ネムノさんと紫様のお話です。

何起こっていないお話。

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いつかの子供らよ

 月が照らす秋の夜のこと。

 坂田ネムノは夜の山を歩いていた。寝るわけでもなく、いつものような見回りをするために。

「今日は異常無しか。誰も倒れてないなら良いべさ」

 手に持っていた鉈を担ぐ。自分の住処へと帰るために。草を踏みしめる音が鳴る。こんな天気が良くて満月のような月の下だと鼻唄を歌いたくなるような気がした。

 ……あんたがたどこさ……肥後さ……肥後どこさ……

 昔、迷い込んできた女の子と遊んだ歌を歌う。そう言えばその子は金の髪だった。里の人間のような風貌でもなく、本当に何処から迷い込んだのか分からなかったが……

 そんな関係の無いことを思いつつ、家まで歩いていくと玄関の前に金の長い髪の女が倒れ込んでいた。しかも酒臭い。酔って迷い込んできたのだろう。

「……おめえさんどっから来た」

 返事は無かった。ネムノは焦ることはせず、鉈を地面に置いてから女を担いだ。そのまま家に入って寝転ばす。まるで死んだかのような寝方だったが息はしていた。

 ネムノはこの女をどこかで見たことがあると疑問に思うが今は起きるまで待つしかないか、と思い地面に置いた鉈を拾ってから壁にもたれて寝た。

 

 

 

「……不覚、不覚だわ」

 妖怪の賢者、八雲紫が目を覚ますとそこは坂田ネムノの小屋だった。昨日の夜の記憶がないのである。萃香と酒盛りをしていてその後、何をしていたのか覚えていない。確か、橙のところに行こうとして妖怪の山にスキマを繋げて……間違えてここに繋げて倒れたのだろうか。坂田ネムノがいるということはほぼそう言うことなのだろう。

 

「……なんだあ、そんなに独り言を言って……ふぁあ、おはよう」

 ネムノが起きた。紫はネムノの方を見る。

「おはようございます、ネムノさん」

 澄ました顔で紫は返事を返した。

「ああ、おはよう“メリー”」

 紫は弾かれるように立ち上がる。

「ど、どうしてあなたがその名前を知っているの!」

「ん……ああ? そうかお前さんメリーじゃないな。どうにも挨拶の仕方が似ていたもんでな……」

 ネムノは困ったように頭を掻いた。紫は慌てたような声で続ける。

「そうじゃなくて、どうしてその名前を知っているのかしら」

扇子をネムノに向ける。ネムノは破顔した。

「あっはは、そう焦るな……メリーって名前はな、昔私のところに迷い込んできた女の子の名前さ……どうもお前さんと似てる顔つきでな。間違えたことはすまないよ」

 はははと大きな声で笑ったネムノ。紫は呆れて扇子を下ろした。

「まあいいわ……それで聞きたいのだけれど? そのメリーってどうしてここに迷い込んできたのかしら」

「ちょっと待て。その前にお前さんの名前を聞いていない。名前を呼ぶ方が良いだろう? よっと」

 ネムノは立ち上がった。どこへ行くのかと思えば台所であった。

「……紫。八雲紫よ。あなたは坂田ネムノですわね」

「紫か。良い名じゃないか。うちの名前を知っているんだったら自己紹介は要らないな。昨日の残り物だが、朝飯にしようか。温めるから待ってろ」

 ネムノは火を起こす。カチカチと火打ち石を鳴らして火をつけた。

「……ネムノ、あなたは私のことを何も聞かないのね」

「なんだ、聞いて欲しいのか? 紫が言わないとうちは聞かんよ。無理に聞いたってな、つまらないもんだ。うちはただお前さんが無事に帰れるまで面倒見るだけだべ」

 あっという間に火をつけたネムノは木を投げ込みながら答える。紫は思う。そんなに面倒見てもらっても私は帰れるのだけれど、メリーの話について全て聞いておかないといけない。申し訳ないけれどネムノの記憶を弄るのも考えていた。

「それでメリーって子のこと教えてくださるのかしら」

「もう、そうせっつくな。これが出来たら教えてやるから」

 子供のように急かす紫にネムノは笑った。

 

 ~*~*~

 

 そうだな、いつだったろうかね……まだこの家が無い時、違う家のときだったり、天狗と同じ山に住んでいたが広くて揉めていなかった時期だな。一人の小さな女の子が迷い混んできたんだよ。森の中で大泣きしてうるさいものだから声をかけたんだ。

