変わったようで変わってない。
「なるほど……左手の件、バレてしまったか」
「は、はい……」
「というか、まだ隠してたんだねぇ」
それを聞いて、少しだけ「うっ……」と声を漏らす。相変わらず自分の意気地の無さが腹立たしい。
場所は木山の研究所。相変わらず困ったらここにくれば良い、という考えが染み付いてしまっている。
自分でもこれが良くないことであるのはわかっているが、どうしても帰ることができない。怖くて。
「……はぁ、心配……してるのかなぁ」
「それはしているだろう」
「でも、キレ方がいつもと違うんですよ……あれ、多分間違いなくヒーロー辞めさせるつもりだと思います」
「……まぁ、後遺症どころか、身体の一部がなくなってしまっているわけだからねぇ」
普通の保護者ならやめさせる。正直、木山自身も悩むことがなかったわけではない。
だが……それでも、やはり助けられた身として、他にも助けを待つ人達のことも考えてしまう。そして、それを助けられるのはヒーローだけなのかも……と、思うと、やはり許可をするしかない。
だから、装備や武器を提供し、非色にも非色を大切にする事を理解してもらおうとしていた。
「すみません、木山先生。もしかしたら……木山先生にも姉からクレームが入るかもしれませんね……」
「そんな事、気にしなくて構わないよ。それを覚悟して、私も協力している」
「もし、訴えられるとかそういう話になったら、俺に無理矢理、従わされてたとか言って良いので……」
「言わないよ。……というか、そういうとこだよ。君のお姉さんが君にヒーローを続けさせたくなくなるところは」
「えっ」
良い提案のつもりだったのだが、割と怒っているような声音で返されてしまう。
「もう何度言っているかわからないが、なんでも自分で背負い込み、罪さえ被ろうとするのはやめたまえ。頼ってもらえない、ということもまた、他人にとっては酷く堪えることに繋がることに、いい加減、気がついた方が良い」
「……そ、そうですか?」
「一方通行の件で、それは少しは学んだと思っていたが?」
「……」
そうだった。それで、白井黒子を泣かせてしまった。あんなことも、繰り返してはいけないことなのに。
「……謝ってきた方が、良いでしょうか?」
「君がそう思うのなら、そのようにした方が良い」
そうだ、いつも正しさにこだわって行動してきた。それを、間違っていると分かってて踏み外すのは、ただの逃げでしかない。
「よし、謝って来ます!」
「うん。頑張ってきたまえ」
「……その前に、謝る練習だけ付き合ってもらっても良いですか?」
「……」
戦う練習はしないのに、謝る練習は必要なあたり、やはり半年ほど前まで小学生だった名残はあるヒーローだった。
×××
さて、帰宅しないといけない。姉に謝るために、とりあえず研究所を出てスーツを着込む。
とりあえず、自宅に向かって高速で移動を始めた。夜の学園都市を駆けて移動する……それは、実は割と楽しかったりする。街灯のみが照らされる街並みの空中を移動するのは、少しだけ気が晴れることがある。
そんな事を思いながら移動する事しばらく。ふと視界に入ったのは、ファミレス。そこから出てくる麦野沈利達、アイテムの面々だった。
「げっ……!」
慌てて見つかる前に近くの建物の屋上に着地し、スーツとマスクを解除する。あの麦野とかいうレベル5……一度、負かしたからか、とても強い恨みを自分に抱いている。ような気がする。
なので、見つかったら街中でもぶっ放してくるかもしれない。気付かれたら……いや、待て。確かあの中の黒い髪の女の人……確か、追跡能力があった気が……こんな急な動きで逃げてしまったら、怪しさはさらに……。
「よっ、と。あ、超一人います。誰か」
「ふぁいっ⁉︎」
ドスンッ、と。目の前に降ってくる少女。というか、研究所で戦った一番小さいのに一番怪力の少女だ。
