あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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黒いオーケストラ

 

 

「どうしてソ連を攻撃できない!? 動員を解除した今が絶好の機会ではないか!?」

 

 ヒトラーは激怒するが、彼の前にいる者は小揺るぎもしない。

 ヒトラーに直言できる数少ない軍人であり、さらには一度は退役したものの、ヒトラーが自ら現役復帰を要請した人物だ。

 

 カール・ルドルフ・ゲルト・フォン・ルントシュテットは静かに告げる。

 

「総統、ソ連の行動は欺瞞です」

 

 ルントシュテットはボヘミアの伍長にも分かりやすいように言葉を選ぶ。

 

「欺瞞……だと?」

「はい。その証拠にポーランド駐留のソ連軍はほとんど減少していません」

 

 確かに、とヒトラーが頷いたことを確認し、ルントシュテットは更に言葉を続ける。

 

「我々が戦いを挑んだならば、ポーランドで時間を稼がれてしまいます。その僅かな時間でソ連は後方より我が軍の総兵力を上回る兵力を投入してくることは間違いありません」

「僅かな時間とは?」

「我が軍が優勢であったとしても、ポーランドよりソ連軍を叩き出すには1週間程掛かります。スペインで彼らの強さはよく分かりましたので」

 

 ルントシュテットはそう答えながら、心の中で告げる。

 それはヒトラーが聞きたくはない言葉であったからだ。

 

 

 ポーランドからソ連軍を叩き出すことに成功したとしても、甚大な被害が出る可能性が高い――

 兵器は作れば補充できるが、将兵はそうではない―― 

 

 

 またポーランドに全兵力を費やすならば良いが、フランスに対する備えにも部隊を残しておかねばならない。

 隙を狙ってフランスが戦争を仕掛けてこない保障はどこにもない。

 

 何よりも、たとえポーランド駐留のソ連軍が全滅したところで、それはほんの一部でしかない(・・・・・・・・・・)

 ソ連の動員力と生産力の凄まじさは、国防軍で知らぬ者はいない。

 そして、練度に関しても問題がないことはスペインで嫌というほど教えられた。

 

「ではどうすれば良い? イギリスやフランス、アメリカが支援してくれているのだぞ?」

「ソ連と我が国を共倒れさせる魂胆でしょう」

「それは度々言われるが……本当にそうなのか?」

「本当に反共の味方として戦ってくれるのならば、義勇軍の一つでも送ってくれるのでは?」

 

 ルントシュテットの反論にヒトラーは沈黙せざるを得ない。

 それは事実であったからだ。

 

 無論、ヒトラーも何もしていないわけではなく、義勇軍の派遣や同盟の締結などを目指して精力的に動いているのだが――のらりくらりとはぐらかされていた。

 孤立主義が強いアメリカや長年の敵であるフランスは仕方がないにしても、反共志向が強いイギリスならば可能性がある、とヒトラーは考えているのだが、どうにも成果が出ない。

 

 

 

 沈黙したヒトラーにルントシュテットは改めて思う。

 

 

 ヒトラーがいる限り、状況はこのままだ、と。

 

 

 確かに彼とNSDAPはあの情勢下では必要であった。

 実情はともかく、一時的に経済は回復し、再軍備及び軍拡を成し遂げ、綱渡りの部分も多かったもののドイツの失われた領土を取り戻したのは間違いない。

 

 反共を掲げて、英仏米の支援を引き出せたというのも功績だろう。

 

 だが、そのような支援があってもソ連を倒せるだけの力がドイツにはないとルントシュテット――否、国防軍の誰もが理解している。

 

 局地的には勝利し、ソ連側に大きな損害を与えることはできるだろう。

 しかし、そんなものは一時的なものに過ぎない。

 

 先の動員でソ連が編成した師団数は300個を確実に超えており、最大では500個師団であるとの分析が国防軍情報部のカナリスから直接報告されている。

 また、その師団全てに最新の装備が十分与えられている可能性が高いことも合わせて報告されていた。

 

 そして、ソ連軍の兵器類はドイツ軍と同等か、上回るものが多い。

 これはポーランドに張り巡らせたドイツ側の諜報網が集めてきた情報だ。

 ソ連側によって諜報員は摘発されているものの、まだ十分に機能しているのだが、齎された情報は国防軍将校達の心胆を寒からしめた。

 何よりもT-44は性能的にパンターを上回る可能性が高く、パンターに代わる主力戦車――Ⅵ号戦車の開発が急がれている。

 

 Ⅵ号戦車は45トンから50トン以内の重量に収めつつ、高射砲を転用した8.8cm砲を搭載するとのことだが、相手となるT-44は10cm砲らしきものを搭載しているという。

 

 質で同等か、負けており、量では圧倒的に負けている――

 

 これでは勝つ・負けるという次元ではなく、そもそも戦いにならない。

 そういった情報もヒトラーには届けられている筈だが、彼は中々信じてくれないようだった。

 

「どうにかできないか?」

「不可能です。もしも、可能だと答えられる者がいたとしたならば、それはドイツを破滅に導く輩でしょう」

「……そうか」

 

 ヒトラーは項垂れて、力なく答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒトラーと面会した数日後、ルントシュテットはカナリスと秘密裏に会っていた。

 

「今のままなら、あの伍長はドイツの英雄で終わることができる」

 

 開口一番、そう告げたルントシュテットにカナリスは頷いた。

 実情はともかく、ドイツの領土を回復したという快挙を成し遂げたのは事実だ。

 それはドイツ国民ならば誰もが認めることである。 

 

