あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリンとヒトラー、互いの懐事情  そして悩めるド・ゴール

 スターリンはブハーリンやモロトフ、ミコヤンといった長い付き合いの党幹部達と昼食を共にしていた。

 まるで革命時代のように、昔の苦労話を互いに語って笑い合う。

 

 そのような雰囲気の中でブハーリンが告げる。

 

「コーバ、君が軍の説得に回ってくれたから助かったよ」

「さすがに私としても、平時に戦車やらを一気に生産することは許可できないとも」

 

 スペイン内戦が勃発する数ヶ月程前に量産が始まったT-34であったが、トゥハチェフスキーはその性能に惚れ込んでT-20全てを置き換えるべきと主張した。

 しかし、戦時でもないのにそんなことをすれば財政が非常によろしくないことになる。

 これは他の兵器――たとえばIl-2をはじめとした空軍の新型機も同じことで、スペインに派遣されている部隊を除けば一部の部隊にしか配備されていない。

 唯一違うのはAK47をはじめとした歩兵用の携行火器で、こちらはほどほどに量産が始まっている。

 とはいえ、それでも赤軍全てに行き渡るのはどれだけ先か分からなかった。

 

 軍人達にとっては、ただちに大量生産すべきだという意見が出るのも分からなくはない。

 だが、スターリンは自ら彼らのところへ出向いて、資料を提示しながら論理的に粘り強く説得して、どうにか納得してもらっている。

 

 戦時になれば全力で軍需に生産力を振り向けるから、T-34だけで年産1万両は生産できる、とスターリンはトゥハチェフスキーに語り、驚かれたのは記憶に新しい。

 

「私としては、ミールヌイやウダーチヌイにおけるダイヤモンドの発見が大きいと思う」

 

 ミコヤンの言葉に居並ぶ面々が大きく頷く。

 資源探査五カ年計画によりダイヤモンド以外にも石油をはじめとした様々な資源が見つかっているものの、手っ取り早くカネが欲しいソヴィエトにとってはダイヤモンドの発見が一番有り難い。

 このダイヤモンドが財政的に安定と余裕をもたらし、軍民問わず技術の研究開発に大きな支援がなされている。

 

「イギリスと利益を分け合っているものの、満州の油田も無視はできないと思います」

 

 モロトフの言葉にスターリン達は同じく頷いた。

 

 満州で採掘された原油は油田近くの製油所で精製され、そのまま日本に向けて輸出されていた。

 アメリカ産は勿論、東インド産と比べても輸送費の面で満州産に軍配が上がることから、日本に対しては大量販売に成功している。

 日本はソ連にとっては大切な客であり、彼らから得られる利益は無視できるものではない。

 

「ダイヤモンドは永遠の輝きというが、赤い星もまた永遠に輝いてほしいものだ」

 

 スターリンはそう告げる。

 モロトフ達はダイヤモンドは永遠の輝きとは言い得て妙だ、と思いつつも同意とばかりに頷く。

 

 そのときスターリンはあることに気がついて、冗談めかして告げる。

 

「ドイツが我々と戦える兵力を揃えようとして、財政が破綻でもしたら史上最大の喜劇になるだろうな」

 

 さすがにそんなことはないだろう、とブハーリンは笑いながら告げて、ミコヤンやモロトフもまたそれに同意するように頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ以上の軍拡は財政が破綻する!」

 

 ヒャルマル・シャハトはヒトラーに真正面からそう告げた。

 メフォ手形でどうにか資金を工面しているものの、それも5年以内には償還せねばならない。

 

 スペインの件はともかくとして、これ以上の軍拡――特に量的な面での拡大は許容できなかった。

 

 一方のヒトラーは不機嫌そうな顔で答える。

 

「だが、ドイツの為には軍事力は必要だ」

「それでも限度があるだろう」

 

 シャハトはそう答えつつも、彼をどうやって説得しようか考えを巡らせる。

 そこで彼はあることを閃いた。

 

 スペインでソ連義勇軍との戦闘結果に一喜一憂しているヒトラーならば、この手で説得できる筈だと。

 

「……我々を財政破綻に追い込もうとしているのはソ連ではないか?」

 

 シャハトの問いかけにヒトラーはハッとした顔となり、シャハトを見つめる。

 その反応にシャハトは手応えを感じた。

 

「総統、あなたの不安を煽り、いたずらに軍拡を強いて財政的な出血を強要する手法……これでもっとも利益を得るのは……ソ連ではないか? ドイツが倒れればソ連はそこに迅速に進出するだろう」

「……確かに。それはありえる話だ」

 

 ヒトラーはそう答えつつ、拳を握りしめる。

 

 

 おのれ、スターリンめ――!

 

 

 彼は強くそう思った。

 一方、シャハトはその反応に安堵した。

 勿論、ソ連がそんなことをしている事実はなく、彼がでまかせを言ったに過ぎない。

 

 しかし、ヒトラーはどうやら信じてくれたらしい、とシャハトは思いつつ慎重に言葉を選ぶ。

 

「強いドイツとは何よりも経済的に強くあるべきだと私は思う。経済が強固であれば、万が一戦争となったとしても、瞬く間に強大な軍を揃えることができる」

 

 シャハトはそこで言葉を切り、ヒトラーが真剣な顔で聞いていることを確認して言葉を更に紡ぐ。

 

「軍事技術の研究開発は勿論認めるが、それでも軍事技術を民生に転用できるものは転用した方が良い。そちらのほうが効率的かつ利益も得られると思う」

「それは良い案だ」

 

 ヒトラーは頷き、そこでシャハトは切り出した。

 

