あなたがスターリンになったらどうしますか? 作:やがみ0821
今や世界は二分されてしまった。
ユーラシア大陸及びアフリカ大陸の大半はドミノ倒しのように恐るべき勢いで赤化し、モスクワ条約締結に伴い、抵抗を示していた東欧や中欧の国々も抗しきれずソヴィエト連邦の軍門に下った。
イギリスは連邦諸国及び友好国と緊密に連携し、この脅威に断固として対抗すべきである――
1942年1月12日――
ウィンストン・チャーチルは首相就任演説にて、そう述べた。
演説の内容を知ったスターリンはただちに声明を発表し、その中でパレスチナ問題をはじめとするイギリスの植民地政策を大いに批判する。
しかし、この声明に関してイギリスは反応を示すこと無く黙殺した。
ともあれモスクワ条約により、ソヴィエト連邦を中心とする多国間同盟が組まれたことは世界にとって、多大な衝撃を与えることとなった。
これまで旗幟を鮮明にしていなかった欧州諸国――特にイタリアやハンガリー、ルーマニアやブルガリアなどのソ連から程近いところにある国々にとっては、踏み絵を迫られたようなものだ。
これらの国々で同盟を結んだとしても、ソ連から攻められては敵う筈もない。
また英仏も植民地が独立してソ連側についたことで対抗できるか怪しいものだ。
アメリカは中南米の安定化に躍起になっており、そもそも旧大陸には不干渉の立場である為、助けてくれる可能性は低い。
なお、一連のソ連による植民地独立支援工作は当初は英仏米の植民地を対象としていたが、程なく他の欧州諸国が有する植民地においても独立支援が行われ、こちらは英仏米程に宗主国が強大ではなかった為にあっさりと独立を果たしている。
これまで態度を明らかにしていなかった国々が決断するきっかけとなったのは、ソ連がモスクワ条約に加盟している国々には経済支援をはじめとした多種多様な支援を行っていると発表した為だ。
インドやビルマなどの新規独立国に対しては勿論、日本やドイツに対しても様々な支援を行っている為、現状を世界に知らしめた程度に過ぎないが効果は覿面であった。
他にもソ連が思想の押しつけを同盟国に対して行っていないというのも大きい。
さて、イタリアは以前からの課題であった経済的な行き詰まりを打開できず、更には数少ない植民地もソ連の支援を受けた独立派の活動を阻止できず、全て独立されてしまっている。
故にムッソリーニは十分な根回しを行った上で、ヒトラーに倣って政治家としての引退を宣言し、後始末をしてその身を潔く引くこととなった。
1942年5月のことであった。
そして、新たに樹立されたイタリア政府は、6月には早くもソ連に接近し、翌月にはモスクワ条約へ参加している。
こうしてイタリアは旗幟を鮮明にしていなかった東欧や中欧の諸国において、ソ連側についた最初の国となり、これをきっかけに次々と東欧・中欧の国々がソ連側へつくこととなった。
もっともイタリアは王政であった為、ソ連が反発するのではないかという不安がイタリア政府や国民の間にはあったが、ソ連側は何も言及していない。
そもそもソ連にとって最初の同盟国が日本であった為、今更な話であった。
「中欧や東欧の諸国もソヴィエトについた。これで安泰だ」
スターリンは確信する。
この巨大同盟の誕生により、英仏米は簡単には手出しができない。
もっともフランスでは、スターリンがフランス共産党を動かして、イギリスとの離間工作を盛んに行っている。
といっても、この工作に関してはイギリスとフランスの確執を煽り、イギリスが植民地でやった歴史的事実を詳細に語り、またソ連の発展具合をフランス国民に説明するだけだ。
以前からソ連の発展ぶりを説明する為に撮影された映像があり、これは全編カラーの気合いの入ったものだ。
「イギリスが裏でちょっかいを掛けてくるだろうが、もはや彼らに以前のような力はない」
