取った。

 

「と、そのように角度を調整して放てばバウンドもする。一度の投擲で、複数の相手を大きな怪我なく圧することも可能だ」

「先に言ってくださいよ!」

 

 とても「機材を壊すな」と言った人の言動ではなかった。完全にからかわれている。

 

「投げる際、バウンド先の計算はサングラスがやってくれる。慣れるまで、それで測った方が良い」

「分かりました」

「それから、左手の腕時計……或いは鉄の手袋であれば、強引に盾を回収することもできる。それらの操作も、マスクの音声認識がこなしてくれるから、その辺は自分で慣らしてくれ」

 

 すごい、と非色は内心で感動する。今、非色の身の回りにあるあらゆる装備を使ってコントロールできるようになっている。

 これで、守れる人の数もさらに増えそうだ。

 

「これ……もし壊れたら?」

「私が直す。遠慮する事はない」

「なんか……すみません。何から何まで」

「言ったはずだ。私は君に助けられた。ならば、今度は私が君をサポートする、と。……けど、忘れないで欲しいのは、君自身を守るためのものでもあるということだ。自分を、もう少し大切にする事は、必ず頭に入れておくように」

「はい!」

 

 ここまでして貰えば、流石に自分を大事にしないわけにはいかない。少しは頭の片隅に入れておくことにしながら、とりあえず盾を手にした。

 

「これ、変身前に盾にすることはできます?」

「もちろん。ただ、悪い奴に悪用されない為に、解除などは全てマスクの音声認識にしてある。君の声……或いは、君がサングラスを貸し出すと判断した際の人間にしか使えない」

「分かりました」

 

 それを理解し、非色はもう一度、盾を投げる。ゴン、ゴインッ、ゴウンッと鈍い音を立てながらバウンドを繰り返し、機材に被害を出す前に音声で回収し、左手に戻す。

 中々アリだ。早速、使ってみたいが……追い出された以上、一七七支部の応援に行くわけにはいかない。

 そもそも、黒子にしか助けられない人もいるのなら、下手に介入も出来ないのだから。

 

「あの、木山先生。何かお手伝いすることはありますか? お礼に何か出来れば……」

「大丈夫だよ。私は、君が元気な姿を見せてくれるのなら、それで良いのだから」

「で、ですが……お世話になりっぱなしというのは……」

「私は今、君に掛けてもらった世話を返しているんだ。実験の被害者であったあの子達、そして君達が元気でいてくれていれば、それ以上の報酬はない」

「……」

 

 それを言われると、非色は何も言えない。本当に、木山先生は義理堅い人なのだろう。

 

「私の事は構わず、若者は元気にしてくれたまえ。何事も、元気ならばそれで良いさ」

「なんか……木山先生、おばあちゃんみたいですね!」

「おばっ……」

 

 直後、一気にショックを受けたように木山は硬直する。非色としては褒め言葉だった。自分のお婆ちゃんなど見た事はないが、よく姉が見ているドラマに出てくる「孫を見るおばあちゃん」にそっくりだった。

 まぁ、そんなことを言えば、女性がキレるのは当然であって。

 

「君はそろそろ、言って良いことと言ってはいけないことを学ぶべきのようだ……」

「え?」

「そこまで言うのなら、手伝ってもらおうか。私の仕事を」

「いやあの……さっきはいいって……」

「女性に無礼な口を聞いたらどうなるか、身を以て知ったら良いさ」

 

 その日、非色は日付が変わるまで帰ることはできなかった。

 

 ×××

 

 一方で、黒子と美山達は、手際良く事件や事故を解決していった。浮気現場の仲裁、輸送中の爬虫類の捕獲、カツアゲへの介入、他に何度も間に入った。

 一つ一つは楽な仕事ではあるものの、数が溜まれば疲れも溜まるというもの。

 

「ふぅ〜……」

 

 肩を軽く揉みながら一息つく黒子に、美山はハンカチを差し出した。

 

「お疲れ様、相変わらずの手際だね」

「どうも」

「足、擦ってるから使って」

「あら……ありがとうございますわ」

 

 ありがたく受け取り、ほんの一滴とはいえ、血が流れ落ちる脚にハンカチを当てる。

 

「フフッ、無感情に見えてレディの扱いは心得ているようですわね」

「まぁ、できるだけ女性に対しては気を使うべきだとは思っているよ。……とはいえ、黒子に気を使うと、あまり良い思いをしない人もいるみたいだけど」

 

 美山が言うその男は、言うまでもなく固法非色の事だ。

 

