静かな昼下がりを、プテラノドンとそれに跨った白髪のフードの服を着た少女が飛ぶ。
その表情は懐かしさと若干の呆れを感じさせながらも、寂しそうな笑みを浮かべていた。
「ボクの『アオハル』ここから始まったんだ……」
呟く少女。手慣れた様子で着陸し、目の前の建造物へ目を向ける。
「おじゃましま~す」
川辺にある、へんてこな旗が何枚か立った二階建ての家。
決して良い造りとは言えない原子さを残した簡素な家を見上げ、中へと入っていく。
その姿は見知った家かの様で、礼こそするが颯爽と二階へ足を運んでいた。
「始まりの家……か」
「ここにあった燻製機、ボクが壊しちまったんだよなあ……くくっ」
部屋の角を見て思い出し笑いをする少女。
壊した当時は彼女も相当焦っていたのだが、後に引っ越し作業中でもう要らなくなった物と聞き今では良い思い出なのか、もう置いてあった跡しか残ってないその場所を暫く見つめ、奥へ向かう。
「あははっ」
『アルス加入』『ロケラン100コ』『アルス家旅』
四つの椅子。そしてデカデカとした赤い文字が書かれた三枚の旗が揺らめく異様な光景。
これこそが彼女の『始まり』だった。
「事故とはいえ申し訳ねえ事しちまったよなー、あの時は……」
発端と言えば、この近所に住んでいた彼女……アルス・アルマルが近所のかつてのこの家の家主……不破湊が彼女と同じく普段単独で生活していた事を知っていたのだが、風の噂で彼がどこかのトライブに加入したと聞き、家に誰かを入れているのを目撃し気になり覗いていた隙に手綱を離れた相棒のスピノサウルスがその不破湊のプテラノドンを殺していたところからだった。
『えー被告人は、不破湊被害者のプテラノドンを殺害した罪に問われています……心当たりは? 無い? こっちには証拠があるんだよぉ!』
『俺ら専属の武器商人になりませんか?』
『……嫌?でも借金あるよねぇ? 葛葉さん、鉄概算どれくらいになります?』
『うーん、十万鉄くらいはあるかな~』
「でも……ありゃ間違いない、ヤクザだったよなぁ~」
不破湊に加え三枝明那、葛葉の計三人から尋問を受けていた席に腰掛け、当時を回想する。
確かにプテラノドン殺害とついでに燻製機を破壊したのは事実だが思い返せば返す程ぼったくりとヤクザだったのは言うまでもなく、彼女は困惑を通り越していた。
「しかもあれだけ勧誘されるなんてなあ……勧誘というかほぼほぼ強引に加入させられたみたいな流れだったけどなっ!」
『アルス……加……入ーー!!』
何だかんだとありながら相手も鬼ではないという話になり全ての罪を許す代わりに葛葉のトライブ『サウザンド・ファランクス』へ加入という条件になったのだが、この時点で彼女はそれを承諾していなかった。
というのもこのトライブ加入は近々ある戦争の為に彼ら三人が加入させようとしていたのだが、既にその敵対トライブ『猟友会』への内定が決まっていたのだ、しかももう一つその二トライブのライバルである連合トライブ『JαCK』にいる古い仲の男友達エクス・アルビオの誘いを断ってでの内定であった。
しかしこの時点で発表する事が出来なかった為変に渋る形に。
だがそんな彼女の気持ちとは裏腹にどこからか持ち出してきた旗三枚に彼らは『アルス加入』『ロケラン100コ』『アルス家旅』と記入し後には引けなくなっていた。
『いや家族じゃなくて家旅やないかー!』
『うわっほんとだ!?』
それと同時に、苦し紛れに出てきた言葉を思い出し、苦笑する。
これも今では良い思い出だ。
「ははっ……今でも思うけど、叶先輩良く許してくれたよなあ……」
だが三人の熱意、やらかしてしまった事もまた事実と受け止め誓約書を受け取り承諾、叶に土下座する形で内定を取り消してもらいお互い違う場所でも全力で戦おうと激励で背中を押してもらっていた。
「……感謝しか無いや」
心機一転。サウザンド・ファランクスで全力を尽くすと決めた彼女。そんな彼女を三人含め既に所属していたラトナ・プティも歓迎してくれていた。
