「」……通常会話、重要用語
「()」……心の声
『』……マイク音声
《『』》マイク音声・エコー
《》……技・武装名
()……テレパシー
12年前突如として日本近海に出現した大災害「ヘテロダイン」。時を同じく地中から起動した謎の巨大ロボット「アマツ」。自衛隊・各国正規軍の連合からなる西の地球連邦・自衛隊連合軍、後の「国連安全保障軍」通称「安保軍」はこれを迎撃すべく現地に集結可能な全ての航空・地上戦力を展開。三つ巴状態と化した都市は最終的に、人類側のOE兵器の使用により地図上から姿を消すこととなった。
次なるヘテロダインの脅威に怯えた各国はヘテロダイン対策と宇宙開発により躍起になり、「アマツ」を参考に対ヘテロダイン兵器「ダイ・ガード」を建造。コロニーも次々と打ち上げられ、月や火星への入植も着実に行われていった。この急ぎすぎた"避難"は後にけして小さくない亀裂を生むこととなる。
そして、時は宇宙世紀0079。人類は宇宙にその生息域を伸ばし、火星まで含めた広大な領域を手にした。
一方で広大になりすぎた生息域は亀裂を生み、サイド3コロニーが「ジオン公国軍」を名乗り独立。同時に国際連盟に対し、宣戦布告を行う。
そんな中、ジオン公国軍との戦闘に向け急行していた艦隊の一部が木星方面から飛来した謎の艦隊群と接敵。安保宇宙軍艦隊のレーザー兵器を捻じ曲げる力場により、安保宇宙軍艦隊は旗艦を残し壊滅。後に異星人として周知される「木星トカゲ」である。
一方、一部を欠いた安保宇宙軍艦隊はジオン公国軍と交戦。実用性が疑問視されていた初の宇宙用自立二足歩行兵器、「モビルスーツ」を多数投入したジオン公国軍に翻弄された形で3割ばかりを残し壊滅。指揮官であったレビル将軍を捕虜に取られてしまう。後にルウム戦役と呼ばれる戦いの影で、異次元や異星からの侵略者が密かに地球を認識していた。
そんな、ハイパーテクノロジーの不自然にも思えるな急速な発展とともに地球上で開発・誕生した自立歩行兵器、AS……通称、「アームスレイブ」。そしてヘテロダインの襲撃や津波による主要都市への被害を防ぐ為急ピッチで進められていたバビロンプロジェクトを実現する為、アームスレイブを小型・オミットし、あらゆる分野、特に土木関係に進出した汎用人間型作業機械……「レイバー」。
厚生省もまたレイバーをベースに災害時における避難能力に重点を置いた全自動介護用ロボットの開発を進めていた。
一方、そんなハイテクノロジーSFには無縁な人々は、未だ重力に縛られたまま、日常を過ごしていた。冷戦は未だ、継続中――
―
晴天下。いつもの通り重機……レイバーを転がし、いつもの通り常連の中華料理屋「雪谷食堂」でラーメンを食い、いつもの通り"戦闘機がバッタに落とされている"。
『我々安保軍は、市民の皆様を必ずお守りいたします! 見てください、我が軍の最新機――』
すっかり型落ちのティーブイから流れているのは安保軍……それの宣伝チャンネルだ。西側の連合を主とした地球連邦軍を軸にしており、12年前の災害を期に多数の国家が参入。地球連邦という名称を改め、国際連盟安全保障軍、通称「安保軍」とした。
映像内ではどうも最新機らしい戦闘機数機が「木星トカゲ」のバッタ型ロボットに後ろをつかれ、あっという間に撃墜されていた。
映像に特に驚きはしない。実際、性能が違いすぎるのだ。
無言でラーメンを啜る。うん、やっぱり美味い。
「なーにが『お守りいたします!』だ。バッタにいいようにやられて」
「こないだの宇宙でのドンパチも結局負けたらしいぜ」
後ろの卓では30代近くの男二人がティーブイの映像に関して話している。
実際、安保軍はジオン公国軍の「モビルスーツ」や木星トカゲの兵器に対し、戦績があまり芳しくない。地球"下"世界各国の各軍全てが束になっても、あの侵略者達には数以外で勝てていないのだ。
前の卓に意識を向ける。大学生だろうか。男女混合で、どうも男は黒髪ストレートの女学生の方に興味があるらしい。無視されている様だが。
「ロボットかぁ……」
「そうそうロボットと言えば、近々厚生省が災害にも対応できる、介護用のAI搭載型レイバーを発表するらしいわよ」
「介護用レイバー? そりゃ便利なのは便利なんだろうけど」
「けど?」
「なんか好きになれないな。心がこもってないじゃない、それって」
「まま、そんなことよりさ、話題の映画のチケッ――」
「うわああああああああァァァァァ!!!!」
厨房からだ。大学生グループはびっくりしているが、常連組はクスクスと笑っている。このラーメン屋、味は確かだが一点だけ名物というか、変わった点がある。
叫び声を上げたのは最近働き出したバイトの青年なのだが、どうも木星トカゲの兵器を見ると、叫び声を上げてしまうのである。それがティーブイの映像であっても、だ。
「……あ、あぁ、すみません」
その日はそこから特に何事もなく、一日が過ぎていった。
―
翌日、熱海・ダイ・ガード屋外展示会会場。
「はぁ……」
ワシのようなキャラクターの着ぐるみを頭だけ脱ぎ置き、頭にタオルを頭巾代わりに巻いた青年がため息をつく。21世紀警備保障広報2課社員兼"対ヘテロダイン用決戦兵器ダイ・ガードメインオペレーター"赤木駿介である。
そんな大層なロボットの、そのメインオペレーターが何故一般向けイベントの着ぐるみに入っているのかというと――その、肝心のダイ・ガードの現状が、見世物のハリボテだからである。その諸々を説明するには、時を少し遡って語る必要があるだろう。
12年前、突如として日本近海に発生した未知の現象「界震」。界震と同時に出現した巨大昆虫を思わせる現象「ヘテロダイン」は首都東京を目指し侵攻を開始。当時の自衛隊を主力に各大国の正規軍による連合部隊「安保軍」が迎撃を試みるが、驚異的な耐久力とその再生能力により決定打を与えられず、ついに本土上陸を許してしまう。
各大国は自軍への損害と後の責任を嫌い主力を撤退させ、自衛隊と一部ながら残った大国軍が陽動部隊と接近部隊(ヘテロダインの発する電磁波により、遠隔操作型の近代兵器の殆どは無力化されていた)に分け、特攻作戦を決行。しかし、「ヘテロダイン」が突如エネルギー光線を放出し、一矢報いらんとしたオコナー司令官指揮下の接近部隊を一瞬にして"蒸発"させてしまう。
後に「ヘテロダイン」の影響と判明した電波妨害も相まって指揮系統の崩れた自衛隊。そんな最中局所的な地震が発生し、地中から謎のロボット兵器「アマツ」が姿を現した。
