あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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状況説明とか。


スターリンの権力

 党内はうまくいく――モロトフの言葉が正しかったことをスターリンは3ヶ月程で実感することとなった。

 元々党内における要職は彼の派閥で固められていた為、それも当然だろう。

 

 スターリンが知っている史実では、第一次五カ年計画の内容を巡ってブハーリン・ルイコフ・トムスキーらと対立し、彼らが大きな敵となる筈であったのだが――そんなことにはなっていない。

 第一次五カ年計画が実施どころか、その計画自体もまだ作成途上であり、その段階でスターリンが方針を変えた為だ。

 ブハーリンらがスターリンと対立しなければ反対派というものが党内にはそもそも存在しなかった。

 トロツキーは政府・党における全役職を解任された上に除名されており、カーメネフやジノヴィエフもいたが、彼らは昨年――1926年に党を除名されている。

 もはやスターリンを止める力が彼らにないことは明らかであり、それだけ以前からスターリンがうまく立ち回っていたという証拠であった。

 

 無論OGPU――GPUの後身、NKVDの前身にあたる――を纏め上げるメンジンスキーもまたスターリンに忠実であり、問題はない。

 

 スターリンが方針を変えた程度では――例外なく驚かれたものの――自らの権力に揺るぎはないことが確認された。

 

 方針転換に騒ぐとすれば思想に拘り過ぎている輩であり、それに乗じて権力を拡大しようとする者も出るだろうが、迅速に処理されるだろう。

 積極的に粛清はしないが、実務的な面以外で反対する連中に対して容赦する必要性をスターリンはまったく感じていなかった。

 

 魂的なものが混ざったのか、あるいは入れ替わったのか不明であるが、かなりマイルドな性格になったとはいえスターリンはスターリンである証拠だ。

 

 そして、いよいよ彼はトゥハチェフスキーとの対話に臨んだのだが――結果から言えば非常に盛り上がってしまった。

 当初はぎこちなかったものの、スターリンが未来での知識を活かした様々な案を出すとトゥハチェフスキーの興味を大いに刺激した。

 

 トゥハチェフスキーはスターリンの提案する戦略や戦術は勿論、空挺兵や戦車や砲兵、小銃や補給システムなどに食らいつき、色々と話し込んだ末に両者は赤軍が外征にも耐えうる強靭な軍隊を築き上げることで一致した。

 

 スターリンが提案したことは当然だが彼独自のものは何もなかった。

 しかし、そのことを知っているのは彼本人だけであり、そのようなことを知らないトゥハチェフスキーからすると驚きしかない。 

 

 何よりもトゥハチェフスキーにとって有り難かったのはスターリンというソヴィエトにおける最強の後ろ盾を得たことだ。

 とはいえ、スターリンはソヴィエトの内情を示した上で、まずは量よりも質の向上を提案し、それもまたトゥハチェフスキーは快諾した。

 そして対話の最後にスターリンは彼に告げる。

 

 

「ヴォロシーロフは残念だが、あなた程ではない。彼も有能だが、あなたの方がより上だ」

 

 その意味をトゥハチェフスキーは正確に悟る。

 陸海軍人民委員・革命軍事会議議長のヴォロシーロフが更迭か、粛清される可能性が高いのだろう、と。

 

 そしてトゥハチェフスキーに対して、スターリンは更に告げる。

 

「人にはそれぞれ得意分野と不得意な分野がある……彼はどうやら不得意な分野であったようだ。彼は私が適切なところへ配置しよう」

 

 その言葉により、トゥハチェフスキーは自分の予想が正解であったことを確信する。

 この2週間後にはヴォロシーロフは陸海軍人民委員・革命軍事会議議長を解任され、トゥハチェフスキーはその後任となった。

 彼は赤軍参謀総長も兼ねている為、名実共に軍事部門のトップといえる存在になったが、彼の実績・能力は誰もが知っている為、大きく歓迎された。

 

 なお、ヴォロシーロフは軍事関係からは外されたものの、政治局員からは外されなかった。

 長年の付き合いがあり、さらに彼が失敗をしたというわけでもない為、スターリンとしては一定の配慮を示した形だ。

 

 

 

 さて、スターリンは方針転換がうまくいってしまったことに驚いていた。

 方針転換を行ってからも党内には表立って反対する者はおらず、内心はどうあれちゃんと従ってくれている。 

 

 他国なら抵抗や反対があって当然だろうに、そんなものはどこにもなかった。

 もしかしたら気を利かせたメンジンスキーが騒ぎそうな連中を処理してくれているのかもしれないが、そこまで気にしだしたらきりがない。

 

 そして、ブハーリンらと協議を重ねることで決定された第一次五カ年計画。

 それは史実とは大きく異なり、農業生産力の技術に基づく拡充や消費財生産を中心とした様々な軽工業の拡大・発展に重点を置き、国民経済の充実及び国民生活の向上を図る。

 とはいえ基本的には富農や私的商人・実業家達に全て任せる形だ。

 政府としては新規事業及び既存事業に対する融資などの支援制度の整備・充実やNEPの対象拡大――小規模企業の私的営業の自由のみが認められていた――を行う。

 

 

 

 革命に勝利し腐敗した者達は全て一掃されており、同志レーニンによって実施された政策により現れた彼らが腐敗しているわけがなく、自らの勤勉性でもってソヴィエトへ貢献しているのだ、とスターリンは熱弁することで、彼らを擁護した。

 

