彼女には歓楽街へ行っているという噂があった。
ある日、僕の学校に転校生がやって来た。
白い髪と赤い瞳。
彼女はアルビノという病気らしい。
◆◆◆
ある日、私はまた新しい学校に来た。
もう何度転校を繰り返したのかはわからない。
秘密が暴かれる度に転校しているから、仕方ないけれど。
◇◇◇
彼女はいつも窓際の席で窓の外を見ている。
僕の席は彼女の後ろ。
だから、風になびく白髪がよく見える。
彼女の赤い瞳が何を見ているのか、知ることはできないけれど。
◆◆◆
授業がつまらなくて、いつも窓の外を見ている。
人間の営みなんてつまらない。
けれど、とっくの昔に学んだ事柄よりは面白い。
私は窓の外で走り回る同級生たちを見ながらそんなことを考える。
◇◇◇
彼女はいつも、放課後になるとすぐに帰ってしまう。
部活にも入らず、話しかけられても無視をしている。
そのせいで友人はいないみたいだけれど、もちろん僕には彼女に話しかける勇気なんて微塵もない。
◆◆◆
放課後、私はすぐ家に帰る。
そして、髪を黒く染めて黒いコンタクトをつけて派手な衣装に着替える。
生活と食事のため、私は歓楽街へ向かう。
◇◇◇
彼女の姿を歓楽街で見たという人がいた。
そんなの、嘘に違いない。
けれど、そう断言できるほど僕は彼女のことを知らなかった。
◆◆◆
歓楽街の、いかにもいかがわしい店に入る。
ここが私の職場だ。
年齢は二十歳だと偽っている。
もちろんこの店の誰もが私が二十歳以下だとわかっているだろうけど、そんな小さな嘘なんて暴かれても何の問題もない。
だって、私にはもっと大きな秘密がある。
◇◇◇
駅前で、彼女の姿を見つけた。
髪は黒く染めていたし、黒のコンタクトレンズをつけていたけれど、なぜだか僕は彼女だと思った。
独特な、澄んだ雰囲気がある。
思わず僕は彼女の後についていってしまった。
◆◆◆
どこかくたびれた雰囲気の女たちが、メイクやSNSをしている横で私もスマホのロックを外す。
でも、SNSもゲームもしていないのですることはない。
ただ、初期設定から変わらない待ち受けを眺めるだけだ。
◇◇◇
彼女は、一目見て高校生が入ってはいけないとわかる歓楽街へと入っていった。
どうして。
そう思ったけれど、制服で歓楽街へ入る勇気を僕は持ち合わせていなかった。
◆◆◆
今日も指名が入った。
相手はウブそうな体育会系の大学生だ。
私は適当なところで相手を気絶させる。
今日の食事を摂らなければいけない。
◇◇◇
次の日、彼女は何事もなかったように白い髪と赤い瞳で登校した。
僕は、見間違いだと思おうとした。
けれど彼女を見て気づく。
昨日のは、間違いなく彼女だ。
◆◆◆
今日も歓楽街へ行く。
一日くらいサボっても構わないくらいには食事のストックはあるけれど、毎日行くにこしたことはない。
食事を摂らなければ、死んでしまうのだから。
◇◇◇
一旦、家に戻って私服に着替え、帽子とマスクを装着してから歓楽街の近くの二十四時間営業のファミレスに入る。
歓楽街から出てくるなら、たぶんこの入り口からだ。
自分でもどうしてそこまでするのかわからないけれど、たぶん、僕は。
◆◆◆
今日の相手はひ弱そうな男だった。
だから、あまり多く抜きすぎないように注意して注射器を刺す。
いつもの三分の二くらいだ。
ストックはあるけれど、やっぱり昨日の体育会系のような人の方が安心する。
誰も、殺したくない。
◇◇◇
彼女は、午前三時くらいに歓楽街を出てきてタクシーに乗った。
おそらく帰るのだろう。
思ったより早いと考えるべきか、それとも学校に行くにはそれくらいで帰らないと十分な睡眠がとれないからだと思うべきか。
歓楽街の中で起こったことなんてわからないし、わかりたくもないけれど、それでも、彼女が汚れているようには見えなかった。
◆◆◆
今日、歓楽街から出る時に誰かに見られているような気がした。
気のせいかもしれない。
でも、気のせいじゃなかった時にはこの街を出ないといけない。
そう思った時、この街のことを案外気に入っている自分に気づく。
◇◇◇
僕は、彼女のことを教師にも家族にも言えない。
けれど、彼女に直接聞くことなんてできない。
だから、本当に聞きたいことから近くて遠いことを問う。
「髪、黒く染めてるんですか?」
◆◆◆
突然、後ろの男子から問われる。
染料が落としきれていなかったのだろうか。
戸惑いつつ、言い訳を言う。
「学校だと規則で染められないけど、本当はこの髪が苦手だからお出かけの時は染めてるんだ。駄目かな?」
アルビノなんて、もちろん嘘。
でも、こういうときに言い訳がしやすいから助かる。
と、男子は少し恥ずかしそうに言う。
「僕、白い髪ってとても綺麗だと思います」