「アマツ」は自衛隊を背に「ヘテロダイン」と戦闘を開始。まるで日本を守っているかのように「ヘテロダイン」を押え込む「アマツ」を援護するべく、自衛隊の残存部隊が振動地雷を使用。侵攻を止めなかった「ヘテロダイン」を初めて足止めに成功した瞬間である。
しかしながら、未だ決定打を与えられている訳ではなく、振動地雷や「アマツ」もまた、いつまで保つか分からない。現状を打破すべく日本政府は戦略兵器である「OE兵器」の使用を決断。付近一帯の破壊・汚染、そして「アマツ」と引き換えに「ヘテロダイン」を撃破した。
各国は当然、この「ヘテロダイン」に恐怖し、当時断片的に進められていたコロニーの開発や火星への移植と、この「ヘテロダイン」への対抗策として「アマツ」の建造を推し進めて行った。バビロンプロジェクトもまた、この「界震」への砦として建造が急ピッチで進められていくこととなる。
結果として人類史初となる、各大国の叡智を結成した対ヘテロダイン決戦兵器「ダイ・ガード」が完成した。
……までは良かったのだが。現在、宇宙世紀0079、12年前の襲撃以降"ヘテロダインは未だ現れず"。ジオン公国軍の宣戦布告や宇宙人である通称木星トカゲの侵攻もあり、予算食い虫であるダイ・ガードは自衛隊から切り離され、現在は自衛隊からの出向組織であるここ、21世紀警備保障のマスコット……ハリボテと化しているのである。
平和の象徴のハズだったダイ・ガードは、今や会社内でも腫物扱いをされており、予算は年々縮小の一途を辿っている。
以上が赤木駿介及びダイ・ガードの現状と、その理由である。
さて、話を現在に戻そう。先程彼のことをダイ・ガードのメインオペレーターと言ったが、当然他にもオペレーター……パイロットが存在する。
「なーにため息ついてるのよ、赤木くん」
そう言いながら赤木の前額部にコーヒーを軽く押し当て渡しているのは、索敵や現場でのデータ解析を担当する紅一点、搭乗ナビゲーターの桃井いぶきだ。
「ため息なんかつくと運が逃げるぞ、赤木」
少し離れ赤木に対して軽口をかけているのは、動力機関のコントロールを担当する搭乗エンジニア、青山 圭一郎。
以上3名がダイ・ガードのパイロットという訳である。
「あれ、課長。どうしたんですか?」
おっと、バレてしまったようだ。私は広報2課課長、大杉春男。彼らの直属の上司に当たる。
私が何故彼ら……いや、赤木駿介の元に訪れているかというと、先程彼が起こしたちょっとしたトラブルの為である。
「赤木くん。君、これ動かすのに幾ら予算かかると思ってる?」
「へ?」
先刻、彼がため息をついた理由である「こども達にダイ・ガードをハリボテ呼ばわりされた」ことへの細やかな報復であるダイガード外部ファンの作動。それの事である。
大したことじゃないだろうって? いやいや、ダイ・ガードは腐っても対ヘテロダイン用決戦兵器、全長25m超えの超巨大ロボットなのだ。各部オミットされ、装甲もスカスカのトタンに変えられようと一応変わらない部分もあるのである。それは当然、莫大な燃料と電力、引いては予算を必要とする。
無断での起動は当然。
「君、一ヶ月減俸と始末書ね」
「そ、そんな……」
「「当然の結果ね」だな」
彼がこのダイ・ガードにかける想いは理解している。彼はけしてダイ・ガードをハリボテとも、"ただの兵器"とも思ってはいないことを、私は知っている。
―
一方、熱海近海・海底。
「最近は熱海もめっきり海が汚くなったな……泥に混じって装甲板まで沈澱してやがる」
木星トカゲのバッタやジョロ、安保軍の戦闘機、空海両用の主力艦・リアトリス級戦艦、エトセトラエトセトラ。そんな兵器達の残骸や空薬莢は当然、陸や海に落ち、大概はそのまま放置される。そんな、海底のゴミを清掃・回収し、軍や民間に売り捌くジャンク屋兼清掃会社「真凛清掃」それが俺の務める会社だ。
『あーあー、おいハチー! 今日はどんな感じだ?』
今上の船から無線で俺のレイバー、M135フロッグマンに連絡をしてきた濁声の男性は社長の蝶田さんだ。蝶なんて字が入っているが、見た目はタコに近い。
たこ焼き屋とかやったら様になりそうだが、これを言うと本人は酷く怒る。
「聞こえてますよ社長。今日はバッタらしい残骸が複数と、後は泥ばっかりです」
『まぁ上々だな。バッタは軍に高く売れる。ネット落とすからハチは微調整を頼む』
「了解……っと」
一口にバッタと呼んでいるが、実は何種類か種類があるようで、赤い地上用の機体やムカデを思わせるやや大きめの物まである。結局名称が分からないので、一番ポピュラーな黄色のバッタという名称でひと括りにしている。区別する際は赤いバッタだとか、ムカデバッタだとかで言い分ける。
最近分かったことなのだが、このバッタはコクピット……生物が乗り込むスペースが無いのである。こっそり1機復元してみたので多分間違いない。
「(木星トカゲとか呼ばれているが、誰が"トカゲ"を見たんだ?)」
そんなことを考え出すと、急にこの機械に対して悪寒を感じてしまう。異星人ではなく、意思を持った機械なのではないか。そんな風な考えが頭をよぎるのだ。
キュイイイイィィィィ……
機体の不調だろうか? 聞いたことのない高音が耳を突き抜ける。
確かにこいつは海上保安庁からの払い落としで、色々オミットされちまってる上にオンボロだ。だが、それにしても初めて聴く音なのだ。
……いや、本当に初めてか? 随分昔に聴いたことがある気がする。ニュースで一度聴いた。確か、12年前。
列車にでも追突されたかのような衝撃が急に機体を襲い、上下左右錐揉みするようにめちゃくちゃに揺さぶられる。
安全帯代わりのケーブルが引き千切られる程の衝撃に、一瞬意識を失う。
『ど……た、ハ……!! なに…が』
無線が途切れる。電波障害まで? 一体、何が。辛うじて生きていたサブカメラを再起動し、海中を見回す。
巨大な影。シャチとエイを足してそのまま怪獣映画化したようなシルエットがこちらをジッと見つめていた。
フロッグマンに武装はない。逃げなければ。必死にペダルを踏むが、機体が反応しない。先程の衝撃で中がイカれたらしい。
「クソッタレ。高えんだぞ、こいつ!!」
エイシャチ(便宜上こう呼ぶ)が両腕から触手のようなものを複数伸ばし、機体を締め上げ始めた。
まさか、死ぬのか? こんな怪獣映画の冒頭みたいな、雑な理由で?
