あなたがスターリンになったらどうしますか?   作:やがみ0821

9 / 33
あとがきに人によっては駄目かもしれないネタあり。


スターリン、紳士に仲裁を依頼する

「コーバ、日本では粛清の嵐が吹き荒れたようです」

 

 モロトフの言葉にスターリンは軽く頷いてみせる。

 彼もまた報告を受けていた。

 

 関東軍が暴走しかけた先の事件を日本側は重く受け止め、関東軍司令部のほぼ全員が更迭され、降格の上に予備役とされていた。

 

 彼ら――石原莞爾と板垣征四郎も当然それには含まれており、首謀者である2人及び謀略に携わった者達に対して政府及び陸軍の反応は非常に冷淡であった。

 一歩間違えればソ連との戦争となるかもしれず、対ソ戦を主張している者達――皇道派――とて、自分達どころか政府も陸軍中央も預かり知らぬところで勝手に戦端が開かれるなど、言語道断であった。

 

 一方のスターリンは日本とぶつかるのは得策ではないことを言葉でもって示す。

 

「日本とは仲良くした方が良い。あの軍事力は侮れない。特に海軍は」

 

 断言するスターリンにモロトフは頷き、肯定する。

 そして、彼は肩を竦めてみせながら問いかける。

 

「しかし、コーバ。まさかあなたがあんなことを考えていたなんて、予想もつきませんでしたよ」

「そうかね? 誰だって思いつくだろう」

「それはそうですが……実行しようとは思いませんよ。占領した満州を経済特区として、他国企業を呼び込もうなんて」

 

 経済特区――その名の通りであり、諸国との窓口的な意味合いであると同時にソヴィエト企業を進出させ、外国企業と切磋琢磨させて技術力・生産力向上を果たすのが目的だ。

 

 

 なお、今回占領したのは満州北部であるが、そこには北部とは言い難い場所も含まれている。

 地図でみれば内部に大きく食い込んだ形となっており、スターリンとしてはその食い込んだ地域がもっとも重要であると考えていた。

 

 史実では大慶油田及びそこから南にある総称して吉林油田と呼ばれる油田群だ。

 

 油田があると知れば目の色を変えるのが列強である。

 

 故にスターリンは赤軍を駐留させると強硬に主張しつつも、密かに今回の一件に関する仲裁依頼と経済特区構想について、リトヴィノフ及びブハーリン、コンドラチェフをイギリスへ派遣している。

 

 イギリスである理由は世界各国――特にアメリカに対して外交的に働きかけることができ、また自国に利益があるとなれば取引相手が誰だろうが必ず乗ってくるというスターリンの予想だ。

 

 今のところイギリス政府の反応は期待したものではない。

 どう動けば良いか見定めている段階であると予想できるが、油田が見つかったという報告を聞いた瞬間に手のひらを返すのは間違いない。

 

 スターリンは専門家及び機材を総動員し、既に送り込んでいた。

 邪魔をされぬようNKVDと赤軍が彼らを十重二十重に守っている為、手を出されることもない。

 

 なお、経済特区構想について資本主義的だと批判が出たものの、そう言った連中は2週間以内に不運にも事故死してしまった。

 

「イギリスに頼み、早期にアメリカとの国交樹立及び満州へのアメリカ企業誘致を目指す。アメリカ以外にも各国の企業を呼び込もう。皆で分け合えば問題はない」

 

 石油があれば日本はそもそも対米開戦に踏み切らなかった可能性が高い。

 日米が戦わず、WW2がヨーロッパだけに収まると歴史は大きく変わるだろう。

 といっても、基本的にドイツがどう動くかによるのだが――最近の情勢を見る限りでは、ヒトラーが出てくるのは確実だ。

 

「コーバ、あなたはどういう未来を想定していますか?」

 

 モロトフの問いにスターリンは少しだけ考えて告げる。

 

「最低でも21世紀までソヴィエト連邦を大国として存続させることだ。私が死んだ後は知らん、と無責任なことをするわけにもいかない」

 

 後継者についても色々決めておかねばな、とスターリンは思いつつ、フルシチョフとブレジネフに権力を渡すつもりはまったくない。

 コスイギンが妥当なところで、彼には早い段階から後継者を育成するよう伝えておくべきだろう、とスターリンは考える。

 

「ところで中国共産党の面々を招待する件の進捗は?」

「予定通りです。コーバが望んでいた毛沢東なる輩もこちらに来ます」

 

 モロトフの答えにスターリンは満足げに頷いてみせ、言葉を紡ぐ。

 

「蒋介石も彼らが消えれば、今回の一件に関しては手打ちとしてくれるだろう」

「もしも、そうならなければ?」

「列強で分割すればいいだろう。その際はアメリカを巻き込むことが大前提だがな……中国は1つに纏まると碌な事にならん」

 

 スターリンは断言するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ソ連が派遣した専門家チームによって油田が発見されたのは1931年11月のことだった。

 元々この地域に集中的に人手と機材が投入されており、片っ端から掘り返していた為、僅かな期間での発見となった。

 スターリンの命じるがままにやったことであるが、どうしてそれを知っているのか、疑ってしまうと命が危ない。

 エジョフによる粛清後も犯罪組織と繋がっていたなどの理由で、メンジンスキーの指揮下で断続的に粛清は続いているのだ。

 

