あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリン、来たるべき戦争について考える

「我々の目標はアメリカが直接介入する前に、ドイツとその占領地を全て呑み込むことだ」

 

 居並ぶ将官達へ――陸軍のトゥハチェフスキー、海軍のヴィークトロフ、そして空軍のヤーコフ・アルケン――スターリンは宣言した。

 

 彼は更に言葉を続ける。

 

「同志達の報告では、どうやらアメリカはドイツを密かに支援し、かつての戦争のように泥沼化させたいらしい」

 

 スターリンが同志達とぼかしてはいるものの、その意味合いを分からぬ者はここにはいない。

 ソ連の経済的発展が著しいのは勿論のこと、労働者や農民に対する社会福祉政策に感化される者は非常に多い。

 

 その甲斐あってか、全世界に張り巡らされているソ連の諜報網が入手できる情報は多種多様であり、またその量も極めて多い。

 それらは精査・分析・統合された上でスターリンへ届けられる。

 

 スターリンはホワイトハウスに出入りでき、なおかつソ連に情報を流しそうな人物を史実における知識で知っていた。

 

 この世界でもそうであるか分からないが、ともかく情報源が複数――それもアメリカ政府の中枢部に――あることは確かである。

 

 

「トゥハチェフスキー元帥、あなたの立場ではドイツが強化される前に叩くべきであると考えるだろうが……どうだろうか?」

 

 スターリンの問いかけにトゥハチェフスキーはゆっくりと口を開く。

 

「純軍事的に考えれば好ましくありません……しかし、強化されたところでたかが知れています」

 

 挑戦的な物言いのトゥハチェフスキーであったが、スターリンは満足げに頷く。

 彼は更に問いかける。

 

「総動員が完了する時間は?」

「3週間以内に完了します」

 

 その答えにスターリンは鷹揚に頷いてみせる。

 彼が以前より推し進めている政策には、人口増加を目標としたものがいくつもあり、その成果が出ているのか、最新の統計では人口は顕著な増加傾向に転じている。

 それに伴って動員兵力も年々増加傾向にあった。

 

 

「海軍はあまり大きな活躍はできないかもしれない」

 

 スターリンは次にヴィークトロフへ声を掛けると、彼は頷いた。

 ソ連海軍は着々と力を蓄えつつあるのだが、こればかりは地理的にどうしようもない。

 

 ソ連海軍では試験艦として建造された各種艦艇が就役し、それらの経験をもとに、独自の改設計を施したタイプの建造が少数ながらも始まっている。

 必要最低限の数で当面はやりくりする為だが、ドイツ海軍と戦うならばこれでも十分であった。

 

 なお、戦艦に関しては軍縮条約などの政治的な事情や財政的な面でイギリスでは採用できなかったものを取り入れていた。

 とはいえ、イギリス側はソ連でも作れるように、連装砲として堅実なものに纏めている。

 その主砲は42口径の38.1cm砲であったが、その設計年度が先の世界大戦よりも前であるなど、色々と不満なところもソ連側にはあった。

 しかし、何よりも最大の不満点はイギリス側がヤード・ポンド法で出してきたことだ。

 

 これは空母で採用されたアメリカ案にも言えることだが、この修正で余計な手間と費用が掛かってしまったのは言うまでもない。

 修正の為にアメリカとイギリス以外で密かに募集を募ったところ、イタリアのアンサルド社が手を挙げてくれた。

 彼らの助力を得て不満点が全て改善されたところで、ようやく建造が始まっていた。

 このとき、戦艦に関しては主砲をイタリアのOTO社製の1934年型50口径38.1cm砲へ変更されたが、こういったゴタゴタのおかげで1935年中に起工予定であったのが1936年初頭にずれ込んでいる。

 

 イギリス案やアメリカ案を採用しなければ良かったのではないか、と海軍内でも批判があったが、それでも他国が出してきたものと比べると一番バランスが良かった。

 

 

 例えばアメリカ案の戦艦はニューメキシコ級に類似したもので、主砲の威力と速力が不足していた。

 フランス案ではダンケルク級の廉価版みたいなもので、四連装砲という段階で却下された。

 ドイツ案は38cm連装砲2基・速力22ノットというもので、ドイッチュラント級の計画案を間違えて出してきたのではないか、という代物だった。

 イタリア案は世界大戦勃発により建造中止となったフランチェスコ・カラッチョロ級をそのまま流用したもので、比較的バランスが良かったものの、原設計が古いことから不採用となった。

 

 こんな具合であり、空母にてアメリカ案が採用されたのもレキシントン級やレンジャーといった大型空母の設計・建造という実績があることや、提出された設計案の中でもっとも搭載機数が多いことが理由だ。

 