死にたくない。
死にたくない。
死にたく……ない!!
海が光った。
怪獣作品の中に、ピンチになると正義の巨人が現れ、毎回怪獣を倒してくれるものがある。今、目の前に"巨人"が居た。
【第一話 海から来た厄災】
「か、怪獣だああぁぁぁぁ」
「いやあぁ!」
「ママ、どこー!!」
会場は突如海底から現れた謎の怪獣によりパニックに陥っていた。事を急いだ一般車両が玉突き事故を起こし、避難が困難になったこともこの事態に拍車をかけていた、
『こちら特車二課です! 今から事故車両を撤去するので、市民の皆さんは下がってください!!』
最新機である警察用レイバー、AV﹣98イングラムの女性パイロット、泉野明が、外部スピーカーを使い市民に退避を促している。
第二小隊唯一の女性隊員であり、天性のレイバー操縦センスを持つ。正義感も高く、元々の人柄の良さと交通整理時代に培った経験で、時にレイバー犯罪者の説得をすることもある。
「いや、偉いことになったね、こりゃ」
「隊長! 何他人事みたいに言ってんですか!」
先に話した中年男性こそ、警視庁特車二課第二小隊隊長、後藤喜一。通称カミソリ後藤。その後藤を叱咤するのは、泉野明と同じく最近入隊した篠原遊馬である。レイバー産業を主とする篠原重工の跡取り息子だが、訳あって現在警視庁特車二課に籍を置く。
警視庁のレイバー……通称、パトレイバーは機体操縦担当のフォワードと、後方からマップによる指揮と援護を担当する指揮車搭乗のバックアップのツーマンセルを基本とし、泉野明はフォワード、篠原遊馬はバックアップとしてペアを組んでいる。
現在、第二小隊は同じく警視庁特車二課の第一小隊及び21世紀警備保障と連携し、事故車両の撤去と一般市民の避難誘導をしていた。
この騒ぎの原因は勿論、あの"エイシャチ怪獣"である。エイシャチ怪獣は途中で引っ掛けたとみられるバッタとフロッグマンの残骸を纏いながら、この熱海沿岸を目指し侵攻中であり、状況は増々悪化の一途を辿っている。
『皆さーん! 現在、警視庁の方がゲート手前の事故車両を撤去しています! 撤去が完了するまでは危険ですので、近づかないようお願いしまーす!』
『撤去が完了次第、私達の誘導に従い、速やかに避難をお願いしまーす!』
21世紀警備保障の社員だろうか? 眼鏡をかけた童顔の女性と今風ギャルな女性の2名がメガホンで呼びかけている。そんな彼女達に野次を飛ばす市民もいるが、無理もない。
他にも長身の女性達や肥満体型の男性三人組等が避難誘導にあたっている姿が見える。
『隊長ぉ〜!! 足の踏み場がありません! これでは!』
「これでは?」
『銃が撃てません!!』
「バカを言うんじゃないよ、太田。あんなデカイのにリボルバーぽっちじゃ効くわけないでしょ? 薬莢で市民の皆さんが怪我をしちゃうだけだよ。ね? 落ち着きなって」
今諭されているのは本庁の叩き上げ、第二小隊イングラム二号機担当、フォワード太田功である。優秀な警察官ではあるのだが、ただ一点欠点がある。トリガーハッピーなのだ。
『そうですよ太田さん!! 今は事故車両や瓦礫の撤去作業に集中してください!』
今喋ったのが二号機バックアップ担当、進士幹泰。元サラリーマンであり、ことコンピュータ関係ではヘッドハンティングされる程の実力者。第二小隊唯一の妻帯者であり、苦労人。現在は指揮者を後藤に譲り、イングラムの輸送車レイバーキャリア2号車を担当している。
「隊長。まさか、あの怪獣……ヘテロダインじゃあ」
そして最後。レイバーキャリアの操縦と後方支援を担当する山崎ひろみ。非常に優秀だが、その巨体ゆえレイバーのパイロットになり得なかった悲劇の巨人。
以上が、警視庁特車二課の優秀かつ変人揃いの隊員達である。
「ま、十中八九そうだろうね。あの独特な高音、12年前に聴いたものと同じだ。山崎、進士、もしもの時はレイバーキャリアをバリケード代わりする、設置次第二人は指揮車に同乗し退避。いいね?」
「「り、了解!」」
『あーあー、しのぶさん。そっちはどう?』
後藤が無線で第一小隊隊長の南雲しのぶに連絡する。一コンマ置き反応。
『駄目ね。あの怪獣に反応してチューリップからバッタが多数現れてる。うちで対応しているけど、抑えきれない。そっちにも何体か行くかも』
『そりゃ大変だ。あんな奴人混みに一体でも紛れ込んだら、何十人と死人が出る』
『ごめんなさい』
『いや、第一小隊はパイソンでよくやってるよ。死なない程度に頑張って』
―
一方、熱海。ネルガル重工秘密地下ドック。
謎の新造艦の艦橋にて、眼鏡をかけ"宇宙ソロバン"を持った、人によっては大道芸人に見間違えそうな一方で、一筋縄では行かない大物感をかもしだす男性と、銀髪をツインテールに結い、まだあどけない見た目とは対象的に落ち着いた少女が横並びで話していた。
「これは……困りましたねぇ。なにも出港日に来なくてもいいものを」
「ヤマダさん、なんか怪我しちゃったみたいです」
「えぇー……彼、今は唯一の正規パイロットだというのに」
