Compass   作:広田シヘイ

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第十話『工作艦明石の憂鬱』

 

 

 

 

 

 実を言えば「連装砲」というものがあまり好きではない。

 尊敬すべき偉大な先人達が、その叡智(えいち)を振り絞って辿り着いた結論の一つであることは理解しているし、限られたスペースに火力、防御力、命中率等々、様々な要件を満たす形態を考えていけば(おの)ずとそうなることは容易に想像も出来るのだけど。それは解っているのだが。

 

 ──何せ、整備が辛いのである。

 

 連装にして機構が単純化することはない。複雑になれば当然保全性能は悪くなり故障の頻度は増す。主砲のメンテナンスは基本的に使用者の自主点検項目ではあるが、彼女達は忙しいし(私も忙しいのだけど)、各々での整備にも限界はある。

 

 よって私の仕事が増える。

 それはもう鬼のように増える。

 

 砲身の清掃だけで考えても単純に二倍だ。三連装だと三倍である。これが中々バカにならない。高が掃除と侮るなかれ砲身内部の汚れは命中率に直ちに影響するのだ。横着してブラシを装着したクリーニングロットを雑に出し入れするとライフリングを傷付けてしまうから、実は繊細な作業でもある。地味でありつつ高い集中力を要求され、しかも出来て当然と思われている作業ほど精神を消耗させるものはない。

 私は溜息を吐きながら、本日昼前にして早くも七個目となる12・7センチ連装砲の整備を終えた。仕上げのオイルを拭き取り、簡単な動作確認をしてから整備済みの棚に置く。

 疲労感がじわりと全身に伸し掛かった。

 多少早いが食堂にでも行こうかと工廠の奥に目を遣ると、そこには嬉々として機械弄りに精を出す夕張(ゆうばり)がいた。

 何でも──信じられないことに──五連装砲の試作中だそうだ。

 最終的には九連装が目標だとか()かしていたような気がする。

 九連って。

 麻雀の「九蓮(チュウレン)宝燈(ポウトウ)」みたいになってるけども。

 

 

 呆れ果てた私の視線を感じたのか、夕張は顔を上げてこちらを向いた。

「どうしたのよ明石(あかし)。イ級の刺身食べたみたいな顔して」

「どんな顔よ」

「ははあん。さては私の試製35・6センチ五連装砲を見て()(ぎも)を抜かしてるのね」

「ある意味抜かしてるわよ。はぁ──趣味を仕事にしちゃいけないって、夕張見てたらよく解るな」

「どういう意味なのそれ」

「責任の伴わない行為って最高よね」

「何だろ。凄くバカにされた気がする」

「よく解ってるじゃない。だってバカにしたもの」

 夕張はスパナで私を指した。

「明石覚えてなさい。これが完成したら標的艦にしてやるんだからッ」

「当たればいいわよねぇ」

「当たるまで撃つのよッ」

 夕張は機嫌を損ねたようで試作中の主砲に向き直った。こういった純粋なところが彼女の魅力でもあるのだろう。同性の私でも可愛いと思う。しかし、今回はやり過ぎてしまったかもしれない。

「夕張ごめん。私が悪かった。ちょっと早いけどお昼にしない? 食堂行こう?」

「え、お昼? まだ早くない? 休憩するくらいならいいけど──」

「じゃあ休憩しよう。何だか疲れちゃった」

 そう言って一足先に手洗い場へと向かった。

 工業用のハンドクリーナーで手を洗う。手荒れが気になるが、この(たぐ)いの油汚れは普通の石鹸ではまず落ちない。爪の中の汚れも落ちるようにブラシを使って念入りに洗う。

