鎮守府、執務室。
昼食後の強烈な睡魔に耐えながら、僕は
正直、内容はあまり頭に入って来ない。この書類の山の中に、借金の連帯保証人だとか憶えのない生命保険の契約書だとかが紛れ込んでいても、僕は多分気付かないだろう。
まだ、演習や訓練、作戦の報告書は読みやすいし読んでいて楽しい。
ただ、これが他の組織や役所との手続きに必要な書類となると、もう訳が解らない。
国防省はもちろん、国土交通省、警察、海上保安庁、市の港湾局から艦娘の立ち寄る諸外国の関係各局まで。もう何が何やらのてんやわんや状態である。
そんなに大事な書面をよく理解もせずにサインしていいのかと自分でも思うのだが、これらの書類は大淀の審査を経ているから問題はないのだ。以前、僕が英文の書類にサインをしていた時、
読んではいるのだ、しっかりと。
ただ、全く頭に入って来ないのだ。誠に遺憾ながら。
そんな訳で僕は驚くほどに不出来な提督だから、作戦立案や艦隊指揮などは全く出来ない。毎日執務の合間を縫って艦娘たちの講義を受けているのだが「船は右側通行」という基礎的な国際ルールすら最近知った有り様だ。
作戦と言っても対する
その作戦会議が今この執務室、僕の目の前で行われているのだが──。
「スコーンが焼けたヨー!」
「さすがお姉さま! 今日も美味しそうです!」
「
「本当、素敵ね。
「何ですか大淀さん、
「不知火さん、スコーンがポロポロ落ちてますよ」
作戦会議、ねぇ──。
書類の内容が頭に入って来ないのは、僕の頭の出来が悪いからだということはもちろん認める。しかし、絶対にそれだけじゃない。彼女達にもその責任の一端はある
今日の面子は金剛と
大体、執務室だっていうのに。
執務をしている人間よりお茶をしている人数の方が多いのだから、ここはもう執務室じゃなくてお茶会室だ。そうして作戦会議という名の女子会を怪訝な目で見つめていると、
「何、提督さん。羨ましいの? 仲間入りたいんだ」
「是非とも入りたいね。瑞鶴が代わりに仕事してくれるなら」
「仕事って。司令、内容もロクに確認しないでただただサイン書いてるだけじゃないですか」
比叡は容赦ない。
「司令は大淀さんの操り人形ですから」
不知火も追加。
「みんな、そんなことを言っては駄目よ。提督は着任されて間もないのによく頑張っているわ。実際、提督が着任されてからここも大分変わったもの」
翔鶴の言葉に僕は涙腺が軽く緩む。翔鶴はその外貌も相まって女神そのものだ。
「うー、なんか提督が翔鶴に熱い視線を送ってるデース」
「提督は翔鶴さんのことが好きなんですって」
「What!?」
大淀がもの凄い爆弾をさらりと投下する。そうですよね、とこちらを見る大淀は微笑んではいるが不機嫌だ。秘書艦として毎日一緒に居るだけあって些細な感情の機微は判るようになった。
そうですよね、って。
いや、そうだけどさ。
「いやぁ、好きっていうか──ねぇ?」
僕の煮え切らない態度に、翔鶴と比叡以外の四人がこちらを睨む。
「な、なんだよ」
「へぇ、提督さん、爆撃されたいんだ」
「何故だ」
「沈め」
「だから何故だ」
すると、金剛がこちらに歩み寄ってきて、
「執務なんてやめて一緒にティータイムするデース!」
と僕を無理矢理引っ張る。
まぁ、理由はどうあれ集中力も切れかけていたし、少し休憩するのもいいのかもしれない。
何気なく翔鶴の隣に座ろうとすると金剛に加えて大淀に掴まれ阻止される。結局、僕の席は妨害した金剛と大淀の間に落ち着いた。
対面に座る顔の紅潮した翔鶴と目が合うと、両側から肋に肘鉄を喰らう。呼吸が少し止まったところで、金剛が紅茶を淹れてくれた。
「提督、一応作戦会議なんですから真面目にお願いしますね」
どの口が言うんだ、大淀。
解ってるよ、と未だ安定しない呼吸で言って、テーブルに目を落とす。そこにはユニバーサル横メルカトル図法で描かれた世界地図が広がっていた。
