Compass   作:広田シヘイ

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第九話『インフォメーション・リーケージ』

 

 

 

 

 

「私が──初めての女ですね」

 と彼女は言った。

 

 黄昏時。

 海沿いの公園に、深秋の冷たい風が吹き抜ける。

 彼女の髪がさらりと揺れて、色付いた落葉がふわりと揺らいだ。

 夕焼けに照らされた彼女の顔は、発熱しているのではないかと見紛う程に紅かった。

 潤んだ目は瞬きを繰り返して、やがて僕にその視点を合わせる。

 僕の顔も、彼女に負けず紅いのだろう。

「何か──言ってください」

「そんな、突然のことで何て言ったらいいのか──。そうだ、僕はまだ答えを聞いてないよ。僕の気持ちは言った通りだ。君の口から、はっきりと聞きたいかな」

「言わないと解りませんか」

「言葉にして欲しいんだよ」

「それは──秘密です」

「やっぱり、君はずるいよな。僕ばかり」

 彼女は悪戯(いたずら)っぽく微笑む。

 仕返しに、彼女を手荒に抱き締めた。

「きゃっ」

「絶対に言わせてみせるから。その(ため)には、手段なんて選ばないんだからね」

 彼女の腕が、僕の背中を包み込んだ。

「愛してください。沢山、愛してください。そうしたら私──きっと我慢出来なくなってしまいます」

 どれくらいの間、そうしていただろう。

 数秒のような、数分のような。

 それでいて、この世界に生まれ落ちてこの方──ずっと彼女と抱き締め合っていたような、そんな不思議な感覚がする。

 彼女との抱擁は、時の流れを忘れさせる程に僕の心を満たしていた。

 

 やがて、海鳥の鳴き声がレシプロ機のエンジン音に取って代わる。

 多分、二人とも同時に気が付いた。

 僕等は、どちらからともなく笑い始める。

「見つかっちゃったみたい。優秀だね、ウチの航空隊」

「大問題になっちゃいますね」

 上空を見上げると、数機の九九式艦上爆撃機が僕達の直上で旋回を始めていた。

 胴体後部の二本の白線は──瑞鶴(ずいかく)の所属機であることを示す識別帯だ。

 九九艦爆は夕日を反射させながら翼をバンクさせている。

 

 そっとはしてくれないが、祝福はしてくれているらしい。

 

 このまま抱き締め合っていると、そのうち機銃での威嚇射撃が始まるに違いない。

 本意ではない──と苦笑する妖精の顔が目に浮かぶ。

 いつものことだ。

「私、味方に爆撃されるのは初めてかもしれません」

「本当に? 爆撃って味方にされるものだと思ってた。初めてなら──少し痛いかもよ」

 そう言って、僕等はまた笑った。

 

 彼女を抱く腕に、力を込める。

 

 何だか締まらないのも、僕達らしくていいなと──そう思った。

 

 

 

            ※

 

 

 

 窓の外の目抜き通りを、路面電車が走り抜けて行った。

 オープンテラスで談笑している若者達を視界に捉えながら、しばらく路面電車にも乗っていないなと、そんなことを思う。

 図書館に行くのに便利だったから、高校生の時はよく利用していたのだ。学校帰りに街中まで足を延ばして、それから乗り換えで三十分弱くらいだったと思う。だいたい閉館時間の二◯◯◯(フタマルマルマル)まで居座って、帰りにファストフードで晩飯を済ますというのが当時のお決まりのパターンだった。隣には()洒落(しゃれ)な喫茶店もあったのだが、自分のような冴えないガクセイが入って良いものかと躊躇(ちゅうちょ)し続けた結果、その店には一度も足を踏み入れることなく僕の高校生活は幕を閉じた。

 

 

 そんな卑屈な少年だった僕が今いる場所が。

 カフェ──である。

 昼下がりのカフェである。

 

 