「明石、どうかしたの? 本当に疲れてるみたいだけど」

 夕張も隣の蛇口を捻って手を洗い始めた。

「そりゃ疲れるわよ。工作艦が一人だけってのも問題よね。北上(きたかみ)艤装(ぎそう)改造して工作艦にしちゃおうかなあ」

大井(おおい)に刺されるんじゃない?」

 本当に刺されると思う。

「ま、悩みごとがあるなら聞くわよ。ほら、言いなさいな。水臭いじゃない」

 悩みごと──は確かにあるのだ。

 あるのだが。

 私は急に恥ずかしくなって、夕張から目を逸らし水を止めた。

「もしかして──提督のこと?」

 私は平静を装う。

「べ、別に──違うけど」

「あはは。明石って変なところで乙女よね。判りやすいんだから」

(からか)わないで」

 そう言って手を拭いたタオルを夕張の頭に被せた。

 私はそんなに判りやすいだろうか。頰に手を当てて火照った顔を冷ます。

 

 

 ──先日、大淀(おおよど)と提督のデート写真が鎮守府を大混乱に(おとしい)れた。

 

 

 まあ二人がデートをするという一報が駆け巡った時点で大騒ぎではあったのだ。

 長波は護衛が必要だと主張して同行する気満々だったし、赤城(あかぎ)加賀(かが)は「当日敵襲に見せかけて鎮守府を爆撃すれば──」などと堂々たるテロを計画していた。

 誰もが心ここに在らずの状態で任務どころではなかったのだが、そんな崩壊寸前の鎮守府に歯止めを掛けたのが──意外なことに──翔鶴(しょうかく)であった。「任務を放棄して提督にご迷惑を掛けるつもりですか」と大勢を前に一喝してみせたのである。

 肺腑を()く翔鶴の言葉に多くの艦娘は目出度(めでた)く正気を取り戻した。

 鶴の一声とはこのことかしらん──とその様子を傍観していた私は他人事のように感心したものである。控え目な印象が強かった彼女だが最近は秘書艦としても活躍しているし(就任の経緯は無茶苦茶だったらしいのだが)、自分が鎮守府の指導的立場にあるというのを自覚し始めているのかもしれない。

 

 ただ──。

 その妹──瑞鶴(ずいかく)の我慢が()かなかった。

 

 予定の時刻を過ぎても二人が帰投しないことを理由に瑞鶴は自らの艦爆隊を爆装のうえ発艦。九九艦爆妖精の英断により「自国領土内での無差別爆撃」という大惨事は避けられたものの、その際に撮影されたフィルムが現像されるや否や鎮守府は内戦とクーデターとハロウィンが同時に勃発したかのような混沌(カオス)に突入した。

 フィルムには、恋人同士のように仲睦まじく抱き締め合う二人が写っていたのである。

 解像度の粗い白黒の画像が妙に生々しかったのをよく覚えている。

 当然の如く──フィルムを見た瑞鶴は直ちに発狂した。

 尋常ではない空気を察知した周囲が第二次攻撃隊の発艦を全力で止めていた隙に乗じて青葉(あおば)がそのフィルムを入手。その後、青葉新聞の輪転機が回り始めるのに数分と掛からなかった。

 号外の撒かれた鎮守府は、まさに阿鼻(あび)叫喚(きょうかん)であった。

 個人的に一番衝撃的だったのは、それを見た金剛(こんごう)が向こうの放送コードに引っ掛かる四文字を叫んでいたことだった。ああ見えて金剛は根が真面目で上品だから妹達も驚いていたと思う。

 まあ、榛名(はるな)は「大丈夫です」と呟きながら艤装を装備し虚ろな目で立ち尽くしていたけれど。

 提督を殺して私も死ぬ──と(わめ)いていた艦娘は少なくない。

 当時の状況を思うと、よくもまあ提督は惨殺死体で発見されなかったものだ。

 結局提督は帰投後に夜を徹した尋問を受けることになるのだが、この艦隊が唯一素晴らしいと思うのは「私達が頑張って提督にもっとアピールすれば良いのだ」と前向きな結論に落ち着いた点である。

 あれから数日、艦隊の訓練は以前にも増して気合が入っているように見える。

 

 一方私はみんなとは違って、何だか落ち込んでしまった。

 大淀とは仲が良いし、彼女の気持ちも知っていたから祝福している部分もあるのだけど。

 

 

 でも──。

 

 