マズイ、やはり勘づかれてる。もう少し慎重に動けるようにならないといけない……と、冷や汗をかいている間に、その少女……絹旗最愛はこちらへ歩いてきた。
「そこのあなた、超いくつか聞きたいことがあるのですが……」
「ど、どうぞ?」
「なんで私達を見て超隠れました?」
「か、隠れてないけど全然? 俺かくれんぼ苦手だし、なんなら隠れるという行為そのものを恥ずかしくさえ感じ」
「こいつ、隠れようと超してたっぽいです。敵対組織かもしれませんし、吐かせます」
ヤバい、と冷や汗をかく。というか、そろそろ追加のアイテムが来る気がする。
ヒーローだとバレないようにここを離れるには……いや、そうだ。冷静に考えろ。まだ今現在、自分の素顔を見たのは目の前の少女。
暗部の人間は基本的に表には出てこない。出てきても、表の人間と必要以上に触れ合うことは無いだろう。
SNSに書き込まれる可能性はあるが……いや、ない。自分を殺したがっている上司がいるのに、ただでさえ恨まれているヒーローが殺されやすくするような情報を不特定多数にばら撒くとは思えない。
その上、現在非色の顔を見ているのも目の前の絹旗のみ。つまり……。
「……そこのあなた、もしかして……」
「感心しないなぁ、小学生がこんな時間にウロウロするなんて」
「……は?」
いつしか、似たようなセリフを彼女に放った覚えがあるセリフ。それを向こうも覚えていたようで、いらりと眉間に皺を寄せられる。
「オマエ……まさか、滝壺さんが超言ってた通り……!」
「じゃあなっ」
「逃げンなッ……!」
殴りかかってきたのを、ジャンプで回避しながらマスクを装備しつつ、手の平から糸を放って空中移動。その後に続いて、さらにスーツも起動した。
「っ……!」
スピードでなら、自分に勝てるのは一方通行くらいだろう。そのまま……念の為、今日は家に帰らず野宿する事にした。万が一にも後をつけられていた時、自宅がばれるのは困るから。
姉に謝るのは……明日にせざるを得ないだろう。
×××
翌日も学校。従って、昨日は風呂にも入れずに学校に来てしまった。
「佐天さん……今日、部屋のお風呂貸してくれない?」
「え、昨日お風呂入ってないの?」
「というか、家にも帰れてない……昨日は野宿した」
「ええ……な、なんで?」
「ちょっと……色々あって」
なんだろうか。野宿せざるを得ない色々って。殺し屋にでも狙われていたのかな? と、佐天は割と的を射ていることを思ってしまったり。
まぁ、何にしても、それは少し良くないと思って、注意しておくことにした。
「ちゃんと帰らないと、固法先輩心配するよ」
「あー……うん。まぁね」
「……もしかして、左手のことで野宿したの?」
「や……まぁ、最終的にはそうなるのかな?」
「……ほんとバカなんだね」
「うるさいな……」
というか、情けない。本当にこれヒーローだろうか? どんなに活躍しても疑問は晴れない。何なら、今からでもマスクの下はロボットでした、と言われれば信じてしまうかもしれないほどだ。
「……なんか、あれだよね。非色くんって、全然人のこと信用してないみたいだよね」
「えっ?」
「怒られても怒られても同じ失敗繰り返すし、他人に全然、相談しないで抱え込んでもっと酷い目見てるし……なんか、バカみたい」
「えっと……もしかして、悪口言われてる?」
「や、そういうんじゃないけど」
佐天自身、らしくないことを言っている自覚はあったが、そう思ってしまったのだから仕方ない。
「人を頼ったり野宿する前に、謝ったら?」
「も、勿論謝るけど……」
「じゃあなんでお風呂借りようとしたの?」
「あ、謝っても許してもらえなかったら……」
「ほら、全然信じてないじゃん」
「え……」
「固法先輩に『謝ったら許してもらえる』と思って謝るつもりが全くないじゃん。もうダメだった時のこと考えてるし」
「そ、それは……」
