動きがあるようなないような……
朝のHR――昨日に紗香が言ったように薬を売ってくる不審者の話が持ち上がった。
しかし、こういった話題は当事者になってみないと実感が沸かない。
クラスの半分以上が右から左へ聞き流した。
「まあ、他人事だよな」
「普通ならな〜」
朝のHRを終えて1時間目の授業の準備を行う休み時間に健司が紲の席の近くまで来て教師が来るまでのもて余した時間を潰していた。
壁側と壁側とで離れてはいるが、教室内を移動するのに時間は少しも掛からない。
「『普通なら』ってどうしてなのです?」
紲の前は央佳の席である。
よく話もする間柄もあって、紲と健司の会話に参加した。
「多分、姉ちゃんに薬の件をどうにかするように頼まれてるんじゃないか?」
「さっすが弟、姉ちゃんの事はよく分かっておいででいるわな」
健司の的を射た回答に拍手を送る。
景品は何もないが。
「生徒会長さんは何故紲君にそんな事をさせようとしているのです?」
「うーん、ちょっとな……」
紲は無意識の内に周囲を見回した。
探していたのはメイアだ。
学校が開始してからメイアは1度として教室に来ていない。
それは本日も行われている。
―――困ったもんだな。
ここまで来るとメイアが関わっていないと弁護しづらい。
黒に近い白……逮捕は不可能だが疑ってしまう。
「紲? どうかしたのか?」
「ん、ああ……今日の2時間目に控えた体育が無事に終わるかどうか心配なだけだ」
紲がボーッとしているので健司が「どうした?」のかと聞いてきた。
ボロを出す前に真実を織り混ぜて誤魔化す。
「『魔法』関連は俺にはどうしようも出来ない話だからな」
努力とかの話であれば紲だって『基礎魔法』の扱いは諦めたくない。
この先、生活の上でも必須な『魔法』に他ならないのだから。
だが、紲は努力云々の前に欠片程も『基礎魔法』を発動できない。
手順に間違いがないのに扱えない事は小学校の頃から教師に不思議がられていた。
「よく此処に入れたのです。どうやったのですか?」
「知らん」
央佳が疑問視した内容を紲はバッサリと切って捨てた。
「俺は紗香に『ここなら入れる』って言われたから入ったんだ」
実際、何処の高校も『基礎魔法』を扱えない紲が入るにはハードルは高過ぎた。
中学生が一流の大学に入ろうとする位に無理難題だ。
「紗香が何かしてくれたんだろうけど……どうやったんだかね
」
身を削ってくれたのか、それとももっと別の理由があるのか……どうしたって紗香は教えてくれない。
紲が気付くしかない。
「健司は聞いてるのか?」
「…………さあ、ね」
紲の問い掛けに明後日の方向を向いて答えた。
幼馴染みのこの反応は「何かしらは知っている」みたいだ。
詰め寄ったところで健司も紗香も口を開くまい。
「こらー、いつまで席離れてるんだ。授業を始めるぞ」
教師が教科書を担ぎながら入ってきた。
健司も席を離れていた生徒も着席する。
2時間目。紲が憂鬱に陥る時間の体育の授業がやって参りました。
体育着の白のシャツと黒の短パンに着替えて集合したのは入学式、紲の模擬戦にも使われた体育館だ。
それと紲は辺りを見てみるが、やはりメイアは出席していないようだ。
「何処に居るんだか」
気になって辺りを見てみるが、影一つ見当たらない。
「おい紲。キョロキョロしてると怒られるぞ」
隣の健司君が肘でつついてきた。
体育――と言う名前の『魔法』の実技を担当するのは担任の福富だ。
ぼやっとしていたら福富先生の鉄拳が飛んでくる。
紲はメイアを見付ける事を断念して姿勢を正す。
「では、今日は『魔力』の扱いについて学んでもらおう」
福富先生の告げた内容に一堂は首を傾げる。
そんな事など御構い無しに彼は続けた。
「『魔力』は何も『魔法』を扱うだけの力じゃない。このようにして――」
福富は右腕を突き出した。
彼の右腕に巻き付くように『魔力』を循環させていく。
圧倒的な『魔力』の量は目視が可能な程に多かった。
「こうする!!」
その拳を地面に叩き付けた。
ズドンッ!! と鈍い音が反響する。
福富の足下には小さいが……確かに地面に穴がポッカリと空いていた。
こんな事、普通なら不可能だ。
しかし、『魔力』の扱いさえ覚えれば可能になる事を知ると固唾を飲む。
「さて、まずは各々の感覚でやってみてくれ」
考えるよりも手を動かす。
今回は習うより慣れろと言う訳だ。
最後にコツをいくつか教えて、各自で自主的に練習を行う。
福富先生が巡回して個人的に指導を行う形だ。
確かに個人差の出るところが多いので、合っている指導法とも言えた。
「でも『魔力』の操作なんてどうすれば良いのか分からないのです……」
央佳は難しい顔で『魔力』を練っていた。
他の生徒の方も簡単そうに見える問題に苦戦しているのが分かる。
「ただ『魔力』を流してるだけじゃダメなんだ」
珍しく、紲が説明口調である。
央佳も珍しいと感じながらも紲の言葉に耳を傾ける。
「何事にもイメージが大切だ」
「イメージ……ですか?」
紲の言わんとするところは央佳にもある程度は分かった。
自分のやりたい事を明確化すれば何かしら掴めるかもしれないと踏んだのだ。
「例えばさっきの福富先生の真似をしたいなら『パンチで地面を抉るイメージ』をする」
