あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

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短め。


スターリン式安定財源確保法

 株価暴落を利用した一時的に稼ぐ手段はあれども、あぶく銭に過ぎず安定的な財源確保はソヴィエトにおいて急務であることに変わりはない。

 故にスターリンは幾つかの命令書にサインをし、それらはただちに実行された。

 

 それはコルィマ川流域における金の採掘であり、その為に政治犯をはじめとした囚人達を使用する。

 彼らは今やソヴィエトにおける貴重な無償労働者達であり、各地の収容所から送り込まれることとなった。

 また可能な限りの物質的支援を行い、長く無償労働をしてもらわねばならない。

 

 使い捨てにするには簡単だが、それでは時間と共に採掘量が落ちてしまう。

 今後も国内において犯罪は起きるだろうから、片っ端から犯罪者をコルィマへ送ることも命じてある。

 といっても、窃盗などの軽犯罪でシベリア送りはさすがに可哀相であるが、スターリンは軽犯罪以外の罪――特に労働法の悪質な違反者に対しては容赦しないよう命じてある。

 

「労働法を大きく違反する連中は例外なくコルィマに送ってやろう。労働者を奴隷のように扱う経営者はコルィマで良き労働を経験することで、労働者の気持ちがよく理解できるようになる」

 

 スターリンとしてはコルィマの金採掘によって、安定的な財源の一つを確保できると踏んでいる。

 一方で彼はカネの掛かることをやろうとしていた。

 

 それはソヴィエト全土における資源調査だ。

 この広大な国土には未発見の天然資源が眠っていることに間違いない。

 下手な埋蔵金を探すよりもよっぽど見つかる可能性は高いだろう。 

 

 故に、資源調査5カ年計画なるものをソ連国家計画委員会――ゴスプランに立案させている。

 ゴスプランは本来なら生産計画を決定する為に設立されたものだが、スターリンによってその性格を大きく変えられてしまっていた。

 今のゴスプランは民間では採算が取れないもしくは、取れるようになるまでに必要な資金や時間が掛かりすぎて手を出しにくいことを計画・実行するものとなっている。

 ソ連の良いところは、短中期的には利益とならない分野に予算と人手を大量に注ぎ込めるところだ。

 資源調査だけでなく、冶金や石油精製といった工業の基礎となる諸分野への支援・強化計画は既に始動している。

 既に財政がちょっと苦しいものの、やらなければならないことだ。

 

 

 これまでのところスターリンの方針転換に表立って反対した者はトロツキー以外にはいない。

 だが、念の為にスターリンは思想的な反対派が密かに現れた場合は迅速に処理するよう、メンジンスキーに命じてあった。

 

 これによって政治犯として逮捕される者が少しだけ増えたらしい、とスターリンは小耳に挟んだものの、主要なメンバーが逮捕されていない為、特に問題はない。

 ブハーリンをはじめとした面々こそ、ソヴィエトには必要だ。

 

「日本に石油を売りつけることもせねばならない。だが、ドイツもヒトラーが政権を握るまでは仲良く……むしろ、それまでに連中から毟り取れるだけ毟り取ってやらねばならん」

 

 世界恐慌が起きたら、ドイツ人の失業者――特に科学者や技術者達をソ連で雇用してやろうと考えていた。

 むしろ、ドイツに限らず列強諸国の科学者や技術者達を支援し、取り込んでしまった方がいい、とスターリンは考え始めている。

 

 その為にも資金は必要だ。

 カネ、カネ、カネと世界で一番お金のことを考えている妙な自信が今のスターリンにはある。

 

 まず確実に利益が上げられる日本との貿易を優先しよう、と彼は先月に外相となったリトヴィノフを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 モスクワをはじめとした主要都市では物不足が解消されつつあり、それは地方都市や街、村へじわじわと広がりつつあった。

 

 通りを行き交う人々の表情は明るい。

 色々と制限こそあるものの、それでも以前と比べて緩和されている。

 働き口はどこにでもあり、また生活必需品がどの商店の棚にも多く並んでおり、お金を出せば欲しい物が買えるという状況だ。

 