 私だって好きなのだ。

 提督のことが。

 あんな写真を見せられたら。

 勝てないなあと。

 そんな風に思ってしまう。

 私は所詮(しょせん)裏方なのだ。

 自分の仕事に誇りは持っているが華々しい戦果をあげることも出来ない。

 どれだけ丹念に手を洗っても、ほら──。

 爪の中は少し汚れている。

 

 振り向いてもらえる訳がない。

 

 私は目尻を少し拭って、ポットのお湯を急須に注いだ。

 湯呑みを二つ用意したところで夕張が席に着く。

 夕張は、私の顔を覗いて言った。

「まあ私が何か言えた義理じゃないのかもしれないけど──後悔するくらいだったら伝えちゃえば? 明石の想い」

「無理よ。大淀に悪い」

「恋は戦争だって言うじゃないのよ」

「私は大淀と戦争するつもりはないの。だいたい勝てる訳ないじゃない。装備が違う」

「何の話してるのよ」

「夕張こそいいの? 提督のこと」

 お茶を淹れた湯呑みを差し出して私は言った。

「私は──もちろんショックではあったけど、何て言うのかな──提督と二人で録画したアニメ見たり笑ったりして満足しちゃってるところはあるからなあ」

「それでいいの?」

「部屋で二人きりだからチャンスはいくらでもあるし」

「怖いこと言うなあ」

「明石がいい子すぎるの。提督ったら可愛いわよ? ちょっとくっ付いてみたりとか、胸許の開いたTシャツ着てみたりすると判りやすく反応してくれるから」

 夕張は微笑する。

「何なのそれ。よく雑誌で特集されてる『小悪魔女子』って夕張のことだったの?」

「そんな雑誌あるんだ。読んでみたいかも」

 私は溜息を吐く。

「自然にそういうこと出来てるんだったら読む必要ないわよ。相変わらず溶接の専門誌でも読んでなさいな」

 まあ──私も読むのだけど。

「明石はもっと自信持った方がいいと思うけどなあ。せっかくそんな可愛いのに」

「可愛くない。やめてよ、そういうの」

「何よ卑屈になっちゃって。よくそれであんなスケベなスカート履けるわよね」

「スケベじゃないッ。人の制服に何てこと言うのよ」

「そんな作業服脱いで今からでも着替えたらいいの。提督時々ガン見してるわよ」

「そう──なの?」

 素直に嬉しいと思ってしまった自分が少し情けなくもある。

 単純か。

「この前の夏だって、水着買ってくれてもいいのよキラキラ──なんて言ってたじゃない」

「違っ、あれはその──冗談だから出来るのよ」

 改めて他人から聞かされると顔から火が出るほどに恥ずかしいのだが、あれくらいのふざけた調子で言うのが私の精一杯だ。

 本当の想いなんて込めてしまったら──言葉など爆散してしまう。

「艦隊で唯一の工作艦なんだし、明石にしか出来ない仕事だって一杯あるでしょう。私と付き合ってくれないと整備も修理もしません! ってそれくらい言えばいいのよ」

「それはどうなの」

 何だか私の思い描いている理想と違う。

 そんなの脅迫じゃないか。

「この前、抱き締めてくれないと出撃しません──って翔鶴さんがゴネてたけど」

「積極的だなあ」

 既に実行されていたことに驚きつつお茶を(すす)る。

「というかさ、そもそも大淀に取られて終わりって訳じゃなくない?」

「──どういうこと?」

「いや、世間では浮気とか不倫とか言ってあまり良くないことだってのは知ってるけど。私達人じゃないし別に関係ないじゃない。大淀も提督も気にしてなさそう──って言うか私もそんなに気にしてない」

「それは流石(さすが)に」

「提督の浮気性なんて今に始まったことじゃないわよ。それに、あの人が私達を見捨てる訳ない。だって──」

 私達の提督だもの──と言って夕張は笑った。

「聞いてみようか? 私が、今度」

「いいわよ」

 私だって提督のことを信じてはいるのだ。

 頼りないしエッチだし、時々自分でも何でこんな人のことを好きなんだろうと疑問に思うこともあるのだけど、いざという時には普段からは想像もつかないような決断力や指導力を発揮したりするし、何より私達のことを大切に思ってくれているということはひしひしと伝わってくる。

 そんな提督が、私達を悲しませる訳がない。

 けれど。

 

 

 それでも──不安なのだ。

 

 この戦争が終わったら。

 この戦争が──終わってしまったら。

 私達は用済みになって、提督に捨てられてしまうのではないか。

 艦ではないし、かと言って人でもない。

 そんな半端な存在の私達は戦場という居場所を失って──提督まで失ったとして。

 

 

 ──何を頼りに生きていけば良いのだろう?