「司令、日本は何処か解ってますよね?」
「なめるな比叡」
「では今、何が世界にとって一番の問題になっているか、お判りですか?」
不知火の鋭い眼光に怯みつつ、僕は恐る恐る太平洋の真ん中を指差す。
「こ、ここだろう?」
合っててくれと祈りつつ数瞬の間。
「お、わかってんじゃん」
「さすが提督です」
「You got it!」
「皆さんの講義の甲斐がありましたね。ハワイで正解ですよ」
安堵するのも束の間、僕は
そう──。
ハワイは深海棲艦の攻撃によって陥落し、人類からその手を離れていた。
ハワイを失うということは、太平洋を失うことと同じだった。
太平洋は分断され、アメリカと日本を結ぶのは大西洋とインド洋になった。まるで、黒船の時代に逆戻りしたみたいに。
ハワイに司令部を置き、世界にその威容を誇っていた米太平洋艦隊は、未知なる敵との戦闘によって壊滅的な打撃を受けた。日本の港を母港としていた米第七艦隊の艦艇は全てグアムに移動している。そこに、空母「ロナルド・レーガン」の姿はなかった。
世界は、まさに危機に瀕していた。
「私がドロップした時にはもうやられちゃってたからなぁ──。ハワイが落ちたのっていつの話だっけ?」
「一昨年の一二月です」
「もう一年半になるんですねぇ」
「光陰アローの如しネ」
「提督、ハワイ奪還の急襲作戦計画書は、ご覧になりましたか?」
翔鶴が僕に問う。
「見たよ。見たけど──まだ許可する訳にはいかないかな」
「何故ですか、司令」
不服な顔をして不知火は言った。
そんな不知火を見て、僕は苦笑する。
「予測される損害を少なく見積もりすぎだよ。僕はとても優秀とは言い難いけどね、それは判るよ。みんなはさ、出来るって聞いても出来ないとは言わないでしょ。作戦を開始するとしても、戦力と練度をもう少し充実させないとね。それを見極めるのが僕の唯一の仕事って言ってもいいんじゃない?」
一同が意外そうに僕を見た。
「あはは、司令が一丁前に司令みたいなこと言ってます!」
「紛うことなく司令なんだよ!」
「階級ないですけどね」
「臨時職員サンですもんネー」
そう言って金剛が僕の頭を撫でる。
僕が何も言い返せないでいると、金剛は余計上機嫌になって微笑んだ。
「そうですか。私達も提督に認めてもらえるように頑張らなくてはいけませんね」
「提督さん、そういえばさ、大学ってどうしたの?」
「やめたよ。通えないし」
「休学でも良かったんじゃないの? もったいないじゃん」
「僕なりに思うところがあったの。向こうの世界に戻るつもりはないよ」
必要とされる限りね、と僕が補足すると、
「逃さないし」
「逃がしませんよ」
「逃げられないですよ」
「逃さないネ!」
「逃がしません」
「逃がしませんけどね」
と輪唱のように返ってくる。
僕らは数秒の間、互いに目を合わせてから一斉に笑った。
多少ゾワっと背筋に悪寒のようなものが走ったが、それは言わないでおいた方がいいだろう。
「さてと、そろそろ仕事の話しようか」
僕が仕切り直すと、大淀は微笑んではい、と言った。
「来週の、シンガポール往路復路のメンバー決めだよね?」
「まずは、ね」
僕たちは週二回、シンガポールまでの往路をルートA、復路をルートBとして、輸送船団の護衛艦隊を派遣している。護衛艦隊は通常四名からなり、駆逐隊がそのまま艦隊に適用されることもあるが、軽空母などの航空戦力が含まれていることが望ましい。
──望ましいのだが。
これが中々難しい。
シンガポールまで掛かる日数が、何事もなく順調にいって大体七日。週二回、往路復路で計十六名の人員を必要とし、ひと月では六四名になる。現在、鎮守府には一○九名の艦娘が在籍しているが、他の任務や訓練、休養などを考えると結構カツカツだったりする。