 帝政時代や革命による混乱を乗り越え、第一次五カ年計画の始動によってようやく国民は一息つくことができた。

 

 ソヴィエトの目標は万人が平等に貧乏になるのではなく、万人が平等に豊かになること。

 また勤勉である者が称賛され、より多くの報酬を得ることだ――

 

 スターリンとしては、史実における戦後日本のように1億総中流となることが目標だが、さすがにそんなことを言うわけにもいかない為、上記のように言い換えた形だ。

 

 この言葉はプラウダ紙のトップに掲載され、共産党員には勿論、民衆にも広く支持された。

 誰だって貧乏から脱したいのは当たり前のことで、生活を良くしたいが為に帝政を打ち倒したのだ。

 

 スターリンは今後の展望について、全人民に衣食住を安定供給すること、自動車が行き渡るようにしたいなどを語った。

 

 民衆は現実に物不足が解消され始めていることから、これを真実だと確信する。

 スターリンとしては民衆の欲望をほんの少しだけ刺激したに過ぎないのだが、効果は絶大であった。

 

 それだけでなく、娯楽的な雑誌をはじめとした様々なものがスターリンの肝入りで次々と許可された。

 労働の合間に娯楽による息抜きは必要だというのが彼の理論であり、労働生産性が低下すると実務的に反対した者達は睡眠・食事・風呂以外の全てを仕事に費やす生活を1ヶ月程体験してもらうことで、納得してもらった。

 

 いっそ殺してくれ、と体験した者達が呟いていたことを彼らの同僚達は忘れることはないだろう。

 

 そして、スターリンが国民に与えたもっとも大きな娯楽は別荘(ダーチャ)だ。

 さすがに土地の私的保有は認めなかったが、土地の用益権を格安で希望者に与えることが法制化された。

 土地は有り余っている為、一家族に対して相当な広さの土地が割り当てられた。

 何もない土地を自分達で少しずつ開拓していく――生死が掛かっているならば話は別だが、娯楽としてやるならば最高のものだ。

 

 

 表立って思想的に反対する者はおらず、目立たないところで反対する者はOGPUによって処理されるか、シベリア送りとなる。

 実務的に反対する者にはそういったことはない為、スターリンとしては大きな譲歩であった。

 

 

 

 

 そして、思想的に真正面からスターリンを批判したトロツキーは中央アジアのアルマ・アタに追放されたのだが――

 

 

 トロツキーはアルマ・アタの駅で列車から降りた。

 周囲は人払いがされているのか人気がなく、スターリンはまだ自分を殺すつもりはなさそうだと判断する。

 

 そもそも奴が殺るつもりならモスクワでそうしている筈であり、こんな僻地でやるようなことはしないだろう――

 

 彼はそう思いながら、駅のホームから階段を使って降りようとする。

 そのとき、階段を登ってくる男達がいた。

 

 その顔はアジア系だ。

 トロツキーは念の為に彼らから距離を置こうとすると――彼らは彼へ近寄ってくる。

 

「何をする!」

 

 トロツキーが大声で叫ぶも、もはや遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「同志スターリン、昨日トロツキーがアルマ・アタの駅にて、階段で足を滑らせ転落死したとのことです。現地のOGPU職員により確認済みです」

 

 メンジンスキーの報告にスターリンは軽く頷き、告げる。

 

「奴は本物の天才だった。私とは相容れないところもあったが、死者に鞭打つことをするべきではない。彼が安らかな眠りにつくことを祈ろう」

「発見者及び救護しようとした者達はどうされますか?」

「果敢にも人命救助を行おうとした者達だ。謝礼金を支払っておきたまえ」

 

 スターリンもメンジンスキーも、実際にはどうであったかは百も承知だ。

 メンジンスキーにより手配されたOGPU職員により、トロツキーは粛清された。

 スターリンの謝礼金とは彼らに対して臨時賞与を支給せよ、という意味だった。

 

 




スターリン「残業代未払いなども含めて労働法を大きく破る連中は全員シベリア送り! 労働者の気持ちを分からせてやる!」

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