さて、問題の現場。公園の封鎖と、風紀委員……それも透視能力を持つ固法美偉による検問もあり、万全を期して事故の対策が行われた。
付近の風紀委員の支部にも協力を呼び掛け、白井黒子は初春がハッキングで用意したスカウターを装備し、ヒーローまでもが街灯の上に配置され、準備は万端だ。
……唯一の懸念は、予知能力者である美山が貧血で現場に来れない事だが……まぁ大丈夫だろう。
いや……もう一つ問題はあった。黒子には、街灯の上で座っているマスクのヒーローが、少し元気ないように見えた。
死ぬ心配なんてしていないが、死の危険性は十二分にある任務にこれから当たる。早めに解決させておいた方が良い。
……が、ヒーローの性格は知り尽くしている。一年にも満たない付き合いだが、わかりやすいから。従って、普通に聞いても「なんでもない」と逃げられるだろう。
……つまり、逃さない方法を取るのがベストだ。
「受け止めて下さいな〜!」
「? くおっ……⁉︎」
二丁水銃の真上に横になってテレポートした。すぐに反応したヒーローは慌ててお姫様抱っこでキャッチ。
「な、何してんの⁉︎ バカなの⁉︎」
「固法先輩となにがあったのか、お話し願えますか?」
「え……そ、その事のために投身自殺未遂を⁉︎」
「ええ。信用していましたので」
「……別に、何もないよ」
なんというか、本当に学習しない男である。だが、そこまでは予想できた。なので、いらつかないように堪えて声を掛けた。
「なるほど。では、私は恋人にはなりましたが、相変わらずあなたに信用されない女性と言う事ですのね。まぁ、別に全然、構いませんが」
「えっ?」
「私はあなたを信用しきっていたので、このような文字通り身を投げる博打に出たのですが……まぁ、あなたには出来ませんよね」
「や、あの……」
「分かりました。世の中のカップルには様々な距離感がございますが、私達はその程度の関係という事で……」
「あーもう、わかった。わかったから……!」
拗ねられる前に謝ったのは正しい判断と言えるだろう。実際、黒子はそれを聞くなり笑顔で満足げに頷いた。
「はい、よく出来ました」
「……幼稚園の先生かっつの」
「はい?」
「いえ、なんでも」
にっこり微笑むと、ヒヨったように目を逸らされる。度胸があるのかないのか、分からない男である。
「で、何が?」
「……後でもよろしいですか? 今、話すと……その、事が起きた時に困るので」
「……」
「や、ホント逃げませんから」
……本気で言っているようには見える……が、信用は出来ない。何せ、相手は逃げの達人である。
「……まぁ、分かりましたわ」
「ほっ……」
「ただし、逃げたら……」
「え、に、逃げたら……?」
「そうですね……放課後、あなたの中学に行って、校門前で接吻して差し上げましょう」
「せっぷく?」
「キスのことですの」
「勘弁して⁉︎」
「では、逃げない事ですわね」
そう言いながら、クスッと楽しそうに微笑んだ黒子はその場を一度、テレポートで立ち去った。
本当に操りやすい……と、思う反面、自分で言ったことが少し恥ずかしくなる。人前でキスするなんてはしたない真似を、よりにもよって自分が言うなんて……。
でも、まぁ……人前かどうかはともかく、そろそろ彼氏とキスするのはアリかも……なんて思っている時だ。
ボンッ、と眩し過ぎる閃光が公園から光った。
「!」
「始まった」
「白井さん!」
美偉の掛け声で、黒子は出撃。非色もその後に続いて、火の海の中へ飛び込んだ。
被害者に一時的に装着するための酸素ボンベを持ち、黒子自身もそれを咥えて。
×××
夢を見た。自身がこのような行動に出る事になった、きっかけとなる夢を。自身が望んで手に入れたわけでもない能力に対し「悪趣味」とケチをつける人間がいる。
そして、自分の能力は何故か、惨劇の瞬間のみが映し出され、いつしか「自分が不幸を呼ぶ」とさえ言われるようになった。
そんな事があってか、友達と呼べるのは人間ではなく一匹の野良犬のみ。しかし、それに別に不自由を感じたことはない。
それでも……やはり、この街にいる以上、能力を使わないわけにはいかない。幾度も繰り返すうちに、次に起こる惨劇を捉えた。
対象となる子は、自身をいじめていたリーダー格の少女。いつも顔を見ていたからすぐに分かった。