 御洒落な人々が御洒落な店内で御洒落なひと時を過ごす──まぁ、僕みたいな人間にしてみれば毒の沼のような場所である。「人として御洒落であれ片時も御洒落を忘れるな」と三六◯度全方位から精神攻撃を受けている錯覚に(とら)われる。

 一応僕だって僕なりに全力で余所(よそ)行きの格好をしているし、そもそもこの店にドレスコードなんてないのだから気にする必要もないのだけれど、それでも長年劣等感をじっくりコトコト煮込んだ性格の僕には、中々に居心地の悪い空間ではあるのだった。

 唐揚げがメニューにない店とか行ったことないから、基本。

 本日のパスタとか言われても困るのだ。

 昨日のパスタも知らないし。

 食べていいのか判断に迷う葉っぱとか乗ってるし。

 残したけど。

 

 そんな僕の落ち着かない精神状況を知ってか知らでか、食後のコーヒーを口にして我が秘書艦は微笑した。僕とは対照的に、可憐な彼女はこの店の雰囲気によく馴染(なじ)んでいる。

「ぼうっと外なんか見ちゃってますけど、何を考えているんですか?」

 大淀は()ねるように言った。

「ん、あぁ。路面電車が懐かしいなと思って。昔よく図書館に行くのに乗ってたんだ」

「路面電車ですか──。乗ります?」

「いや、いいよ。大して変わらないだろうし」

「図書館なんて通ってたんですね」

「高校生の時ね。まぁ、昔から本は好きだったから」

 通い詰めていた本当の理由は、今ここで大淀に話すことではないだろう。

「ふぅん、そうですか」

 大淀の探るような視線に内心冷や汗を掻く。

 まさかバレている訳ではあるまいな。

「そ、それよりさ、大淀も全部食べたんだ。少食な方だと思ってたから意外だったかも」

「それは比較対象が艦隊だからですよ。私だって食べる方だとは思います。それにお料理も美味(おい)しかったですし。──美味しかったですよね?」

「そ、そう? あ、うん、美味しかったかも」

「お口に合いませんでした?」

「い、いやいや。そんなことない。美味しかった」

 これは嘘ではない。

「でもさ、ほら──いつも食べてるのが()(みや)さんの料理じゃない? それと比べちゃったら、どうなのかなって」

「それは比べる方がおかしいんですよ。間宮さんの方が美味しいに決まってるじゃないですか」

「あ、やっぱそうだよね」

「提督、こういうのは状況や雰囲気も含めて楽しむものなんです。こうして外でお食事することなんてないじゃないですか。私が聞きたいのは、提督と私二人きりで食べたお料理はどうでしたか? ってことなんですッ」

 大淀はぐいと身を乗り出して僕に詰め寄った。

 

 

 今日、僕達は(そろ)って非番。

 大淀とデート──のようなものだ。

 

 

 表現を(ぼか)したのは率直に言って恥ずかしいからだ。大淀に誘われた時も「今度の非番にお買い物に付き合って頂けませんか?」と言われただけであって、別にデートしてくださいと直接的に言われた訳でもない。

 世間ではそれをデートと言うのだ──という意見が一般的であるのは承知しているし、僕だって大淀のような美少女と街を歩けるのは嬉しいのだけど。まぁ「デートなのだ」と意気込んで肩肘(かたひじ)張ってしまうくらいなら、気楽に構えてこの時を楽しめる方がいいだろうとも思う。

「どうでしたかって。そ、そりゃ──美味しかったよ」

「感情が込もってないです」

 大淀の視線が鋭さを増した。

「はぁ。提督最近冷たいですよね。(しょう)(かく)さんとか、他の方ばかり気にして」

「そんなことないって。あれは仕方ないじゃない」

 前回の査問委員会以降、翔鶴と瑞鶴が執務室に入り浸るようになった。「秘書艦が一人でなければならない道理はありませんよね」と無茶苦茶な論理で押し切られて、説得する間もなく机と椅子が搬入された。

