あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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スターリンの悪巧み

「快速戦車を開発・量産するのは良いが、あくまで少数に留めるべきだ」

 

 スターリンの言葉にトゥハチェフスキーは顔を顰める。

 

 彼の構想している理論では快速戦車こそ主力となるものだからだ。

 それをスターリンが知らないわけがなく、以前に対話した際、彼は戦車部隊を先頭に立てて、砲兵及び航空機の支援によって敵戦線を突破することは可能であるか、と問いかけてきたくらいだ。

 

 執務室にはスターリンとトゥハチェフスキーの2人しかいない。

 あのスターリンが護衛も無しに誰かと1人で会うなんて、と当初は驚いたものだが、今ではすっかり当たり前の光景となっている。

 

 今回、トゥハチェフスキーがスターリンに面会を求めたのは予算の陳情である。

 快速戦車の開発・量産の為に予算を求めた彼に対し、スターリンの回答は冒頭のようなものであった。

 

「その理由は?」

 

 トゥハチェフスキーは躊躇なく問いかける。

 これもまた以前では考えられないことだが、今ではすっかりおなじみの光景だ。

 以前と比べてスターリンは物分りが遥かに良くなり、ちゃんと人の意見を聞き、その上で自らの意見が誤っていれば修正できるようになっていた。

 

 トゥハチェフスキーは勿論のこと、誰にとってもこの変化は非常に好ましいと感じ、遠慮なく質問や意見をしている。

 

「とても簡単な話だ。技術はあなたが思っている以上に進歩が早い。現時点であなたが要求する性能を満たした戦車を得られたとしても、それは1年後には立派な旧式戦車だ。戦時なら最悪半年でそうなる可能性もある」

 

 スターリンの言葉にトゥハチェフスキーは納得を示しつつも、更に問いかける。

 

「それではいつまで経っても開発ができないのでは?」

「一歩どころか二歩程先の要求を出せばいい。それを本命とし、それまでは繋ぎとして考えよう」

「あなたが考える性能は?」

「攻撃力・防御力・速力、それが全て高い次元で纏まったものだ。歩兵支援から対戦車戦闘まで、何でもこなせる戦車……主力戦車とでも呼ぶべきものを用意しておけば戦略的・戦術的に扱いやすく、そして整備や補給においても効率が良い」

 

 トゥハチェフスキーは確かに、と頷きながら更に踏み込む。

 

「具体的には?」

「できれば100mmの戦車砲を搭載し、避弾経始を重視した傾斜装甲、速力は不整地で時速30kmは欲しい。ガソリンエンジンは燃えやすいと聞くから、ディーゼルにしたい。そして重量としては50トン以内に収めれば問題はない。あまり重すぎると故障を起こしやすくなるだろうからな」

「……50トンでも十分重すぎる気がしますが」

「10年か15年先ではそのくらいが主流になっているだろう。無論、繋ぎとしては76mmの主砲を搭載した、30トンそこらの戦車で構わない」

「同志書記長、今の戦車がどのくらいの重さか、ご存知ですか? 10トンに満たないものばかりです」

「それは意味のない質問だ。なぜなら、戦車の主砲と装甲は恐ろしい勢いで増大する。あっという間に100mmクラスの砲を撃ち合うことになるだろう……私が求めるものがどういうものか、絵を描いてみよう」

 

 そこまで頭の中にあるのか、とスターリンの言葉にトゥハチェフスキーは思ったが、どういうものか見てみることにした。

 

 スターリンはメモ帳にすらすらと戦車を描いていく。

 それを見てトゥハチェフスキーは目を丸くする。

 

 絵自体は上手いとも下手とも言えないが、それでも特徴はよく分かる。

 

 全周旋回砲塔、同軸機銃、大型転輪。

 全体的に丸っこい印象を受けるのは傾斜装甲によるものだ。

 

「これはT-34と名付けよう。他にもこういうのも……」

 

 スターリンは史実におけるT-54、T-62、T-72と更に3種類の戦車を描いてみせる。

 T-34を順当に強化・発展させているようにトゥハチェフスキーは見えた。

 もっとも、一見同じように見えるが砲塔や車体が少し違う。

 

 到底素人の考えには思えないが――どこかで勉強でもしたのだろうか。

 

 彼がそう思っているとスターリンは告げる。

 

「この戦車の車体に大口径の榴弾砲や大口径の迫撃砲を搭載すれば自走化した砲兵を構築する為には効率的だと思う。技術的に可能かどうかは検討してみねば分からないがな……」

 

 そこで彼は言葉を切りつつ、更に続ける。

 