「ダメだった後の事を考えるより、どう謝るか、今後はどうするか、本当はどうするべきだったかを考えたら?」
「……」
言い過ぎてしまった。ハッとしたときにはもう遅い。非色は涙目になって、席を立ってしまう。
「…………トイレ……」
「あ……うん」
そのままトボトボと教室を出て行く非色の背中を眺めつつ、思わず少しだけ自己嫌悪。
その佐天の後ろから、ホワホワした気の抜けるような声音が耳に届く。
「珍しいですね、佐天さんがあんなに言うなんて」
「あ……初春。うん……ちょっと言い過ぎたかも。……でも、昨日固法先輩から心配の電話もらったし……」
昨夜、マンションに非色が帰らなかったことを心配した美偉から電話があった。その時の、まるで何一つ非が無いにも関わらず、自分を責めるような声を聞いてしまえば、少しは言いたくなってしまう。
「佐天さんにも、電話があったんですね」
「やっぱり、初春にもあったんだ。……てことは」
「白井さんにも、御坂さんにも来てるんでしょうね……」
これは揉めそう……と、思いつつも、はっきり言って非色に非がある気がする。巻き込まないとか、そういうのは分かる。特に、佐天は自分が非力である自覚もあるし、足手まといになるとは分かっているから、自分を巻き込まんとするのは分かる。
だけど、強い弱いの問題ではなく、そういうので納得しないのは本当に強い美琴と、ただの友達以上の関係になった黒子、そして家族である美偉だろう。
それは、プライドの問題ではなく、単純に自分達が知らない所で非色が傷付けば「自分達がいればそうはならなかったかもしれないのに」と思ってしまうからだろう。
「……私、今回は非色くん助けてあーげないっ」
「そう、ですか……」
「もう、とことん話し合うか……もしくは、非色くんも同じ思いするしかないんじゃない?」
「もう、そう言う冗談はやめて下さい」
なんて冗談めかして言いながら、佐天は小さく笑った。まぁ、そんな思いをさせる事態なんて起こらない方が良いので、実際、冗談で言ったわけだが。
でも……少しだけ美偉が気の毒だった。親代わりで育ててきたつもりの子供が、全然自分を頼りにしてくれない……そういうのは、経験していない佐天でも複雑になる気がして仕方なかった。
住む世界が違うといえば、佐天にも最近、変わった友達ができた。外国人なのに、やたらと日本語が上手な少女。
一度も学生服を着ているところを見ていないし、周りの視線なんて全く気にせず好きなものに夢中なところ、比較的に昼間はレスが早いけど、夜は遅いこと。
でも、それでも良いと思っていた。今でも、十分楽しいから。
さて、それよりも今日の放課後は、また新しいインディアンポーカーを仕入れに行こう。
×××
「はぁ……全くだよなぁ……」
そんな呟きを漏らしたのは非色。放課後になって、セブンスミストの屋上でマスクだけ外したヒーロースーツ姿で、腰を下ろしていた。
謝れていないどころか、失敗した時のことばかり考えて行動している。それは確かに、姉を信頼していない、と言うのと同じことなのかもしれない。
でも……色んな事件に首を突っ込めば突っ込むほど、闇に触れれば触れるほど、この街にはヒーローが必要だと言う自覚が出てくる。
こうして、街を見下ろしているだけでも……。
「……やれやれ」
遠くの公園で爆発音。気が付いた非色はすぐにマスクを展開して突撃した。爆発音はしたが、実際に爆発したわけではなさそうだ。爆煙が出ている様子はない。代わりに、ゴミ箱やベンチなど公園の設備が吹っ飛んでいる。
規則性があるとは思えない……つまり、能力の暴走。
「うわああああ! 止まらなーい!」
公園の街灯の上に立つと、中心では小学校高学年くらいの子の片手から目に見えない何かが放たれ、周囲のものを弾き飛ばしている。
公園内で遊んでいた子供達も巻き込まれかねない。その為、まずは周囲の子供達を公園から出す……!