 

 

 悪化の一途を辿る戦局の渦中にありながら、そんなことを考えてしまうのはおかしいのだけど。

 あのフィルムを見てしまってからというもの、その思いは日毎に強くなる一方だ。

 戦いが終わらなければいい──。

 そう心の何処かで思っている。

 そんな自分が大嫌いだ。

 自己中心的で本末転倒にも程がある。

 

 でも。

 そんなことより。

 

 提督と──ずっと一緒にいたい。

 

 それが、私の偽らざる本心に違いなかった。

 

 

 私がこんな艦娘だと提督が知ってしまったら、どれだけ幻滅されることだろう。

 夕張との会話で少し楽になった気分も、すっかり落ち込んでしまった。

 こんな時は仕事に没頭して、すべて忘れてしまった方がいいのかもしれないと、そう思ったその時──。

 

「明石、いるー?」

 

 それは今一番聴きたい声で、同時に一番聴きたくない声だった。

 夕張はニヤついて、

「いますよー」

 と答えた。

 私は無理矢理気持ちを入れ替える。

 こんな顔、あの人に見せられる訳がない。

「お、いたいた。何だ夕張まで。お茶してたんだ」

「提督も飲みます?」

「いいの? んじゃ──頂こうかな」

 提督は隣の椅子に腰を掛けた。

 お茶を用意すると、提督は有難うと言って湯呑みに口を付ける。

 左手首に見えるブレスレットが、私の心をちくりと刺した。

「また──何作ってるのさ」

「興味あります? これは何と35・6センチの五連装砲です!」

「五連装砲? 何か意味あんの、それ」

「出た。その意味意味言うのやめません? 意味なんてないからいいんじゃないですか」

 ないんだ。

「まあ、解るけど」

 解るんだ。

「いや、解るんだけどね。僕は一応提督だからさ、予算を使って何かやってる以上、何のために何をどうするとこうなりますって書かないといけない訳だ。色々と面倒な書類を。だから知っておきたいって気持ちも解って欲しいなあ──と」

「それを何とかでっち上げて考えるのが提督の仕事でしょう? 可愛い部下のために」

「自分で言っちゃうんだもんなあ」

「その前にドリルの話はどうなったんですか」

 ドリルの話──。

 それは私と夕張が「次世代型艦娘用近接兵器」と(うそぶ)いて結構な額の開発予算を()ぎ取ろうと画策していた件のことだろう。

 提督への申請書を深夜のノリで笑いながら書いていたのをよく覚えている。夕張はどうだったか知らないが私は完全にふざけていた。

「無理に決まってるでしょドリルは。趣味でやりなさいよ予算なんて付く訳ないじゃないの」

「まあそうですよね」

「何よ。そんなこと言って明石もノリノリだったくせに」

 確かに私も嫌いではない。

 夕張はつまんないと呟いて、不貞(ふて)(くさ)れた顔を提督に向けた。

「そんなことより何ですか。藪から棒に」

「ん? ああ。工廠に来た理由かい?」

 提督が私を見る。視線が重なった。

「実はその──明石に相談があって」

「私に、相談?」

 提督は頷いて、お茶を一口飲んでこう言った。

 

 

「明石は──艦って造れる?」

 

 

 ふね──。

 

「私は──艦ですけど」

「知ってる。艦娘じゃなくて、艦。艦娘の艤装のことでもないよ」

「艦娘の私が──艦を」

「そう」

「それは──どういうことでしょうか」

 理解が追いつかない。

 提督の言葉は意味を成さないままに中空を漂っていた。

 何処から話したらいいかな──と顳顬(こめかみ)を掻きながら提督は言う。

「この前さ──グアムに救援を出したよね。夕張にも出撃してもらったけど」

 深海棲艦の機動部隊がグアムに侵攻中という情報と共に、米軍から救援要請が届いたのが三週間ほど前のことである。ハワイが陥落した現在グアムは米軍の太平洋に()ける最後の砦だったし、万が一深海棲艦の手に渡る事態になれば日本の海上交通路(シーレーン)は壊滅的な打撃を受けることになる。

