エースを探せ!   作:66

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お気に入りが2倍になりました。そして評価もいただきました。感謝です。

それはともかく交流戦なくなって悲しい。


ファーストの男 3

 その後もぞろぞろと、新入生たちはやってきた。東は休み時間は同室の先輩と将棋に興じ、練習中は話しかけられない程の集中力で打ち込むため、なぜ稲実に行かなかったのかは聴けていない。

 

 ……というよりも、聴く暇も余裕もなかったのだ。

 自己紹介、練習の開始、多すぎる食事。3月25日に始業式からそうそうはじまった高校野球の洗礼。

これらを受けて早くもグロッキー状態な同期たちは、突っ伏したり船を漕いでいたりと様々な形で疲労を面に出している。

 

「注目ー!」

 

 コンコンと、手に持つ棒でホワイトボードを叩く。貸し切りを許してもらった寮内のブリーフィング室には、新入生たちがズラリと座っていた。

 いずれも各地域のシニアで名を馳せた有望株。各ポジションまんべんなく人が居るが、特に投手が多い。

 

青道の強みは、打線。先代の榊監督時代から一貫してそう言い続けられている。

つまりそれは、投手の水準が打者を超えたことがないということである。全体的なレベルの低さに加えて、突出した存在――――エースの不在。

 

慢性的に投壊していた横浜なんたらスターズが遠くない未来から大卒No.1左腕の乱獲を

開始するように、青道も投手の有望株を乱獲しようとしていた。

しかしこの場には、シニアNo.1ピッチャーこと成宮鳴もNo.1右腕こと明石聖也も居ない。拒否られたのだ。簡単に言えば。

 

「もう自己紹介はしたけど、一応。俺の名前は御幸一也」

 

 ぐるりと、見回す。江戸川シニアの御幸といえば、世代No.1捕手の呼び声高い有望株である。彼の名前はここにいる誰もが知っていた。

 ただ、その自己紹介に対する反応は鈍い。一人を除いて疲れ切っている彼らにとって、もはや反応することすら億劫だった。

 

 はやく寮に帰って寝たい。

 

 それが、誰しもの心のなかにある。

 そんな内心を察して、御幸はいきなり本題を切り出した。

 

「明日、2年の先輩方と試合をする……ってのは知ってるか?」

 

 ピクリと、全員の身体が跳ねた。

御幸の一言は睡眠の世界へといざなわれようとしていた者を動かす魔法の言葉であるかのように、この場の全員の心を動かす。

 

「なんで、それをお前が知っとるんや?」

 

「小耳に挟んだ」

 

疲労の濃い関西弁での問いに曲者らしい、もっと言うならば捕手らしい油断のならない笑みを浮かべて御幸は答えた。

本当に、たまたまだった。2年生の層が薄く、投手陣に至っては言うまでもない。そんな状況もあってか、部長が監督に提案していたのだ。

 

『もともと春季東京都大会では御幸と東を使ってみる予定だったんですから、残りも試していたらどうしょう? 特にあの川上なんかはコースへの制球が抜群で……』、と。

 

 それに、監督は頷いていた。となると近々、あるということになる。

 

「もうすぐ春季東京都大会がはじまる。その時のベンチメンバーに選ばれる可能性があるかもなぁ」

 

 にわかに、死にかけの群れだった一年生たちが沸き立った。

彼らは無論のこと、シニアでは主力を張っていたのである。体力的にはまだまだでも、試合となれば先輩たちにも食らいつけるだろうという自信がある。

 

「それに、言っちゃ悪いけど……先輩たちは『不作の世代』だって言われてたもんな」

 

 誰かが言い、更に場が活気づく。

 青道高校現2年生は、入学早々不動の正捕手の座を掴みとったクリスを除けば不作であるというのがこのときの一般的な評価だった。

 

 たった、1年の差。されどとも言えるかもしれないが、この場に集まるのは中1のときから3年の先輩を蹴落としてレギュラーを掴んだ猛者たちである。

たった1年の期間など、彼らにとってはなんでもないような差に見えた。

 

 そんな湧き上がった空気を霧散させるように、御幸は柏手を2つ鳴らした。やる気にさせる気ではあったが、侮らせる気は毛頭ない。

 

「静かに」

 

 ぴたりと、雑音が止む。慢心に近い希望を共有して前に進もうとしていた1年生たちは、その妙にハッキリとした言葉を放った男を見た。

 

 東勇輝。あるものは外野で彼の放った打球を見送った事がある。あるものは渾身の一球をスタンドに叩き込まれたことがある。

 なによりもその沈着とした佇まいが、彼らのむやみに沸き立つ心を沈めた。

 

「御幸、続きを頼む」

 

「お、おう」

 

 もしかしなくとも、こういうことはこいつに任せたほうが良かったんじゃないか。

台本だけ書いて渡せば、それで済んだんじゃないか。

 

そんな後悔と人をまとめることの苦労を噛み締めつつ、御幸は静まった一同に向けて再び口を開いた。

 

「俺たちはもうすぐ、先輩たちと戦う。だから、もう覚悟を決めておこう。頭に情報を入れておこう。監督に行けるかと訊かれたら答えられるように、自分たちで決めろと言われて戸惑わないように」

 