直後、宙に舞い上がったベンチが、子供達の元に落ちているのが見えた。
「!」
「うわっ……!」
すぐに、その子供達の前に着地し、ベンチをキャッチする。
「! 二丁水銃……!」
「カッケー!」
「はいはい、ありがとう。とりあえず落ち着いてね!」
そう言いながら、子供達をベンチの上に乗せていき、そのベンチを担いで公園の生垣を飛び越え、強引に外に出た。
「なるべく遠くに逃げて!」
そう言って子供達を逃してから、すぐに公園に戻る。暴走している子供を前に、サングラスの機能を使い、AIM拡散力場を視認。そこから安全なルートを選んで突撃すると、子供の身体を抱えた。
暴走がどうしたら止まるかなど分からないが、こうなったら吐き出すだけ吐き出させれば良いだろう。
そう決めて、子供を抱えたまま、空にジャンプした。
「うわっ……う、二丁水銃⁉︎ た、たたた叩かないで!」
「叩かないよ! 俺が叩くのは、悪い奴だけ!」
高度400メートル程で身体は止まる。なんという高さ……と、子供は呆気にとられる。人生でここまでの高さに来たことなんてないだろうから。
「た、高っ……!」
「大丈夫、落ち着いて。この高さまで来れば、学園都市も綺麗に見えるでしょ?」
「う、うん……!」
「夜だともっと綺麗だよ」
そう答えて落ち着かせた直後だ。手から出ていた能力が止まる。落ち着いたからか、それとも能力を使い切ったからかはわからない。何にしても、一件落着だろう。
「ところで、二丁水銃」
「何?」
「着地は?」
「衝撃に備えて」
「えええええええ⁉︎」
「冗談だよ」
そう言うと、もうすぐ地面に……と、予感する地点まで落ちてたから、非色は盾を真下に放り投げた。回転しながら地面に向かった直後、ゴインっと跳ね返って非色の元へ。
その盾を足場にして、真後ろにバク宙しながら受け身を取り、地面に着地した。
「うえっ……ぷっ、よ、酔った……」
子供をおろしてから、また地面に当たって真上に跳ね返る盾に糸状にした液を飛ばし、自分の方に引き寄せてキャッチし、胸に戻した。
「ふぅ、よし。大丈夫?」
「あ……ありがとう……」
「多分、警備員が来ると思うから、一応検査受けるように。じゃあね」
それだけ言って、非色は大きくジャンプをし、近くのビルの上へ。
例え悪意がなかったってこれだ。能力開発なんてやっているから、事故の多さも名古屋を超える。
だから、ヒーローをやめるわけにはいかない。
「……はぁ、でも……」
姉のためにも、弟をやめるわけにも……と、思っている時だった。
「今日は黄昏れておられていますのね」
「っ……し、白井さん……」
「佐天さんから連絡を受けましたわ。言い過ぎて凹ませちゃったかも、と」
「いや……そんな気にしてないし……」
「そんなしょぼくれた声で言われても、説得力なんてかけらもありませんのよ?」
「……」
そう言いながら、ビルの上で腰を下ろした。
「……まぁ、姉ちゃんのことだよ」
「予想はしていましたが。謝らないんです?」
「うん、いやまぁ……謝れば良いのは分かるんだけどさ……」
「うん。まぁ……謝るつもりなんだけど……でも、佐天さんに言われたことが、やっぱりちょっと引っ掛かって……」
他人を信じていない……というのは、その通りなのかも、なんて思ってしまった。自分は確かに他人に頼るという発想がほとんどない。それは見方を変えれば、他人を信用していないって事なのかもしれない。
「……俺、人間不信なのかな……」
「そうかもしれませんわね」
「うっ……は、ハッキリ言うね……」
「ハッキリ言わないと相談を受けている意味がないでしょう」
それはその通りだわそんなことない、なんて言われても気休めにしかならない。
「まぁ……あなたの考えも、もしかしたら間違っていないのかもしれません。何せ、私も固法先輩も、あなたが見てきた景色は見ていないのですから」
「……」
「ヒーロー活動をこなす上で、もしかしたら私達が想像もしない地獄を見たのかもしれません。あなたが思う以上に卑劣な輩がいたのかもしれません」
その通り。ヒーローと違って、悪党がやれる事は誘拐、人質、脅迫なんでもござれだ。それを大人がやるのだからタチが悪い。
「でも、少なくとも私も固法先輩も、あなたに巻き込まれて、仮に怪我をしたとしても……最悪、命を落としたとしても、あなたを恨むことはありません」
「っ……」
そう微笑みながら告げられ、非色は頬を赤らめてしまう。嬉しいやらでも困るやらで少し複雑……でも、そこまでの覚悟を決められているのなら、やはり話すしかないか……。
大丈夫、何かあっても、自分が守れば良いだけの話だから。
そう覚悟を決めて、とりあえず姉に謝ろうと思った時だ。スマホが震えた。公衆電話からだ。
「ごめん、白井さん。電話」
「あら」
マスクと同期させて、応答した。
「もしもし?」
『非色くん!』
なんだろう、尋常じゃない声……というか、佐天の声? 何故、公衆電話から? と、何か嫌な予感がする。もしかして、姉関係で義憤にかられたのだろうか?