 まぁ執務も(はかど)るし、僕にとっては有難い面もあるのだが、大淀の機嫌が見るからに悪化の一途を辿(たど)っていたのも事実だ。秘書艦なんて煩わしいだけで何もいいことなどないような気もするのだが、大淀にも僕の着任当初から秘書艦を担い続けてきたという自負があったのかもしれない。

 この機会に大淀の機嫌を是非とも改善させたい──と。

 今日という日にはそういった事情も存在する。

「提督は組織の責任者ですから鎮守府全体のことを気に掛けるのも別にいいですけど、そもそも提督を鎮守府にお連れしたのは私なんですからね」

「えっと──雪風(ゆきかぜ)は」

「雪風もそうですけど私もですッ。そういえば、最近雪風も提督を見つめる目が怪しいというか危ないというか──。あんな小さな()に手を出さないでくださいね」

「出さないよ」

「判らないですよ提督は。見境ないんですから」

「──信用されてないのね」

「逆に何で信用されると思ったんですか。前科だらけのくせに。浮気者、色欲魔」

 酷い言われようだが、これでまた臍を曲げられたら元も子もない。

 僕は椅子に座り直して姿勢を整えた。

「あ、あのさ大淀。改めて言うのも恥ずかしいんだけど──僕を鎮守府に連れてきてくれて有難う。大淀がいなかったら僕は今生きてないと思うし、こうして充実した日々を送ることもなかったと思う。感謝してる、本当に」

 大淀は僕を試すように見つめながら、テーブルの上を指でなぞっている。

「それでは、私が初めての女だって認めますか?」

 

 初めての──女。

 

「何その恥ずかしい言い方」

 僕が照れ隠しにコーヒーを飲むと、大淀は再び身を乗り出して距離を縮めてくる。

 何だこの新手の拷問は。

「いいじゃないですか。女性とお付き合いされた経験だってないですよね。何せ提督ですから」

「叩くよ?」

 本当にないし。

「認めるんですか認めるんですよね」

「勘弁してよ。認める、認めるから」

「ちゃんと宣言してください。僕の初めての女は──って」

「他にお客さんいるんだよ?」

「何か問題でも?」

 こうなると大淀は折れないことを僕はよく知っている。

 ふぅと息を吐いて、解ったよ──と降参するように呟いた。

「僕の初めての女は、大淀です」

「──恥ずかしいですね」

「大淀が言わせたんだろッ」

「ふふっ。可愛いんですから。じゃあ、これで許してあげます」

 そう言って笑う彼女は不思議な色香を纏っていて、僕はたまらず目を逸らした。

 先程から何処か落ち着かないのは、店内の雰囲気に呑まれたからではなく、目の前の大淀に緊張しているだけなのかもしれない。

 私服姿の大淀は妙に大人っぽくて、じっと見ていると心が囚われてしまいそうになる。

 首筋を掻きながら店内に目線を泳がせていると「いらっしゃいませ」という店員の声が聞こえた。

 何気なく入口を振り返る。

 

 

 そこにいたのは、ひと組の男女だった。

 

 

 似ている、と思った。

 あの少女が大人になっていたら多分あんな感じなのだろうな、と思った。

 そして。

 似過ぎている、と思った。

 泣きぼくろの位置まで同じだった。

 まさかそんなことが──と放心していると、案内されたその男女が席に着きメニューを広げる。

 メニューと本の違いはあるが、その姿は。

 

 

 ──あの時のままだ。

 

 

 そこで、僕は確信に至った。

 その女性の左手には、銀色の指輪が(きら)めいている。

 思春期を共に過ごしたあの酷い(せき)(りょう)感が僕を襲った。

 

「提督、どうされたんですか」

「い、いや──何でもない」

 大淀は僕の視線を辿る。

「あの女性が何か」

「いや、いいんだ大淀」

「提督、私の目を見てください」

 大淀と僕の視線が交差する。

「もう私に隠し事はしないでください。妖精さんが見えるようになった時も相談して頂けませんでしたよね。私、判るんですよ? 提督が悩んでいるとか悲しんでいるとか、怒っているとか喜んでいるとか、提督の感情が全て──手に取るように」