「お前さん、それだけ泣いていると他の妖怪に食われてしまうべ。どうしたんだこんな所に迷い込んで」

「ぐずっ……ここどこぉ……あなたは誰……」

 それはそれはとても美しい金の髪の女の子だった。身長は三尺ほどの子である。山の下のような人間でも無さそうだし、余程遠いところの子なんだろうということだけが分かった。

「うちは坂田ネムノ。とりあえずお前さん、うちのところ来るか? とって食ったりしないしお前さんが無事に帰れるまで面倒は見てやる」

「……うん……おねがい」

 よほど寂しかったのがうちの服の裾を掴んでよ。ぐすぐす泣いてるんだべ。

「よいしょ」

 あんまりにも、可哀想でなあ。おぶってやったんだべ。

「わ、わあ! なにするの!」

「子供は黙っておぶわれてろ。お前さんは誰かが待ってるんだべ、他のやつになんか殺させはしないべさ……」

 その子は美しいといったらありゃしない。下手すれば愛玩として首を跳ねられて飾られてもおかしくないのだ。特に天狗の輩がやりそうな事だなと思った。

 自分の住む掘っ立て小屋に着く頃には女の子は寝付いていた。慣れない山で疲れてしまったんだろう。とりあえずうちの出来ることをしようじゃないか。

 

 

 はじめに飯を作る。とりあえず腹ごしらえをしないことには何も始められない。

「う、ううん……おかあさん……」

 寝言のように家族を呼んでいる。何があったか知らないがそれでも小さな歳で離れるのは辛いもの。せめてここでは元気にいられるようにと思う。

 飯が出来た頃には女の子は起きていた。不安そうにこちらを見ながらも大人しく座っていた。

「腹減ってないか? あんまり良いものでもないが、食べてくろ」

 煮込んだ肉と野の野菜を、ご飯で混ぜた雑煮のようなものを渡す。おずおずと皿を受け取って女の子は食べ始めた。一口、また一口と食べる速さが上がっていく。余程腹が減っていたんだろう……

「食べてからで良いからお前さんの名前を聞かせておくれ」

喉に詰まりそうになりながら女の子は頷いた。

 

「……ごちそう、さまでした……」

 小さな声で言う女の子。多めに作っていた飯は二割ほど残すだけとなっていた。よく食べたなあ。心の中で笑いながら問いかける。

「それで、お前さんの名前は?」

「マエリベリー……ハーン……」

 恥ずかしがるように顔を赤らめて言うものだから頭を撫でたくなった。ぐっと我慢する。しかし名前は……

「ま……まえり、は、ん?」

 上手く発音が出来なかった。なんだ、その、名前は?

「ハーンって呼んで……」

 その子はどうしてか顔を曇らせた。名前が呼べなかったのがいけなかったのだろうか。家族につけてもらった大切な名前を呼んでやれないなんて……

「わかったよ、ハーン。ちょっと発音がおかしいかもしれないのは許してくろ。どうにも言いにくくてよ」

「だいじょうぶ……お名前はなに……」

 うちを指さして言うものだからキョトンとする。

「ああ、名前な。うちは坂田ネムノ、山姥だ。少しの間だけかも知れないがよろしくな」

「うん……」

 どこか寂しそうに答えた雰囲気が未だに覚えている。

 

 

 ハーンは三日後に唐突にいなくなった。

 狩りをしに行って帰るとさっきまで座っていた場所は暖かく、誰かに連れ去られたのかと思ったが、土間の方になにか書いてあった。“ありがとう”と、拙い字だったが頑張って書いたと思われた。

「なんだあ、ハーンは帰れたのか……なら良かった。お前さん幸せで生きろよ」

 慣れてきたと思えば、あれはなに、これはなにとたくさんのことを聞かれた。見るもの知るもの全て新鮮だったんだろうか……うちには分からんが楽しそうだった。とてもとても楽しそうに、笑顔で話すものだから、愛おしいように思った。また静かになる。うちは少し悲しく感じた。

 

 ~*~*~

 

「その話を聞いてもあなたがメリーという名前を知っている理由にならないのですが……」

 紫はさらに警戒した。ネムノは大きく笑う。

「あっはっは、どうしてそう警戒するんだ。お前さんには関係無い話だろう。この話には続きがあるんだよ、それも話すから落ち着け。というか飯食べてないじゃないか、そら食べろよ」

