芸能界という所は狭い業界である。
母がデビューするきっかけとなったのは、デビュー映画『クレオパトラ2世』で主演女優だった遠野美咲の自殺で代役として選ばれたのだった。
その時、母と主演女優の稽古を見た一人が語った言葉は私の耳にも届いた。
「あれは、どっちが主役をするのか分からないな」
そんな声に遠野美咲は自殺した、いや母が自殺に追い込んだのである。
私はそんな母のたぐいまれな演技力を受け継いだらしい。
だからこそ、己の姿が見えずに他人を演じられるPRIVATE Vtuberは、天職とも言えた。
そして、この映画で銀幕に出た人間がもう一人いた。
小早川志緒。
母の仇であり、私の恩人である。
「3Dならともかく、2Dのアバターでできないことはいろいろとあります。
だからこそ、視聴者は限定されて加工された情報を摂取していると言えるのです」
スターズVtuber事業の立ち上げに伴って、スターズ俳優を前にしてミーティングを行う。
当たり前のように百城千世子がいるのだが、見なかったことにしよう。
彼女スケジュールがキツキツに詰まっているはずなのだが。
「たとえば、一般的な2Dアバターは手を動かせません。
そのために表情は首から上で伝えることになります。
口の動き、目の瞬き、首の左右のゆらめき。
このぐらいで、視聴者はそのアバターに対して存在感を持ってしまうのです。
これは、人間がどれぐらいの情報を摂取してるかの一つの目安となります」
ラジオや声優などが良い例だが、声だけで全てを伝えることのできる人は居るにはいる。
同時に、それは一つの芸として成立するぐらい難しく、先に挙げた体の動きの情報が視聴者に情報摂取の助けをしてくれるのだ。
「スターズの皆様は、生身配信も行う予定なので、情報の補強は視聴者側が勝手に行ってくれます。
2Dにおいて気をつける所をあげるのでしたら、どこまで素を出すかしかありません」
一人手を挙げる。
たしか町田リカという人だ。
「つまり、この画面の中でも自分を演じろという訳?」
「そうです。
とはいえ、その言葉には少し足りないので、こう言い直しましょうか」
私は少し考えるそぶりをして、関西の偉大な芸人の言葉をアレンジして告げる。
さて、この言葉を知っている人はどれだけいるのやら?
「この画面の中で、みなさんは『素人芸』を演じないでください」
すでに引退した関西お笑い界の芸人はTVをこう看破した。
それを告げようとする前に、百城千世子がそれを口に出す。
「『TVで面白いのは、素人が芸をするか、プロが私生活を見せるか。つまり、TVの芸はつくりものではなくドキュメントが面白い』でしたっけ?」
「ええ。
よく知っていましたね」
「あなたが、他所でも何度も同じ説明をしているのを調べましたので」
百城千世子という俳優は、その天使という形容とは裏腹に、信じられないぐらいの努力家である。
というか、その努力が彼女を天使としてここまで高みに押し上げた。
それを私は理解せざるを得なかった。
「このネット配信はTVとは少し違います。
どちらかといえば、演劇の方に近いと思っています」
私はあえて、説明を端折る。
百城千世子があの芸人の言葉を知っているのならば、その前の言葉もわかっているだろうからだ。
「『TVは舞台の芸を映す事はできても、空気を送る事はできない』。
演劇の放送を見るより劇場の方が面白いのは、その空気の一体感があるからです。
そして、動画放送はこの空気を疑似的に送る事に成功しました」
私は動画サイトのある部分を指さす。
これこそが、TVと動画サイトの決定的な相違点。
「コメントです。
Vtuberはつまる所、このコメントをどれだけ処理できるかにかかっていると言っても過言ではありません」
コメントの処理、いや、会話こそVtuberの肝。
それゆえ、トップを走るあるVtuberは己を『インターネットキャバクラ』と看破して見せた。
TVや銀幕より、劇場の方にVtuberの方が近いと言われるのは、このコメントの存在がある。
そして、そのコメントは残るがゆえに積み重なり、Vtuberという存在を外側から装飾する。
「スターズのVtuber事業は、みなリアルに基盤があります。
だからこそ、リアルのことをVに持ってくることで初動は稼げますが、他のV以上にリアルの影響を受ける事を意味します。
ここだけは、絶対に忘れないでください」
「ちょっといいかしら?」
スターズ社長の星アリサに呼び止められたのは、先の打ち合わせの後だった。
社長室に入り、彼女は昔を語る。
「私が女優をやっていた時、天才的な演技をする女がいたわ。
永沢さゆり。
20年近く頂点に君臨し、撮影中の事故による彼女の芸能界再起不能の際には、日本映画界の至宝が失われたと大いに騒がれたものだわ。
その後を彼女の娘である小早川志緒がその後を継ぐなんて思ってもなかったけど」
情報化社会の昨今、私の情報はある程度探れば出てくる。
それでも、私の母が十文字花菜であるという事は、小早川志緒の夫である羽村知臣が率いる羽村コンツェルンが全力で隠している。
母と小早川志緒の確執とその結末は、今や日本のトップ女優である小早川志緒と羽村知臣にとって蒸し返したくはない過去という訳だ。
私は、そうやって守られた過去を隠しながら返事をする。
「私に聞くよりも、TVをつけたらどうです?
