紲の実力の程を確認する事になり、全員が体育館へと移動した。
「今日は他の生徒は居ないから思う存分に暴れて良いわよ」
駄々広い体育館に居るのは先程に生徒会室に居たメンバーだ。
「帰りたいんだけど?」
「あっ、これ動画撮って神坂さんに送るから」
「さあ!! 元気を出して行こうか!!」
紗香の言に紲はやる気のなさを手のひら返しした。空元気なのは見ていれば分かる。
「紲君はどうしちゃったのです?」
誰の目から見ても分かりやすい反応の変化に央佳は疑問を抱く。彼と親しい健司に質問するのは道理か。
「神坂さんって人は紲の『魔法』の師匠なんだ。厳しくてさ、下手な事をするとぶっ飛ばされるんだ。この試合で下手な姿を見せると神坂さんの鉄拳が飛んでくるだろうからな」
「た、大変なのです……」
央佳でさえも同情して心配してしまう。
「それじゃあ、2人とも向かい合ってね」
審判役の紗香に従って紲と蒲倉は向かい合う。
「ルールは簡単。相手を戦闘不能に持ち込めばOKよ」
何とも簡素なルールだろう。だけども、これでは紲には不利な面がある。
高校生と中学生では『魔法』に触れる時間の量や練習の質が違う。つい最近まで中学生だった紲に勝ち目があるとは思えないので心配になる。
「だけど、これは力を示せば良いのですから勝てなくても大丈夫なのです」
ふと、戦いの発端を思い出した。それに気付くと、大怪我はしなくて済むと央佳は考えた。
「多分、無理だな」
健司が否定したので央佳は「え?」と首を傾げる。その理由はすぐに分かった。
「あいつの師匠は『負け』を許容しない。勝てなきゃ地獄を見る。姉ちゃんの言葉が本当だとしたら紲は死に物狂いで勝たないとえらい目に遭う」
健司は言いにくそうに続けた。どうやら現場を目撃した事があるんだろう。
紲の師匠が彼を何処まで強くしたのかは分からない。央佳からすればこの勝負は無謀な挑戦をするのと同義だ。
「そうだハンデを用意しないとね」
紗香は思い出したように言った。央佳はそれを聞いて安心できた。それなら紲もある程度の勝ちの目が出てきそうで……
「攻撃して良いのは3回まで。良いわね紲」
「それはいくらなんでも無理なのです」
しかし、紗香が問う相手は蒲倉ではなくて紲だった。どういう事なのかと央佳は抗議の声を挙げる。
「大丈夫だ。問題はない」
対する紲は紗香の条件で良さそうで、屈伸運動を始めていた。
「生徒会長、いくらなんでも彼には無理ですよ」
対戦相手の蒲倉でさえ紗香の無茶振りに呆れていた。
「ああ、央佳さんは気にしなくて大丈夫だよ」
隣で健司が笑いを堪えながら言う。
「さっきテストが始まる前にオイラは『紲の方が凄い』って言ってたよね?」
「はいです。先生が来たので聞きそびれていたのです」
「続きを言うとね――紲は姉ちゃんとの模擬戦の戦績が100対99なんだ」
「ごめんなさいです。どっちがどっちなのか分からないのです」
申し訳なさそうに央佳は告げた。健司が言わなかったのはわざと、ここでサプライズを催しただけの事。
「紲が1つ勝ち越してるんだ。勿論、ハンデは無しでね」
純粋な実力の勝負で紲はこの学園でもトップクラスの『魔法使い』相手に勝ち越している。
その事実が如何に驚愕をもたらす一報なのかを理解できぬ央佳ではなかった。
「さて、始まるぞ」
これで健司が面白げに見てる理由がなんとなく理解できた。
新原紲という少年は実践で輝ける。
データ以上の物を見せるにはハンデを背負った上での戦いで勝つのが相応しい。
そして、健司と紗香は紲の勝利を確信してるようにも見えた。
「さあ、準備は良いわね?」
紗香が両名に確認する合図を聞いて我に返る央佳。いつの間にか蒲倉が紲のハンデを了承していた。
2人は睨み合う。そんな中で紲は膝を曲げて腰を落とす――いわゆる中腰の姿勢だった。
腰を痛めてしまいそうな構えに何の意味があるのかと央佳は疑問に思ったが、それよりも早くに紗香が開始の合図を告げようとする。
「始め!!」
生徒会長の号令が終わると同時に紲は体育館の床を勢いよく蹴飛ばした。
向かい合う形を取っていたので、前に突っ込む事は彼の『魔法』のレパートリーを見ても明らかだった。
だが、この行動は自分の事をよく知っているからという理由だけでもない。
「くっ、!?」
苦虫を噛みながら蒲倉は横へ跳んだ。それでもギリギリで回避し、彼の頬を紲の拳の風圧が撫でた。
「はい、紲が攻撃できるのはあと2回ね」
紗香の審判にチャンスが1つ開幕早々に消えた。その事にハラハラする央佳だったが、健司が「なるほど」と呟いた事に反応した。
「何かあったのです?」
「ん? んー、まあこの勝負は紲が勝つだろう事が分かった位かな」
一瞬、スルーしそうになった内容を央佳は「え?」と驚きながら問うた。
「見てれば分かるさ」
健司は紲の方に集中するように促した。央佳も従いながら紲を応援しながら見てみた。
(くっ、そ……こいつは何なんだ?)