「あなた、気付いていましたの?」

「うん。前の事故の時、僕も一部始終を見ていたからね。その間に、黒子と非色が仲良くしているのを見ていたから」

「意外と抜け目ないんですのね……」

「美偉と非色は姉弟なんでしょ?」

「ええ」

 

 義理の姉弟であることは黙っておく。超人である事はヒーローである事に直結してしまうから。

 自身の怪我の手当てをするのは慣れているから、黒子は軽く足の傷を拭くと、応急チューブを使って処理する。

 その慣れた手つきを見て、美山はふと聞いた。

 

「黒子は何故、風紀委員に?」

「へ?」

「僕には、どちらかと言うと黒子もヒーローのようなことをしたがるように見えるから」

「……それ、どういう意味ですの?」

「別に他意があって言っているわけじゃないよ。ただ、他の支部との縄張り荒らしとか、警備員がやるべき仕事も黙って勝手にやっちゃうあたりとか、ルール無視で自分のやるべきことをしているように見えたから」

「それを他意って言うんです」

 

 そこをまず訂正してから、黒子はため息をつきつつ答えた。

 

「ヒーローなんてやろうとする程、常識がなかったわけではありませんでしたので、その発想さえありませんでしたわ。風紀委員に所属した理由なんて……そうですね。一応、学園都市の治安維持のため、といった所でしょうか」

「ふーん……つまり、正義の為ってこと?」

「まぁ……そういうことになるのでしょうけど……」

「でも……風紀委員にはルールがあって、それに従う以上は黒子の正義じゃなくて、風紀委員の正義を守ってる、って事になるよね」

 

 その言い方にも、やはり他意を感じてしまう。つまり、この少年は何が聞きたいのだろうか? 

 

「どういう意味です?」

「ごめん、別に風紀委員を否定したいわけじゃないんだ。……けど、二丁水銃とこの前、話して、やっぱりこの人は風紀委員とは違うなって思ったから」

「……そうですわね。あの方は、私達とは違いますの」

 

 黒子の目から見ても明らかだ。と言うより、美山よりも強くそれは感じている。

 

「どちらの方が正義に近いか、と問われれば、私は間違いなく答えられます。ヒーローの方にありますわ」

「……」

 

 その答えを聞いて、美山は目を丸くしてしまった。まさか、風紀委員の口からそんな答えが出るとは夢にも思わなかった。

 

「意外、ですか?」

「うん。少し、驚いた」

「私達が行う正義は、いわば『学生に行える範囲での正義』です。ですが、彼の場合は『自分がやるべき範囲の正義』です。故に、普通の学生が飛び込もうとは思わないような、危険な範囲にも足を踏み入れる事が出来ますの。それは危険域だけでなく、自分の中の基準やルールをしっかりと持った上で、ですわ」

「……それを聞くと、ただの利己的な人にも聞こえるよね」

「ええ。それどころか、傲慢でさえあります。……しかし、夏休みに起こった『幻想御手』の事件は覚えてます?」

「うん」

 

 あの事件は割とニュースなどで大々的に取り上げられた。美山にはそんなものに興味は無かったが、自分より年上の人達に何人も被害者が出たらしい。

 

「あの時、能力が大幅に強化され、好き放題暴れ始めた武装集団を鎮圧する必要が出ました。それらを鎮圧する許可が出ているのは警備員のみ。風紀委員の仕事でもありませんわ。であれば、一般生徒の介入など以ての外。しかし、実際に鎮圧したのはヒーローでした」

「……なるほど?」

「ルール違反ですが、正しい行動ではありましたの。勿論、自分が信じた正義を行う人間だらけになってしまえば治安は悪くなるでしょう。私達が行っているのは、その何通りもある正義の最大公約数となり得る基準を守る事。しかし、それでは止められない犯罪を止めるのが、ヒーローの役割だと考えています」

 

 勿論、間違っている面は黒子が止めた。正義に身を捧げ過ぎて孤独になろうとしたりするのは、どう考えても違う。

 ヒーローと風紀委員、共闘出来れば、学園都市の治安はさらに良くなる事だろう。

 

「あなたは、どちらを選びますの?」

「え、僕?」

「あなたにも、興味がある話でしたのでしょう? ……ここだけの話、ヒーローにも協力者はいます。正義に憧れがあるのなら、考えてみてはいかがですの?」

 

 そう言うと、黒子は報告のため初春に電話を掛ける。その黒子の背中に、微塵も迷いは感じられない。

 黙り込んでしまった美山は、青空を眺めながら言い訳をするように呟いた。

 

「筋道や解法のないものは、僕にはよく分からないや」

 

 


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