虐めていた相手……だからって、見捨てるわけにはいかない。学園都市にいる変なマスクのヒーローだったら、絶対に見捨てない。
だから、研究所から秘密で写真を持ってきて対策も立てた。……が、やはり避けられなかった。
その少女からは「やっぱり自分が不幸を呼ぶ」と責められ、お見舞いに行っても追い出され、唯一の友達に愚痴りに行った。
そんな中、次の被害者はその友達だった。やはり、自分が不幸を呼ぶのか……いや、あきらめきれない。ペロがいなくなったら……とにかくなんとかしないと。
そして、動き出してようやく見つけたのが……ツインテールの風紀委員だった。
「っ……!」
ハッとして目が覚める。最初の予知の時刻は過ぎている。故に、自分の友達が凄惨な目に遭う時間にも近付いているわけだ。
「しまっ……!」
慌てて病室を出て行った。ヒーローには犬のことは伝えてある。けど……助けるのはヒーローではなくあのテレポーターでないとダメだ。
どうするつもりなのかわからないが、自分だけここでじっとしてはいられない。すぐに、公園に向かった。
×××
炎の海、と最初に揶揄したのは、確か何かしらの本のタイトルだっただろうか? それを読んだことがあるわけではないが、見事に的を射た表現だな、とその中にいれば思う。
見渡す限り炎、炎、炎。サングラスの機能がなければ、目が焼けていたかもしれないし、被害者の姿さえ見えない。
その上、自身が作り出した液体は炎や電気などの高熱に弱い。従って、炎の中での活動は予想以上に厳しかった。
それでも、やるしかない。それが、被害者を見捨てる理由にはならないから。
「きゃああああ!」
「ヤバい、ヤバいって!」
「やべっ、息が……!」
「息を整えて落ち着く所から始めてみようか。人間、まずはリラックスしないと落ち着いた思考は出来ないからね」
逃げ惑う三人の男女の間に降りたヒーローは、腰につけているポーチからボンベを取り出し、口に付ける。
「っ、ひ、ヒーロー?」
「た、助かった……」
「うん。もう助かったよ。よく頑張ったね。じゃあ、君は背中、君は右脇腹、君は左ね」
言いながら、三人を持ち上げて地面を蹴った。マスクの機能を使い、黒子を見つけると大声を上げる。
「サンタさん、煙突を通ってプレゼントを届けてあげて!」
「任せなさい、トナカイさん!」
黒子は黒子で助けた人をテレポートさせ終えた後、そこに向かってさらに三人、放り投げられる。
「「「嘘おおおおおおおお⁉︎」」」
三人が絶叫したのも束の間、それらに触れた黒子が、見事に公園の入り口までテレポートさせる。
「ナイス!」
「なーにがサンタさんですの?」
「被害者を待つ医療班の方々の元に、炎の中、届けてるんだから的外れじゃないでしょ?」
「不謹慎ですわ。いいから、さっさと仕事をなさいな」
「はいはい。……無理しないでね?」
「こちらのセリフですの! 酸素ボンベもしないで!」
「カッコ悪いからヤダ」
「このお子様!」
実際、必要はないのだが、あったほうが安全ではあるのだ。
「原因は分かった?」
「いえ、まだなんとも……ただ、燃えているのは桜の木だけのようですの」
「そういや、時期外れの桜が咲いてるんだっけ……」
「それより、今は被害者の救助を優先しましょう」
「はいはい」
そのまま再び二人で被害者の捜索をする。黒子はモノクルで、そして非色はサングラスで。
特に、非色には野良犬を助けると言う使命もある。今回の功労者である少年だけ救われない、なんて事は許されない。
そんな風に思いながら移動する中、ふと遠くに目に入ったのは被害者二人の姿。女性の方が倒れてしまっている中、横たわってしまい、そしてその背後には炭になって今にも倒れそうな木が見える。
「『アイギス』!」
液体は使えない、そのためすぐに盾を使うことにした。
胸から外れたそれは丸盾の形を為し、思いっきり投擲する。狙いはリフレクト。
盾は、倒れている女性を庇うように、その上に四つん這いになった男の真上を抜けて倒れそうになる木に直撃。木を弾くと共に、男の方の背中に直撃し、男を非色の元へ吹っ飛ばし、再びバウンドして吹っ飛ばした木に直撃。
再度、バウンドすると、今度は倒れている女性にも当たり、バウンドして女性もこちらへ、そして盾も木にバウンドして非色の方へ迫って来た。
「「ぎゃああああああ!」」