艦橋後部自動ドアがスライドし、どこから見ても20代の"少女"が、同い年らしき安保宇宙軍の軍服を着こなした青年と共に、艦橋へと入ってくる。
「おや"艦長"、ご無事で」
「えぇ、問題ありません。本艦はこのまま出港します!」
「でも艦長、今出たらヘテロダインに叩き落とされちゃいます」
「それも大丈夫! パイロットならさっき見つかりました! ぶい」
指をVサインにし、満面の笑みでどこかにアピールする。
「ほう、それは?」
「私の、王子様です!!」
―
一方、ダイ・ガード屋外展示会場。
「何故なんですか!!」
赤木は大杉に抗議していた。怪獣が、恐らくヘテロダインが現れたにも関わらず、ダイ・ガードを起動してはならないと言われたからである。
「ヘテロダインがすぐそこまで迫っているのに! 守れる力があるのに! なんで戦っちゃいけないんだ!!」
「バカ言わないで! ダイ・ガードは武装も無い。装甲も中身も抜かれて、スペックじゃそこらへんの作業用レイバー以下なのよ! 私達を殺す気!?」
「勇気ならある!」
「俺は乗らないぞ、赤木! こんなとこで死ぬのは真っ平ごめんだ」
「青山!」
「私も……乗れない」
「いぶきさん!」
「ま、そもそも予算はどうするの? これ、起動するのに君らの給料三ヶ月分はかかるんだよ?」
「う……でも!!」
赤木の声をかき消すように、上空から安保軍のヘリが飛来。着陸した。機体から背筋の伸びた30代の男性が降り、近付いてくる。
「私は安保軍幕僚本部監査官、戦術顧問の城田だ。ダイ・ガードを起動する必要はない」
「な、なんだよ急に!」
「言った通りだ。現在、安保軍と防衛隊のレイバー・戦車隊が熱海沿岸に展開し、ヘテロダインとこの機に乗じて現れた木星トカゲ軍の迎撃準備をしている。君たちが出る必要はない。というか、むしろ作戦の邪魔だ」
「じゃあ安保軍がアイツを倒せるのかよ! バッタ相手だって、いいようにやられてばっかじゃないか!!」
「赤木くん!」
「以上だ。君たちは速やかに避難を――」
突如、海が光り、"巨人がヘテロダインに飛び掛かった"。
これがチャンスだと、赤木が高所作業車の作業台部分に乗り込み、自身のポジションまで上昇させる。
「まさか……「アマツ」か!? 本部に連絡を。おい、待て!!」
赤木がカードキーを通しダイ・ガードのハッチを開け、地上にいる"残りの二人"に叫ぶ。
「青山、いぶきさん!!」
いぶきが逡巡するように迷った後、決心したように赤木と同じように高所作業車を使い、自身のポジションへ向かいだした。
「いいぞ、さっすがいぶきさん!」
「……君はいいのかい、青山くん」
青山に問いかけるが、返ってきたのは逡巡する表情と、握りしめた拳だけだった。
―
『な、なんだよアレ!?』
『あーあー、泉。おそらくあれは「アマツ」だ』
「隊長、アマツって何ですか?」
『12年前のヘテロダイン侵攻時、突如として地中から現れ、ヘテロダインと戦った謎の巨人。それが「アマツ」だ。恐らくだが、アイツも同じものだろう。奴がヘテロダインを押さえ込んでくれるなら好都合だ。第二小隊は引き続き避難誘導と……』
数機飛来したバッタと、バッタとドッキングしたジョロに対し、安保軍・防衛隊のレイバー隊が迎撃を開始する。迎撃も虚しく、一機また一機と小・中破させられていく。
『可能な限りバッタを迎撃。市民を襲わせるな』
『『了解!!』』
―
何が起きた? 俺はフロッグマンで作業中にあのエイシャチにぶつかられて……コクピット? いや、フロッグマンのコクピットじゃない。少しだけ広い。それに、機械というより生物の体内に近いような。
(……)
何かが直接脳に語りかける。意識を集中しろ? 気味が悪かったが、言われた通りに集中してみる。目を閉じると、外の映像が見えた。あのエイシャチ野郎だ。
フロッグマンから見たときより、視点が高い気がする。手を握ると、映像の手が握る動作をした。
この腕、この視点。
「まさか、さっきの光の巨人?」
エイシャチが組み付いたこちらを認識したのか、触手を多数こちらに向け伸ばし、貫かんとする。
集中しろ。触手はそこまで多くない、一本一本腕で弾く。エイシャチがよろめいだ。
「この、よくもうちの稼ぎ頭を!!」
意識を右腕に集中し、思い切り振り下ろす。顔を叩きつけられ、エイシャチが海に倒れこんだ。
「ざまぁな……うわっ!?」
足に触手を絡ませていたらしい。エイシャチと連動し、巨人(自分)も倒れこむ。エイシャチが触手を離し、再び陸地を目指していく。
「ま、待て……うっ」
再び、意識が暗闇の中へ落ちていった。
―
『この……往生せいやああぁぁぁあ』
イングラム二号機、太田機が空中を飛び回るバッタに対し、リボルバーを数発乱射する。全て掠めもせず、ヘイトをかった太田機の頭部をバッタが体当たりで弾き飛ばす。
『ひ、ひいぃぃ! 太田さん! 太田さんの首がァ!』
『う、うそ! よくも……よくも太田さんをおおぉぉ!』