蒲倉は混乱していた。新原紲を舐めていた事は認めよう。
けれども、それとこの状況は話が変わる。
目の前の彼の使える『魔法』は3つ。
自身の身体能力を引き上げる『魔法』も使えない筈だ。
(なのにこいつは突っ込んできた)
接近戦を得意とする『魔法使い』は数多い。
しかし、大半が自身を防御する『魔法』を常時発動している。
理由は反撃による『魔法』が来る恐れが高いからだ。
だけど、新原紲は何の『魔法』も使わずに生身の身体で突撃してきた。
この行為は極寒の地に何の装備も無しに赴くのと一緒のこと。
「おらっ!!」
(だってのに……こいつはダメージを負うのが怖くないのか?)
ともかく、頬を撫でた紲の拳の余韻が残っている。それを払拭しようと突撃してくる紲へ向けて『魔法』を飛ばす。
「《アロー・レイン》」
蒲倉が手のひらを前へと突き出す。彼の手のひらから矢の形状をした白い光が無数に飛び出た。彼を基点として降りだした横殴りの大雨に見える。
「ぐっ!!」
紲は馬鹿の1つ覚えに突っ込むのを止めた。駆けていた足を急停止させ、体重を右に掛ける。
それを利用して体重の掛かった方向へ跳ぶ。
ズゴォォォォォンッ!!
体育館に響く轟音。紲が数秒前まで居た場所に蒲倉の『魔法』が遅れて到着した。その威力は轟音と体育館に出来た風穴を空ける。
「うわ、凄い威力だな」
紲は蒲倉の『魔法』に生唾を呑み込んだ。
「それはそうよ。蒲倉先輩は3年で、『魔法』の威力は学園でも3本指に入るレベルよ」
紲の呟きを拾い上げた審判の紗香が答える。その3本指の中には紗香の事も含まれていると思えた。
「はっ、かなりキツいな」
言いながら、紲は目を細めて蒲倉を見た。
「よし!!」
その行動も数秒の間だけ。紲は即座に次の一手、先程と同様に脇目れずに駆け出す。
蒲倉にとっては絶好のチャンスだ。
なんせ動く的が自ら特攻してくるのだから。
「《アロー・ワイド》」
距離が10メートルに迫ったところで紲の足下へ向けて放たれる光の矢が横並びに飛んでくる。
初速もある上に横に広がるせいで横っ飛びはできない。
「仕方無い!!」
紲は走り幅跳びの要領で『魔法』が当たる直前にジャンプした。膝を折り曲げて何とか蒲倉の『魔法』をやり過ごす。
「貰った!! 《アロー・バースト》」
それは直径にして3メートルはあろうという光の矢。
それがジャンプした――言い換えるなら空中で身動きの取れない紲に向けて解き放たれた。
「うっ、おっ!!」
紲は避ける術を持たないので蒲倉の放った『魔法』が直撃した。
バァァァーーンッ!!
それを裏付ける衝撃を孕んだ音が体育館内で反響した。
光の矢は紲の身体をボールのように宙へと放り投げた。
面白いように飛んだ紲は背中から無様に体育館の床の上に叩き付けられる。
学校の制服はこういった事を予測して頑丈な造りになっている。
ちょっとやそっとの事では敗れたり、ボロボロになる事はない。
「紲君!!」
自身の口癖すら忘れる程に動揺した央佳が駆け寄ろうとするが、健司が腕を掴んで制止した。
「大丈夫よ。紲は“この程度なら立ち上がるから”」
確信のこもった幼馴染みとしての天宮紗香が言った。
だけども、央佳には気が気でない。
3年の先輩の『魔法』が直撃し、あまつさえ背中から体育館の床に叩き付けられたのだから簡単に起きれるとは――――
「いつつ、結構効くな……」
立ち上がる新原紲の姿があった。
「な、何で立てる?」
手加減したのはある……だが、本当にそれで立てるだなんて思えない。はっきり言って、異常すぎる。
「まあ、それだけ頑丈なだけだ」
その言葉だけで片付かないから――そんな指摘が四方八方から投げられる。
だが、現に紲はピンピンしている事に蒲倉には相当の動揺が引き起こる。
「呆けてると……これで終わるぞ」
「っ!?」
蒲倉の動揺に漬け込んで、紲は駆けていた。現実に引き戻されはしたが、時既に遅かった。
「《ライト》」
言いながら紲は手のひらを前に突き出した。そこから放たれたのは本当に懐中電灯程の強さの光。
それは蒲倉の目に当たるものの、光度は低いので目眩ましにすらならない。ほんの一瞬だけ彼の動きを阻害しただけ。
しかし、戦いにはその一瞬が命取りとなる。紲の左手が蒲倉の右肩を掴む。
「《フィーリング》」
突如、掛けられた感覚の変化。いや、すぐにどうなったのかを蒲倉は悟った。
「うらぁぁぁぁぁっ!!」
紲の右拳が蒲倉の頬に吸い込まれた。
ドガァァァッ!!
蒲倉の全身に痛みが波打つ。触覚……いや、痛覚を膨れ上がらせた一撃が蒲倉に襲い掛かり――
「《ヒール》」
今度は痛みが完全に退いた。むしろ全快と言って良い。対戦相手に同情を持ったのかと思えば違った。
「《フィーリング》の効果はまだ続いてるぜ」
ここで《ヒール》を使った理由も気付いた。その効果は「30秒以内に攻撃を喰らうと回復は無効になる」というもの。
つまり、先程に受けたダメージがフィードバックしつつ新たなダメージが蓄積される訳だ。
その痛みを想像する前に紲の拳が叩き付けられた。
編集に時間がなかったので誤字脱字があるかもです。
紲が立ち上がったり、「なるほど」と言った健司の心意は次回に言います(尺の都合)
次回は来週の日曜日です