「ソ連と戦い、ドイツを破滅に導いたとされるよりは余程に良いだろう」

「私もその点に関しては同意する。無論、他の面々も同じ意見だ」

 

 カナリスの言葉にルントシュテットは笑ってみせる。

 

「ところで、国防軍の大半は掌握済みだと聞いたが……? 実際、どうなのだ?」

「以前より、国防軍内部にも協力者は多数いたんだ」

「ズデーテンの時か?」

 

 ルントシュテットの問いかけにカナリスは頷いた。

 あのときは、イギリス・フランスとの戦争に発展する可能性があり、そのときにも黒いオーケストラによるクーデターは計画されている。

 

 結局、イギリス・フランスが折れたことでそうはならなかった。

 ルントシュテットは問いかける。

 

「ソ連の動きは?」

「やはり、決行は少し待って欲しいそうだ。それに関しては裏が取れた」

「何が理由だ?」

 

 その問いにカナリスは不敵な笑みを浮かべ、答える。

 

「イギリスとフランス、そしてアメリカが我が国に構っていられなくなることだ。どうもスターリンはこれまでの共産主義者とは毛色が違う気がする」

「何をやるつもりだ?」

「奴らは植民地を独立させるつもりだ。膨大な武器弾薬をはじめとした物資……本来ならドイツに向けられる筈だったそれらが、各地域における独立運動組織に流れている。また、彼らがソ連領内でソ連軍によって訓練されているのも確認した」

「……戦うことになる植民地軍が可哀相になるな。将兵の練度はソ連軍には及ばないかもしれないが、士気は高く、何よりも兵器の差が圧倒的だ」

「ほぼ間違いなく世界中で独立戦争が勃発し、それは成功するだろう。そして、ソ連が裏から手を回していることもすぐに分かる」

 

 カナリスの言葉に、ルントシュテットはスターリンの意図が読めた。

 

「ソ連はイギリスやフランス、アメリカと対決をするつもりか?」

「その可能性が高いと我々は考えている。ドイツは今、岐路に立たされているのだろう」

「……悩ましいところだが、少なくとも私はイギリスやフランス、アメリカがソ連を倒せるとは思えない」

 

 ルントシュテットの言葉にカナリスもまた頷いた。

 黒いオーケストラのメンバーでも、それは同じ認識だ。

 

 フランス軍は以前よりマシになったが、それでも今のドイツ軍よりも戦力が劣っている。

 イギリス軍は海空軍はともかくとして、陸軍は数が少なすぎて話にならない。

 

 この2カ国は植民地から動員することで先の世界大戦では兵力を揃えていたものの、植民地が失われた場合、本国軍だけで戦わなくてはならない。

 一方、旧植民地は大きな支援をしてもらったソ連に対して味方することは想像に難くない。

 もしかしたら、独立後の国家運営や貿易などそういった様々な面に関してもソ連側が支援を約束しているかもしれない為、そうなれば尚更ソ連とは強固な関係になるだろう。 

 

「唯一、ソ連と戦える可能性があるのはアメリカだが……あの国は国民がそれを許さないだろうし、ソ連の工作員達が戦争をしないように、孤立主義を堅持するよう煽っている」

 

 そこでカナリスは言葉を切り、少しの間を置いて告げる。

 

「そもそもどうやったらソ連が降伏するのか、分からないがな」

 

 首都であるモスクワを占領すれば終わると言い切れないのがソ連――ロシアである。

 ナポレオンはモスクワを占領したが、ロシアを降伏させることはできなかった。

 アメリカがシベリア方面から攻め寄せれば可能性はあるかもしれないが、日本がそれを阻止する。

 同盟締結も間近と噂されており、日本とソ連の結びつきは非常に強い。

 

 日本海軍が本土近海でアメリカ海軍と戦う――それは、まさしくかつての決戦――日本海海戦の再現となるだろう。

 また、日本海軍を屈服させてシベリアに上陸ができたとしても待ち受けるのは過酷な自然環境だ。

 あるいはヨーロッパ及びシベリアの両方から同時に攻めれば良いかもしれないが、そんな兵力はアメリカといえど持っていない。

 何よりもアメリカとソ連、日本以外にも多数の国が参戦することは間違いない。

 

「ゲルデラーは何と言っている?」

「ドイツの国益となる方に立つべきだと言っている……彼がそう言うのだから、そういうことなのだろう」

 

 カール・ゲルデラーはクーデター成功後、首相となる予定の人物だ。

 反ナチスであり、また反共主義者としても知られている。

 

「スターリンの言葉を信じるしかない……その結論に落ち着くのか」

「そういうことになる」

 

 ルントシュテットの言葉をカナリスは肯定した。

 

 これまでの書簡によるやり取りで、スターリンが非常に物分りの良い人物であることは判明している。

 彼は共産党を禁止したままでもソ連の態度は変わらないと伝えてきた程だ。

 

 無論、これ以外にも不可侵条約の締結や現在の領土を保持することを認めてくれるだけではなく、さらには経済的な支援や通商条約の締結などそういったものまで、ソ連側は提示している。

 

 戦争になれば簡単に捻り潰せるという余裕もあるのだろうが、ドイツ側の事情を汲み取ってくれているのは確かである。

 

 このような破格の条件を呑まない理由が存在しない。

 スターリンの言葉が嘘でない限りは。

 

 

 ルントシュテットもカナリスも、しばらく綱渡りの連続になりそうだと思い、互いに溜息を吐くのだった。

 

 

 


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