味をしめ突進体制に入ったバッタの1機を一号機が掴み取り、突進の運動エネルギーを利用し、そのまま地面へ叩きつける。
『泉。安心しろ、太田は無事だ。首ってのはイングラムの頭部パーツのことだそうだ』
『ちょっと進士さん! 私勘違いしちゃったじゃない!』
『アホか! バッタにやられたら首ぐらいで済むわけなかろうが!』
『あ、それもそっか』
『き、きき、貴様らー……人が大変なときに好き勝手言いよってからに』
現在、第一小隊及び安保軍・防衛隊が取りこぼしたバッタ・ジョロ数機が展示会場に飛来。これに対し第二小隊は避難誘導作業を21世紀警備保障に引き継ぎ、迎撃作戦を行っていた。
『突進に味をしめてくれたか、ら! こうやって電磁警棒とか、近接戦で対応できてるけど、長く持たないよ』
『ああ。野明、実際長く持たないだろう。付近一帯の市民の避難が完全に完了するまで持てばそれでいい。』
『ヘテロダインも近づいているしね。予定通り、レイバーキャリアはバリケードとして展開後投棄。その後は必要最小限の迎撃のみとし、全隊員速やかに撤退、以上だ』
『隊長、待ってください! レーダーに感。人型……未確認の機体が一機! こちらに向ってます!!』
『こんな時に暴走レイバー!?』
『いえ、にしてはあまりに速い。ローラー走行? これは……どう見ても4足の動きじゃない!! 500、300、100……来ます!!』
『うわあああああぁぁぁぁぁ!!』
ローラー走行で乱入したマゼンタカラーの謎の二足歩行兵器は、まるで機体に振り回されているかのような危なっかしいマニューバで地上を這っていたジョロに激突。続いて迫ってきたバッタに対し、腕を射出。宛らロケットパンチの要領(ワイヤー内蔵型なので、仮に《ワイヤードフィスト》と名付ける)でこれを撃破した。
『! こちら、警視庁特車二課! そこの暴走レイバー、止まりなさい!! ここは危険です! 繰り返します!』
『泉下がってろ! 俺が組み付いて捕らえる! うおおぉぉぉ』
錯乱したマゼンタの暴走ロボットが組みかかろうとした太田機にまた《ワイヤードフィスト》をかまし、太田機が数メートル弾き飛ばされる。
『ああもう、うるさいうるさいうるさあぁぁぁぁい!! どいつもこいつも人の話を聞かないで、勝手にこんなのに乗っけやがって! 俺は、俺はただ、アイツと!』
『駄目だこりゃ。奴さん、すっかり錯乱してるや』
『どうしますか? 隊長』
『あの"パンチ"見たでしょ? ありゃ一号機だけじゃ抑えられん。二号機はあのザマじゃ多分動けないし……とりあえず、太田を回収してちょうだい』
―
「青山! 早く!」
「青山ッ!」
「冗談じゃない……こんなことに、命かけられるか……!」
「何よ、この意気地なしッ!」
「君だってさっきまで反対してたじゃないか! 俺は、こんなことで死ぬのは真っ平ごめんだ。安保軍だっている! 俺達が戦う必要なんかないじゃないか、赤木!」
「その通りだ。ここは我々安保軍に任せ、避難したまえ」
「アンタは……アンタは何も分かっちゃいない!!」
「!」
城田が気圧され、まるでジャブをくらったかのような顔で上にいる赤木を見る。彼は、こんな状況で怯えも、錯乱もせず、ただ、熱く燃えているのだ。
「みんな怯えてる。木星トカゲや、あの謎の巨人まで出てきて。みんな、怯えているんだ! 今必要なのは軍じゃない。みんなを安心させる象徴……ヒーローなんだ!!」
ただ、彼は自らの正義に基づき、戦おうとしているのだ。
「青山! 三人揃わなきゃダイ・ガードは動かせない。分かってんだろうが!!」
展示会場、警視庁のレイバーが居たエリア……まだ、一般市民が完全に避難できていない場所だ。が爆発を起す。
逃げ惑う人々、飛び回るバッタ、必死に奮闘する警視庁のレイバー……。
少し前に電話がかかって場を離れていた大杉が、口を開ける。
「あー、赤木くん。ダイ・ガード、動かしていいよ。社長の許可が降りた」
「社長が!」
「大杉課長……! 我々の命令を無視するのですか!」
「城田さん。私はね、怖いんですよ。12年前のあの日、あの光景。未だによく覚えている」
「たしか、貴方は元自衛隊の……」
「でもね、今は12年前じゃない。象徴(ヒーロー)がいる。あの赤い鉄のかたまりは、今まさに立ち上がるべき時を迎えている」
「俺は……」
「お母さんのことは心配しなくていい、君のやりたいようにやりなさい」
「……!」
迷いが無くなったように、青山が自身のポジションである脚部コクピットへ走っていく。
「……後でおごれよ! 赤木!」
「そう来なくっちゃ! いよっ、いい男!!」
赤い希望の塊が、爆炎を、闇を裂き、起動した。
遅れ、ダンボール箱を抱えて大杉の元を訪れた肥満体型の三人組の一人が、おいおいマジかよ、と呟き、起動する象徴を見上げる。
「私達は見ていましょう。ダイ・ガードを、象徴(ヒーロー)を」
―
ああは言ったが、いざ、ここに乗り込むと色々迷いが湧き出してくる。本当にヤツと、ヘテロダインと戦えるのか?
自分も避難誘導をすべきだったのでは?