 紫はネムノから盛られた皿を受け取る。猪肉の煮物なのだろうか、とても温かい。

「……いただきますわ」

「おうおう、たくさん食べろよ」

 ネムノはまた笑う。山姥は笑顔が絶えなかった。

「それでな、話の続きだが、驚いたことに百年か二百年後にまたメリーはうちの所に迷い込んできたんだべさ……」

 

 

 

 いつものように狩りや山菜を取りに出かけた時のことだ。何かに追われて逃げる声と追いかけている声が聞こえてきた。何事かと思ってうちも追いかけると逃げているのはこれまた美しい金の髪の女だったんべさ。男の天狗に追われていたもんで、金の髪の女は体力尽きかけていたんだ。助ける理由なんて無いくせに天狗に向かって鉈を振り下ろしていたべ。どうにも人間が食われるのを見ているのが嫌らしくてねえ。

 天狗は驚いたのか飛び退いていた。私は倒れた金の髪の女を担ぐ。男の天狗は血走ったかのように叫びながら突進して来た。冷静に吹っ飛ばして天狗から逃げたんだべさ。

「あっ、あの! あなたは!」

「黙ってろ! お前さん殺されたいのか!」

 うちは質問に答えず怒鳴る。天狗はしつこいのか追いかけきた。ええい、殺しても問題ない! たたっ斬ってやる!

 女を下ろし、突進してくる天狗を殺すために鉈を振った。肉にめり込んだ感覚が伝わる。女を取ろうとした手に鉈は刺さった。天狗は悲鳴を上げてうちに飛びかかってきた。空いている手で肩を掴み、股に蹴りを入れる。手に刺さったまま鉈を引くと同時に溢れ出る血。

「この、どこかへ行け!殺されたくないならさっさと失せろ!」

 天狗は叫んで逃げていった。仲間に助けてもらえなければ時期に死ぬだろう。そんなことを思いつつ金の髪の女の様子をうちは見た。

 ビクッと怯えたような顔。……ん、ああ、返り血か。

「こんななりで悪いな。良ければうちのところ来るか?」

 金の髪の女は頷く前にぱたり、と倒れてしまった。……とりあえず連れて帰るか。血はついちまうが許しておくれ。ちゃんと洗って返すべ……

 

 

 家に連れ帰り、女の服を着替えさせたり、飯の準備をしているところに一人の天狗がやってきた。ガタンと大きく扉を開け放たれる。

「あやや、盛大に仲間を怪我させてくれましたねえ」

「なんだい射命丸。お前さんがうちを成敗しに来たのかい」

 山姥と天狗は仲が悪いのにうちの所に来てはちょっかいをかけてくる天狗なのだ。五十年くらい前からよく来るようになった。

「いやいや、そうじゃないんですよ。むしろお礼です」

「お礼? なんでそうなるんだべ……」

 ニヤニヤと射命丸は笑いながら言う。

「あの天狗は迷惑だったので上は殺したがっていたんですよ。それをあなたが怪我をさせてくれたんです、ありがたいですよ」

「……そうか。天狗のことは分からんがそれでいいならよいべ。人間が起きるからそろそろ出ていってくろ。邪魔だ」

 不気味なような笑い方をして射命丸は出ていった。なんだあれは……まあいい、どうにかするべ。とりあえず服を洗いに行こうか。服を持って近くの川まで行った。

 

 

 血をある程度洗い落としてから、石鹸を忘れたことに気がついて服を持って戻ってくると女は身体を起こしていた。

「お、目が覚めたか。お前さん大丈夫か?」

「あなたは……というよりここはどこかしら」

 女は周りを見ている。何かに気がついたかのように顔が驚いている。

「……えっと、服はどうしました?」

「洗ったべ? 服を着替えさせたが何か不味かったか?」

「あっ、いや大丈夫です……驚いただけなので」

 ああ、恥ずかしかったのか。そりゃあ悪い事をしたな。血塗れのまま起きるのを待てなかったんでな。許してくろ。

「それで聞きたいんだが……名前を教えてくれるか? 勝手に保護したようなもんだが、帰るのにしても名前だけは教えてもらわんとなあ」

 女は寝ていた布団から出て正座をする。

「マエリベリー・ハーンと言います。少しの間ですがよろしくお願いします」

 まえ、り……ハーン? まさかあの時の子供か?