「どうしたの?」
『助けて!』
「……わかった」
そのセリフに事情は分からないものの、頷いておいた。
×××
唐突な事だった。インディアンポーカーを買ったら、急に知らない人達に襲われたと思ったら、今度は金髪の女の人に助けられてしまった。
だが、今度は手強い相手から追われ、敵の姿も見えないまま血を流し始めてしまった。自分だけならともかく、一緒にいる金髪の女性が、だ。
このままじゃ、やられてしまう。狙われているのは自分……それも、最初は眠らされて連行されそうになった以上、自分は生捕りのつもりだったのだろうが、守ってくれている女の人は殺されるかもしれない。
そんなの嫌だったから、二手に別れることを提案すると、こちらの覚悟を汲んでくれた。
『足手まといにしかならない無能力者も、命を投げ打つ覚悟があるなら、立派な戦力って訳よ‼︎』
そのまま作戦通りに動き、自分はパニックに紛れて逃げることが出来た。
でも、あの人はまだ戦っている。……それなら、自分も戦わないといけない。今、無能力者として自分が出来ることは一つしかない。
偉そうに説教した相手に助けを求めるのは、本当に申し訳ない。住む世界が違う人達の戦闘……おそらくだけど、二人とも自分と同じ無能力者なのに、あそこまで激しく血みどろの争いになるなんて、自分は何も分かっていなかった。
だから、本当に謝りたいけど。謝っても謝り足りないかもしれないけど、助けを求めることにした。
「佐天さん」
ビルの真下で心配そうに上の様子を眺めていると、上から声が聞こえる。
「! 非い……ヒーロー君」
「ヒーローに君付け?」
言いながら、自分の前に降りて来る。少し気まずい……と、目を逸らす佐天。本当にどの口で協力を求めるのかわかったもんではない……が、そんなことまるで関係ないように非色は聞いてきた。
「で、どいつが敵?」
「っ……狙われてるのは、私だけど……今、戦ってるのは、あそこ」
そう言って佐天が指差したのは、ショッピングモール。ガラスの一部分だけ割れている。
「お願い、友達を……助けて。金髪の外国人の子!」
「……もちろん。白井さん」
「はいはい」
いつの間にいたのか、佐天の後ろには黒子がいた。
「佐天さんをよろしく」
「お任せ下さい」
「じゃあ、行ってきます」
そう言って、非色はビルの方へ跳んでいった。
なんだかんだ、黒子にもちゃんと頼っているところを見てしまった。なんだか、学校での自分の発言が尚更胸に刺さってしまった。
そんなのが、顔に出ていたのだろう。
「気にすることありませんわよ、佐天」
「え……?」
「あなたが仰ったことも間違いではありませんし、あのお方はきちんと受け止めていますので」
「……」
「それより、参りましょう。狙われているのなら、こんな所で悠長にしているのも危険ですわ」
「……うん」
そう言って、黒子と共にテレポートした。
×××
「ッ……!」
金髪の少女……フレンダと暗部組織スクールのスナイパー、弓箭猟虎の戦闘は、激しさを増していった。
ほぼ互角の攻防戦。フレンダは我ながららしかないことをした自覚はあったが、あの年下の少女はただこちらに頼りっぱなし、守られっぱなしじゃなかった。
まぁ……これで負けて死んでも悔いがないと言ったら嘘になるけど……でも、あの子を恨むことはない。
そう決めて、戦闘を続ける。お互いの肉弾戦となり、弓箭の蹴りを回避して手刀を放ち、それを受けられるとボディに拳がきて、それをいなして蹴り返し、それがガードされるも、後ろに下がられる。
距離を置かれそうになったので、小型爆弾を放る。すると、その爆弾を見事に弓箭は撃ち抜き、爆発して煙が広がった。
「ちっ……!」