どこかのチャンネルに必ず出ていますよ。小早川志緒」
今や、かつての永沢さゆりの居た場所に小早川志緒は立っている。
その美貌は老いを美しく取り込んで円熟し、『午後3時の温かさ』なんて呼ばれ方をする大御所として、主役だけでなく重要な脇役で彼女の顔は銀幕でTVで常に映っている。
「一つ聞かせて。
何で小早川志緒は、あなたを育てたの?」
その問いを問いかけてくる人は何人か居た。
その問いを小早川志緒に問いかけるのが怖いから、彼らは私にその質問をするのだ。
私は、あくまで私の主観という形でその答えを返した。
「あの人が、一つだけ後悔する事があるんですよ。
それは、永沢さゆりと共演したかったという事です」
Vtuberはその体を電脳世界に用意するから、リアル世界の人間がどのようなものでも関係がない。
たとえ、顔に傷跡が残った永沢さゆりであろうとも。
たとえ、今、日本のトップ女優に君臨している小早川志緒であろうとも。
たとえ、過去に隠さねばならないものがある私であろうとも。
電脳空間の体は等しく0と1の集合体なのだ。
この世界を教えた時、永沢さゆりの女優としての魂に火が付いたのを私は目の前で見た。
そして、その女優の魂の火に小早川志緒が気づかないわけがないという事も。
「私を育てた訳じゃないですよ。あの人は。
私の遊び場が、たまたまあの二人に有効だった。
それだけでしょう」
「そうかしら?」
私の言葉を女優星アリサが否定する。
永沢さゆりと対抗できると現役の時に謳われたこの人は、それで納得はしてくれないらしい。
「あなたは気づいていないのか、気づいて無視しているのか知らないけど、永沢さゆりと小早川志緒のそばにいるだけで、並みの俳優より優れたものを吸収してるのよ。
ましてや、素材が飛び切りの一品ならば」
そこで星アリサは言葉を止める。
私がその飛び切りの素材である母譲りの目で睨んだからだ。
この瞳が私は嫌いだ。
人を魅了して支配するこの目を小早川志緒はこう名付けた。
クレオパトラの瞳
と。
この瞳が嫌で嫌で、私はVtuberになったのだ。
その瞳で星アリサを睨みながら、私は話をそらす。
「だったらお聞きしますが、社長。
あなたは、百城千世子を小早川志緒の後釜に据えるのですか?」
人は老いる。
その老いとどう向き合うかは女優としての課題でもある。
すでに小早川志緒は斜陽に向けて歩みつつある。
彼女が去る座は未だ後継者が定まっていない。
「座らせるわけないじゃない」
その頂点を唾棄するように星アリサは吐き捨てる。
その座を望み、その座に近かった故に、その転落と末路を知っているこの人は所属俳優の幸せのために、その座に座らせないようにする。
彼女率いるスターズ俳優は、磨けば小早川志緒に届く女優が何人か居た。
だが、彼女たちは小早川志緒と争わせず、いまだ女優として安定した役を与えられてその活躍を続けている。
「だとしたら、それが答えなのでしょう。
失礼」
わざと無礼に私はスターズ社長室から出る。
かつて、酔っぱらった小早川志緒、彼女がぽつりと漏らした一言。
「あんたの母親の言葉、今になって身に染みてくるわ」
その言葉を私は忘れなれない。
母は自らの破滅を天秤にかけて、プライベートアクトレスという日陰にいた小早川志緒を表舞台に引きずり出した。
もしかしたら、それは超一流の俳優が持つ宿命なのかもしれない。
小早川志緒がわざわざ私の母の真似をしてその言葉を私に言ったのを私は忘れられない。
そして、気づく。
あの言葉は、呪いであり、母から小早川志緒に、そして私に帰ってきたものなのだと。
「だってお芝居ってうまい人とやらないとつまんない」
私は、この呪いにどう答えるのだろうか。
まだ私はその答えをもっていなかった。
引退した関西の芸人
上岡龍太郎
この人の芸人論は本当に凄い。
検索すると出てくるのでぜひ見てみると言い。
10分の話術に私は魅了された。
インターネットキャバクラと言い放ったVtuber
桐生ココ。
ホロライブ4期生で今年のホロライブ大躍進の立役者。
朝ココというブルーオーシャンの開拓はあまりに見事でバャーチャルアナリストが開設していたりするので気になる人は見てみるといい。