「戦車や自走化した砲兵・迫撃砲の速度に追随できるよう、歩兵の1個分隊をまるごと車内に収容し、戦闘にも参加可能な火力及び機関銃弾ならば跳ね返せる程度の防護力、戦車と同じく装軌式とすることで悪路走破性を高めたもの……歩兵戦闘車とでも呼ぶべきものが必要だろう」

 

 そして、スターリンはメモ帳に描いてみせる。

 しかし、トゥハチェフスキーには小口径砲を積んだ戦車にしか見えなかった。

 

「とはいえ、これを全ての部隊に配備することは、おそらく予算的な意味で不可能だ。装輪式の装甲兵員輸送車も同時並行で開発すべきだろう」

 

 大口径機関砲を全周旋回砲塔に搭載していると思われる8輪の輸送車がスターリンによって描かれるが、トゥハチェフスキーは奇妙なものを見たような顔だった。

 彼の表情を見て、スターリンは苦笑しつつも問いかける。

 

「こういうものを目指してみてはどうかね? 他にもロケット砲とか色々と……」

「技術的に可能とは思えないのですが……?」

「今は無理でも将来必ず可能となる。いきなりこれを作ろうとはせず、技術的成熟に努めつつ、技術者達と協議を重ねてやれる範囲でやってほしい。失敗しても構わない」

 

 スターリンがそう言うならば、とトゥハチェフスキーはやってみることにした。

 

「担当者を早急に各国へ派遣し、技術調査の為に各国の戦車の購入や生産権の取得を開始することにします」

「担当者とはハレプスキーかね?」

「はい」

 

 トゥハチェフスキーの肯定にスターリンは満足げに頷く。

 赤軍兵器本部機械化自動車化局の局長がハレプスキーだ。

 

「予算に上限はない、と彼に伝えてくれ。こちらで何とかしよう……そういえばジョン・クリスティーというアメリカ人の発明家が面白いものを研究しているらしい。訪ねてみるよう、伝えておいてくれ」

「分かりました」

 

 いったいスターリンはどこから情報を得ているのだろう、とトゥハチェフスキーは不思議であったが、踏み込みすぎても危険だ。

 

 ソヴィエトでうまくやっていくコツは、スターリンの機嫌を損ねないことであるのは今も昔も変わっていなかった。

 

「ところで、そう遠くないうちに赤軍の改革を行おうと考えている。現状では赤軍の中に陸海空の全てが置かれているが、私としては本格的な外洋海軍及び戦略的な空軍を育成したい。各軍はそれぞれ独立し、独自に作戦行動を行うが、必要に応じて緊密に協力することでより高度な作戦目標を円滑に達成できると確信している」

 

 

 基本的にソ連においては海軍や空軍は陸軍に従属するという考えだ。

 しかし、スターリンとしては三軍は同じ立場であった方が良いと思っているようだ、とトゥハチェフスキーは察する。

 

 陸で負けては全てが終わる為、彼としては現状の方が良いのではないか、と思いつつ問いかける。

 

「その必要性は理解できますが……予算の取り合いになりませんか?」

「現状でも似たようなものだろう。それにこうする理由は他にもある……例えばだがアメリカがイギリスと組んでソヴィエトへ挑戦をしてきた場合だ。彼らは強大な海軍力・空軍力を背景に多数の兵士を送り込んでくる……わざわざロシアの大地を踏ませてやるよりも、海上で輸送船ごと沈めたほうが効率が良いだろう」

 

 そう言われるとトゥハチェフスキーは沈黙せざるを得ない。

 スターリンの口ぶりは確信めいたものがあり、将来そうなる可能性が高いと考えているようだ。

 

 トゥハチェフスキーとしても、それを否定できる材料がない。

 

「何よりもソヴィエトが大国であり続ける為には、柔軟な対処能力を備え、均整のとれた海軍及び空軍を保持すべきだと思う。無論、それでも優先するのは陸軍だ。そこは安心して欲しい」

 

 スターリンの言葉にトゥハチェフスキーは溜息を吐いてしまう。

 どうやら自分を今の地位に就けた狙いは、ここにあったのではないか、と。

 

 赤軍から海軍及び空軍を分離・独立させる。

 トゥハチェフスキーならば、これによって湧き上がる赤軍内部の不満を抑えることができるのだろう、とスターリンは考えたに違いない。

 

 さすがにトゥハチェフスキーもスターリンがそんなことを考えているとは予想もできなかった。

 しかし、彼とてやられっぱなしではない。

 

「あなたが述べたロケットに関してですが……専門の研究所設立を望みます」

「無論だ。大いにやり給え。ツィオルコフスキーを誘うことは忘れないように……予算は何とかする」

 

 あっさりと許可を出したスターリンにトゥハチェフスキーはもうちょっと欲張っても良いかと思いつつ、尋ねる。

 