 大淀は僕の指をなぞるように手を重ねた。

「だから、提督のお力になれないことが何より辛いんです。お願いです。お願いですから──」

 私に隠し事はしないでください──と大淀は繰り返した。

 信頼しているからこそ言えなかったなんて、この場では言い訳にもならないのだろう。全て打ち明けてしまってもいいのかもしれない。彼女は──僕の秘書艦なのだし。

「──解った。全部言うよ。別に大したことじゃないんだ。ちょっと、驚いちゃっただけ。さっき図書館によく通ってたって言ったでしょ? 路面電車に揺られてさ。あの女性(ひと)が、その理由だったんだ。あの女性はね、僕の──」

 

 

 初恋の女性だ。

 

 

「高校一年生の時かな。夏休みでさ、やることなくて暇で暇で、何を思ったか図書館に行こうと思ってね。その時に初めて見たんだよ」

 一目惚れ、というやつだ。

「あぁ同じ制服だなぁ、なんて思ってたんだけど、ほら、図書館って静かでしょ? そういう雰囲気も相まって余計魅力的に見えたんだよ。神聖なものって感じがしてさ」

「へぇ。それで、声は掛けられたんですか?」

「そんな度胸があるように見えるかい?」

 僕は苦笑した。

「それからは図書館に通い詰めでさ、一週間に一度会えるか会えないかって感じだったな。そうして秋になって冬になって春になって。そのうち彼女を見かけることもなくなった。今思えばきっと三年生だったんだよ。受験勉強してたんだろうね」

「きっと?」

「うん、僕は部活に入ってなかったし交友関係も狭かったしさ、学校に置いてある卒業アルバムで調べようと思ったら出来たんだろうけど、それはしたくなかった」

「何故ですか」

「何かさ、名前を知りたくなかったんだよ。卒業アルバムに載ってる彼女を見たくなかった。というか、図書館にいる彼女以外を知りたくなかった」

 学校でも()えて探そうとはしなかった。

「バカみたいな話だけど多分怖かったんだよ。彼女が普通の女子高生に見えてしまうことが。好きな女の子を変に神格化しちゃうことって、僕だけじゃなく思春期の男子にはありがちなのかもしれないけど。名前があって友達と喋って笑ったりしてっていうさ、それは普通じゃない? 当たり前の話なんだけど」

「それから、提督は?」

「その後──ずっと通ってたよ、図書館に。でも会うことはなかったな。だから、今日が図書館以外で見た彼女の初めての姿。まさか十年後、それも結婚指輪をしてるとは思わなかったけど」

 そう言って僕は無理に笑う。

 その恋が叶うなんて思ってもいなかったけど。

 彼女のことだって、忘れかけていたのだけど。

 それでも──僕は何だか、あの頃の寂しさを思い出してしまった。

 