「ハーン? お前さん前に迷い込んできたよな? まだ小さい時だったが……」

「……あっ、あの時の山姥の人! 嘘、二回目なの?」

「おそらくそうだと思うべ」

 ハーンはぼんやりと覚えていたんだろう、思い出して口を覆っていた。そんなに驚くことなのか。

「しかも百年か二百年は経ってるぞ。うちの時間感覚は曖昧だから当てにはならんけどな」

「嘘……どうして?」

 そう言った後、ハーンは独り言をぶつぶつと言っていた。まあ何か気になることがあるんだろう。うちの知らぬことだから気にしなくても良い。

「ああ、そうだハーン。洗濯してる途中だったんだ。動けるようなら手伝ってくれないか」

「メリー。私のことはメリーって呼んで」

 美しい金の髪と、よく見たら薄紫色の目がはっきりとうちを見ている。

「メリー、か。良いべ。誰かにつけてもらったのか?」

「私の大切な親友によ」

 メリーはそう言って、とても嬉しそうに笑った。頬を紅くして、とてもとても嬉しそうに。なんだあ、そんな顔も出来るのな。

「ふふ、良い友じゃないか。それじゃあうちは服を洗ってくるべ。メリーはどうする?」

「えっと……手伝えるのならやってみようかな」

「はは大丈夫だ、誰でも出来る。物は試しだ行こうか」

 立ち上がるメリーの手をとり、うち達は洗濯をしに行った。

 

 

 メリーは三ヶ月程、うちの所にいた。しかしある日突然また忽然と消えてしまった。なんでかな、メリーは神出鬼没の子だな、と思う。

 揉め事が無かったと言えば嘘になる。射命丸とばったり出くわして何故か質問攻めにあっていたり、うちの狩りについてきたと思えば獣に追いかけ回されたりしていた。

 特に印象に残っているのはメリーが寝ている時だった。

「ごめん、なさい……ごめん……蓮子……」

 ずうっと誰かに謝っているものだから見ていられなかった。その度にうちは起こした。

「うん、なんですかネムノさん……」

「お前さん、また謝っていたべ。悪夢でも見ているのか」

 眠たそうな眼を擦ってメリーは寂しそうな顔をしたことがとても覚えている。子供がする顔、大切なものを取られてむくれたようなとても悲しそうな顔のような……

「なんでもないです。少し夢見が悪いだけ……心配かけてすみません」

「子供が謝るな。泣けないというのならうちの胸でも貸してやるべ、甘えたらいいんだ。何があったかはうちは知らんが、今ここで慰めてやることしか出来ないべ。無理はするなよ」

 泣きそうな泣きそうな、小さな子供は悲しいような笑いを見せた。その笑顔が本当に悲しそうに見えたのだ。無償の愛までとはいかなくても、ほんの少しだけでいい、うちは小さな愛を渡すことが出来れば良いのかもしれなかった。

 

 

 メリーが泊まっている時のある夜のことだった。妙に胸騒ぎがして寝られなかった時があった。うちは布団から出て、星が輝く空の下で切り株に腰掛ける。今日は新月だった。月の光すら無く、森の中の暗がりは全体を覆い尽くすようだった。

 真っ暗な空で星たちは輝く。降り注ぐかのようでとても美しい。

 空を見続けていると小屋の戸がゆっくりと開いた。

「あ、あの……ネムノさんどうかしたんですか……」

 メリーがこちらを覗くかのように小声で言った。

「あー、大丈夫だ。メリーお前さんもこっちに来い。星が綺麗だぞ」

 戸が開ききって、メリーはこちらに歩いてきた。

「いつも寝るの早いのにどうしたんですか」

「さあな、妙に寝られなかっただけだべ。メリーはどうしたんだべ」

 星空を見たまま、話をする。

「私は……ネムノさんが出る音を聞いて気になっただけです……何してるんだろうな、って」

「直に戻るつもりだったんだべ。メリーが来たからにはもう少し星を見ようか」

 メリーはそれを聞いてか、空を見上げている。

「……綺麗ですね。空が落ちてきそう」

「はは、空は落ちてこないぞ」

 冗談めいてうちは笑った。メリーは少し口を摘むんだ。何かを躊躇うような、そんな雰囲気。

「ネムノさん、私ね……親友を置いて来たんだ……幻想に誘われて逆らえなかった。今もずっと、後悔してる……」

 ぽつりと心から漏れたような声だった。

「お前さんは後悔して、どうするんだ」

 