「第二次四カ年計画によりゲーリングはいたずらに軍拡をしようとしている……彼も含め、多くの者がソ連の罠に嵌ってしまっていると思う。何よりも経済的に強固となれば、総統の主張するドイツ民族の自己主張は勿論、国防軍もまた長期に渡って強力な作戦行動をすることができる」

 

 シャハトの意見を聞いたヒトラーは何度も頷きつつ、口を開く。

 

「まだ動くべきときではない……そういうことか?」

「そういうことだ。ドイツの失われた領土を奪還する為には、それこそイギリスやフランスすらも経済的に上回る必要がある。じっくりと腰を据えて取り組むべきだと思う」

 

 シャハトの真摯な表情に、ヒトラーは感銘を受ける。

 シャハトはいち早くスターリンの陰謀に気が付き、自らの立場が危うくなるにも関わらず、このように直訴してくれたことに。

 

「我が国にはあなたが必要だ」

 

 ヒトラーの言葉を聞いて、シャハトは自身の勝利を確信する。

 ヒトラーと心中するつもりはないが、現状ドイツの政治を動かしているのはヒトラーである。

 ドイツ経済の立て直しとその邪魔になる人物はヒトラーを利用して、うまく排除しようとシャハトは決意していた。

 

 ヒトラーが問いかける。

 

「ところで、スペインはどうすれば良いか?」

「……早めに引き上げた方が良いだろう。得られたものは多いと聞いている。軍備の技術的結果を再検討して、改善の時間が必要ではないか?」

「国防軍と協議してみよう」

 

 シャハトの言葉にヒトラーはそう答えた。

 シャハトは軍事の素人だが、経済的な観点から見れば他国の領土とはいえ、戦争している余裕はない。

 スペインに注ぎ込まれたドイツ軍部隊は当初の予定よりも多くなっており費用は嵩んでいる。

 どこの国も彼らを義勇軍とは思っていないだろう。

 見て見ぬ振りをしているものの、各国は観戦武官を多数派遣している。

 最初はイギリスやフランスだけであったが、アメリカや日本からも来ているとシャハトは聞いていた。

 

 ドイツとソ連が争って、利益を得るのはこれらの国々であることが明白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ド・ゴールは大きな危機感を抱いていた。

 

 スペインにおけるドイツとソヴィエトの代理戦争が勃発してから、程なく彼もまた現地に観戦武官として派遣されていた。

 そこで彼が見たものは想像を絶した戦闘であった。

 

 空には絶え間なく両軍の戦闘機や爆撃機が入り乱れ、地上に目を向ければ互いに多種多様な火砲を撃ち合い、また戦車部隊が正面からぶつかり合う――

 

 それもフランス軍が配備している戦車が玩具に思えてしまうような、強力な戦車同士のぶつかり合いだ。

 

 観戦武官として赴いた他の将校達と組んで、ド・ゴールがフランス軍の近代化及び機械化を叫んでいたことで、ようやく上層部も重すぎる腰を上げた。

 

 それは激化するスペイン内戦にフィリップ・ペタンが観戦武官として赴いたことによるものだ。

 元帥である彼が観戦武官となることはまずない。

 しかし、現地に派遣している将校達からの報告が膨大かつ、危機的状況を伝えるものばかりであった為、そんなわけがないだろうと思いつつ出向いた。

 

 そして、ペタンは多大なる衝撃を受け、WW1の戦争形式が時代遅れであることを痛感し、フランス軍の近代化・機械化の推進者となった。

 

 彼によってド・ゴールは機甲師団の師団長となり、同時にペタンとの個人的な関係も昔以上に良好なものとなっている。

 

 ペタンはド・ゴールの先見性を絶賛し、自らが新しい道具や兵器に対応する力が欠けていたことを認めた為だ。

 

「時間が足りない……もしもドイツが仕掛けてきたならば、周辺国で対抗できるのはソ連くらいなものだ」

 

 スペインで得られた情報をもとにして、新型戦車や航空機の開発がスタートしているとはいえ、すぐにできるものではない。

 最低でも3年は欲しいとド・ゴールは考えている。

 

「イギリスの将校達も衝撃を受けていたが……フランスよりは遅れるだろうな。勿論、アメリカや日本も」

 

 ソ連・ドイツの両海軍を合わせてもなお、イギリス海軍の方が圧倒的に勝っている。

 イギリスにとって優先されるのは海軍であり、陸軍に割かれる予算はフランスと比べると低いほうだ。

 

 なお、両国がスペインに陸空軍の兵力を輸送できているのは独ソが交戦状態ではないことに尽きる。

 ソ連海軍がドイツ船籍の輸送船や貨物船を攻撃することも、その逆もできない。

 当然、政府側や反政府側に派遣されている互いの義勇軍もできない。

 直接対決――戦争に発展することを独ソ共に嫌がった為だ。

 

 そもそもこれは建前上、スペインにおける政府軍と反政府軍の内戦である。

 そして、両軍とも大きく支援をしてくれている独ソの意向には逆らえなかった。

 

 

 

 

 さて、アメリカはそもそも大西洋を隔てていることから対岸の火事であり、日本もまた島国であることからイギリスと同じく海軍が重視されている。

 

 諸国はフランスと比べて、陸軍改革のペースは遅くなるだろうとド・ゴールは予想する。

 

「陸で直接やり合うのはフランスだけか……」

 

 WW1のように、陸軍も派遣してくれるだろうが即応性には欠ける。

 援軍が来るまで持ちこたえなければならない。

 

「前途多難だ」

 

 ド・ゴールは溜息を吐くのだった。

 

 




シャハト「軍拡をするように仕向けているのはスターリンだった!」
ヒトラー「な、なんだって!? スターリンめ、許さん……!」
スターリン「待ってなにそれ聞いていない」
ド・ゴール「仕掛けてくるなよ……仕掛けてくるなよ……」

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