「できれば空挺軍に関しても……」

「当然だ、やり給え」

「……予算は大丈夫ですか?」

「それは私の仕事で、あなたが気にすることではない。ただし、平時に部隊数を増やす場合は相談してくれ。平時は予算の大部分を技術の研究開発やそれらを使用した兵器の開発・試験、基地の整備や効率的な教育・訓練方法の構築などの戦時にはできないことをやってほしい」

 

 そう答えるスターリンにトゥハチェフスキーは頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥハチェフスキーを見送った後、スターリンはあの言葉を言えなかったことを悔しがった。

 

「君達は何故、戦車の中に百貨店など作ろうとするのか……ああ、言っておけば良かったか……? いや、話の流れ的に多砲塔戦車なんぞ出てきていないから無理だな」

 

 トゥハチェフスキーが求めていたのは史実におけるBT戦車だが、それよりも一足早くT-34を提案したことで、大きく変わるだろう。

 独ソ戦が始まれば、攻撃力も防御力も不十分なBT戦車は一瞬で駆逐される。

 T-34をスペイン内戦に投入できる可能性もあるが、投入できたとしてもドイツ・イタリアに警戒されることを防ぐ為に少数にするべきだと判断する。

 

 といっても、技術的経験の必要性からBT戦車は出てくるだろう。

 しかし、その生産台数はなるべく抑えるつもりだ。

 

「何はともあれ、科学者や技術者達にもこれまでよりももっと支援する必要がある。本当に財源の確保が大変だ」

 

 石油をはじめとした天然資源をドイツに売りつけるのは危険だが、日本に売るのはアリではないか、とスターリンは思う。

 といっても、大きく稼ぐチャンスはある。

 

「資本主義の中心地で、スターリンが誰よりも稼ぐ……誰も予想できないだろうな」

 

 これにはアーマンド・ハマーの尽力が大きく、彼は昔からアメリカとソ連を繋ぐ架け橋だ。

 彼によって設立されたアムトルグ貿易会社はアメリカにおける最初のソ連貿易代表部となっている。

 未だ国交がアメリカとはない為、特に重要な会社であり、同時にOGPUの活動拠点でもある。

 

 そんなスターリンは今、株式取引をアメリカにて現地に滞在している代理人を通じて行っていた。

 今現在、どんどん値上がりしていく株を片っ端から買い漁っており、これらを1929年9月のはじめくらいに全て売り払う。

 その後、株価はどんどん値下がりし、10月29日――悲劇の火曜日と呼ばれる24日よりも遥かに壊滅的な下落が起きたときに売り払った時に得た資金を元手に片っ端から買い漁る。

 そして、市場が回復したときに全て売り払う。

 また市場が荒れてアメリカ経済が大変なことになってしまうかもしれないが、資本主義者へ攻撃ができるので共産党的にはむしろ歓迎すべきことだ。

 

 スターリンの懐は誰よりも潤い、更には資本主義者達に大打撃を与えられる一石二鳥の作戦。

 未来を知っているからこそできる、臨時予算の確保である。

 ちゃんと起きてくれるかどうかは博打であるが、やらずに後悔するよりもやって後悔した方がいいとスターリンは考えていた。

 

 

 もっとも、彼は不況に喘ぐアメリカ企業の製品――特に様々な工作機械を多数買って支援しようと考えている。

 アメリカにある工場をまるごと買い取って、その中の労働者も含めた全てをソヴィエトに持ってこようと思っていたりする程だ。

 それは流石に無理であっても、買えるものは買ってしまおうと企んでいるのは確かである。

 

 ソヴィエトの基礎工業力の強化・拡充の為にはできることは何でもする必要があった。

 無論、工作機械だけでなくその保守・整備から工場の運営・管理におけるノウハウなども纏めて得たいが、こちらは該当する者を片っ端から雇用すれば良いと思っている。

 失業者は膨大であり、そこには単純労働者以外の者も含まれているだろうことは想像に難くない。

 

 ソヴィエトに連れてくるのは難しくとも、現地にこちらから人員を派遣して学んでくればいい。

 

「アメリカのように一定の品質を保った製品を効率的に大量生産できるようにならなければならない。無論、保守・整備も万全でなければ……」

 

 それを行い、内需の育成に努めればソヴィエトはやっていけるとスターリンは思う。

 国土も人口も資源もある。

 気候的に厳しくとも、伸びる余地は大いにあると彼は確信していた。

 

 有事の際には党が介入できるという前提の上で、国民が様々なものを私的に所有することを認めたいとスターリンは思っている。

 労働意欲を高める為には個々人の欲望を刺激せねばダメだと彼は考えていた。

 といっても、さすがにこれはハードルが高く、少しずつ私的所有の範囲を広げていき、それによって生産効率が高まっていることを数字で出さねば無理だろうとも予想していたのだった。

 

 

 


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