上からは派遣の回数を増やせ、ペルシア湾まで護衛しろなどと
とにかく、問題は太平洋だった。
「順番で言えば十六駆、三十駆、
「前回の祥鳳隊と瑞鳳隊のメンバーは誰デースか?」
「祥鳳隊が
「あのさ、古鷹に代えてこの前来た
「
そう、あの
「不知火はどう思う?」
「筋はいいですし、出来ないことはないと思います」
出来ないことはない、か。
不知火がこうして婉曲的な表現をするということは、多分まだ早いのだろう。
「提督、叢雲さんは着任して三週間と少しです。まだ無理をする時期でもありませんし」
「そう──だね。メンバーは変えないで行こうか」
フォローをしてくれた大淀に微笑んでお礼の合図をする。
「では、月曜日出発が十六駆と三十駆。木曜日出発が祥鳳隊と瑞鳳隊でいいですね?」
「うん、ルートAとBは前回と入れ替えてね」
「了解しました」
一仕事を終えたと、紅茶を口にしつつソファに身体を預ける。ふと、先ほど瑞鶴が言っていた「まずは、ね」という言葉を思い出した。僕は眉を
「もしかして、まだ何かあるの?」
「Route C の話デース」
「ルートC?」
対面に座る翔鶴が困ったように笑う。
「提督には、書面で
「いい機会なんだから一緒に聞いてもらおうよ」
そうですね、と言って大淀は眼鏡を指で持ち上げた。
「国防省から打診がありまして、オーストラリアと我が国の輸送航路を艦隊で護衛する作戦を検討するように、と」
オーストラリア。
ルートCとはそういうことか。
「それって──自動的にルートDも増えない?」
「増えます」
不知火が即答する。
「まさか東海岸のこと言ってるんじゃないだろうね」
「それも含めて検討ってことなんでしょうけど──。司令、それはさすがに現実的じゃないです」
オーストラリアの東側を回り珊瑚海、ソロモン海を抜けて太平洋を突っ切る航路は、深海棲艦と遭遇する確率が非常に高い「ホットスポット」を常に航行しなければならず、輸送船団にとっては自殺行為に等しい。地雷原でフットボールをするようなものだ。
「そうだよねぇ。あれ、今はオーストラリアの船もシンガポール中継してなかった?」
「その通りデース。なので、上が言いたいのはシンガポール・オーストラリア間もエスコートしなさいってことだと思いマース」
「えぇ──。出来ることならしたいけどさぁ」
こちらにもキャパシティの限界というものがある。最近なんとなく思うのだが、国防省は艦娘を超人か何かと勘違いしてやいないか。
いや、確かに人とは懸け離れた能力を有してはいる。
世界でも抜きん出た戦力を誇る米海軍が敵わなかった相手に対抗しているのだ。彼女達の持つ力は計り知れないものがあるし、人類の命運は彼女達の双肩にかかっていると言っても過言ではない。
過言ではないのだが。
艦娘だって疲労するし、思い悩むことだってある。鎮守府で姉妹艦や仲の良い艦と談笑している姿は、年頃の少女と何ら変わりはない。
「提督、不可能ではないですよ?」
怪訝な顔をする僕を覗き込んで大淀は言う。
「非番や訓練を削って、護衛艦隊の員数を四名から三名に減らせば、十分に」
「三人に?」
「提督さん、今は二・二で分かれて二交替制でしょ? 三人の場合は、八時間ずつで割って一人が休んで二人がお仕事」
何気なく不知火を見ると、
「出来ます」
と明瞭な返事が返ってくる。
僕は唸りながら身を乗り出して、髪の毛を掻き毟り地図を凝視した。
世界が大変なのは解る。
日本は特に資源のほぼ全てを外国からの輸入に頼っているし、僕達が新たに護衛艦隊を派遣することで輸送船団の安全性も確実に上がるだろう。それによってどれだけ多くの人が恩恵を受けるのか想像もつかないほどだ。
軍艦は海上を疾走する人型の脅威と相対することを念頭に造られていない。
深海棲艦が出現してから幾つの艦が沈んだ?
