その日俺たちはただいつもと同じ日々、何のことない日、何のことのない試合の後、何のことのない話をしていた。
「へへっ、柳先輩みました?俺のツイストサーブ!」
「ああ、以前に比べてパワーも上がって回転数も増していた。跳ねる際の角度も5°程鋭くなっていたな」
「ジャッカル!この後駄菓子屋によらね~?」
「桐生、月下美人って知ってるか?この前植えてみたんだ。よければあし・・た・」
「幸村先輩・・?」
スローモーションでゆっくりと先ほどまで試合をしていた体が重力に従って落ちていく。
傾く幸村先輩の体を両手で支える。ガクッと急に幸村先輩の体が脱力していく。
幸村先輩の体を抱え、ゆっくり床に寝かせる。
「幸村先輩?幸村先輩」
何度か名前を呼びかけ、体をゆらすが反応がない。
「どうした?桐生何があった?」
「さっきまで普通に話していたんですけど、いきなり幸村先輩倒れてしまって呼びかけにも反応がないんです」
「脈拍や呼吸数に異常はなさそうだが」
「真田先輩は幸村先輩のご家族に電話してもらっていいですか?俺は駅員さんに説明して救急車呼んでもらってきます」
「ああ。頼んだ。」
今日は他校の練習試合ということもあり、この場にいるのはレギュラーと準レギュラーくらいのものだ。混乱している部員の統率は柳先輩に任せて救急車を呼んでもらった。
最初ただの貧血だと聞いていたがその後原因不明の病気でテニスも2度と出来ないかもしれないらしいと真田先輩から聞いた。
まぁ、かといってあんまし狼狽るのも違う気がするし、いつも通り過ごしてると桐生は幸村部長に散々お世話になってるくせに薄情なやつだと部活の奴らに陰口叩かれてた。
そんな声も無視して、ふとそういえば幸村部長が楽しみにしていた、月下美人はどうなったのかと気になった。
まだ植えたばかりだし、ちゃんと手入れしなければ花は咲かないだろう。
月下美人だけじゃなくてどの花達も幸村部長が手入れしなかったらどうなるんだろう。
幸村部長の家族はガーデニングの知識とか全然ないし、手入れもしないって言ってたっけ。
家に向かうはずの足が踵を返す。
「あら、あなた・・・桐生君?」
「こんにちは」
その日から俺は毎日部活後に幸村部長の家へ行き、庭の手入れをするようになった。ついでに何故か合鍵まで渡された。家族がいない時はメールを入れてくれれば入っても問題ないとも言われた。
つくづく思うけどこの世界の人平和ボケしすぎじゃなかろうか。俺はただの後輩なのに。
でも周りに知られると本当に幸村部長のパシリと思われそうだし、幸村先輩にもなんとなく知られたくなくて幸村部長の家族に誰にも口外しないようにお願いした。
まぁ不審に思われて、レギュラー陣につけられたりしたけど、撒くことくらい簡単だ。
だから部員や柳先輩、幸村部長ですら知らない。
そんな風に過ごしていると、月下美人が咲く日が近づいてきた。早くて明日遅くても3日以内には花が咲くだろう。
せっかくあんなに楽しみにしてたくらいだし、咲くところ見たいはずだよな。だがしかし、ここまで手入れしたのはいいけど、どうやって渡そう。
直接渡すと手入れしたのが俺ってバレるし、やっぱここは幸村部長のお母さんにでも頼むか、そう考えていた瞬間、幸村家のドアが勢いよく開く。
この気配は恐らく幸村部長の妹の綾音ちゃんかー、など呑気なことを考えているとリビングから怒声が聞こえてきた。いつも穏やかで優しい綾音ちゃんがこんなに荒ぶるなんて珍しいな。友達と喧嘩でもしたのか?
「何よ!お兄ちゃんのばかー!!私の気も知らないでーーーーーー!!!!」
訂正。喧嘩相手は兄らしい。