吹っ飛ばされて来る男女を迎えに行くように走り込み、キャッチした後に、最後に向かってくる盾をバク宙しながら、爪先で掠らせるように蹴り上げ、フル回転させながら少し宙に浮かせた後、キャッチするように盾を胸で受け止め、収納する。
「ナイスガッツ、彼氏さん」
「は、吐きそう……」
「え、や、やめて……白井さん!」
「人使いが、荒い事!」
「人手が足りないからね!」
二人をまた黒子の方へ放ってテレポートで公園の入り口まで送ってもらう。
「ふぅ……よし。セーフ」
「何ですのその盾」
「カッコ良いでしょー?」
「……あなた、どこを目指しているんです? キャプテン・ウィンター・スパイダーマン?」
「あとアイアンも入れたいなぁ……」
「ハルクだけは混ぜないように」
「気を付けます」
なんて話しながら、二人で捜索を続ける。
しかし、犬は見つからない。この公園の中にいる被害者の数は把握している。それらを探す過程で犬が見つかれば良かったが、そう簡単にもいかないようだ。
そんな中、ふと黒子から「あっ」と声音が漏れる。
「どしたの?」
「あれは……?」
呟きながら、木の根元にテレポート。片膝をついて見かけたのは、何かしらのアンプルだった。
「これは……」
声を漏らした直後だった。ふと黒子に影が差す。ハッとして上を見上げると、木の枝が焼け落ちてきたのが見えた。
「え……」
声を漏らした直後だ。その間に挟まる非色。盾を片手に頭上で構え、木を塞いで見せた。
「! ひ、ヒーローさん……」
「ダメでしょ、油断したら」
「っ……い、いえ……あなたが来ると、信じていましたので」
「膝、震えてるけど?」
「い、いけずなお方ですのね……」
「普段は、そっちの方がいけずだからね……」
燃え盛る炎の中、二人はうっとりした表情で見つめ合う。もちろん、当たり前だが黒子は初春には通信しっぱなしなわけで。
『二人とも、私には声が聞こえてますよ?』
「「……」」
捜索を続けた。
×××
そのままとにかく二人で怪我人を救助し続け、特に大きな怪我をした人を見つけたわけでもなく、全員大事には至らずにそれを完了した。
真夏よりも暑い環境にいた中でようやく仕事を終えた黒子と非色が戻って来る。
「これで全員……ですわね?」
「お疲れ様、白井さん。非……ヒーローくん」
「ありがとうございますわ」
美偉が声を掛けるが、非色は返事もしないで逃げるように街灯の上に戻る。そして、再び炎の中に戻った。
「えっ、ちょっと⁉︎」
「……あのバカ」
逃げた? と黒子が思う中、美偉は呆れたようにため息をつく。
すぐに黒子が後を追おうとしたが、それを美偉が止めた。
「待ちなさい。放っておいて」
「え……ですが」
「どうせ、炎の中を突っ切って私から逃げる気だから。今はそれよりも、火事のことを優先しなさい」
「……」
もしかして……さっき非色の様子が変だったのは、美偉の事だろうか?
ていうか、多分そうだろう。よく喧嘩する姉弟だなぁ、と思う反面、まぁ今は確かに火事のこと優先と思うのも分かるので、とりあえず黙って自分も報告すべきことをすることにした。
「固法先輩、こちら……桜の木に刺さっていたアンプルです」
「アンプル?」
「公園内を見て回っていると、激しく燃えているのは桜の木だけでしたので、何かあるのではと思い、持ち帰りましたわ」
「ありがとう。すぐ調査するわ」
そう言いながら、化学班の人に手渡しに行く義姉の姿を眺めている時だった。
黒子のスマホに電話が入る。非色からだった。
『白井さん?』
「非色さん、あなた何して……」
『もう一人、助けないといけない子がいる』
「……はい?」
『白井さんは信用してる上で言うけど、野良犬なんだよね。美山って子の友達らしい』
「野良犬……なるほど。あなたらしい理由ですわね」
つまり、逃げたわけじゃない。
野良犬は駆除対象。姉は喧嘩中。信用出来るのは黒子と初春だけ、ということだろう。
『初春さんに俺の携帯、逆探知してもらって。犬が見つかったら、テレポートして助けてもらいたいな』
「ええ、了解致しましたわ」
頼ってくれてる、そんなことが少しだけ嬉しくて、笑顔で頷いた。
×××
数日後、ヒーローと白井黒子の阿吽の呼吸とも呼べるコンビネーションにより、怪我人も犠牲者も出す事なく、事件は終えた。
