あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリンの決断

 スターリンは執務机に広げられた無数の書類を眺めながら、笑みを浮かべていた。

 その書類達は全てドイツ・イギリス・フランス・アメリカへの対応に関してだ。

 

「主導権はソヴィエトにある。しかし、こんなにも取れる手段があるとはな……」

 

 外交的決着から全面戦争まで様々だが、振り上げた拳をどうするかというところから全ては始まっている。

 

 戦時体制への移行は完了し、つい先日――1939年12月4日――にはポーランド第二共和国は新たにポーランド人民共和国となった。

 そして、ポーランド大統領に就任したボレスワフ・ビェルトはソヴィエトに対して非常に友好的な人物だ。

 彼とその部下達の精力的な活動により、ソヴィエトとポーランドは同盟を締結し、赤軍部隊が同盟国の安全保障の為(・・・・・・・・・・)、駐屯している。

 

 ドイツとの国境地帯では日に日にドイツ軍部隊が増加している、という切迫した事情もあった為、赤軍に対して大きな抵抗はない。

 細かいのはそれなりにあるらしいが、ポーランドに進出したNKVDの部隊が片っ端から捕まえている為、問題にはならない。

 

 

 ソ連はイヤだが、ドイツに呑み込まれるのもイヤだ。

 ポーランドとして独立を保っていたい――

 

 

 そういう思いがあるのだろう、とスターリンは予想するがあいにくとポーランドは立地が悪い。

 残念だが諦めてくれ――彼はポーランドの名もなき抵抗者達に心の中でそう告げて、適当な書類を手にとって眺める。

 それは西欧侵攻を提案するもので、参謀本部参謀次長であるシャポシニコフが提出してきたものだ。

 これには参謀本部の作戦局局長であるヴァシレフスキーも携わっているようだ。

 

 一方、トゥハチェフスキーが出してきた案はドイツを緩衝国として、ルーマニアへの侵攻を提案している。

 ベッサラビアにおける領土問題を着実に解決しようという魂胆であり、英仏米が干渉してこないならばルーマニアごと頂いてしまおうというものだ。

 

 少なくともルーマニアに関しては英仏米とも何かしらの支援や協定があるという報告はなく、またあったとしてもドイツよりも遥かに貧弱である為、持ちこたえられないだろう。

 

 

「欧州での戦争は簡単だが、アメリカとは戦いたくない」

 

 ドイツどころか欧州赤化は問題がない。

 イギリス上陸の際には多少手間取るくらいだ。

 イギリス海軍は脅威であるが、それは乗り越えられるとスターリンは確信している。

 

 海軍力の整備は順調であるが、もうしばらく時間が必要だ。

 戦艦は元々技術的な経験を積む為に建造していたようなものでしかなく、本命は空母と巡洋艦や駆逐艦、そして潜水艦である。

 

 しかし、イギリスやフランスに手を出すと間違いなくアメリカが出てくる。

 たとえアメリカにその気がなくてもイギリスが絶対に引っ張り出す。

 

 ソ連に負けるくらいなら借金塗れになる方がマシだ――

 

 そんな風にイギリスは考えるだろう、とスターリンは思う。

 史実を知っている彼からすると、アメリカと大西洋や太平洋を挟んで対峙するのはソ連崩壊の幕開けになりそうな気がしてならない。

 

 といっても抑止力として、数年前からイーゴリ・クルチャトフをリーダーとする核兵器の研究を開始している。

 その拠点はアルザマス16と呼称されているところであった。

 これと連動して、いわゆる大陸間弾道ミサイルの研究開発も始まっている。

 

 もっとも、それらが完成するのはかなり先の話だ。

 それでも史実よりは早いかもしれないが、スターリンとしてはニジェーリンの大惨事やらチェルノブイリ事故は絶対に起こさせないよう、何よりも安全性を重視するよう口を酸っぱくして伝えてある。

 

 革新性よりも安全性を優先せよ。

 もしも安全性を軽視して事故が起きたら、責任者とその家族が非常に残念なことになる――

 

 本人だけでは功を焦るので、家族にも被害が及ぶということをしっかりと認識させるのがスターリンなりのテクニックだ。

 

 スターリンは核兵器とか原子力発電とかよりも、さっさと核融合炉を実現してくれと伝えてあるが、研究者達は明確な答えを返してくれなかった。

 

 彼としても核融合炉が簡単にできるわけもないと知っている為、特に追求はしていない。

 

 ともあれ、スターリンからすれば核兵器は勿論のこと、原子力発電も災害やテロなどの対策に多額の費用を割かねばならず、また使用済み核燃料の保管・廃棄であったり、万が一事故が起きた場合は大惨事になることからして、あんまり手を付けたくはない分野であった。