幾つの生命が散っていった?
僕達がやらなければ、犠牲は何処までも──。
──しかし。
「大淀、返答の期限はいつ?」
「今月中に草案を纏めるように、と」
「人員が不足しているために不可能、と回答しておいて」
「テートク──」
金剛が意外そうな顔をして呟くように言った。
「みんなが出来ることは解るし、決を採ってみたらやる、っていう娘が多いのも解るんだけどね。さっきの大淀の言葉じゃないけど、今はまだ無理をする時期じゃないよ」
「無理ではありませんが」
「不知火が船団護衛から帰って来た時の報告中に、疲れてここのソファで寝ちゃったこと僕は忘れないからね」
隙を見せない不知火に珍しく、隙だらけの無防備な寝顔は妙に穏やかで可愛かった。
不知火は目線をそらして俯く。多分、少し顔が紅い。
「それにさ、緊急事態に対応出来る人数も確実に減っちゃうし、何より最近北方海域が気になってて。米軍の
「あ、それニュースで見ました。アラスカで米空軍が敵機を撃墜したって」
「あれ偵察機でしょ。ここ二週間アリューシャン列島付近をやけにウロチョロしてる。陽動にしても何にしても、近く何かあるよ」
再び不知火に目をやると、まだ俯いたままだった。
「──不満かな?」
と聞くと、不知火はゆっくりと顔を上げ、僕の目を真っ直ぐ見つめながら、
「いえ、全く。私たちは司令の決定に従うだけですから」
と言った。
正面では翔鶴も微笑みながら頷く。
「よし、じゃあこれでお終いでいいかな。まだ何かある?」
「提督さん、何か提督さんじゃないみたい──」
「何でだよ」
「主体性ゼロだと思ってた」
瑞鶴の失礼極まりない感想に僕は苦笑するしかなかった。
だってその通りだったし。
「確かに、競輪場で大淀に強制連行されてから司令変わりましたよね。何かあったんですか?」
「あぁ、大金が夢と消えたよね」
「そんなお金、提督のためにならないんですから」
だからあれ
もちろん、大淀が怖いのでそんなことは言わない。思うだけ。
僕は忘れかけていた怒りが頭をもたげてくる前に話題を変えた。
「そういえば、十六駆だと
駆逐艦に限らず鎮守府は可愛らしい少女ばかりなのだが、その中でも雪風は特別な存在だ。初めて出会った艦娘で自分が提督になる
これが実は重要だ。
これだけ女性に囲まれた環境に身を置いておきながら未だに慣れない。以前よりは多少マシになったのだろうが、今でも話しかける時などは心の中で「よし」というひと踏ん張りが必要だった。
先ほども金剛に手を握られて引っ張られたり頭を撫でられたりしていたが、実は内心気が気ではない。そういう時に僕が困ったようで不機嫌そうな表情になるのは、どう反応していいのか判らずに脳がフリーズしているからだ。
大淀にもそれでよく怒られる。ミスしたりサボったりした僕を叱る時の大淀は、普段にも増して距離が近かったりする。それでたまらず目を逸らして俯くと、下から覗き込まれて「聞いてるんですか!」の追撃だ。
この破壊力が凄まじい。
何度、お前はどれだけ自分が可愛いのか解ってるのか! と思いの
その意味で、性別を超越して可愛い雪風は僕のオアシスだった。
「うー、私達じゃ不満なのデスか?」
「いや、不満とかそういうんじゃなくて」
「ロリコンとは不潔ですね、司令」
「提督さんサイテー」
「提督──私のこと、好きって──」
