「じゃあ、今日はここまで。
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配信が終わり、私は私に戻ってゆく。
電脳空間の0と1の体を解いて、生身の体に入る感覚が私は好きだった。
目を閉じて、私は魔法の呪文を唱える。
「わたしはだあれ?」
「わたしは両堂花奈恵。
母は両堂沙都香の忘れ形見」
消されたモニターに私の顔が映る。
母譲りの美貌に、見る者をひきつける瞳。
私の恩人であるあの人に言わせるならばクレオパトラの瞳と言うらしいが、私はこの顔がこの瞳が嫌いだった。
だから、VTuberになったのだ。
電脳世界の私の名前は、十詩歌月(とおし かつき)。
自称、PRIVATE VTuberである。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。
十詩さん。例の話考えてくれた?」
「その件はお断りしたはずです。
リアルに興味はありませんよ」
「どうして?
大手プロダクションのオファーなのに?」
スタジオを出た時に、マネージャーに捕まりここ最近繰り返されている話を蒸し返される。
母が元芸能人だった事で縁のあったこのプロダクションでVTuberとして登録したはいいが、向こう側は私のリアルデビューを狙っていたのである。
それを適当に巧みにあしらう。
「私は母みたいに早死にしたくないですから」
そういえばマネージャーもそれ以上強くは言えない。
母を知っているからこそ、母の末路を知っているからだ。
「では、失礼します」
「待って!
大事なことを忘れていたわ。
仕事よ。
PRIVATE VTuberとして」
マネージャーの慌てた声に、私は帰る歩みを止める。
少なくとも、自分のスケジュールはすべて把握している。
ここで出る仕事というのは、その把握外の急ぎの仕事という事だろう。
先に言えばいいのに。
「で、どこです?」
「スターズのVTuber事業準備室。
この産業はまだ小さいけど、ついに大手が出るぐらいの勢いになろうとしているのね」
スターズ。
かつての天才女優星アリサが作り出し『天使』百城千世子を筆頭にスター集団がゴロゴロいる大手プロダクションである。
そこがついにVTuber事業に手を出そうというのだ。
スターズから送られた資料を受け取った私は、すぐに違和感を覚える。
「……看板俳優の2D化ですか。
失敗するに決まっているじゃないですか」
「そういうのを含めてレクチャーするのがあなたの仕事でしょう?
業界全体してもスターズの失敗は望まないでしょうし、向こうに貸しが作れる。
あなたしか居ないここのVTuber事業が黒字を出しているのも、あなたのその裏方的働きが大きいのよ。
そして、それはリアルの仕事にも良い影響を与えつつあるわ」
「……VTuber事業の立ち上げのバーターに何を得るんです?」
「『デスアイランド』のモブ役及びサブ役をいくつか」
つまり、スターズは映画『デスアイランド』のマルチメディア展開を考え、振興市場であるVTuberも抑えに来たという訳だ。
大手というのはこういう時に動ける金とコネがあるから強い。
「先に言っておきますが、受けませんよ。
『デスアイランド』のオファー」
そのサブ役に私をねじ込もうと企んでいるマネージャーに先に釘を刺したら、彼女はただ肩をすくめてため息をするだけだった。
「まず、頭に入れてほしいのが、VTuberというのはアバターを用いて演じるという事です。
そちらに分かりやすく説明するならば、アニメの声優や着ぐるみ俳優が近いでしょうか?」
スターズ社長星アリサをはじめとしたスターズ経営陣を前に、スーツ姿の私は堂々と説明をする。
今の私は敏腕ビジネスマンを演じている。
それはこの分野を立ち上げた経験があるし、母譲りの演技力もある。
スターズ経営陣はそのあたりを見抜いているのだろうが、この新興分野の第一人者として私の説明に口を挟まない。
「本来、VTuberというのは、企業側にとっては永遠のアイドルを目指して作られたものでした。
人間は老いるし、スキャンダルとかで動けないこともありますが、画面の中のアバターは本来問題がないはずでした。
ところが、実際には魂、つまり演者の影響が大きく、実際の俳優と同じ状況が生まれつつあります。
つまり、魂側の事情がダイレクトに反映されてしまうのです」
今だ、アバターを用いた魂の継承はうまく行っている所はない。
それを企んだ最大手の所は戦略のミスも相まって大失敗に終わって、魂とアバターの一体化が進みつつあった。
スターズ側はそれを前提に、スターズ俳優のアバターを用意してVTuberに参入しようとしていた。
どちらかといえば、YouTuberの延長線としての考え方だ。
「で、そんな時に我々PRIVATE VTuberの出番という訳です」
リアルの魂が演じることができない場合の代役。
それがPRIVATE VTuberである。
スターズ側の幹部がここで質問する。
「代役声優というとらえ方でいいのかな?」
「それに近いものがありますね。
ただ、VTuberというのは、声優で収まらないユーザーとの近さがあります。
それをばれないように演じるのが私の仕事です」
今回は参考として知り合いのVTuberの演技を即興でして見せる。
画面の中の彼女と私が演じる彼女の声が室内に綺麗にハモる。
『こんにちは。いや、こんばんはかな?