「私は、作りたい。いつか幻想が集う場所を、いつか蓮子を迎えたい……」

 

 ハッキリとしたような声でメリーは告げた。決意のような、信念のようなものを持って。

「それがいつか出来るといいな。お前さんは弱くないのだから」

 どうしてそんなことを思ったのか、なんてことは聞かない。メリーの人生、経験がそう言わせるのだろうから。

 その親友に巡り会える日はいつかきっと来るんだろう。

 

 ~*~*~

 

「とまあ、こんな話だべ」

 食べ終わった皿を片付けつつ話す。

「……本当に迷い込んできていたのですね」

 紫は少し不機嫌そうな声だった。感情を隠すかのように言っていたが分かってしまう。

「ああ、そうだべ。メリーは星空の一回きりしか自分のことを話さなかったがとても良い子だったよ」

 紫は無言で立ち上がる。手を空中で動かして何かを作った。沢山目がついた何かの隙間だった。

「それじゃあ私は帰りますわ」

 淡白かのように紫は告げた。ああ、そういえばもうひとつあったな。

「ちょっと待ってくれないか。あともうひとつある……」

「……なんですの?」

「メリーの親友とやらがその五十年後にうちの所に転がり込んで来たんだべ。お前さんには伝えておきたくてな」

 紫はそれを聞くとスキマを閉じる。座っていた場所に座り直す。

「紫、お茶いるか? また話が少し長くなりそうだしよ」

「少し頂きますわ」

 ネムノは、お茶の用意を始めた。

 

 

 

 

 満月の夜だった。寝ようとしたところに人間の叫び声が聞こえたもんだから飛び起きて、声の方向に向かったんだ。そしたらな、黒の帽子を被った女が満月で興奮した狼に追われていたんだよ。

「うわっ何よこいつら! あっ、すみません! 助けてください!」

 帽子の女はうちに気がついたかと思えば一発目に助けてくれって言うんだ。持っている鉈にすら怯えず、人の形をしているからなんだろう。流石に笑ったべ。

「ははは! なんだお前さん、いきなりそんなこというなんてな! せっかくだから助けてやるべ!」

 狼たちに攻撃を仕掛けた。殺されるとわかったのか散り散りに逃げていった。殺意の分かるやつでよかった。

「ありがとうございます……はあっ、疲れた……」

「お前さん、強気だな。狼に追われて食われないのは中々だ。それにうちを見ても逃げないのも肝が座っているべ」

 ある意味おかしいのかもしれないが。まあいいが。

「あなたは山姥でしょう?」

「……なんでわかった?」

「前にメリーに聞いた特徴と似ているの」

 ハッキリ言うものだから驚いてしまう。しかも聞き覚えのある名前。

「メリー……懐かしい名だな。とするとお前さんメリーの親友か?」

 帽子の女は驚いたような顔をする。そして必死な叫びで告げた。

「メリーを知っているの!? お願いします! 教えてください!」

「……もう少し静かにしろ。他のやつが寄ってくる」

 夜の大声ほど、得体の知れない何かが来るのだから。この女は怪異のことをよく知っているのか……

「あっ、すみません。勝手に興奮しちゃって」

「メリーのことを知りたいんだろ? うちの教えられる範囲で教えてやるからついてこい」

 がさ、と草を踏みしめてうちは歩く。後ろをついてくる女の気配を感じながら小屋に向かった。

 

 