 だが、手を付けないとアメリカに遅れを取る。

 アメリカが核兵器を持った場合、それを使ってソヴィエトに恫喝をしてくる可能性はゼロではない。

 

 

「それもこれもアメリカが悪い。あの国、海に沈めて……いや、沈んでしまっては土地がもったいない。アメリカ国民……いや人民に罪はない。政治家達と軍人だけ全部纏めて異次元に消えたりしないかな……」

 

 スターリンは米帝の方が世界の敵だと思うが、それだけなら自由である。

 ソヴィエトにおいても、思想・信条・信教・言論の自由などは1936年にスターリンが主導して制定された憲法によって保障されており、史実と比較して改変したところもあるが全体的にみると良いものだ。

 

 全てにおいて共産党が指導的役割を果たすという、ちょっと他国にはない条文があるが些細なことだろう。

 

「しかし、気に食わないのはイギリスだ」

 

 イギリスの思惑に関しても、スターリンの元へ報告が入っていた。

 事前に察知できなかったのは癪であるが、それでも取り返しがつかない事態ではない。

 

 嬉々としてドイツを殴っていたら、イギリスの手のひらの上で踊らされるところだった。

 あの紳士共と、ついでにフランスに意趣返しをしてやらねばならないだろう。

 

 彼らがもっとも嫌がることに関しての提案書がある。

 

「時計の針を戻すことはできないが、進めることはできる……それは今まさに証明されている」

 

 ポーランドの赤化は史実ならばWW2後だ。

 しかし、現状はWW2が起こってもいないのに赤化している。

 

 

 行動すれば結果は出る――

 ましてや、史実よりも遥かに力のあるソヴィエトならば――

 

 

「イギリスとフランス……そして、対岸の火事だと思っているアメリカには自分の勢力圏で赤化ドミノが起きる恐怖を味わってもらおう」

 

 スターリンはイギリス・フランス・アメリカが大慌てするだろうものを選ぶ。

 

 三カ国の植民地やそれに類する地域において、ソヴィエトの思想を広め、革命を煽って武器弾薬その他色々なものをばら撒くという提案だ。

 

 他方でドイツに関してはスターリンは悩みどころである。

 

 史実よりもドイツは強くなっているが、それはソヴィエトからすると進路上にある石ころが少し大きくなった程度でしかない。

 ドイツ軍の兵器類や戦術、将兵の練度や士気など優れている点は多々あるが、そんなものは意味をなさない。

 最低でも彼らと同等クラスの兵器を、彼らが用意できる以上の兵力に装備させた上で赤軍は投入できる為だ。

 

 だが、スターリンとしては戦わずに勝てるならば、それに越したことはないと考える。

 戦争をすればどうしても死傷者は出るし、経済にもダメージがいってしまう。

 最善であるのはドイツをソ連側に引き込むことだが、これはヒトラーがいるうちは難しい上にドイツ国内の反共は強く、国防軍などその最たる存在だ。

 

 また下手に動けばドイツにおける諜報網が露見し、壊滅させられる恐れもある。

 

 スターリンは無数の書類から一つを選んだ。

 

「ヒトラーはソヴィエトと戦いたいが、現場はそうではないだろう」 

 

 その為にはソヴィエトの諜報員達――ドイツ側は赤いオーケストラと彼らを呼ぶ――を通じて黒いオーケストラのメンバーであるカナリスに働きかける必要があるだろう。

 彼ならソ連との戦争は破滅しかないと予見できる筈だ、とスターリンは判断する。

 

 黒いオーケストラにヒトラーを排除してもらい、彼らが政府を樹立したならば秘密裏に協定を結ぶ。

 それは相互不可侵条約であり、また欧州におけるソ連の勢力圏を認めさせる。

 対価として、経済的な援助をしてやってもいいだろう。

 経済を握れば、やがてその国の政治を握ることもできる。

 

 ソ連がかつてのような過激な思想ではないことを、反共のドイツ人達にじっくりと教え込むにはちょうどいい時間だ。

 選んだものに関して、早速協議しようとスターリンは思いつつ、呟いた。

 

 

「日本との同盟締結も急がねばな……」

 

 和食をモスクワで――否、クレムリン宮殿で食べられるようになりたい。

 スターリンのささやかな欲望であった。

 

 

 




スターリン憲法をロシア語のサイトまでいって翻訳かけて読んでいたけど、面白かった(こなみ

125条と126条と127条と128条とかスゴイのでおすすめです。

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