信じても信じなくともその伝説は一つの物語として生き続ける。消されても、誰からもか忘れ去られるその日まで
駅。そう、僕は駅の椅子に座っていた。駅といっても都会の駅のようなものじゃあなく、田舎の路面電車の駅。だから、椅子と天井と時刻表しかない狭いスペースで、2歩歩けば線路に降りてしまうほどだ。
「ここはどこだろう」
そう呟いて僕は立ち上がった。もちろん帰るために。この駅がどこか分からなくても、調べてしまえばいい。そう思って、ズボンの右ポケットに手を突っ込んだが……ない。反対のポケットも胸ポケットも、あげくの果てには靴の中もチェックしてみたが便りになる細長い薄い板はどこにもなく、家に忘れて来てしまったのを理解した。ないものは仕方ないと駅から出ようとして……ようやくある事実に気づいた。
自分が踏みしめるレンガの床。その先は何もなく、真っ白な空間が広がるばかり。念のため座り込み、手で探ってみたが透明な床も無さそうで、そこで僕はこれが夢だと悟った。いや、正確には夢だと思いたかったと言うべきだろうか。
こんな訳の分からないところにいる事実を現実だとは思いたくない。僕以外誰もいなければ、線路と駅以外立てる場所すらない。もしも、現実とするならばどう説明をつければいいのか……そう思っていると音が聞こえ始めた。
音の聞こえる天井の方を見ると小さな電工掲示板に『電車が来ます』という文字が点滅している。やがて、ガタンゴトンという音と同時に電車がやって来て、目の前に止まった。
ドアが開き、それを見て僕は悩む。この電車に僕は乗るべきなのだろうか。目が覚めるまでここにいるのもいいが、いつ覚めるかもわからない。だったら、暇潰しに乗ってみるのもよいのではないだろうか。けれども、こんな線路を走る電車にちょっとした恐怖感もあり、なかなか乗ることを決意できない。結局、ドアが閉じようとしたところをみて、いそいで僕は乗り込んだのだった。
電車の中は僕以外誰も乗っていなかった。動いている筈のこの電車の運転席にすらいないのだからこの夢は僕以外誰もいないのだろう。窓の外は相変わらず真っ白な空間が広がっているばかりで、後ろ側を見てもさっきの駅が小さくなっていくだけ。
僕は座席に寝転がって寝てしまおうとさえ思った。だが、夢の中だからか全く眠気がこない。ボーッとするのも暇になってしまって、また立ち上がりまた運転席に向かった。電車ならば駅を確認できるシートがあるはず。それは夢の中のこの電車も変わらないようで、確かにシートは存在した。
「……えっ?」
ただ、その内容が問題だった。なぜならそのシートには
「どうなってるの……?」
もしも、この書かれている駅が僕のいた駅だとするならば……この電車はどこからやって来たんだ?そして、この電車はどこに向かっているんだ?そんな疑問が次々と出てくる。やがて、その疑問は早く夢から覚めてほしいという願いと何故こんな電車に乗ってしまったのかという後悔に変わっていった。
どこに向かうのかも分からない電車。だが、そこから出てしまえば何もない真っ白な空間を底まで落ち続けることになる……底があればの話だが。どちらにせよ、嫌な予感がしてならない。早く目覚めろと思いながら、不安を紛らわせようと、僕はいろいろと遊び始めた。
つり革にぶら下がってブランコのようにこいで遊んでみたり、荷物を置くところに乗って電車内を一望したり、運転席に乗って運転してみる振りをしてみたりといろいろだ。やがて、電車も関係なくなり、靴飛ばしや一人じゃんけん。一人ユビスマなど……けど、どれもやがて飽き、不安はどんどん大きくなる。それを紛らわす遊びを考えようとするが何も思いつかない。どうしようもない……そう思った時だった。
「うわっ!!」
ガタンッという大きな音が聞こえたかと思えば電車が少し揺れる。先ほどまで全く揺れていなかったというのにいったい……なんて、考えてみるが何も何も分からない。音も揺れも収まることはなく、むしろどんどん大きくなる。このままでは駄目だという焦りがどんどん大きくなり、早く目覚めろと何度も頬をビンタした。けれど、痛いばかりで全く目覚める気配がない。目覚めれない事実に焦りと恐怖ばかりが大きくなり、僕は心を落ち着こうすることすらできない。そんな中でも止まらない音と揺れから逃げようと床に這いつくばり耳を塞いだ。
恐らく、数分程度しか経っていないのだろうが何時間も続いているように感じてしまう。揺れの大きさも普段なら『あっ、地震だ』程度で済ませるだろうし、音の大きさも普段ならう『うるさいなぁ』程度で済ませるぐらいだと分かっているのに立ち上がることもできない。このまま目が覚めるまでこのままなのだろうか……そこまで考えた時、ピタリと音も揺れも止まった。
「止まった……っぽいかな」
止まったという事実を認識すると同時に、焦りと恐怖の感情がどんどんなくなっていく。やがて、僕の心は立ち上がれるぐらいにまで落ち着いていた。最初と状況は変わっていないというのにだ。
「なんなんだったんだろう……」
そうやって僕は考えても無駄なことばかりに思考を巡らせてしまう。音と揺れが止まったことに気をとられて、電車が傾いているという事実に気づいてなかった。そしてそれに気づいたのは──
「えっ、どうなってるの……?」
完全に電車が線路が外れ、下に下にと落ち始めた時だった。
あのとき気づいていれば、運転席の反対側の窓から抜け出して線路の上に立てたかもしれないが、気づかなかった僕は運転席に思いっきり叩きつけられた。痛みを我慢してなんとかしようと考えを張り巡らせるが、もうどうしようもないことに気づく。
「待って……待って!」
上を見上げると電車が徐々に消えていっている。それを見てから僕は何度も、目覚めろ目覚めろと唱えるが全く目覚めない。やがて、自分の立つ場所すら消えてしまい、僕は真っ白な空間を落下していく。
もうおしまいか……そんな考えと共に僕は意識を手放した。
目が覚めるとそこはパソコンの前だった。どうやら、自分のネット小説を削除したところで眠ってしまっていたらしい。昨日まで自分のホームページにあった作品が一つ残らず消えているのだから間違いないだろう。どうせ、後の展開も考えずに書いて、グダグタになり、それをなんとかしようとしてさらに酷くなった作品ばかりだ。それに後悔はない。
それにしても恐ろしい夢だったと思う。全く現実味のないことなのにまるで現実にいるかのような感覚。それでいて線路と電車以外何もないという恐怖。あのまま、落ち続けたらどうなっていたのか……僕にそれを知ることはできない。
だが、なんとなく気になってネットで調べて何かでないかなーっと、パソコンで夢の中の出来事を調べて見ると、同じような夢を見たという報告がSNSや掲示板などにいくつもあり、都市伝説の一つとしてネット上で語られていることを知った。
その都市伝説の名は──『見切り発車』