「そう、ですか。あの人が。ふぅん」

「あまりジロジロ見るなって」

「このこと、誰かに言いました?」

「言ってないよ。友達にすら言ったことない。──何だよ嬉しそうな顔して」

 大淀は笑みを抑えながら、再びその女性を振り返って爽やかに言い放つ。

「私の方が綺麗ですね」

 コーヒーが気管に流入した。

「ゴホッ、ゲホッ。何を言うんだよ急に」

「どう思います?」

「いや、それは──まぁ」

 比較するまでもない。

 だって、僕はもう提督だから。

「大淀の方が綺麗だよ」

「ですよね。──さ、もう出ましょう」

「え、あ、ちょっと待ってよ」

 慌てて席を立ち会計へと向かおうとすると、大淀は僕の手を引いて店内を遠回りする。まさかとは思ったが、大淀は僕の予想通りその女性が座る席を目指して歩き出した。

 傍を通り過ぎる時、大淀は大袈裟に──まるで見せつけるように──僕の腕を抱いた。

 その女性は、多分気にも留めなかっただろうけど。

「何やってんの」

「提督はだらしないですから、これからも色んな艦娘に手を出すのでしょうけど、人間の女性だけは絶対にダメです。何だか、それは絶対にダメです」

「前提がおかしいよ。手は出さないって言ってるじゃない」

「信じるもんですか。いいですか、私は心が広いのでそれは許してあげます。提督として、多少は仕方ないこともあるでしょうし。ただ──」

 大淀は僕の肩に頭を寄せる。

「最後は──私のところに帰ってきてくださいね」

 僕は急激に顔が熱くなるのを感じた。

 それは恥ずかしかったからなのか、嬉しかったからなのか、自分でも判断がつかなかった。そんな未知の感情に、僕の脳髄は涙腺を緩ませるという暫定的措置を講じた。

「うん、判ったよ」

 そう言うと、大淀は弾けるように笑う。

 

 寂しさは──いつの間にか消え去っていた。

 

 

            ※

 

 

 夕暮れの海は()いでいて、低角度から照りつける橙色を乱反射させている。

 上空で海鳥が鳴いていると思えば、遥か前方のベンチでは子供が泣いていた。

 穏やかだと思う。

 僕も大淀も海など毎日見ている(はず)なのに、わざわざ海を臨む公園に立ち寄ってしまうのは、もう本能のようなものだろう。

 もうすぐ、僕等は鎮守府に戻らなければならない。

 大淀は楽しんでくれたのだろうかと不安になって、彼女の横顔をちらりと見る。

 僕の視線に気付いた大淀は微笑んで、ガス灯の下で足を止めた。

「提督、楽しかった──ですね」

「うん、そうだね。終わっちゃうのが、何かもったいないな」

「私は──帰らなくてもいいですけど」

「なっ」

 僕は動揺する。

「何を言ってるんだよ。そういうことは軽はずみに言わないの。本気にしちゃったらどうするのさ」

「本気ですけど」

 大淀の追撃に僕は言葉を失う。

 照れ隠しに目を逸らして海を見ていると、大淀が僕の左手首に触れた。

「これ、プレゼントです」

 手首には、革のブレスレットが巻かれていた。

「あ、そんな、ずるいよ。僕は何も用意してないのに」

「ふふっ。提督はこういうアクセサリ付けないですよね。似合うかなと思って買っちゃいました。絶対に外しちゃダメですよ? あと、どんな凄いお返しが頂けるのか楽しみにしていますから、それは気にしないでください」

「あ、有難う──」

 大淀が僕の手を離さない。

 徐々に、しかし確実に周囲の世界が変わっていく。

 僕と、彼女だけの世界に。

 大淀は僕の胸にそっと入り込んだ。

「提督は、私のことどう思ってます?」

「大淀のこと? そ、それは──頭が良くて頼りになるし、気が利くし──」

「そういうことじゃないですよ」

 彼女の求めている言葉は解っていた。

 それを言ってしまえば、着任以来踏み止まっていた一線を越えることになる。

 しかし、そんなことは今の僕にとって瑣末な問題に過ぎなかった。

「大淀のことが好きだよ」

 僕の胸で、あっ──という声が漏れる。

「大好きだよ。愛してる」

 大淀は俯いていて、表情は判らない。

「大淀は、僕のことどう思ってる?」

「そ、それは──」

 彼女は顔を上げた。

 

「秘密です」

 

 そう言って、大淀は僕に唇を重ねた。

 僕は驚く程自然に、彼女を受け入れていた。

 大淀の思いも、僕の思いも、唇を伝って一つになって──。

 それは分かち難く永遠に、お互いの心に残り続けるような気がした。

 未練を残しながらも、僕達は唇を離す。

 

「秘密なんです」

 と大淀は繰り返した。

 いくら鈍感で卑屈な僕でも、今は、大淀の気持ちを受け止めることが出来る。

 

 

 ──秘密でも何でもないじゃないか。

 

 

 彼女は顔を真っ赤にしながら、満面の笑みで言う。

 ほら、やっぱり──。

 

「私が──初めての女ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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