 更にスターリンは万人が平等に貧乏になるのではなく、平等に豊かにならねばならず、とりわけ勤勉で優秀な者には追加で然るべき報酬があって当然であると結論づけつつも、汚職などの不正をしている場合は除くと付け加えた。

 

 同時に彼は「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとし、全人民から税を徴収する代わりに手厚い社会保障体制の構築及びそれを全人民に周知させることをブハーリンらに提案する。

 内容としては教育や医療の格安提供から各種保険制度まで様々だ。

 

 税を取る必要はないのではないか、教育や医療は無料にすべきではないかという意見が相次いだものの、財源はあった方が良いとスターリンは彼らを説得して回り、承認を得る。

 

 一方で富農や私的商人・実業家が不当に労働者を虐げて働かせぬように、労働法の制定を急がせていた。

 こちらも過度な制限ではなく、1日最長でも8時間労働や残業及び残業代の支払いについてなどを規定したものになる。

 

 また現在飢餓に陥っている農民達に対して輸出用穀物を彼らへ回すことで迅速に決定・実行された。

 何よりも人民の命が優先されるとスターリンが決断した為であり、この決断は色々と脚色された上で公表された。

 

 人民の味方であることをアピールする狙いがあり、もしも反対する者がいれば人民の敵として認定し、大手を振って抹殺できるという一石二鳥であった。

 

 そんなスターリンが目指したのは非常に癪ではあったが中華人民共和国だ。

 色々と問題はあるものの市場経済を導入しつつ、共産国家として21世紀でもやっていけている。

 ただ、この世界において毛沢東が好き勝手にやることを許すつもりはまったくなかった。

 

 なお、輸出用穀物を国内消費することで外貨獲得量が減少するのだが、スターリンが方針転換前に考えていた重工業偏重の五カ年計画ではない為、財政への悪影響は最小限に抑えられると予想された。

 

 万が一、財政へ悪影響があった場合は史実のようにエルミタージュ美術館の収蔵品を売り払うことは避けたい。

 その為、スターリンは汚職をしている党員のリスト作成をメンジンスキーに密かに指示していた。

 

 いざとなれば彼らから財産を取り上げれば人民に対するアピールができる上、臨時予算の確保もでき、スターリンとしてはまさしく一石二鳥だった。

 

 もっとも、たとえリストに載ったとしても有能であれば対象から一時的に外れるかもしれないが、そうでなければ財産を取り上げられた後、どうなるかは言うまでもなかった。

 

 なお、実のところアメリカ人技師が既にソ連にて活動を開始している。

 ドニエプル川流域におけるダム・水力発電所の建設の為、テネシー川流域のウィルソンダムを設計したクーパーが昨年、顧問兼アドバイザーとして雇われている。

 この計画をはじめとした重化学工業の育成に関しては第一次五カ年計画に組み込まれず、別口で進められている。

 財政への負担や五カ年計画への影響を考慮して、当初よりも遥かにゆっくりとしたスピードであるが着実に進捗しつつあった。

 第二次五カ年計画は重工業の育成に大きく力を注ぎ、第三次は農業及び軽工業の発展といった具合に交互に進める形に落ち着いていた。

 第三次五カ年計画に関しては独ソ戦が途中で無ければ、という但し書きがつくが。

 

 

 さて、このように進んでいたのだが、スターリンに対して真正面から批判した者がたった1人だけいた。

 

 それはトロツキーだ。

 彼はモスクワ市内の住居にて軟禁されていたがスターリン宛に手紙を送り、スターリンに対する批判を展開した。

 

 スターリンもあのトロツキーからの手紙ということで読んでみたのだが――ここまで豊富な語彙で批判ができるものなのか、と怒るよりもまず感心してしまった。

 

 

 

「本物の天才なのだが……勿体ない」

 

 手紙を読み終えたスターリンは溜息が出てきてしまう。

 彼の提唱している世界革命論・永続革命論はドイツのスパルタクス団による革命に失敗した時点で、芽が無くなった。

 トロツキーと親しい者達でさえ、現実的に達成できるかと問われればできるとは答えられないだろう。

 無理なものは無理であり、達成できると断言できるのはトロツキー本人しかいない。

 彼は生涯を費やして、自らの理想の為に全力で行動するだろう。

 

「彼を生かしておくと面倒くさいことになる」

 

 史実のスターリンもこんな気持ちだったのだろうか、と彼は考えてしまう。

 放置しておくと何かやらかすに違いない、そういう確信がある。

 

 

「メンジンスキーを呼んでくれ」

 

 彼は部屋の外にいる護衛に対して、そう呼びかけた。

 30分もしないうちにメンジンスキーがやってくるだろう。

 

 

「記念すべき第一号……それがトロツキーなら相応しいだろう」

 

 事故死もしくは病死に見せかけて始末すべきだと彼は考えながら、執務室内を歩き回っていると扉が叩かれた。

 入室許可を出すとメンジンスキーだった。

 

 呼んで15分もしないうちに来たので、仕事熱心である。スターリンは感心する。

 とはいえ、彼は挨拶もそこそこにメンジンスキーへ告げた。

 

「トロツキーを追放してくれ」

 

 メンジンスキーは特に驚くこともなく尋ねる。

 

「それは国内の僻地ですか? それとも国外へ?」

 

 スターリンは事も無げに答える。

 

「いや、この世からだ。方法は任せるが、なるべく事故死もしくは病死に見せかけるように」

 

 トロツキーの粛清はここに決定された。

 

 

 

 


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