言いながら紲は右腕に『魔力』を流し込んだ。
淡い光が紲の右腕を包み込む。
「ここでポイントになるのは“何処に『魔力』を集中させるかだ”」
それだけでは分かるまいと踏み、息継ぎ無しで紲は言った。
「手のひらを広げた状態と拳を握った状態だとどっちがダメージ的には大きい?」
「後者なのです」
「正解」
突然質問形式になり、しかも今の授業内容と密接な関係にあるとは思えない。
しかし、紲が無駄な事を言うとは思えないので続きを促した。
「さて、今しがたの質問の答えの理由は一体なんだ?」
「面積が少ないから……です」
しどろもどろになりながら返した。
木の面で叩かれるより、細い部分を突かれる方がよっぽど痛みが大きいと感じる。
「それは『魔力』に関しても同じなんだ。ただ放出してるだけだと力が拡散して大した事はできない」
言いながら紲が地面を殴り付ける。
しかし、福富のような穴はできず。手で少し掘ったように広く浅い穴があるだけ。
「けど、一点に集中さえできれば……」
再び、紲は同様の事をして地面を殴り付ける。
ズドンッ!! 福富と同様の地響きがした。
今度は紲の足下に、先程に見たような穴が出来ていた。
「と、まあ……こんなもんだ。今のは拳に『魔力』を一点に集中させれば、これ位はできるようになる」
「す、凄いのです」
言葉が出ないとはこの事だ。
『魔法』に関しては一切合切の力も使えない紲はひたすらに『魔力』を鍛えてきたのだ。
「ほう新原。『魔法』は散々だったが『魔力』の扱いはできるようだな」
いつの間にか福富先生が紲達の近くにまで来ていた。
紲の行為を一部始終見ていた感想を述べた。
嫌味なんかではなく、『基礎魔法』の発動が芳しくなかった紲を心配していたが故の言葉だ。
何か1つでも力になれるものがあるなら、それは自信に繋がるのだから。
「でもこれくらいしか出来ないですよ」
『魔力』のコントロールは様々な事に応用できる。
福富先生と紲が行った地面に大きな穴を作る行為は言い換えると「筋力の強化」だとも言える。
腕力を上げたり、使い方によっては走力を上げたりもできる。
しかし、紲は師と出会ってから『魔力』の操作を行っても筋力の強化以外は出来なかった。
これでも扱えれば、応用して走力を上げる事位はできる。
しかし、上級者向けとも言える動体視力や聴覚の強化までは出来ない。
“それが新原紲の限界だ。”
「師匠から言われたんです。俺には“『魔法』の才能は欠片もない”って」
「そ、そんな事はないと思うのです!!」
央佳が力一杯否定してくれた。
でなければ、蒲倉先輩に勝利するなど夢のまた夢だと思えたから。
「紀藤の言う通りだ。自分で自分を卑下するのは悪い考えだ」
「そう言って貰えるのは嬉しいんですがね……」
紲は頬を掻きながら告げた。
「央佳は知ってるだろ。俺の扱える『魔法』の事を」
3つある内のどれも効力は微妙と言わざるを得ない。
それは1つの『魔法』が及ぼす副作用的な話を央佳は本人から聞き及んだ。
大元となる『魔法』も紲の意思では扱えないと聞いている。
こう考えてみると、紲が如何に『魔法』で苦労をして来たのかが窺える。
「で、でも……」
「大丈夫だよ」
央佳はフォローを入れたくて仕方無いようだったが、健司が割り込みをしてきた。
「紲には確かに『魔法』に関してのセンスは皆無だよ」
健司までもが紲の弁を援護した。
幼馴染みの彼が言うのだから実に説得力はある。
だが、だからといって央佳は納得したくない。
それは担任の福富も同じだった。
それを汲み取った健司が苦笑しながら続けた。
「でも、紲は“『魔法』を扱うことに関しての才能”はあるんだ」
健司の言いたい事を汲み取れた福富。
彼は人生経験によるものだろう。
ただ、央佳には無理だったらしい。
「紲は扱える『魔法』が微妙だろ? だけど、それぞれの『魔法』を上手く扱っていた」
この間の模擬戦を思い出しながら央佳は健司の話を聞いていた。
確かに、紲は自身の『魔法』の微妙さを補うように適度に相手を撹乱しながら戦っていた。
「まあ、それも鍛えられたもんだがな」
「いや、鍛えられたからと言って『魔法』を上手く扱うのは相当に難しい」
紲がおどけて言ったものの、福富は評価していた。
今の『魔力』を上手く扱って地面を抉った事で確信に至れる。
紲は並々ならぬ努力を繰返し行ってきたのだ。
紲に果たして伝わるかは不明だ。
だけども、感覚で紲は気付いた。
「ありがとうございます」
「ああ、頑張れよ」
初日のように『魔法』が使えない事に突っ掛かりはしなかった。
という事はある程度は聞いているのかもしれない。
福富先生は紲達ばかりに構っていられないので、次の生徒の方へ移るのだった。
「んじゃ、俺達も続けるとするか――」
そこで紲の言葉は止まる。
ただ何となく、体育館の横壁にある窓に目を向けてみた。
そこに授業をサボっているメイアの姿が映ったのだ。
「あいつ!!」
紲は直後、入口に向かって走り出していた。
「紲君!?」
「おい、紲!!」
脇目も振らずに駆け出した紲の後を追う。
―――どうなってるか問い詰めてやる!!
紲は心の中で宣言した。
今回は微妙に動いて終了してしまいました。
次回は来週の日曜日の予定です。