 赤城を旗艦に臨時で艦隊を編成し、要請を受けた数時間後には出撃していた。

 そもそも、敵艦隊の規模がある程度大きくなってしまうと私達しか対応出来ないのだ。小規模な水雷戦隊ならまだしも、機動部隊ともなれば通常艦隊での邀撃(ようげき)はまず不可能と考えて良い。

「誰一人欠けることなく無事終わったのは良かったんだけど、みんな凄く疲れてた」

「それは──当然じゃないですか」

「実際体験してみて夕張はどう思った?」

「そうですね──。確かに敵も強くて大変だったんですけど、それよりもあの時は、いつもと違って休む場所がなかったから──」

「休む場所?」

「国防海軍の艦が随伴してなかったのよ。帰りに(ようや)く合流したけど」

 提督は頷く。

「まさにそれが原因だと思うよ。自分達は艦娘だから大丈夫ってみんな言うんだけど、明らかに疲労は蓄積してた(はず)だよね。まあ実際三日三晩飲まず食わずで動けちゃうから本人達は気付き難いのかもしれないけど。僕にしてみたら考えられないな」

 提督は肩を竦めた。

「みんなは艦なんだけど、やっぱり艦じゃないんだよ。必要なんだって、母艦は」

「私達の──母艦」

「そう。艦娘母艦──とでも言うのかな」

 

 ──艦娘母艦。

 

「知っての通り僕等の目標はハワイだ。その距離はグアムの倍以上で、しかも道中の戦闘は比にならないくらい苛烈なものになる──。入渠に補給、艤装の修理や整備が出来るドックを備えた僕達のための母艦が必要なんだよ。国防海軍の艦艇を間借りしてちゃ駄目だ」

「それを──私に造れと」

「全部造れと言ってる訳じゃない。さっきね、正式に決まったって連絡があったんだ」

 そう言って提督は不敵に笑った。

「建造中の輸送艦を艦娘母艦に改装するよ」

「ええッ!」

 私と夕張は声を上げて驚いた。

 それは──大変なことじゃないのか。

「本気で言ってます?」

「もちろん本気で言ってるよ」

「その、建造中の輸送艦って」

「僕等のお隣で造ってる艦さ。三ヶ月後に進水予定だ」

「じ、乗員は──」

「ここにいるだろ? それも──飛び切りのエキスパート達が」

 提督が振り向いた先には、いつ現れたのか大勢の妖精が整列していた。

「この艦が実現したらもの凄い戦力だよ。一つの艦に色んな種類の艦が二○○隻以上も搭載出来るんだから。空母どころの騒ぎじゃない。守勢に徹してる現状を打開する鍵になる筈だ」

 僕達はこの戦いに絶対勝つよ──と提督は言った。

 夕張と私は呆然としながら目を見合わせる。

「──提督、よくそんな許可を取り付けましたね」

「それが不思議な話なんだけどさ」

 提督は困ったような顔をした。

「僕達専用の母艦が必要だよねって大淀に言ったらさ──その話は進めてます。近く許可が下りると思いますので──って言うんだよ。その時は大淀流石だなあ仕事が早いなあ、なんて感心してたんだけど、今考えたら何で話進んでたの? それまで大淀に何も言ってないよ? 思考()れてたのかな?」

「愛の()せる(わざ)なんじゃないですか」

 私は適当に答えたが、ことの真相について大凡(おおよそ)の察しはついている。

 提督は上申書の覚書のようなものを私室のパソコンで書いていたに違いない。

 

 パソコンもノートも携帯電話も──全部大淀に筒抜けですよ。

 