そんなことを言われるなんて、初めてだった。
◇◇◇
歓楽街のことなんてどうでもよくなって、思わず言ってしまった。
本心だった。
彼女が引いているんじゃないかと思って見ると、彼女は笑っていた。
「そんなこと言われるなんて、初めて」
窓から降り注ぐ光に包まれて笑う彼女は、どこか神々しかった。
◆◆◆
今日は気分がよかったので、歓楽街へ行くのは止めた。
白髪が綺麗──。
目立ちすぎるこの髪は苦手だったけれど。
そう思う人がいるのはどこかくすぐったかった。
◇◇◇
今日もファミレスにいたけれど、彼女は来なかった。
やっぱり、見間違いだったのかもしれない。
僕は、彼女と歓楽街に共通点を見出だせなかった。
◆◆◆
久しぶりの暇な夜。
家の近くの公園でひたすらブランコを漕ぐ。
空高く漕げば漕ぐほど、自分が鳥になったような気分になる。
けれど、私が鳥ならきっと何からも逃れられない籠の鳥だ。
◇◇◇
今日は珍しく朝早く起きることができたので、いつもの三倍早く登校すると、教室にはすでに彼女がいた。
「おはよう」
「……おはよう」
彼女は僕をちらりと見ると、あいさつを返してくれた。
それだけで嬉しい。
◆◆◆
今日も歓楽街にいる。
どこの歓楽街も、いつも酔いと喧嘩に満ちている。
そんなところだからこそ、私は食事を摂ることができるのだけど。
そう思いながら、私は半裸の男を気絶させて首元に注射器を刺す。
ほどほどの量の血液を抜いてから、制限時間が終わりそうなくらいでようやく男を起こす。
「気絶するほど気持ちよかったの?」
そんな台詞で男は納得して去っていった。
それから私は血液を瓶に移しておく。
◇◇◇
今日からは、もう彼女を追うのはやめにした。
彼女がそんなことをするはずない、という思ったのももちろんそうだけれど、何より彼女にも事情があるのだと思うことにした。
あんな天使みたいな笑みを浮かべる人が、悪いことなんてするはずない。
◆◆◆
そう、私は吸血鬼だ。
紛れもなく、人の生き血を吸ってで生き永らえる人外の者。
日光やにんにくは平気だけど、髪が白く目が赤い。
今の時代では、歓楽街でちびちび血を抜き取ることでようやく必要な血を得られるくらいの、弱い生き物。
けれど、決して人間に知られてはならない。
私はそう教えられて育ってきた。
私にそう教えた母は、もうとっくの昔に死んでしまったけれど。
◇◇◇
明日も早起きして、彼女にあいさつをしよう。
僕はそう誓って、三つの目覚ましをセットしてから寝る。
明日も彼女と話せますように。
◆◆◆
家に帰って、血を飲む。
小瓶一杯の、血を。
これだけの血で、私は一週間生きられる。
それがいいことなのか悪いことなのか、教えられたことはない。
◇◇◇
朝、やっぱり彼女は僕より早く登校していた。
「おはよう」
「おはよう」
彼女があいさつを返してくれたことが嬉しい。
僕は単純なのだろうか。
◆◆◆
夜、私は歓楽街へ向かう。
いつも通り注射器を刺す。
と。
「ん……? っ! お前、なんてで注射器なんか持ってんだよ!?」
男が起きてしまった。
──見られた。
もう一度男を気絶させて、どうにか誤魔化すことができたけれど、もう潮時だ。
この街を出よう。
◇◇◇
「あの、その本、面白いんですか?」
勇気を振り絞って彼女に話しかける。
彼女は、少し考えたうえで答える。
「あんまり」
「そ、そうなんですか」
言うことがなくなってしまった。
気まずい。
明日こそ上手く話を繋げるんだ。
◆◆◆
今日でこの学校に通うのも最後だ。
それを知ってか知らずか、私の白髪を綺麗だと言った男子が私に読んでいる本の内容について尋ねてきた。
最後なんだから、もう少し愛想よくすればよかったかもしれない。
そう思う辺り、私も少しは人間らしいのかもしれない。
◇◇◇
僕が今日は学級日誌を担当する日だったので職員室へ行くと、職員室では先生と彼女が何か話していた。
悪いことだと思っていても、耳を澄ませてしまう。
「……本当にするのか?」
「はい。親の事情で今すぐ転校しなければならなくなりました」
「それなら、先生が親御さんに言ってもいいんだぞ。こんな短期間で転校を繰り返しても……」
「いえ、私は大丈夫ですので。それでは引っ越しの準備があるので、失礼します」
ドアが開いて、彼女が足早に去っていく。
僕は呆然としていた。
彼女が。
彼女がいなくなる。
◆◆◆
転校のことを先生に話して廊下に出た時、後ろの席の男子がいた。
もしかしたら転校のことを聞かれたかもしれない。
もちろん、明日にはこの街にいないからどうでもいいけれど、少しだけ。
ほんの少しだけ、もう少しだけ、話してみたかった。
◇◇◇
彼女が転校してしまうと知って、眠れなかった。
外に出て、頭を冷やす。