『男子に変な勧誘されなかった? 大丈夫?』
『え? お、俺達がする訳無いじゃないっすか~』
「……悪くなかったなぁ、あれも」
強引だった三人だが仲間として加入した後は非常に良くしてもらった事を彼女は忘れていない。
長時間楽しく会話しながら昼夜問わず作業し、次第に天宮こころ、ルイス・キャミー、桜凛月が加入しトライブ名も『AlleXceed Familia』に変わる頃には誓約書も、へんてこな三枚の旗も、彼女の大切な思い出になっていた。
「大変だったけど、楽しかった。うん」
前の戦争では直前に色々な経緯があり憲兵として『JαCK』の連合トライブの一つ『アルファスレイヤーズキングダム』に雇われ大功績を残したが、それからそこまで日が経たない内に次の三つ巴戦争が発表され、元より少数トライブやソロプレイヤー、トライブ脱退者を勧誘して作られた言わば『寄せ集め』の彼らは圧倒的に戦力が足りていなかった。
だからこそどのトライブより長い時間全員が一緒に準備し、一緒に話し、全員で色んなボスに挑戦して資源を集めていった。
寝る時間は一人二、三時間になる事が当たり前のメンバーもいた。
だがそれは強制ではなく、自主的に、勝つ為に、決して諦める事無く。少ない可能性をもぎ取る為に。ただひたすらに限られた時間で知識、物資、城、恐竜全てを揃えた。
「……反省するとこは多かったけどなあ~、焦っちゃったし攻めきれなかったし……負けちゃったし」
だが結局結果は負けだった。
序盤二トライブから一斉攻撃を受け驚異の粘りで凌ぎきるも疲弊から終盤絶好のチャンスを逃し、どこも誰も落としきれないままサドンデスに縺れこみ敗北。
「でもボク達良く戦ったと思う! 負けたけどあれだけやれたんだもん!」
だが彼女は笑っていた。
最後の最後まで笑っていた。
それはトライブ創設者の葛葉の言葉があったからだ。
『結局この世界の戦争ってさ、楽しんだ奴が勝者なんだよね』
この世界において戦争とは一種のスポーツであり、スポーツとは楽しむものである。
なればこそ、AlleXceed Familiaは誰一人として楽しむ事を忘れなかった。
「あの人からは……色んな事を教えてもらったな……」
彼女が回想するは彼の独特な言い回しばかりであるが、それもまた良き思い出である。
「最初はライバルだったのに、不思議な事もあるもんだなあ」
数奇な事に彼、葛葉と彼女は同じソロプレイヤーであり、あまり団体というものに自主的に入らず、カワウソ販売のライバル業者同士だったり、最初の戦争で対立トライブのそれぞれ憲兵だったり、その戦場で打ち合ったり。
共通点が多くそしてライバルとしての側面が非常に強い存在であった。
そんな葛葉と彼女が短期間で気の合う仲になり、最終的には背中を預け合う存在になる等誰が想像しただろうか。
そもそも接点の少ないメンバーで構成された寄せ集めだったトライブが、全員で盛り上がり全員で笑い合い全員で楽しめる一番仲が深まったトライブになると想像出来ただろうか。
「みんな、暖かかった……友達って良いもんだな……みんなに教えてもらえて良かった……へへっ、誰もいないから言えるけど、やっぱり寂しいや」
だから全員が解散を惜しんだ。
元は全員それぞれ違う場所で戦っていたメンバーであり、戦争が終われば脱退していたメンバーもまた戻っていく。
最後のサドンデス……各トライブ代表二名ずつによる殴り合いが終わった草原で、創設者の葛葉が解散を伝えた。
『アレクシードは……これにて……解ッ散ッ!』
『また別の世界、別の大地で会ったら剣を交わすも良し、背中を合せるも良し……何だかんだ楽しかったぜ』
誰しもが分かっていた事だった。
そして短期間とはいえ寝る間すら惜しんで楽しみながら準備したあの頃を思い出し、どうしても寂しくなった。
だからあの後多少最後に別れの挨拶だけしっかり済ませてそれぞれの場所に帰って行った。
それは彼女もその一人。