まずい、とフレンダは奥歯を噛み締める。……いや、この後敵は接近戦を仕掛けてくる。もうそろそろあの子も離れた頃合だろうし、ちょうど良いだろう。
次の奇襲を敢えて受けて転がり、起爆させる……! と、思った時だった。パリィンっとガラスが割れる音。
「っ⁉︎」
「誰……⁉︎」
自分と、おそらく近くに潜んでいた弓箭の声が漏れる。いや、誰かなんてすぐにわかる。このタイミングで窓から介入。まず能力者。その上で、アイテムのメンバーは今日のことを知らない。何せ、自分はプライベートだし。
それ故に……敵の増援……! と、奥歯を噛み締めた時だ。
「双方、手を引いて」
この声……と、フレンダはすぐに理解した。前に殺そうとして失敗した標的……あれ以来、自分の上司の様子がおかしくなった奴。
「二丁水銃……!」
フレンダが奥歯を噛み締めた直後だ。その男に手を向ける弓箭が目に入った。助ける義理はないし、むしろ大きな隙になる。
弓箭がレーザーを撃つのと同時に、自分はあの女をぶっ飛ばす……! と、作戦を立てた時だ。
そのレーザーを、ヒーローは鋼鉄の手で弾き飛ばした。
「……は?」
いやいや、あの光線銃は人の体に軽く穴を開ける。なんだ、あの手は……人間をやめたのか?
なんて思ったのも束の間、今度はヒーローが自分が距離を詰めようとした弓箭の間に割り込み、弓箭に手のひらを、そして自分に水鉄砲の銃口を向けた。
「手を引けって言ったよね。友達に怖い思いさせられて、結構頭にきてるよ俺」
確かに、前のおちょくってるような声音ではない。マジのトーンで自分と弓箭を見比べていた。
「なんであんたが出張ってくるわけ?」
「その顔、見覚えあるなぁ。相変わらず派手な真似してるみたいだね」
「ちっ……無視?」
ダメだ、動けない。爆弾を起爆して逃げる? いや、多分爆弾じゃ殺せない。普通に煙の中から出てきて、捕まって終わりだ。
それなら……投降した方が身のためか……と、思った時だ。
「……そっか。佐天さんの友達って、君だったんだね」
「佐天……⁉︎」
「心配してたよ。君の事。だから助けに来たんだけど……」
まさかあの子、ヒーローと繋がりがあったとは……! と、フレンダは冷や汗をかいた。まさか、売られた……いや、繋がりがあったと言っても、ヒーローの正体は誰も知らないはず。
あの子、なかなか危なっかしい性格をしているし、何度も助けられているうちに顔を覚えられたってところだろうか?
何にしても、そこまでの敵意は向けられていない。
「そうと決まれば……今回の問題児はそっちの子か」
「っ……!」
言われて、ヒーローがジロリと弓箭に目を向けた。敵ではない……もちろん、味方でもないが。しかし、それだけでここまでこのヒーローが頼もしく見えるとは、とフレンダは少しだけホッとしてしまう。
弓箭は完全に勝てないと理解しつつも、ヒーローに吠える。
「な、なんですあなた? 関係ないでしょう!」
「あるよ。ヒーローは、あらゆる悪事を止める存在だから」
「思っていた倍くらい痛々しい方……!」
「投降するなら、痛い目見ないで済むけど……どうする?」
「っ……もちろん、こうするだけです!」
不意打ちをかまそうが無駄なのに、とフレンダが思ったのは案の定だった。弓箭のレーザーを容易く避けつつ、手のひらから液体を放ち、体を拘束した。……というか、今、手から出た? と、フレンダは唖然とする。
「よし、終わり。じゃあ……警備員に……」
と、非色が声を漏らした直後だった。コツ、コツと足音が聞こえる。
「おい、弓箭。何をしている」
「! 誉望様……!」
今度こそ、敵の一味のようだ。名前を呼ばれたその男の頭にはゴーグルがついており、冷徹に自分とヒーローを見下ろしていた。