とにかく初めましてである事は間違いがないかな。
まずは自己紹介といこう。
私の名前は迷路真酔と書いて(めいろ まよい)だ。
職業は一応探偵をしているのだが、名前の通りヘボ探偵でね……』
彼女を最初に数人のVTuberを見せ、その画面の彼女たちの声と同じ声で読み上げる。
2DのVTuberたちはただしゃべるだけでなく、首や目など動くところがあり、その動きに合わせてこちらも体を動かして見せる。
カメラに動きを把握させる為に実際はもう少し大きく動くのだが、このプレゼンではそのあたりが理解できないだろうと、画面内アバターと同じ動きでインパクトを狙っている。
また、ゲーム実況などもやり、同じところでミスをするなどをスターズの幹部に見せてゆく。
「実際に演じる場合はどの程度の資料が必要なのか?」
「その俳優の公式データとできればここ一年の作品とニュースを全部見て、演じることになりますね。
マシュマロなどを答えてボロが出るのは避ける為に雑談配信が中心になります。
こちらの配信で何を言ったか、何が話題になったかは別紙でまとめてレポートとしてそちらの俳優に提出するので……」
「へぇ。
それで私が演じられるんだ?」
場が凍る。
その声は天使なのに、そこから出た意図と私を見る目が明確に喧嘩を売っている。
ある意味なれた光景である。
「ええ。
あなたを演じるのではなく、あなたのアバターを演じるのでしたら十分に」
だから、こう言って喧嘩を買ってあげよう。
少なくとも、私はこうやってこの場に立っている。
「わたしはだあれ?」
スターズとの打ち合わせ終了後、私はスターズ事務所のトイレで己にかけた魔法を解く。
私に戻ってトイレから出た時、声がかけられた。
「そっちが素の姿なんですか?
両堂花奈恵さん」
「ええ。
実はこれでも女子高生なんですよ。
百城千世子さん」
スターズとの契約は成立し、立ち上げとそのヘルプ、女性アバターの代役という大仕事をもぎ取ったのでそこそこ気分がいい。
とはいえ、会議室での挑発的な天使ではなく、興味津々な天使が悪魔のように何度も何度も私に言われた呪詛を呟く。
「こっちに来ないのですか?」
「行きませんよ。私は」
その呪詛をはねのける。
私の容姿は、その瞳は母譲りの魔性だから、私はそれを使わないと決めたのだ。
そんな私に世界はVTuberという新しい世界をくれたのだ。
私はこの楽園を手放すつもりはない。
「来ますよ。あなたは。
だから待っています」
天使の誘惑に私は何も言わずに立ち去った。
これは天使の誘惑に振り回されただけでなく、その周囲のいろいろなものに振り回された私が楽園を追放されるまでの物語である。
『P.A.』ことプライベートアクトレスが連載されたのが99年2月。
『アクタージュ』の発表が18年だから、あ、これ娘世代いけるやん!という訳で書いた。
迷路真酔はなろうで私がこっそり書いているキャラからの登場である。
ネタ元
https://www.youtube.com/watch?v=04EIYwhm5rI