 さて、吉林の油田はともかくとして、松遼盆地の湿原にて発見された油田は重質であり、流動点が高いが為、輸送に難があった。

 輸送が問題ならばすぐ近くに製油所などの必要な施設を建設すればいいだろう、とソヴィエトは解決した。

 

 

 なお、油田発見についてはただちに発表されることとなり、イギリスはスターリンが予想した通りに手のひらを返すこととなった。

 

 

 

 

 このとき、ラムゼイ・マクドナルドは疲れていた。

 恐慌の影響から脱却する為、失業手当10%削減などの緊縮財政政策を実施し、金本位制の停止を断行し、ポンドを切り下げて管理通貨制度へ移行したばかりだ。

 来年には保護関税法の制定を目指し、自由貿易主義から保護貿易主義への転換を図る。

 

 そんな矢先にソ連から中国との一件に関する仲裁依頼と経済特区構想を提案してきたのだ。

 そんな暇はない、と切り捨てることはできなかった。

 

 ソ連だけは恐慌前よりも多く、イギリス製品を輸入してくれておりイギリスにとっては輸出超過だ。

 ソ連との貿易はイギリスにおける企業と労働者にとっては唯一の生命線と言っても過言ではなく、それは他国においても同じであった。

 

 恐慌の影響を受けず、成長し続ける――

 

 非常に羨ましいと言わざるを得ない。

 

 

 そのとき、扉が叩かれた。

 彼が許可を出すと入ってきたのは補佐官だった。

 

 血相を変えた補佐官にマクドナルドは不思議に思いながらも問いかける。

 

「何かあったのか?」

「ソ連が占領下においた地域にて油田が発見されました!」

「……何だと?」

 

 マクドナルドはそう答えながらも、ソ連の経済特区構想について考えを巡らせる。

 

 ソ連とイギリスだけでなく、アメリカなどの企業も招き入れて、皆で利益を分け合おうという構想だ。

 ソ連によれば狙うのは未開拓の中国市場であり、そこで得られる利益は計り知れないとのこと。

 治安維持に関しては地理的にもっとも近いソ連軍が主力となるが、それでも各国からも軍の派遣をソ連側は要請している。

 

 ソ連軍だけを駐留させるならば謀略を警戒する必要があるが、そこに他国の軍隊もいるとなれば話は別だ。

 ましてや列強諸国の軍がそこにいるとなればソ連も悪さはできないだろう。

 

 イギリスだけが一人勝ちできないが、ローリスクで確実なリターンが見込める。

 不況に喘ぐイギリス経済を救う一助となる可能性は十分にある。

 

 油田があるならば尚更で、そこに一枚噛ませてもらうことを条件とすれば利益はより増える。

 何よりもまず、経済を建て直すことが先決だ。

 

 保守党のボールドウィンと相談しよう――

 

 マクドナルドは決断した。

 

 

 

 

 この数日後、イギリス政府は中国とソ連に対し、今回の事件に関して仲裁をする用意があると発表する。

 その一方、水面下ではソ連に対して、幾つかの条件と引き換えに経済特区構想への賛同及び実現への協力を伝えたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、世界でもっとも仰天したのは日本である。

 

 満州に石油があったとは寝耳に水であり、石原と板垣はそれを知っていたのではないか、という声が一部で巻き起こる。

 といっても、それもすぐにかき消されてしまった。

 

 ソ連と戦争になっては意味がない為だ。

 戦争になったならば関東軍は一瞬でソ連軍に飲み込まれ、最悪朝鮮半島から日本が追い出されていたことは想像に容易い。

 

 ソ連――ロシアとの緩衝地帯構築に長年苦心してきた日本にとって、それは看過できないことであった。

 

 国民党政府とは原状復帰――柳条湖事件が起きる前の状態となること――で手打ちが済んでおり、関東軍による暴走ということで処断は済んでいる。

 ソ連側も日本の権益を侵そうとは考えていないらしく、満鉄やその鉄道付属地に対してちょっかいを掛けてきてはいない。

 

 日本にとってはソ連の油田発見を悔しく思うものの、済んでしまったことは仕方がない。

 またソ連が満州北部に進出してきた以上、大陸へ深入りすることは間違いなくソ連との全面対決に発展すると予想された。

 

 ソ連と戦ったとしても、日本海やオホーツク海に面した地域を占領するのが精一杯であり、モスクワまで行ってソ連を屈服させるなんぞ到底不可能だ。

 かといって、南に目を向けたとしてもイギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国の植民地とぶつかってしまう。

 

 まずは国内の開発・発展に力を注ごう――

 

 そういう発想に至るのも当然であった。

 




ソ連「中国との仲裁と経済特区構想の参加、頼んます」
イギリス「考えとくわ……(クソ忙しい)(利益になるんか?)(そもそも思想的にアレやし)」
ソ連「占領したとこに油田あったやで」
イギリス「中国とソ連の仲裁をする用意がある!『経済特区構想、いくつか条件呑んでくれたら参加するやで!』」
ソ連「やったぜ」

日本「ぐぬぬぬ……(クソデカ溜息)国内開発しよ……」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。