「さて、まずはお前さんの名前を聞こうじゃないか」

 お茶を用意して、女に出す。落ち着かないのか周りを見ている。

「お茶いただきますね。名前ね。私は宇佐見蓮子。メリーの親友よ」

 へえ、少し怯えたような感じだったが強気に名前を告げたな。

「蓮子、蓮子ね……うちは坂田ネムノ。お前さんの知っての通り山姥だ。取って食ったりはせんべ」

 蓮子は頷く。さて、あんまり聞きたくもないが迷い込んできた理由を聞かないと。出会ったやり取り的に故意的にここに来たように感じたから。

「聞きたくはないがなんで蓮子はここに迷い込んできたんだべ?」

「……メリーを探しに来たの。でもネムノさんの反応からここはメリーが来た後なのでしょう?」

 後とか前とかはよく分からんが……蓮子は必死になって探しに来たんだろうか。

「メリーは五十年前に来たぞ。三ヶ月ほどいたがな……気がついたらいなくなっていたんだべ」

「五十年……もう少しだったのに。メリー、今あんたはどこにいるのよ」

 窓の外を見る蓮子。余程見つけられなかったのが悔しいのだろうか……手を握り締めていた。

「二十三時十三分……ここは■■■の山」

 ぶつぶつと何かを言い出したがうちは放って置く。ふぁあ、とあくびが出てしまう。

「……今日は遅い。そろそろ寝ないか。布団はあるし、お前さんも寝ろ……」

「あ、ごめんなさい。生活習慣を乱しちゃって。お言葉に甘えて一日だけ泊まらせてください」

「一日? 蓮子は帰れないんじゃないのか」

 山に迷い込んできて一日で帰れるなんて聞いたことがない。うちが里に送り返せばそうなるが、一人で帰るつもりだろうに。

「時間操作と空間転移でここに来たの。だからいつでもいつでも帰れるの……ネムノさん、本当にお邪魔してごめんなさいね」

 はあ。うちには難しいことばかりだな。

「まあいいが。夜のうちに帰るなよ。朝飯食ってから帰れ。せっかく巡り会えたのにお茶一つで帰すのもかなわんべ」

「ネムノさんってお節介焼きだね」

 蓮子は笑顔で言った。

「勝手に言ってろ」

 うちは恥ずかしくなって顔を隠した。初対面に言われるのも恥ずかしいものだ……

 

 

 朝起きてから蓮子と沢山話した。メリーが唐突に目の前から消えてしまったこと。蓮子はメリーを追いかけるために色々したこと。うちはその説明は半分も分からなかったけれども、蓮子はメリーを捕まえるために頑張ってきた、ということだけは分かった。

「メリーったらね、私のことを気持ち悪いって言うのよ……」

「ほう、それは気になるな。メリーはそんなことをあまり口にするような子ではないはずだべ」

 蓮子は苦笑いをした。苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「私はメリーに追いつけているのかな」

「さあな。うちには全くわからん。それでも蓮子がそうしたいと思ってやってきたことなんだから、そんなに気を落とすな」

 未来の確証なんてうちには出来ない。ただ今を生きる妖怪なのだから。

「ふふ、ありがとうネムノさん。本当にネムノさんはお節介焼き……」

 ふふふ、と楽しそうに蓮子は笑っていた。

 

 蓮子はその後、帰ると言って私の小屋を出ていった。最後にひとつ言い残して。

「ネムノさん! またメリーに会うことがあったら伝えてください! いつかきっと──」

 

 ~*~*~

 

「いつかきっとメリーを捕まえてやるって、そう言っていたべ」

 紫は見ると少し固まっていた。ネムノはお茶を一口飲む。固まっている紫は意識が戻ってきて言った。

「そうなのですね。道理であなたがメリーという名前を知っているわけです」

「まあ、紫と名前を間違えたことはすまないよ」

「別に怒っていませんわ……あら」

 紫の足元にさっき作っていた沢山の目の隙間が開いた。

「紫様〜天子が家で暴れてますよ〜藍様が止めていますが、早くお帰りになってください〜」

 その隙間から橙の声が聞こえた。

「おろ、橙ちゃんじゃないか。そう言えば式の式って言ってたな。紫の式の式だったんだな」

 前からよく遊びに来る橙の声を聞いて驚く。

「あ! ネムノさんだ! 紫様と一緒にいたんですね!」

「橙! 橙! 早く紫様呼んでくれ! 天子が癇癪起こすから! やめろー! 物を投げるな!」

 藍の悲鳴が聞こえた。隙間の向こうから何かが投げられる音や壊れる音がしている。紫はゆっくりと立ち上がる。

「騒々しくてごめんなさいね。少しだけですがお世話になりましたわ」

 扇子を広げて薄く笑う口を覆いながら言った。

「どういたしまして。また三人で来てくれれば良いべ」

 ネムノは笑う。紫もそれにつられて笑った。

「ああ、最後にひとついいか?」

「なんでしょう?」

 隙間に入ろうとしていた紫は足を止める。

 

「お前さんは“蓮子”を迎えるための幻想は作れたのか? なあ、“メリー”?」

 

「なんのことでしょうね。それでは失礼いたしましたわ」

 紫はネムノに背に向けて隙間の中に消えた。騒がしい音は消え、静かになる。

 

「お前さんは頑張ったべ、なあ紫……」

 誰もいない空間にひとつ言葉を投げかけた。伝わるのかも分からない言葉を。賢者なり得ぬ娘へと。


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