「出力あげるぞ、ゆっくり動かせ」
青山の声で我に帰る。そうだ、この二人まで勝手に巻き込んだのだ。これが今の、俺ができるベストだろ? 赤木。
「……やるっきゃないか」
自分の両頬を叩き、気合を入れ直す。
『よっしゃあ! ダイ・ガード、発ッ進!』
思い切りレバーを押し込み、第一歩を踏み出す。
ぼこん。
全長25メートルの巨体が歩いたとは思えない、気の抜けた歩行音。ぼこん。ぼこん。やはり、音が
『こいつ、中身スカスカだぞ!?』
『そうよ! だから無茶はできない!!』
『り、了解!』
『言っとくが、ヤツと正面から取っ組み合いは真っ平ごめんだ。まず、あっちの火災を止める』
青山が言ったのは、先程爆発が起きていた警視庁のレイバー隊がいるエリアである。
付近一帯の渋滞により消防署のポンプ車と消防レイバーの到着が遅れているのだ。広がる火災に対し、何故か頭部パーツが無い方の警視庁のレイバーが必死に板を降っているが、規模が大き過ぎて抑えられていない。
『でも、どうやって?』
『あそこにうちの会場のイベントパネルがあるだろ。あれを使って、あとは事故車両ごと雪かきの要領だ』
『よーし! 警視庁と市民の皆さん、下がってください!』
両腕でパネルを掴み、火災部分と事故車両をまるごと海まで押し落とす。海に沈んでいく建材と車両群。
『うわぁ……あとで大変そう』
―
『う、うわぁ……何、あのデカイレイバー!! めちゃくちゃだよー』
『あれは……確かダイ・ガードだな。乙型直立型特殊車両、レイバーの中でも特に特殊なタイプだ。21世紀警備保障がこの会場で展示していたマスコットだけど、まだ動くんだ、あれ』
『確か武藤重機を筆頭に各国の叡智で建造されたっていう……て、あれがマスコットですか?』
『そ、マスコット。だから今じゃ、中身だけならそこらのレイバー以下だと思うよ? 露と落ち、露と消えにし栄光の赤き巨人……ま、でも奴さんのお陰で火災も治まったことだし、各員は市民の避難誘導と、あのマゼンタの暴走レイバーを止める。泉、太田。二機で挟み撃ちをかけろ』
『太田さん! 二号機は後ろから組み付いて動きを止めてください! 動き自体は早いですが、マニューバは単調です!』
『うるさい! 素人は黙っとれ。こんなもん、銃で足を止めたほうが早い!』
『太田さぁん! 頭部パーツの照準が無いのに無茶で』
『うおおぉぉぉ!!』
進士の指示をかき消すように三発連続でリボルバーを発砲するが、ローラー走行の速さを捉えきれず、尽くが掠め程度でアスファルトのみをえぐる。
跳弾した一つが対面側にスタンバイしていた一号機の胸部を掠める。
『ちょっと太田さん! 危ないじゃない!』
『うるさい! 次は当て……うぐおぁわ!!』
四発目を構える前に肉薄してきたマゼンタのロボットが二号機にエルボーをかまし、続けて馬乗りになる。二号機の胸部に大振りで素人くさいテレフォンパンチを連続で浴びせ、機体を揺らす。
『こんっ……のおおおおぉぉぉ!! 止まりなさいって』
一号機が脇が空き、スキだらけになったマゼンタのロボットの脇部分に電磁警棒を突き刺し、動きを鈍らせた後続けて振り上がったまま固まった右腕を掴みとり、
『言ってんでしょうがあああぁぁぁぁ』
キレイな一本背負いをきめた。
マゼンタの機体の頭部が光を失い、動きを停止する。
―
『なんだぁ、暴走レイバーか?』
『赤木くん! ヘテロダイン、こちらに接近中!』
『うわっと』
一瞬下に気を取られていた。迫りくる触手にパネルを手放し、本能で回避機動をし、後ろにつんのめりかける。
『バカ赤木! 無茶苦茶な機動をするな! こっちはかなり揺れるんだぞ』
『す、すまん』
『二人共、こんな時に喧嘩しない!』
触手がムチのように撓り、一手二手とダイ・ガードを追い詰めていく。ついに、尻餅をつくように倒れ込んでしまう。
『く、くそおおおぉぉぉ』
―
ネルガル重工秘密地下ドック。先程と同じく謎の新造艦の艦橋にて、"地上安保軍の軍用機搭載カメラから報道ヘリの中継映像まで"全てをホログラムカメラ映像により空間上に映し出し、熱海の状況を静観していた。
宇宙ソロバン男と銀髪ツインテール少女が口を開く。
「あちゃあ。彼、警視庁のレイバーに捕まっちゃったみたいですな」
被害額か機体を取り戻す際の人件費・賄賂額の計算だろうか、達人級の熟しで電子算盤を弾きながら他人事のようにごちるのは、プロスペクター。本名年齢共に不詳の謎の男であり、この新造艦のクルーの殆どをヘッドハンティングで集めた凄腕である。艦では会計・監査を担当。
「ほんと、バカ」
次に一言だけ呟き、ハッキングと映像投影、周辺一帯へのジャミングを続けるのは、オペレーターのホシノ・ルリ。弱冠11歳でありながら世界有数の天才少女であり、こと電子分野に関しては彼女に勝る者は少ない。
今二人が言及したのはもちろん、先程第二小隊に拘束されたマゼンタの機体、ネルガル重工の新型試作機「エステバリス」の予備機と、その臨時パイロット、テンカワ・アキトのことである。
「でも警視庁も安保軍も、バッタもヘテロダインもみーんな注意がアキトに行きました! これで出港できます。出港したらまずアキトを機体ごと回収」
そして、明るくあっけからんと言い放ったこの少女。この新造艦の"艦長"、ミスマル・ユリカ20歳。防衛大学在学時、戦略シュミレーションにおいて無敗を誇った逸材であり、父に安保宇宙軍第三艦隊司令ミスマル・コウイチロウを父に持つエリートである。
彼女もまた、プロスペクターにヘッドハンティングされ、幼馴染であり安保宇宙軍の戦術顧問の卵(になる筈だった)アオイ・ジュンと共に、この艦に乗り込んだ。
「艦長、警視庁に捕まったのでは無理やり回収と言う訳には」
「駄目えぇー!! アキトは私の王子様だもの! 私の為に囮になる! って言ってくれたんだから、絶対助けなくちゃ」
「あら、彼そんなこと言ってたかしら」
紹介が遅れたが、操舵手ハルカ・ミナト22歳。元大企業の社長秘書であり、かなりのダイナマイトボディーを持つ。
「何ていうか、可哀想ですね。彼……」
次は通信士メグミ・レイナード。看護学校を出た後、声優業を経験。
「危険すぎる。彼には申し訳ないが、ここは置いていくべきだ」
戦闘顧問(戦術顧問と同義だが、彼の場合は白兵戦により精通する)のゴート・ホーリー。プロスペクターと共にネルガル重工から出向してきた人物である。
ちなみにラーメン屋の出前帰りにユリカに"再会"し、この地下ドックのエレベーターに乗ってきた彼に対し臨時パイロットになるよう言った人物が、このゴートであったりする。
以上に加え、正規パイロットのヤマダ・ジロウ。ウリバタケ・セイヤ率いる整備班、食堂を担当するホウメイ・ガールズの支援要員、そして艦載自立学習型AIオモイカネを加えた総勢100数名が、この新造艦の搭乗員というわけである。
「あ、そういえば」
「どうされましたか、艦長?」
「まだ名前決めてなかったですね! この艦!」
「……一応、予定では第1世代型ヤマ」
「決めました! ナデシコで行きましょう!」
ルリが言いかけた情報をさらっと無視し、勝手に名前をつけてしまう。プロスペクターが納得したように頷き。
「まぁ確かに。いくら肖りやゲン担ぎとはいえ、ヤマトという名前は貴方に相応しくないでしょうな。いいでしょう、機動戦艦ナデシコ!!」
「ま、確かにヤマトじゃ沈んじゃいますもんね」
「こーら、ルリルリ。駄目だぞ、あんまり不謹慎なこと言っちゃ」
「ルリルリ、ですか?」
「そ、ルリルリ」
ミナトがルリに早速愛称を付けている。
実際、この艦は殆どがさっき会ったばかりの赤の他人の集まりなのである。彼女、ハルカ・ミナトが選ばれたのは、こういった理由もあるのかもしれない。
「それでは、ナデシコ発進スタンバイ!!」
―
(……奴が暴れている。守れ、ハチ……)
「! 俺は、一体。そうか、あのエイシャチ野郎にすっ転ばされて。何だか急にムカムカしてきた……!!」
夢の中で誰かが呼びかけていた気がする。
守れ。
守れって何を。街か、人か。ただ、はっきりしていることは一つある。
「奴を……ぶっ倒す!!」
意識を足に集中。海底を蹴って海中を高速で移動し、地上のエイシャチ野郎へ向かう。
感覚で奴の位置がわかる。補足……!