植民地の反乱鎮圧に予算と戦力を費やしたにも関わらず、独立の阻止に失敗するという彼らからすれば最悪の結末を迎えている。
イギリス海軍は健在だが、海軍では陸地の制圧は不可能だ。
また以前よりソ連が支援していたIRAの活動がアイルランドにて本格化しており、尻に火が付いている。
なお、スターリンはどうせなら火達磨にしてやろうと、スコットランドやウェールズの独立派にも密かに支援を始めている。
大英帝国の凋落が決定的となっていることから、どちらの独立派も強気だ。
チャーチルが首相となったところで、もう遅い。
「経済発展及び技術の研究開発に努めながら、同盟国との共存共栄を目指せば自ずと結果は出る」
これまでやってきたことに、同盟国との共存共栄が加わっただけだなとスターリンは思う。
しかし、モスクワ条約に参加していない欧州諸国――北欧諸国やバルト三国やオランダ、ベルギー、スペイン、ポルトガルといった国々は未だ中立的だ。
ソ連の経済的・軍事的な影響を無視することは、これらの国々にはできる筈もない。
そう遠くないうちに、モスクワ条約への参加を申し出てくるのではないか、とスターリンは予想している。
もっとも、バルト三国や北欧諸国はソ連と経済的に強く結びついている為、実質的にその勢力圏に置いているようなものだ。
なお、オランダ・ベルギー・スペイン・ポルトガルはソ連の支援で植民地に独立をされており、ソ連の勢力圏に入るなど許さないという意見は民衆の間では根強い。
故に、こういった国々では植民地支配は誤りであったという世論工作を行っている。
植民地の件さえどうにかできれば、あとはソ連へ転ぶだろうというスターリンの思惑だ。
ちなみに、植民地の反乱を抑えようとして、これらの国々の中ではもっとも大規模な軍事介入を行ったポルトガルでは独立阻止に失敗したことでエスタド・ノヴォ体制が崩壊してしまっている。
その政治的混乱の最中で、スターリンの指示を受けたポルトガル共産党がすかさず政治の実権を握っているが、些細なことだ。
世論工作が完了すれば、ポルトガルがもっとも早くモスクワ条約に参加してくれるとスターリンは予想していた。
1373年に結ばれた英葡永久同盟は未だに有効であろうとも、それはポルトガルがソ連との同盟を結ぶことを禁止しているわけではない。
「しかし、既にソヴィエトの決定的な勝利が確定したのではないか……?」
イギリス・フランスともにその力を失い、前者はイギリス連邦諸国の後押しがあるにせよ立ち直ることは困難だろう。
アメリカは既にフィリピンが独立を果たしており、また中南米でソ連の支援を受けた反米ゲリラ達との戦いが泥沼化していることから、こちらが終わらなければ外に目を向ける余裕はない。
たとえアメリカが立ち向かってきたとしても、ソ連を屈服させるのは物理的に難しい。
アメリカ側が核兵器の乱れ撃ちでもすれば話は別だが、アメリカにおける核開発はほとんど進んでいないことが現地の諜報員達の情報により判明している。
もしもソ連がアルザマス16にて核開発を行っていることが、アメリカに漏れていたとすればこんなにのんびりとしてはいないだろう。
一方でソ連側は3年以内に核実験を行う予定だ。
この実験は大気への汚染を最小限に抑える為に地下で行われる。
しかし、まだまだ小型化には程遠く、繋ぎでしかない。
本命は大陸間弾道ミサイルをはじめとした各種ミサイルの弾頭に積める程に小型化・多弾頭化したものだ。
これらを誘導する為に全地球測位システム――レゲンダと呼称されるシステムの研究開発も進められている。
とはいえ、スターリンは史実のような世界を何回も滅ぼせる程の核戦力を揃える必要はないと判断しつつも、弾道ミサイルに関してはその性能向上に努めるべきだとしている。
人工衛星の打ち上げや宇宙開発を目的としたものであり、将来的には宇宙軍が誕生することになる。
「……勝ったな」
スターリンは腕を組んで、呟いたのだった。
そろそろ完結が近い。