もう説明が面倒くさいというか何というか。説明を始めると僕が普段から彼女達のことをどういう目で見ているのかカミングアウトしてしまうことになるし、それだったらロリコンと思われている方がマシかもしれない。
「比叡、何とか言ってやって」
「私は──司令がロリコンでも付いていきますよ」
小声で比叡は言う。信頼は嬉しいが、その気の遣い方は違うぞ、比叡。
とりあえず「僕ロリコン説」は否定しても仕方がないような状況と思えたので開き直ることに決めた。
「はいはいそうそう、僕は雪風が大好きで大好きで仕方ないロリコンさんなの。雪風と僕は特別な絆で結ばれているのさ。──んじゃ、サインを書くだけの簡単なお仕事に戻ろうかな」
そう言って立ち上がり数歩進むと、背後から異様な空気が漂ってくる。
嫌な予感だけを抱えて僕は振り返った。
「特別な絆とは、一体何でしょうか」
全く感情の読めない大淀が、そこに立っていた。比叡以外の四人もゆっくりと立ち上がる。比叡は周りをキョロキョロと見た後、多分他の者とは違う興味で元気に立ち上がった。
「あ、いや、それはさ」
「本格的に爆撃しなくちゃ──ね」
僕は扉の位置を確認して慎重に歩を進める。
「あはは、いやいや、口が滑ったというか何と言うか──雪風一人を特別扱いしてる訳じゃなくてね。もう、みんなったらそんな怖い顔しないでよ。あ、ちょっとお手洗い行ってこようかなぁ──」
「一緒に行くネ」
「あはは──連れションって女の子と行くもんじゃないからさ──」
「提督、私達は提督が思っているほど、純粋で綺麗な心を持っている訳ではないんですよ?」
大淀が一歩前に出る。
「提督、特別な絆、私も結びますよ?」
あ、これは──。
「強制的に」
──非常に危険なパターンだ。
僕はほぼ体当たりのような形で扉を開け廊下に飛び出す。ちょうど執務室前を
「司令官、ちょっと何してんのよ!」
「アゲアゲじゃないですかー!」
アゲアゲなもんか。
僕が脇目も振らずに走り出すと、満潮と大潮も何故か付いてくる。
「廊下なんか走ってみっともないわよ! せ、説明しなさいよッ!」
「常に全力疾走、いいですね! うわっ、後ろからウチの主力たちもアゲアゲです!」
「何よアレ!」
僕だって判らないんだよ!
階段を四段くらい飛ばしながら高速で駆け下りる。いつ捕まるのか、捕まれば何をされるのかという恐怖と闘いながら、玄関まで到達し庁舎から脱出する。
「司令官! どうされたのですか!」
「あらぁー、楽しそうねぇ」
庁舎前にいた
何故付いてくるんだ。傍目には朝潮型四人を引き連れて駆けっこをしているようにも見えるのかもしれない。そんなの、ロリコン説を補強するだけじゃないか。
「ヤバイわよ! もう捕まる!」
「こんなにアゲアゲなの久し振りです!」
「司令官! 大淀さんの目が怖いです何があったのですか! 距離一○メートルです!」
「うふふふふふっ。あはははははっ」
僕もいっそアゲアゲで笑ってしまおうか、などと考えているうちに後頭部に衝撃を受けて全力疾走から転倒する。
天地がひっくり返って、周囲の景色や音が急速に遠ざかるのを感じた。
意識が朦朧とする中、耳許で、
「だから、逃さないって言ったじゃないですか」
という大淀の涼やかな声がした。
まぁ、そうか。
逃げられないよなぁ──。
全てを観念すると同時に、僕の世界は暗転した。