「寂しいから最後にちょっとだけ帰ってきちゃったじゃないか」
次の『世界』が決まった。
それは即ち暫くこの世界に戻ってくる事すら出来なくなる事を意味する。
ソロの頃からずっと相棒だったスピノサウルスには拠点にいた自分の恐竜を託してきた、奴なら並大抵のティラノサウルスにも余裕で勝てるという彼女なりの信頼からだった。
後に乗ってきたプテラノドンにも別れを告げれば全ての恐竜に別れを告げた事になる。
それが意味するはこの世界との別れ。
だから彼女は戦地を巡り、仲間のいた家や城を見て回り、時には思い出を想起し、最後にこの『始まりの家』に『旅立ちの日』に帰ってきた。
このへんてこな旗の立った家に。
家の中にもへんてこな旗の立った家に。
『家旅』なんて変な誤字が残った旗の立った家に。
自分の大切な『始まり』の思い出がある家に。
「ほんとは……もっと……遊びたかった……みんなと……」
普段大人しいメンバーも含め馬鹿騒ぎしたこの世界。
今はただ静けさだけがそこにあり、アルスの嗚咽もかき消されず。
この世界だけが受け止めていた。
どれだけ経っただろうか。
余りにも静かな世界は、時間が止まってしまっている様にも錯覚してしまう。
泣き疲れたのか、夕焼けがそっと照らす中彼女はグッと目を袖に当て大きく息を吐く。
「……でも、でも。解散はみんなで決めたんだ。今更立ち止まっちゃいけない……」
迷いは涙と共に流した、と言わんばかりにその目には決意が宿っている様にも見えた。
「……バイバイ」
ユラユラと静かに揺れる旗を尻目に、彼女は振り返らず後にした。
「はぁ……さてと。もう行かなきゃね」
階段を一歩ずつ降りながら楽しんだ日々を噛み締め、後は乗ってきたプテラノドンに別れを告げるだけ……そう思っていたのだがいつの間にか一階にいた。
「なんだお前~寂しいのか~? ……ってなんかくわえてる?」
それは単に家に入ってきたのではなく、何かをくちばしにそっとくわえていた。
この家で見つけたのだろうか、そっと差し出されたカードの様なものを彼女は受け取る。
「なにくわえてんだー? ……え、これって」
そこにはかつて戦争前に目標としていたドラゴン討伐の後、そのダンジョンに転送する為の塔『オベリスク』からスカイダイブする八人が写っていた写真があった。
「そういや撮ってもらったんだっけ。ドラゴン討伐の記念にって」
胸の中に焼き付ける様にと行ったそれは、少ない時間の中でも特に記憶に残っているのか胸にそっと抱き、一人呟く。
「あ、裏にも何か書いてある」
バックに片付けようとした拍子、裏にも何か書いてある事に気付いた。
彼女は何気無くそれを目で追う。
「…………」
次第に視界がボヤけてくる。
「もう泣き終わったってのにさぁ……ほんとにさ……バカだよみんな……」
悪態を付きながらも、彼女は笑っていた。
「じゃーなっ、また会いに行くから死ぬんじゃないぞ~」
すっかり日も落ちた頃、プテラノドンとも別れた彼女は旅路を行く。
新しい世界への旅路を。
星々が照らす道を。
バックにあの日の誓約書と写真だけ詰め込んで。
「さ、行くか……新しい世界ってやつにさ!」
「よし、これで後はアイツが書くだけだな」
「……葛葉くんらしい言葉っすね、これ」
「へっ、まあ……楽しかったからな! んじゃこれふわっちFCの家に置いたら出発だ!」
『葛葉』『三枝明那』『不破湊』『ラトナ・プティ』『天宮こころ』『ルイス・キャミー』『桜凛月』
『また遊ぼうぜ! by葛葉』
「当たり前だろ? ばーか」
『アルス・アルマル』
八人がスカイダイブする写真のネタ元
エモエモな絵なので是非
https://mobile.twitter.com/pomerani__an/status/1246864987051573249
エンディングソング
『サマータイムレコード by三枝明那』
https://m.youtube.com/watch?v=pMO-clQxqIM&t=1611s
26:15~より