 提督は納得のいかない様子で唸っていたが、やがて「まあいいか」と言って私を見た。

「明石、やってくれるかな?」

 私は即答することが出来なかった。

 やりません、出来ませんなどという選択肢が存在していた訳ではない。

 提督の言う通りこの計画が実現すれば戦いの流れは大きく変わるだろう。やれるかどうかは判らないが、そんなことを不安に思っている場合ではない。

 そういうことではなくて。

 

 

 こんな大仕事に見合う報酬──というものに思い至ってしまったのだ。

 

 

 そんなのは理想と違うと先程まで思っていた筈なのだが。

 実際に訪れた現実(チャンス)を前にして、私の心は打算で満たされている。

 夕張が微笑しながら頷いた。

 私は勇気を出す決心をする。

「提督、一つ条件があります」

「条件?」

「私と、デートしてください」

 夕張が「あちゃー」と言って顔を覆った。

 何でよ。

「デート──。うん、僕で良ければ全然いいけど」

「明石そんなんでいいの? もっと要求しなさいよもっと直接的にッ」

「う、煩瑣(うるさ)いわね私の勝手でしょ!」

「提督、私も手伝いますから私もデートお願いします!」

「ちょっと夕張それはズルいんじゃない?」

「五連装砲付けますから!」

「いらないッ」

「何でですか!」

「兵装なんて近接防御火器システム(CIWS)くらいしか付ける予定ないよ! だいたい一国の海軍の戦力がそのまま載るって言うのに何でそんな邪魔なもの付けなきゃいけないんだッ!」

「意味なんてないからいいんですッ」

「なさすぎなんだよ!」

 椅子から立ち上がり怒鳴り合う二人を見て、私は何だか取り残された気分になる。

 私も負けじと立ち上がって、脈絡もなく提督に抱き付いてやった。

「な、何だよ急に。おい明石」

 思い切り胸を押し当てる。

 自分でも驚くくらい積極的だ。

「──どうです? 大淀より大きいでしょ? キラキラ」

「な、何言ってんのさ。明石、困るよ──ってマジで。ちょっと、これ以上はマジで!」

 提督の顔が見る見るうちに赤くなっていった。

 勝ち誇った表情で夕張を見る。

「何よその顔。あっ、私をバカにしてんのね小さいからってバカにしてんのね!」

 私は横でギャンギャン喚く夕張を無視して(自分で挑発したのだけど)、提督の胸に顔を(うず)めた。

「提督、バカみたいなこと聞いてもいいですか?」

「な、何だい?」

「もしその艦が完成したとして──この戦争が私達の勝利に終わったとして。そうしたら私達、要らなくなるんじゃないかって不安なんです。──おかしいですよね。まだ、そんなこと考えてる余裕なんてない筈なのに」

 こんなことを言って怒られてしまうのかな、と目を(つむ)っていると、提督は私の腕の中から逃げることをやめて、やがて私の頭を優しく撫でた。

「そんな訳ないだろ。戦争が終わっても僕達はずっと一緒さ。何処か海の見える場所で、みんなで静かに暮らそうよ。だから戦いなんて早く終わらそう? 戦うことがみんなの存在意義じゃないよ。それは──絶対に違うんだからね」

「──大淀に悪いです」

「今更遠慮することでもないよ」

「いいんですか? 私、本当に我慢出来ませんよ?」

「いいよ。もちろん」

 私は笑って、提督をより強く抱き締め直した。

 愛おしくて堪らない。

 伝わる温もりが、匂いが、感触が、心の中の(もや)を急速に晴らしていく。

「──提督って、私達の道標みたいな人ですよね」

「そ、そうかなあ。そうだったら嬉しいけども──ってかそろそろ離してくれないかな。ほら、明石解るでしょ? その、色々と大変なことになるからッ」

 提督がいないと、私達は自分が何処にいるのか、何処に行けばいいのかも判らないに違いない。胸許に手を当てて何やら少し落ち込んでいる様子の夕張だって、きっと同じ思いだろう。

 

 

 この人なしでは生きていけない。

 絶対離してはならない。

 私達がこの先を歩んで行くのに、どうしても必要な人だから。

 

 言うなれば──そう。

 

 

 ──羅針盤(コンパス)、みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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