僕と彼女は何でもないクラスメートで、あいさつを交わす程度。
僕には何も出来ない。
僕には。僕では。僕は。
叫びたくなるような気持ちを抑えて、僕は歩く。
◆◆◆
夜、家の外でこの街の最後の空気を味わっていると、突然後ろから声をかけられた。
「ねぇ、君、昨日俺の兄貴に注射器打ったって子?」
「マジかよ? お前の兄貴そんなことなってたん?」
「ヤバくね、それ」
男が三人、下品に笑いながら私に近づく。
「なんか夢かもしれないけどっつってたけど、君だよね? 俺の大学の先輩を同じこと言ってたんだわ」
もっと早くこの街を出ればよかった、と後悔する。
こんなに噂が広がっていたなんて。
「どんなヤベー薬打ったとかはどーでもいいんだけど、一回でいいからヤらせてくれない? それで黙ってるから」
「ギャハハ、脅迫かよ」
私はため息をついて振り向いた。
◇◇◇
近所をだらだらさまよい歩く。
夜風にあたって頭が冷えてくるのを感じる。
と、不良っぽい男たちに絡まれている女子が見えた。
白髪の女子だ。
まさか、あれは。
◆◆◆
「そういうの、よくないと思います」
私は一応、男たちに言う。
吸血鬼だという秘密は知られていないようだけど、それでも注射器うんぬんが広められることは歓迎できない。
仕方ないんだ、と心の中で言い訳をする。
「まあまあ、広められても困るっしょ?」
「確かに、私が吸血鬼だと広められたら困りますからね」
「え?」
男たちが私の言ったことを理解できない間に、まずいちばん近くにいた男の首を噛んで気絶するくらいの量の血を吸う。
次に、二人目の男も血を吸って気絶させる。
その頃には、三人目の男の腰は抜けていた。
「殺さないので、安心してください」
そう言いつつ男の首筋から血を吸う。
死なない程度に。気絶するくらいの。
注射器を刺す女なら噂になるかもしれないけれど、吸血鬼なんて誰も信じないから噂にもならない。
でも、万が一。億が一。
母のように殺されてしまうかもしれないから。
血を吸い終わって男を離した時、話しかけられた。
◇◇◇
「何を、して、いるんです、か?」
彼女の口からはつー、と血が伝っている。
綺麗な白い髪と赤い瞳。
そして──血がついた牙。
「──なんで、ここにいるの?」
氷よりも冷たい声で、彼女は言った。
けれど、僕は口から溢れる言葉を止められない。
◆◆◆
まさか、見られたなんて。
それも後ろの席の男子だ。
「血を、吸った……? それって、まるで吸血鬼じゃないか。吸血鬼がいるはず、でも、もしかして」
「そう、私は吸血鬼よ」
自分から白状する。
どうせ、誤魔化せない。
「血を吸って生きる吸血鬼。日の光とにんにくは平気だよ?」
「……この人たちは」
「気絶してるだけ。ちょっと輸血した方がいいかもしれないけど、しばらくしたら目を覚ますと思うよ」
◇◇◇
吸血鬼。
そんなものがいるはず、ないなんて言えない。
どう考えたって今の光景を見れば吸血鬼がいるとしか言えない。
彼女が、吸血鬼。
「引っ越すのって、これが理由なんですか?」
「そうだよ」
「歓楽街に行くのも?」
「油断している男が多いんだよ。君も気をつけて──」
彼女は、天使なんかじゃない。
紅い鮮血をペロリと舐めるその姿は、紛れもなく吸血鬼だった。
◆◆◆
「僕も気絶させるんですか?」
「させないよ。血を吸って気絶させるのは、奇襲だから効果があるの。いつか夢だったって忘れられるでしょ?」
ずっとそうやって生きてきた。
なるべく人の記憶に残らないように。
そういえば白髪の同級生がいたよね──。
それくらいで丁度いい。
「僕は忘れられません」
◇◇◇
「じゃあ、忘れてもらうように頼むしかないかな」
彼女は言った。
僕からは、どんな表情をしているか見えない。
「それは、無理です」
風になびく白い髪。夜に輝く赤い瞳。
彼女が吸血鬼だと知っても、僕は。
◆◆◆
「ならどうするの?」
「えっと、その」
「私は明日にはこの街からいなくなる。あなたがすべて忘れたら、それですべてめでたしめでたしなんだよ」
早くこの街を出よう。
そう思った。
そこでふと思い出す。
「白髪、褒めてくれてありがとう」
◇◇◇
ありがとう、なんて言われるとは思っていなかった。
好きだ、と思った。
でも僕には、相変わらず勇気がなかった。
「あの、また、会えますか?」
「──次は、血を吸わせてね」
◆◆◆
後ろの席の男子。名前も覚えていない。
せいぜい覚えているのは、白髪を褒めてくれたことくらい。
それでもなぜか、また会ってもいいかもしれないと思った。
◇◇◇
数年後。
大学生になった僕は、ある日再会した。
白い髪と赤い瞳。
彼女は、吸血鬼なのだ。
処女作です。
少しでも心に残ってくれたら幸いです。