「《スプロート》ッ!!」
右手の四本指を植物のようにうねり伸ばし、その全てが背後からエイシャチの頭部を貫いた。すぐに引き戻し、指形態に戻す。
まるで悲鳴をあげるように金切り声を発するエイシャチが、今まさに襲いかかろうとしていたらしい赤いロボットからヘイトを離し、こちらを睨むように対峙した。
「へっ、かかってきな。エイシャチ野郎!!」
先程のように触手をうねらせ、こちらに絡みつこうとしてくる。
「二度も同じ手をくらうかよ!」
今度は先んじて足払をかけ、エイシャチを転倒させる。暇を与えないようにすかさず馬乗りになり、右手で頭部を鷲掴みにする。
「細切れになりやがれ!《フィンガーローツ》!」
掴んだ状態で連続で放つ《スプロート》が、エイシャチの頭部を消し炭にした。
だが、間をおかずに身体部分から消し炭になった頭部を再生させ、元通りになる。
「くそ、これでも死なねぇのか、こいつ」
復活したエイシャチに叩かれ、身体がよろめく。
『そこのロボットさん! 下がってください!』
さっきこのエイシャチに襲われていた赤いロボットからだ。両腕でエイシャチに掴みかかり、海まで押し込んでいく。
抵抗するように、エイシャチが赤いロボットの右腕に触手全てを絡ませて締め上げ、引き千切らんとする。
あの赤いロボット、相当デカイハズだが、その右腕が軋むほどの力に、装甲が悲鳴を上げ、辺り一帯に金属音を響かせている。
『片腕くらい……くれてやらぁ!』
ぼすん。
妙に軽い音と共に千切れた右腕と共に、自身の作った"引っ張る"運動エネルギーと、追撃で押し込みの突進をかけた赤いロボットにより、海へ無様に落下していった。
エイシャチは、上がってこない。
「やった……のか」
片腕を失った傷だらけの赤い巨体と、白い巨人が沈みかけた太陽に照らされ、赤く、赤く佇んでいた。
―
「後で、正式に抗議が行くと思います」
城田が呆れと怒りの入り混じった表情で大杉を非難する。
ヘテロダインと木星トカゲのバッタ群、そして謎のマゼンタ暴走レイバー事件が収束し、現場の人間は安堵に……包まれるとはいかなかった。
海に落ちたヘテロダインは、安保軍による必死の捜索も虚しくロスト。依然行方は解かっていない。ダイ・ガード、アマツ共にパイロットは機体から降り早々、安保軍に半拘束されていた。
二次・三次災害によって近隣の住宅類も多数倒壊・消失し、数百名の避難民を生み出してしまっていた。現在、避難民を受け入れようと安保軍と21世紀警備保障で揉めており、交渉は難航を極めていた。
「それにしても、まさか「アマツ」に人が乗っていたとはな」
「!」
「「アマツ」は謎の多いロボットだ。貴方には後ほど事情聴取と、特別な検査を受けてもらう」
「そんなことより避難の話だ! あんたら軍のヘリを待つより、うちの「アホウドリ」を使ったほうが一度にみんなを運べるし早い!」
城田の態度に怒り、赤木が話を戻そうとする。
「何度も言わせるな。これは我々の仕事だ、民間は下がっていただきたい」
「なにをぉ……ッ」
「赤木くん!」
「赤木、落ち着け!」
殴り掛からん勢いの赤木を後ろからいぶきと青山が押さえる。
「みんな、不安なんだ! 一刻も早く安心させなくちゃ!」
「そうだ! 俺だって社長が無事か確認したいし、早く人数を把握して、避難させるべきだろ!!」
正直、フロッグマンをお釈迦にした手前、社長の顔を見るのが一番怖いが、死なれたら困るのも確かである。
「あーあー、うちからもお願いできますか?」
そういって、のれんを捲るようにテント内にオレンジカラーの隊員服を身にまとった中年の男が入り、城田に話しかける。
昼行灯といった見た目の印象とは裏腹に、どこかに隠しナイフでも隠し持っているような、侮れない雰囲気を醸し出す警視庁特車二課第二小隊隊長、後藤喜一である。
「警視庁が何の用です」
「何の用って、なんというか、我々も困ってましてね? 避難民状態の一般市民、一部が暴徒化しそうな勢いでね? 困ってるんですよ。うちの隊員もピリピリしちゃって、このままじゃ怪我人……」
背後から発砲音。"警察官の誰かが威嚇で発砲したらしい"。
「いや、死者がでてしまうかも」
「……!」
城田のストレスが沸騰するお湯のように湧き上がっていく音が全員に聞こえた。
「特例だ」
「!!」
「ただし! 輸送機の一機には私が同乗し、避難場所もこちらが用意・指定させてもらう」
「よっしゃあ! ほんじゃ、早速――」
ゴゴゴゴ……
突然、背後の山から地響きがし、辺りを揺らし始める。
「まさか……地震か!?」
「いや、違う! 山を見ろ!」
山の下部が広がるように開閉していき、中の暗闇から真っ白な艦体に赤いラインの通った戦艦が空中に浮上。移動を始めていた。
安保軍・防衛隊の戦車部隊やレイバー部隊は既に撤収を開始していたタイミングであり、背後の山から突然現れた未知の戦艦にてんやわんやとなっている。
『こちら「ナデシコ」。安保軍・警視庁の皆さん、私達に敵対意志はありません。……ルリちゃん、やっちゃって』
「こちら城田だ。どうした!? ……くっ、無線が通じない? 人為的な電波妨害か」
「ありゃまぁ、特撮作品みたいだね、こりゃ」
『警視庁に拘束された本艦のパイロットと機体の速やかな返還を要求します。抵抗した場合、それなりの対価を支払ってもらうことになります』
戦艦からの身勝手な要求に対し、城田が部下から渡されたメガホンを握り、返答する。
「こちら、安保軍幕僚本部監査官・戦術顧問の城田だ。貴様達の身勝手な要求を飲むことはできない! 貴艦は速やかにエンジンを停止、武装解除の後搭乗員全員投降をしたまえ! 従わない場合、国家へのテロ行為とみなし、全力で撃墜する!」
「ちょ、ちょっと待てって! あんなとこで落としたら、下の街や人たちに被害がでるだろーが!」
『その要求には従えません。速やかにパイロット……アキトを返してください!』
……アキト?
