エースを探せ! 作:66
一番乗りかと、御幸一也は思っていた。
彼は推薦で青道高校入りが確定しているので、受験を待たずにして入寮できる。
(色々、やりたいことはあるからな)
彼は捕手である。グラウンド上の監督とも呼べるこのポジションは、やることが非常に多い。
打って守ればいいのが野手ならば、そこに加えて投手の介護もしなければならないのが捕手というポジション。
この高校には、どんな投手がいるのか。
性格は?
持ち球は?
決め球は?
スタミナは?
コントロールは?
それを把握し、理解し、向き合う。それが投手と共にゲームを創り上げる捕手としての、最低限の礼儀。
そんな信念のもと、彼は入寮日初日に顔を出した。特待生の入寮日とその他の――――言い方は悪いが――――選手の入寮日は微妙に異なる。
監督に挨拶し、部長に挨拶し、自分をスカウトしてくれた副部長に挨拶をしたところで、聴いた。
貴方が2番目よ、と。
自分の他の推薦枠が誰なのか、御幸は知らない。だが、やる気があるのはいいことだ。
荷物を解き、同部屋の先輩に挨拶してグラウンドへ。
今は、高校野球にとってのオフシーズン。空いているはずのグラウンドにも、実家に帰らず関東大会に向けての練習に励む先輩たちがちらほらいる。
最近不調とはいえ、さすが名門。投げ込みをしている投手を見に行こうと脚を踏み出したところで、御幸の耳に聴き慣れた音が響いた。
炸裂音か、破裂音と聴き間違えるばかりの打撃音。空を引き裂くように飛ぶ白球。
「東……?」
構え直し、投げられたカーブを右に左に中央に。いっそ堂々と20球ほど打ち込んで、後ろに並んでいた巨漢と代わる。
「バケモンやな、お前……」
「いえ」
東勇輝。本来ならば、ここにいるはずの無いこの世代の最強打者。後ろに控えた巨漢は、東清国。今季ドラフトの目玉と言うべき大型サード。
「いえ、やないやろ。あんだけ好き勝手に飛ばしといて」
「レベルが違いますよ」
こともなげに、20の15(8本塁打)の打者はつぶやいた。
「相変わらず言うもんやな……」
回りの先輩たちが一斉に色めき立つ中で、東清国だけが平然としていた。
彼だけは、その言葉の意味を知っている。
「まあ、頼りにしとるで」
「それほどの役には立たないと思いますよ」
驕り高ぶっているのか、それとも謙遜しているのか。戸惑う先輩たちを置き去りに、バットを右肩に担いで東は来る。
「よぉ」
「……」
わざと、御幸は気さくに声をかけた。
東には普段の眠たげなたたずまいと打席での強烈な威圧感も合わさり、ある種よくわからなさ――――言うなれば、超然とした話しかけづらさがあった。
目の前にしても、それは変わらない。脚を止め、左手を顎に手を当てて考える。
何考えてんだろ。そんな答えの無い問いがこれまた無意味な選択肢を提示する前に、東は鷹揚に頷いた。
「…………御幸一也だな?」
「お、おお」
「よし」
もしかして、名前を思い出していたのか。
満足げに頷く東からは、ほのかな達成感が見られる。
「で、なんの用だ?」
俺はレベルの違いを見せつけられたから走り込むつもりなんだが。
そう言われて、『ん?』と。御幸は心の中で首を傾げた。
「見せつけたから、ってことか?」
「いや」
遠い目。中学から高校へ。レベルアップの激烈さ、周囲を固める選手たちのレベルの違いに思いを馳せて、東は厄介な捕手へと目を向けた。
「打撃練習で20打数15安打8本塁打では、な」
普通である。というか、むしろ良い方ですらある。
なにせ、高校に来てはじめての打撃練習なのだ。球速も変化球のキレも、桁違い。そんな中での7割5分は凄まじい。
そんな心情を知ってか知らずか、件の眠たげな瞳は闘志に燃えていた。
「調節ネジが緩んでいる。アジャストできずに、引っ張りすぎたり流しすぎたりした球が8回はあった。練習を完璧に終えずして、本番に何ができるとも思えない」
結果に満足しない、冷徹にすら見えるストイックさ。近寄りがたさがあった左投げ左打ちの一塁手の天才性には、どこまでも深い飢えがあることをはじめて知った。
「俺は左だからな」
大きな歩幅で、東は横を抜けていく。
左投げというだけで、守れるポジションは大きく制限される。内野はファースト以外全部無理で、残りは外野のみ。
御幸が捕手から弾き出されても、ファーストやサードを守ることができる。いざとなれば、外野もある。
しかし、東にそれはない。ファーストから弾き出されれば外野だけ。
常に背水の気構え。その覚悟が、あれほどまでの打棒の冴えに繋がっている。
打席で見る姿とはまた、違う。
誰よりも恐ろしい敵になるはずだった男の後ろ姿を見送って、御幸は前へと駆け出した。
いい音が鳴った。白球が空を飛んでいく。
今打席に立つのは、東清国。浮いたストレートを思い切り引っ張った打球はフェンスを越えてグラウンドの外へと伸びていき、ネットに阻まれて事なきを得る。
(打線は問題なさそうだな、こりゃ)
力の清国、技の勇輝。ピンポン玉でも飛ばすかのような一打は、飛距離で言えば東清国が勝る。
むしろ、比べられることがおかしいのだ。まだ中学生の殻が脱げていない新入生とプロからの注目を集める強豪の四番では、同じステージにすら立てていない。
立てない、ハズ。
(それにしても、なんだってあいつはここに来たのかな)
U15でも、東は日本の四番ではなかった。
大会でも、江東シニアの四番ではなかった。
東勇輝は、成宮鳴の四番だったのだ。投手は、援護がなければ永遠に勝つことのできない。謂わば剣を持たない戦士である。
成宮鳴の剣が、東勇輝という男だった。彼は絶対に、完封負けを許さなかった。絶対に点をもぎ取って帰ってきた。
(まあ、目下最大の既知なる脅威が味方になってくれて嬉しいが……)
それは、どうにも気になる。成宮言うところの『最高のチーム』に、長年支えてきてくれた東が入っていないとは思えない。
成宮は、本気で困ったときにファーストを見る。
点をとってくれよ、と思っていたのか。こいつなら追いついてくれると思っていたのか。それとも、こいつの前で無様を晒したくないと思っていたのか。
U15という輪の中で接してみて三番目が濃いような感があるが、あの視線の中には前2つもあっただろう。精神的支柱、とでも言うべきか。
思いっきり上から投げ下ろす様が続く限りは無敵だが、追い詰められると視線を合わす。
ピンチに弱いというわけでも、メンタル的に弱いというわけでもない。ただ、絶対的な主砲に頼っていたと言うだけで。
(……それにしても、あんまり球種は無いんだな)
成宮鳴は、リトルでは必殺球たるチェンジアップとストレート。シニアでカーブとスライダーを覚えていた。
いずれもパタリと投げるのをやめた期間が存在したものの、U15時点では主戦球種としても見劣りのしないものだった。
無論、これは打撃練習。精度や球の威力をここで十全に発揮させるとは思えない。しかしそれにしても、簡単にかるーく飛んでいく。
――――よく見ておくことだ
入寮前日、つまり昨日。よろしくお願いしますと電話をかけたとき、尊敬する先輩捕手・クリスからはそんな忠告を受けた。
それがどのような意味を持つのか、御幸にはまだわからない。捕手にとって、投手を見ておくことなど当たり前のことだから。
そんな当たり前なことを殊更に言われたとなれば、何かがあると考えても間違いはないように、御幸には思えた。