 アメリカ以外の案はどれもこれも、あまりパッとしないもので唯一対抗馬となれたのはイギリス案――スペック的にはアークロイヤルに類似したもの――だった。

 

 なお、アメリカ案となる決め手となったのは随時報告を受けていたスターリンの後押しもある。

 ヨークタウン級みたいなスペックをしている、というのが彼の受けた印象であった。

 こちらはヤード・ポンド法からメートル・グラム法への変換と砕氷構造の艦首へ変更したくらいで、戦艦のように主砲を変更するなどの大きな作業はなかったが、イタリア側は砲戦を想定して20cm砲を積むのはどうか、と提案してきた。

 スターリンが却下したのは言うまでもない。

 

「早期に制海権を確保することで、バルト海からの攻撃をドイツに対して行います」

 

 ヴィークトロフの言葉にスターリンは満足気に何度か頷きつつ、アルケンへ視線を向ける。

 

「空軍は陸軍と同じく大きく働いてもらう必要がある……空冷及び液冷エンジンにおける馬力や過給器の性能向上は勿論だが、ジェットエンジンの実用化・量産化こそが勝利への近道だ」

「はい、同志書記長。空軍は万全であります」

 

 アルケンの言葉は事実だった。

 

 スターリンが早期からエンジン馬力の向上やジェットエンジン――それもターボファンエンジン――の実用化・量産化を推し進めたことにある。

 勿論、ターボシャフトエンジンやターボプロップエンジンに関しても同様である。

 スターリンの個人的な欲望として、Tu-95が早く見たいというものがあった為に尚更だ。

 

 幸いにもシュベツォフやミクーリン、クリーモフといった名だたる設計局により、これらは着実に成果を上げつつある。

 

「戦時体制への移行に関しては最短でも3ヶ月程掛かる。無論、これに関してはドイツの動きを見極めた上で、早めに開始するつもりだ……兵がいても、装備がないのでは話にならない」

 

 スターリンは史実のことを念頭におきながら、そう言った。

 そして、彼はドイツとの戦争に関して、トゥハチェフスキー達との意見交換会を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥハチェフスキー達を見送り、スターリンは自らの執務室に戻ってきたところで、一息ついた。

 

 技術の加速現象は見られるものの、全体的な動きとしてはドイツをはじめとして各国は史実通りである。

 ドイツはズデーテンを無事に獲得し、さらなる領土回復を目指しつつ動いている。

 史実通りにソ連はミュンヘン会談に呼ばれることがなかった為、スターリンは遺憾の意を示していた。 

 

 さて、アメリカが密かにどこぞの勢力に支援する、というのは史実のことを知っていれば、いつものことであり驚くべきことでもない。

 

 むしろ、良いネタができたとスターリンとしては喜ばしい。

 

「ドイツとの戦いは迅速に終わらせねばならない」

 

 こちらの被害の軽減や戦費の削減といったものもあるが、アメリカが死の商人みたいなことをするのならば、その証拠を得る為にも必要なことだ。

 

 開戦から1ヶ月もしないうちにドイツ軍を崩壊させ、ベルリンに雪崩込めば各国に対するアリバイ作りは十分だ。

 

 

 

 あんなに速く占領されては、機密資料の焼却が間に合わなくてもおかしくはない――

 

 

 

 各国にそう思わせる必要がある。

 勿論、証拠が出てくれば御の字だが、出てこなければそのときの情勢に応じて捏造なり何なりをすれば良い。

 

 基本的にアメリカがしゃしゃり出てくると、ろくでもない事態に発展する。

 おとなしく新大陸に引きこもって、商売の時だけ出てこいというのはスターリンの思いであり、そうするにはアメリカの世論を煽れば良い。

 

 ソ連が攻めるタイミングとしてはフランスをドイツが倒した直後が最良だが、そうでなくても構わない。

 フランスと殴り合っている最中に背後から殴るのも良いだろう。

 

 独ソ不可侵条約は締結の必要性をスターリンは感じていなかった。

 そもそも極東は安定化しており、日本との友好関係は松岡達との会談以後、ますます強くなっている。

 ポーランドやバルト三国、フィンランドといったところがソ連の勢力圏であるとドイツに保障してもらったところで、どうせドイツと戦うことになるのだから意味などない。

 ソ連はドイツからの解放者として振る舞った方が利益になるのは明白だ。

 

 史実通りに動くならば来年9月には第二次世界大戦が始まるが、ソ連単独で終わらせる自信がスターリンにはあった。

 

 

「どう転ぶにせよ、来年3月くらいから戦時体制への移行を少しずつ始めるべきか……?」

 

 

 スターリンはそう呟きながら、明日にでも協議しようと決めたのだった。

 

 

 

 


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