「バッ……! バカ、ユリカ! そんな風に呼ぶんじゃねぇ!!」
あの声、もしかして雪谷食堂の、あのバッタ恐怖症のアルバイトか?
何故かは分からないがアキトと呼ばれたあのアルバイトは警察に拘束されているらしく、手錠をガチャガチャ言わせながら、首を伸ばし、上空の戦艦に向って怒鳴っている。
『あ、アキトだ! やっぱり、無事だったのね!』
「何が無事だったのね、だ! お前のせいでこっちはさんざ」
『やっぱりアキトは王子様なんだ。いつも私のために戦って、いつも私の元に駆けつけてくれる!』
「勝手な妄想言ってんじゃねぇ! 俺は、ただ、お前に会いたくて……」
『うんうん。アキトの気持ち、よーくわかる。私もすっごく会いたかったんだもの! 待ってて、今ヤマダさんが迎えに行ってるから!』
『ちが、そういう意味じゃ』
「ねぇ、課長……俺ら、なんで夫婦漫才見せられてるんでしょ」
「あれは、そういうのじゃないんじゃない?」
戦艦から何かのロボットがカタパルト射出され、錐揉み、飛行機雲を螺旋状に発生させながら、アルバイトの元へ華麗にヒーロー着地を決めた。
同機種のようだがかなり見た目が異なる。マゼンタカラーに対し、ブルーメインの要所要所にオレンジラインといったカラーリングでモノアイ、換装の違いなのか、ファンタジーの翼を思わせるユニットが背部に二つ取り付けられている。
《『迎えに来たぞ、新入り!!』》
何故かさらにエコーがかった外部マイクからの音声、男の声だ。がアルバイトに対し語りかける。
後藤の指示でアルバイトの近くにスタンバイ・デッキアップを済ませていた一号機がすかさず電磁警棒で無力化しようとするが、あらよっととでも言わんばかりの華麗な回避に翻弄され、かすりすらしていない。
『な、なに! このレイバー、めちゃくちゃ動きが早いよ!』
『イングラムは最新機種だぞ! お前が遅いだけなんじゃないか!』
『そんなわけないじゃない! これ、きっとパイロットの腕だよ!』
《『ハハハハハ! 筋が良いな! だが、正義は必ず勝つ! ゲキガン、パーンチ!!』》
《ワイヤード・フィスト》が"回避機動をした一号機の胸部に"直撃し、一号機を吹き飛ばす。気絶したのか、一号機がピクリとも動かなくなる。
『野明! 大丈夫か、しっかりしろ野明!』
《『さて、悪いがこいつは回収させてもらうぜ。では……さらばだ!!』》
抵抗し暴れるアルバイトを右マニピュレータで握り包み込み、飛翔。安保軍からの対空射撃や対空砲撃の尽くを回避し、瞬く間に戦艦へ帰還していった。
『では、アキトは返してもらったので、私達はこれで!』
『待て、貴様達の目的は何だ!』
『私達の目的は火星の調査と、「ユートピアコロニー」の生存者の奪還です!!』
火星ユートピアコロニー。一月前のルウム戦役を語る上では外せない名前だ。
安保宇宙軍フクベ提督率いる第二艦体が急行中に突如出現した謎の艦体群(のちに木星トカゲと呼称)と戦闘に入る。第二艦体の先制攻撃は全て謎の力場で捻じ曲げられ、動揺した艦体はフクベ提督の乗る旗艦を残し壊滅。
謎の艦体が地球に向け打ち出した侵略兵器である「チューリップ」を阻止すべく、フクベ提督は乗員と共に脱出の後自身の艦を特攻させ、何とか「チューリップ」の軌道変更に成功する。
かくして、フクベ提督は帰還後「火星大戦の英雄」と呼ばれることとなるが、この軌道変更の結果、「チューリップ」が墜落したのが火星居住区である「ユートピアコロニー」だったのである。
『バカな……! 生存者などいるはずがない!』
『行かなきゃ分からないじゃないですか』
『!』
戦艦が速度を上げ、この区域から離脱していった。
『何というか……若いっていいね、ホント』
これからどうなるかは分からない。「ヘテロダイン」の再来。謎の戦艦とレイバー。そして、「アマツ」。
俺は、これからどうなっていくのだろうか。
end.
これを書こうと思ったきっかけは最近改めて視聴した【老人Z】でした。頭の中でもし第二小隊が居たら? とか、もしヘテロダインがきっかけなら? とか。妄想が膨らんで、暇つぶしと鈍った筆の整え直しも兼ねて、一週間、コツコツと設定や大まかなプロット、本文を書きました。
何より、人類から余裕や娯楽が失われていく、未曾有のウイルス災害の中、何かに必死になりたかった。
正直、プロットはともかく、続きを実際に書くかは気分や状況次第になると思います。遊戯王小説もすっかり放置してしまって。
家に同居する理不尽に、精神的に摩耗する毎日ですが、趣味を通して少しでも自分を磨いておこうと思います。
(っᐖ )╮ =͟͟͞͞〆岩