あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリン、世界の敵になってしまう

「イギリスとフランスは我々を見捨てた! 政府はドイツに屈した! このようなことが許されてはならない!」

 

 

 そのように叫びながらワルシャワの大通りを行進するデモ隊。

 デモの参加者は多く、弱腰の自国政府、ドイツ・イギリス・フランスに対する批判を口々に叫ぶ。

 

 ワルシャワだけでなく、ポーランドの主だった都市ではこのような光景が日常となりつつあった。

 

 ポーランド政府は対応に苦慮し、民衆の不満を和らげようにも困難であった。

 民衆の要求はダンツィヒとポーランド回廊を取り戻すこと。

 

 ドイツを相手に回して戦え、と要求しているようなもので、どうやっても勝てないことはポーランド政府が一番よく分かっていた。

 

 しかし、時間は待ってはくれない。

 政府が対応に苦慮しているうちに都市から街や村へデモは広がっていく。

 やがて、民衆の不満は外交政策から経済政策をはじめとした内政面の不満に飛び火する。

 

 

 そして遂に決定的な破局が訪れてしまう。

 

 ワルシャワで行われていたデモ行進に対して、それを見守っていた警察官達が発砲するという事件が発生した。

 響き渡った複数の銃声に現場は大混乱となり、将棋倒しとなってしまう参加者達が続出し、負傷者だけでなく死者までも出てしまった。

 

 そして、この事件の詳細が異様な速さでポーランド全土に広がってしまう。

 

 ポーランド政府は慌てて調査に動き、警察官に扮した共産党員が犯人だと発表したものの――もはや手がつけられない事態となっていた。

 各地で暴動が発生し、ポーランド政府はやむなく軍を投入するが、それは民衆の大きな反発を招いてしまう。

 

 程なくして政府軍と反政府軍による、ポーランドを舞台とした内戦が勃発し、仕掛けたソ連としてはうまくいったように思えたのだが――うまく行き過ぎてしまったことに疑問を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スターリンは執務室を歩き回りながら、疑問に思う。

 ポーランドの件だ。

 

「どうしてドイツが介入してこないんだ?」

 

 ポーランドはドイツの真横にあり、ソ連との緩衝国家だ。

 そこが社会主義国になろうとしているのに、義勇軍すら派遣していない。

 ポーランドのゴタゴタを尻目に、デンマークからシュレースヴィヒ北部を奪還し、その後はフランス方面に展開していた大半の部隊をポーランドとの国境地帯へ動かした。

 

 漁夫の利を狙って、ポーランドに侵攻をしようというのだろうが――ソ連と国境を接するというリスクをヒトラーが冒す可能性は低い、とスターリンは思う。

 

 幸いにも赤軍は既に欧州方面に展開を完了している。

 万が一、ドイツ軍がポーランドに電撃的に侵攻し、そのままの勢いでソ連に雪崩込んできても問題なく押し返せる。

 

 そんなことはしないだろうが、どうにも動きがおかしい。

 

 

「ポーランドが要求に屈した……軍事的に考えれば当然だ。しかし、チェンバレンとハリファックスがそこまでドイツに宥和的であるのは何故だ?」

 

 そう呟いて、ソ連を脅威と捉えているのかとスターリンは予想する。

 

 技術的な面での加速だけでなく、外交的な勢力バランスにおいても加速しているのだ、と彼は考えた。

 

 参加国が少なかったり違ったりするものの、欧州の勢力図だけを見れば紛れもなくWW2後の冷戦構造だ。

 

 東側陣営と言えるのはソ連だけであり、西側はイギリス・フランスとなっている。

 そして東西陣営の間に挟まれているのがヒトラー率いるドイツという具合だ。

 

 ドイツが反共であるならばイギリス・フランスにとっては問題ないのだろう。

 

「ドイツを強大化させ、ソヴィエトと戦わせて共倒れを狙っているのか……?」

 

 

 彼が予想したとき、扉が叩かれる。

 スターリンが許可を出せば、入ってきたのはメンジンスキーであった。

 

 NKVDの仕事はこれまで満足のいくものであり、今回もまたドイツの不可解な動きの原因を探り当てたのだとスターリンは確信する。

 

