あなたがスターリンになったらどうしますか? 作:やがみ0821
スターリンによる方針転換はソヴィエトにおいて全ての人民に歓迎された。
勿論、その中には善良な市民だけではなくマフィアも含まれる。
彼らの起源は古く、15世紀もしくは16世紀頃から現れた犯罪者集団だ。
荒っぽいことで知られていたが、共産党やOGPU、赤軍内部にも仲間を潜り込ませていることで、手を出せないようにしていた。
彼らはスターリンの穏健な方針を嘲笑いつつも、大きく利用し始めていた。
その商売は多岐に渡るが、特に大きなものは新興の商人や実業家の家族を誘拐し、身代金を要求するというものだ。
期日までに支払わなければ首を斬り落としてお返しするという、恐ろしいやり方だ。
そういった商売を利用し、彼らは肥え太りつつあったのだが――
「同志書記長、これらが汚職者の一部です」
「……予想以上だな」
メンジンスキーが提出してきたリストの束を眺めながら、スターリンは呟いた。
見たところ、ブハーリンをはじめとした消えてもらっては困る人物達は含まれていない。
だが、それでも地方だけでなく中央でも、ちょっとした地位に就いている者も多い。
調査を命じて1年程でこれだけの人数を調べ上げたのは大したものだが、スターリンとしては汚職がこんなに蔓延っていることに溜息が出てしまう。
おそらくマフィアが絡んでいるのだろうと彼は予想しつつ、問いかける。
「一部ということは、これ以外にも?」
「はい。我々も調べていて目眩がしそうになりましたが……」
「だろうな。私も君と同じ気持ちだ」
スターリンはそう答えながら、リストの束を執務机に置いた。
「率直に尋ねる。全体では1万を超えるか?」
「現時点で軽く超えています。もっと増える可能性も高いかと」
「私はなるべく穏やかにやりたいのだが……人民の敵に対して容赦するわけにはいかない」
スターリンの言葉にメンジンスキーは何も言わず、ただ次の言葉を待つ。
「私は今回の件にあたって適切な人物を知っている。まだ若いが……」
「その男とは?」
「ニコライ・エジョフだ。彼が今いるのはOGPUとは違う部門だが、職務に忠実であると聞いている……身辺調査を行い、問題がなければ任せようと思う。エジョフがいる間、君は一時的に別のところへ転属する形になるが、終わればまた戻す」
「分かりました」
メンジンスキーの返事を聞きながら、スターリンはあることを伝える。
「ちょうど良い機会だ、組織改革を行いたい」
スターリンはそう言葉を締めくくりながらも、NKVDの創設を史実よりも早めることに決めた。
3ヶ月以内には全てを整え、NKVDとしよう。
NKVDで粛清といったらエジョフである、というスターリンの個人的な思いであった。
ニコライ・エジョフがスターリンから直々に呼び出されたのは1928年9月のことだ。
昨年の10月より始まった第一次五カ年計画は順調に進捗し、エジョフが務めている農業部門も色々と忙しい。
史実的には第一次五カ年計画が始まるのは今年の10月のことであったが、そんなことはエジョフの知る由もない。
彼が知っているのはスターリンが方針転換をしたこと、彼が主導してブハーリンらと協議の上で第一次五カ年計画を作成・実施したことだ。
さて、エジョフが執務室を訪れると、スターリンは笑顔で出迎えた。
「やあ、エジョフ。君については色々と聞いているよ」
「同志書記長、ありがとうございます」
機嫌が良いスターリンにエジョフは素直にそう答える。
そんな彼にスターリンは更に告げる。
「職務に忠実であり、汚職や犯罪者集団との繋がりもない。実に素晴らしい」
「もったいない御言葉です、同志書記長」
そう言いつつもエジョフは確信している。
出世の話である、と。
実のところ汚職以外のことを彼はしているのだが、それでも今のところは無理に関係を迫ったりはしていない。
彼は異性愛者であるが同時に同性愛者でもあった。
いわゆるバイセクシャルであり、更に彼は中々の変態行為を好んだのだ。
といっても、合意の上であるなら一応は問題ない。
メンジンスキーによる調査では、エジョフはマフィアとの繋がりはないし、汚職もしていない。
彼の性癖が未来を先取りしているという程度だ。
「では本題に入ろう。君にはNKVDで働いて欲しい。用意するのは長官の椅子だ。現長官のメンジンスキーは君が仕事を終えるまで、別のところへ転属となる」
予想外の出世にエジョフは思わず笑みを浮かべてしまう。
しかし、スターリンはそれを見て満足気に頷きつつ、更に言葉を紡ぐ。
「無論、君が私から与えられた仕事をこなせばNKVDからは抜けることになるが、別の椅子を用意しよう。この提案、受けるかね?」
提案とスターリンは言っているが、実質的には命令である。
エジョフには元気良く告げる。
「勿論です、同志書記長! 私にやらせてください!」
「それは良かった。君なら万全だ。君は背が小さいかもしれないが……」
スターリンはそう言いながらエジョフへ近づき、握手の為に手を差し出した。