火事の犯人は女学生。秋にも桜が咲いたら素敵だな、と思ってインディアンポーカーで学んだ知識を活かしたアンプルを作ってみたら、火事になってしまった……と、とにかく謝り倒していたらしい。
さて、そんな話はさておき、白井黒子、初春飾利、固法美偉は病院に訪れていた。今回、様々な事件解決に力を貸してくれた美山のお見舞いである。
一応、外を歩ける程度には回復したため、病院の庭で出歩いている。
「……ペロは、前の学校の友達が預かってくれることになったんだ」
「それは良かったですわね」
「うん。離れ離れにはなっちゃうけど……でも、生きていれば会えるから」
「そうね」
当分、能力のリミッターを外すのは禁止と言われてしまったが、まぁ仕方ない。
「所で、白井」
「なんですの?」
「ヒーローさんは、どうしてるの?」
直後、バギッと何かを握り潰す音。何かと思って顔を向けると、美偉がニコニコしながら、携帯を握り潰してしまっていた。
「あらいけない。力入れすぎちゃったわ」
「……え、こ、怖っ……」
「……固法先輩。落ち着いて下さいな」
黒子は聞いていた。何があったのかを。左手の件がバレたらしい。隠していた方が悪い感じもあるが、だが言いにくかった気持ちも分かる。何せ美偉は保護者の立場。その弟の片腕がなくなってた、なんて知ったら、責任感ある人なら普通にまず自分を責めるだろう。
そうならないよう隠す気持ちも分かってしまった。
「ま、まぁまぁ。ヒーローでしたら、どうせ何処かの事件でも追っかけて、いるのだと思いますわ」
「そっか……お礼、言いたかったんだけどな」
「その必要はありませんわ。何せ、彼はヒーローですから。助けるのは当然、とでも考えていると思いますの」
「……ふぅん。そっか……」
「ほーんと、カッコつけさんですからね?」
初春がニコニコしながら頷く。しかし、だからこそ多くの少年少女にとっては憧れの的になってしまうわけで。
空を眺めながら、美山はポツリとつぶやいた。
「……僕も、なれるかな。ヒーローに」
「やめておきなさい」
その美山を止めたのは、固法美偉。流石に看過出来ない、とでも言うように口を挟んだ。
「ヒーローなんて、結局の所、利己的で自己中心的で、一番大事なものを見逃すものよ。あなたが本当に他人のために力になりたいと思うのなら、ちゃんと公的な活動を行う場所にするべきだわ」
「そう……かな?」
「ええ、そうよ。……あなたも、もし風紀委員に興味あったら、いつでも私たちに連絡しなさい?」
「……うん。ありがとう」
その会話を聞きながら、黒子は少しだけ冷や汗をかいた。本当に、今ヒーローは何をしているのか気になる。
自分にはちゃんと打ち明けてくれたが、姉の元にはもうずっと帰っていないらしい。
彼の抱え込み、それを漏らすくらいなら逃げてしまう性格に、黒子は少しだけ嫌な予感がしていた。この先、取り返しがつかないようなことになりそうで。
そんな中、その黒子に再び美山が声を掛けた。
「そうだ、黒子。これ……」
「? なんです?」
「予知の写真を撮ってきた中で、一枚だけまだ起こってない事件がある」
「……どれですの?」
「これだけど……ちょっと、強烈だから。覚悟して見た方が良いかも」
手渡された写真を受け取り、三人で覗き込んだ。
直後、三人とも顔を顰める。何故なら、あまりにも現実離れした化物の写真だった。
全身は赤く、非色の筋力を余裕で超える、上半身。怒りに満ち溢れたその化け物は、一緒に写っているホスト風の男の四倍は広い体積を誇る肉体をしていた。
何せ、一緒に写っている男の頭を握り潰すかのように広げられた手の平は、明らかに男の上半身より巨大だ。
「……漫画の1シーンですの?」
「その割に、画風のタッチはリアリティがありますね」
「ていうか、どんな未来を撮ったらこうなるのよ……」
「僕もそう思うよ。……でも、これまで僕の予知が外れた事なんてない。本当なら、ヒーローさんにも見て欲しかったんだけど……とりあえず、お姉さん達に預かっておいてもらいたいな」
「まぁ、一応ね」
美偉が受け取った。
もう一度、三人で写真を見る。この真っ赤な筋肉が肥大化した人間のような外見。そこから感じるのは、ただただ怒り……純粋な怒気が強く感じられる。
何にしても、この太い腕や足から攻撃を貰えば、一撃で死にかねない。
何が起こってこうなるのかは分からないが、とりあえず頭の片隅に入れておくことにした。