「同志書記長、ドイツの不可解な動き及びイギリス・フランスについて……」

「聞こう」

 

 スターリンは鷹揚に頷き、メンジンスキーの報告を聞けば――それはつい先程、予想した通りのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンストン・チャーチルは葉巻をくゆらせながら、うまくいったと執務室で悦に浸る。

 

 欧州で戦争は起こしたくない――だが、それはイギリスが当事国になりたくないという意味だ。

 イギリスとは関係ない国々が争ってくれるのは大歓迎である。

 

 彼が海軍大臣に復帰したのはつい最近のことだが、彼が対独強硬論から対ソ強硬論へ主張を変えたのは数年前のことだ。

 

 その原因は思っていた以上にソ連が強大化してしまったことにある。

 彼は保守党の主流派と同じくドイツに国力を回復してもらい、防波堤となってもらうしかない、という結論に至った。

 

 ドイツが帝政時代の国力に戻ったところで、海上封鎖をしてしまえば先の戦争と同じように干上がる。

 しかし、ソ連には海上封鎖など意味がない。

 あの国はドイツと違って資源の自給自足ができる上に、その思想が危険過ぎる。

 

 今はおとなしくしているが、いつまた共産主義思想を広めようとするか分かったものではない。

 

 さらに厄介なのは、ソ連軍は欧州を呑み込めるだけの実力があることだ。

 最近では戦時体制に入ったようで、欧州方面の部隊は大幅に増加しているらしい。

 

 対独戦を見据えたものだろうが、それはチャーチルにとって――否、イギリスとフランスにとって望んだ展開だ。

 

 

「ポーランドには気の毒なことをしたが……あの国は独立まで100年以上待つことができた。また100年くらいは待つことができるだろう」

 

 ポーランドでの内戦、そして共産主義政権の誕生まで全てシナリオ通りに動いている。 

 

「ダラディエも渋々だが、納得してくれて良かった」

 

 ドイツへの不信感から、ソヴィエトに対する防波堤とすることには懐疑的であったフランスのダラディエ首相も、チェンバレンとハリファックスの説得によりようやく折れた。

 

 ヒトラーが東方生存圏なる構想を抱いていることや反共主義者であることはよく知られている。

 彼の夢を叶えることはイギリス・フランスにとっては利益に繋がる。

 

 ヒトラーとは既に合意しており、彼が約束を守るつもりであるのはドイツ軍の動きでよく分かる。

 独仏国境沿いに集まっていた多くの部隊が、ポーランドとの国境へ移動した為だ。

 

 

 合意内容は3つ。

 

 ドイツが東方へ勢力を伸ばす場合、イギリス・フランス両国はこれを阻止しない。

 共産主義国との戦いの場合、資源・物資をドイツへ供給する。

 上記の対価として、ドイツはオイペン・マルメディ及びアルザス・ロレーヌの獲得を諦める――

 

 

 一見、ドイツにとって有利に見える。

 だが、ソ連を倒したところで、ヒトラーの政策では内政的に行き詰ることは確実であった。

 何よりも、ソ連をドイツが倒した瞬間にイギリスとフランスは背後から刺すつもりだ。

 また、この合意によってイギリス・フランスと同盟もしくは不可侵条約が結ばれたというわけではなく、あくまでドイツが東に目を向けている間は支援するというものでしかない。

 

 ヒトラーはソ連を倒したらすぐにイギリス・フランスと戦おうとするかもしれないが、それをさせないようにイギリス政府は準備を開始している。

 

 といっても、そもそもドイツがソ連を倒せるかどうかは怪しいものだ。

 ナポレオンの二の舞になる可能性も高い為、敗北濃厚となった段階でも英仏両国はドイツへ宣戦布告する。

 

 そうすればドイツが赤化することは防げるだろう。

 

「アメリカにも一枚噛ませてやろう……ドイツとソ連が潰し合って、大きく弱ってくれれば、イギリスにとっては最高だ」

 

 

 大陸に強大な勢力ができたならば、大陸内で潰し合わせる。

 イギリスの伝統的な方針に則ったものだった。

 

 

 

 


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