 全員に、出場の機会は与えられるとは限らない。スポーツの世界は弱肉強食、まったく機会を与えられないこともあるだろう。

 だからなのだと、御幸は思う。その少ない、無いかもしれないチャンスを逃さないために事前にやれるべきことはすべてやっておくべきことだと。

 

「まず、2年生のエース格は丹波さん。このひとは大きく縦に割れるカーブが武器で、四隅に決められるコントロールを持ってる。被弾数はそこまででもないけど、去年の夏を見るに連打連打でやられてる。二番手の松葉さんは――――」

 

 打者には投手の攻め方を。投手には打者の攻め方を。

 早めに入寮して収集していた情報と、ここ一週間共に練習してみて得た情報。それらを組み合わせて伝えていく御幸だが、言ってわかってすぐできるとは思っていない。

 

 つまり、弱点がわかっていたとしても、それをつけるかどうかは別問題なのである。

 

 それは当たり前だよと、誰もが言うだろう。しかし、これまではなんとかなっていた。才能と努力で覆してきた。つまり、本当の意味で理解していなかった。

 

 リトルの上澄みが、シニアに行く。そのシニアの上澄みとして、彼らは青道にやってきた。

 上澄みの上澄みたる自分たちが、やってできないはずはない。積み重ねてきた今までが、彼らに自然とそう思わせる。

 

 これまで当たり前のように活躍していたスーパー中学生たちは、知ることになる。

 高校野球というものの、高い壁を。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「一部の耳聡い者から伝わっているらしいが――――」

 

 じろり、と。ウォーミングアップの後にこの場に集められた1・2年生たちを、サングラスの下の鋭い眼が見回した。

 1年の視線が一斉に御幸を射し、刺された哀れな捕手はぴーぷーと口笛を鳴らす。

 

 そんな一幕を見せながらも、青道高校監督・片岡鉄心はそれを咎めなかった。

 事前の情報収集、対策。それは野球の基本である。対戦してから対策を立てるのでは、遅い。指揮を取る立場だからこそ、そのことをよく知っている。

 

「――――今日は1年対2年の練習試合を行う」

 

 春季東京都大会が近い。というか、もう2日3日経てば抽選会がある。

 

 ――――この試合が、最後のアピールチャンスだ。

 

 言葉にせずとも、誰もがわかっていた。

 

「いい顔だ」

 

 ニヤリと笑う、強面。その道の人間だと思われかねない怖い笑みを見せて、片岡鉄心はスタメン表を手にとった。

 

「2年生! 1番セカンド小湊、2番ショート楠木、3番センター伊佐敷、4番ファースト結城、5番サード増子、6番ライト門田、7番キャッチャー宮内、8番レフト坂井、9番ピッチャー丹波!」

 

 はいッ!、と。威勢のいい9つの色の声が鳴る。『いい返事だ』と頷いて、片岡鉄心は1年の方を見た。

 

「1年生! 1番ショート倉持、2番セカンド木島、3番センター白州」

 

 俊足の倉持が塁に出て盗塁。巧打のセカンド木島が右打ち、3番センターの白州は走攻守揃ったオールラウンダー。

 

 白州って誰だよ。そんな声が聴こえたが、概ね予想通りな打順。

 

「4番ファースト東、5番キャッチャー御幸、6番サード前園!」

 

 4番には、誰も何も言わなかった。当たり前だろうと、本人も受け止める。

 

(まずいなぁ)

 

 問題はこれ、5番御幸。言われた本人が、少し顔色を青くした。

 外角掃除大臣・東にランナーをお掃除されると、たぶん御幸は打てなくなる。6番前園は、妥当である。彼は好き勝手に振り回してこそ光るところがあった。

 

「7番レフト山口、8番ライト麻生、9番ピッチャー川上!」

 

 7・8番に前園タイプの山口と麻生。上位打線はオーソドックスな構成で、下位打線はつなぐというより一発狙いであることがわかる。

 

 全員がこれまた元気にはいっ!と返事をし、片岡鉄心は双方を見て一喝――――本人にそんなつもりはないだろうが――――した。

 

「2年生は一塁側、1年生は三塁側。10分後、試合を開始する!」

 

 迫力たっぷりな号令に、返事をしてすぐさまピューっと蜘蛛の子を散らすように1年が走り、2年は落ち着いた駆け足でベンチに向かう。

 

「なぁ、東」

 

「うん?」

 

 クソ落ち着きに落ち着いている東は、ゆったりと駆けながら右を向いた。

 これまたゆったりと駆ける御幸は、めずらしい神妙な顔。

 

「これは物凄く勝手なお願いなんだが」

 

「聴こう」

 

「ランナーを掃除せずチャンスで回してくれると、俺も打線を繋げられると思う」

 

 ふむと、唸る。

 風格溢れる長身のスラッガーは、いかにも心得たように頷いた。

 

「わかった。軽打を心がけよう」

 

「サンキュー」

 

 そんな会話は、確かにあった。

 

 

 バキン、と。

 死ぬほど聴き覚えのある音がグラウンドに鳴る。

 腰を落として、この音を何回聴いたことだろう。何回、白球を見送ったことだろう。

 

 そして何回、この男がグラウンドを悠々と回る姿を見たことだろう。

 

「…………怪物め」

 

 四番ファースト東勇輝、先制2ランホームラン。




御幸はやっぱり動かしやすいので、しばらく彼視点で進むと思います。
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