エジョフは驚きながらも、その手を両手で握る。
「君の手は頑丈そうだ。この手で私の命令を実行して欲しい。君には色々と苦労を掛けるが……」
「そ、そんなことはありません!」
エジョフはそう答えるとスターリンはうんうんと何度も頷き、彼から手を離す。
「君の仕事を伝えよう。犯罪者集団とつるんでいる人民の敵をその集団ごと処理したまえ。多少の冤罪は構わん。改心の為に良き労働を経験させたいが、抵抗する場合は人民の敵となったことを後悔させるように。詳しいことはメンジンスキーから聞き給え」
スターリンの命令を受け、エジョフは大きく頷いて、駆け足で執務室から出ていった。
彼を見送ったスターリンは呟く。
「君がやりすぎてしまった場合、用意する椅子は電気椅子かもしれんがな」
どんな椅子かは伝えていないから嘘は言っていない、とスターリンは思いつつ、リストに彼が個人的に追加させた人物達に思いを馳せる。
以前、トロツキーと組んで合同反対派を結成したカーメネフやジノヴィエフといった者達から、反対派ではなかったものの、トロツキーと親しかったり、彼の思想を支持していると思われる者達やスターリンから見て邪魔な古参党員達がリストには追加されている。
更にはトゥハチェフスキーにも事前に尋ねて、彼の改革に反対をしている将校達をリストに追加してあった。
スターリンは今回の粛清によって纏めて始末しておけばこれからの様々な計画がスムーズに進められる上、無償の労働力を得ることでき、更には彼らの財産を没収することで臨時予算までも得られる。
一石二鳥どころか一石三鳥というのは滅多にないことだ。
「エジョフがどこまでやるか、見てみよう」
スターリンはそう呟き、執務へ戻るのだった。
スターリンから大きな期待を掛けられたエジョフはNKVD長官となり、早速その手腕を発揮し始めた。
彼はリストに載っている人物達を誰であろうが逮捕し、
更に彼はスターリンの指示によって、NKVDにマフィアへ情報を流す者が新たに出ないよう二重三重の監視体制を構築し、怪しい動きをした者を人民の敵として処理した。
第二次五カ年計画の重工業育成に関しては没収した財産を予算の足しにして行われる。
そして、今回得た無償労働者達はシベリア鉄道の複線化工事に送り込まれることとなった。
なお、スターリンの指示により、重工業に関しては当初考えられていたコンビナート方式ではなく、コンプレックス――地域生産複合体を目指していた。
1970年代になってからソ連においてコンビナートからコンプレックスへ転換されるのだが、それなら最初からやっといたほうがいいだろうというスターリンの判断だ。
広い国土の各所に均等に生産拠点を配置することで、原料・燃料・工場を有機的に連携させようという構想があり、コンビナートとはこの均等に配置される生産拠点のことだ。
しかし、原料・燃料・工場はそれぞれ非常に離れている。
極端な例を出せば中央アジアで取れた原料をヨーロッパまで輸送して加工するようなものだ。
原料の輸送コストがどうしても高くなってしまうのは明らかであった。
一方、コンプレックスは戦後日本における石油化学コンビナートみたいなものだ。
原料の生産地域あるいは輸入した原料が荷揚げされる港湾周辺地域に関連する様々な工場を集結させるというのがコンプレックスである。
どちらが効率的かは明白だろう。
エジョフの成果次第だが、彼がもしやり過ぎた場合はすぐに電気椅子をスターリンは用意するつもりだ。
その為、彼にはどこの誰を処理したのか、リスト化した上で口頭にてスターリンは報告させていた。
そして、エジョフは2年に渡って仕事を行い、リストに載っていた全ての人物及び疑わしい者達について処理を終えた。
粛清の対象者は雪だるまのように膨れ上がっていき、最終的には70万人にも上った。
それらはリストに載っていた者やスターリンが追加した者達やマフィアの構成員を除けば、マフィアとの関わりを疑われた人物であり、党員も軍人も市民も疑われればすぐに逮捕された。
冤罪もあったものの、それでも史実の大粛清のように無差別にやったわけではない。
それがよく分かる例が赤軍である。
トゥハチェフスキーの改革を邪魔する者達や実際にマフィアとの繋がりがあった者達、冤罪を掛けられてしまった者達は将官・佐官・尉官まで含めた将校全体としては極少数であり、史実のようなとんでもない人数が粛清されたわけではなかった。
仕事の完了後、エジョフに用意された椅子は電気椅子ではなく、NKVD長官と比較すると幾分見劣りするものの、農業人民委員代理――他国でいうところの農業次官――という良いものであった。
元々農業部門の出身であった為、エジョフとしては古巣に帰った形であり、その一方で予定通りにメンジンスキーがNKVD長官に復帰した。
そして粛清の完了後、人民に対してスターリンは次のように声明を発表した。
人民の敵に対して私は容赦しない。
犯罪者集団やそれに関わりのある連中は、どこにいようとも追いかけ、見つけ出し、その息の根を止める――