エースを探せ! 作:66
白州を修正してくれた人、ありがとうございます。辞書登録しておきます。
そういえば、御幸に打たれた記憶はあんまりない。
五番の置物の三振で1回の攻めが終わり、守備位置たるファーストへ向かいつつ東はそう思い返した。
御幸一也は守備がいい。肩も強い。ただ、打撃にかなりのムラがある。成宮鳴のことをちょくちょく打ってはいたものの、めちゃめちゃ打っていたわけではない。確か3割を切っていたはずだ。
周りの打者が弱かったというのもあるだろう。未来の吉田正尚のように、アレな打線の中に居る突出したひとりは壮絶なマークにあって調子を崩したりする。
それかと思っていたが、どうなのか。
東はベンチに戻って早々バットを磨いていたから、御幸がどのような球をどのように三振したのかを知らない。
三振と一言で表されるが、やはり中身というものはあるのだ。クソみたいに外れたスライダーを空振して三振するのと、ギリギリを見逃して三振するのとでは全く話が違ってくる。
ただ、リードはいい。それなりに強かった打線が、彼の前だけでは沈黙したことを覚えている。ホームランを打ったのは、確か自分一人だけだったはずだ、と。
1年生軍団の先発は川上。シンカー・スライダー・カーブの3球種を投げ分ける技巧派である。
切羽詰まると制球が落ちる悪癖はあるものの、それでも1年生軍団の中では頭1つ抜けた制球を持つ。
「フォアボール!」
13球粘られて根負けし、先頭バッター小湊亮介は塁に出た。
点をとってもらった、その裏の守備。あまり好発進とは言えないが、これ以上粘られても困る。
川上には、決め球がない。丹波はストレートと縦のカーブで空振りをとれるが、川上は基本的に打ち取ってアウトを重ねるタイプ。対して小湊亮介は、当てることならばチームで1番巧い。
「ずいぶん粘りましたね」
「相手投手の引き出しを見せてやるのが、1番打者の仕事だよ」
なるほど全く、そのとおり。
2番に迎えた楠木があっさりとバントを決め、小湊は二塁へ。
誰も居なくなった一塁を守りながら、打席を見る。ワンアウトとって、迎えるは3番伊佐敷純。強肩のセンターである。
(打撃傾向は……)
伊佐敷は公式戦に出たことがないから、データは少ない。打撃傾向、打球方向、その他を測ることは難しい。
「シャ、オラァーッ!」
威嚇するように吠え、打席に立つ。明らかに一発狙いのスラッガーに見えるが、構えはそれほど大きくない。
(川上、ここだ)
低めに決まるシンカー。一球目の空振りを見て、引っ掛けさせるべく投げられた球は見事作戦どおり少し引っ張られてショート方向へ。
(はぇえ!)
御幸一也は、フルスイングを幾度も見てきた。しかし、見てきた中でもトップクラスにスイングスピードが速い。
いくら3番を打っているとはいえ、ここは2軍。そんな所にくすぶっているような打者のスピードではない。
確かに、狙い通りのところに飛んだ。だが、スイングスピードが想定の上をいった。
「抜けろやー!」
怒鳴りながら、一塁へと走る。球脚鋭い打球がショートを抜けようとして、止まった。
「抜かせるわけ」
ショート倉持。ポジション適性試験では走塁・盗塁試験で1年生軍団の3冠という度を越した俊足。
普通のショートであれば抜けていくのを見送るしか打球に、彼はぎりぎり追いついた。
「ねーだろ!」
二塁を一瞥し、進塁を阻止。くるりと回って難しい体勢から放たれた送球は上へと逸れるも、それを脚一本だけ塁上に残した東が軽々と掴む。
「アウト!」
塁審が宣告し、アウトカウントがまた1つ増える。
ランナー釘付け、二塁に置いたままで四番。
(どうすっかな……)
オーラがある。そして、状況も似ている。違うのは、右打席か左打席ということと、ランナーの場所。
同点2ランがレフトへ飛んでいくのを幻視して、御幸は嫌な予感を首を振って飛ばした。
やる前に負けを意識するのは、良くない。警戒するのはいいが、負けを意識して臨むのは全身全霊を尽くしてからでも遅くはない。
最初に選んだのは、スライダー。内からストライクゾーンにギリギリ入る、厳しいコース。
(いいのか?)
内角への球は、確かに有効だ。ボールだと思って手を出せないことが多い。
しかし、捉えられればたちまちスタンドへと運ばれる。一か八か、ギャンブルのようなピッチング。
そんなことをしてこなかった川上には、不安があった。
御幸は攻めたかった。そして川上は、逃げたかった。四球上等のピッチングをしたかった。
カーン、と。涼やかな音がなった。激烈で爆裂な下品な打撃音ではない、透き通るような音。
「……初球から行きますか」
脳裏にあるのは、振らずに粘った味方の四番。苦い顔をする捕手へ振り向いて、結城哲也は少し悩みつつも言った。
「東がやっていたのは、1番の仕事だ」
前2人は、早打ちだった。手の内を実際に目にする前に、打席が終わった。3番の白州にしても、見せたのは一球目のみ。
「四番には、一球あればいい」
同点。取った点を、すぐさま取り返された。
続く5番増子に2ベースを打たれ、6番門田をセカンドライナーに仕留めたものの、空気は重い。
先攻の成功は、奇策に拠る。
しかし、逆襲はあくまで正攻法でなされた。
取っても、取り返される。この攻防でわかる、実力の差。
「川上」
今までいたマウンドをぼぉっと見つめる川上に、東は常と変わらぬ落ち着いた声音で声をかけた。
がっくりときていた川上の肩が跳ねる。
せっかくの、ワンチャンスをモノにしての援護。それをあまりにもあっさりと取り返された。
何を言われても仕方ない。そう縮こまる川上の左肩を、大きな手が叩く。
「そう悲観するなよ。見殺しにはしない」
「え?」
「え?ってなんだ。別に援護が2点しかないってわけじゃないんだぞ?」
そんなに絶望的な顔をするなよ。
そう言って、グラブを外して手を叩く。
「前園」
「な、なんや!」
「俺たちは1回で2点をとった。そうだな?」
「せやけどそれは……」
アンタの個人技やろ。そう言いかけて、やめる。
確かにホームランは個人技の極みのような現象だが、その前にランナーは出ていたのだ。
「なら9回で18点とれる。つまり、17失点までならいい。そういうことだ」
わかったか、川上。
そう言われたような気がして、川上憲史は頷いた。
「御幸」
「おう」
「17失点までに抑えてくれ」
一方的な要求を突きつけ、いつしか彼を囲むようになっていたメンバーを放っておいてベンチに座る。
「さぁ、行け前園。別に4点とか取ってくれてもいいんだぞ?」
「……前にランナーが居らんから、1点が限度やな」
ニヤリと笑う。重苦しさから解放されたようにバットを振って、前園は打席へと駆け出した。
「遅れましたぁ!」
「フッ」
豪快に頭を下げる前園を見て、片岡鉄心は強面を崩して一笑した。
彼は、1年の様子をうかがっていた。だから急かしもしないし、叱り飛ばしもしなかった。この苦境にどう立ち向かうか、どう立て直すかを知りたかった。
「プレイ!」
責めもせず、褒めもせず。片岡鉄心はプレイを掛けた。少しの間中断していた試合がはじまり、双方のギアが上がる。
1年生たちは、勝ってやると。
2年生たちは、負けるものかと。
正直なところ、片岡鉄心はこの試合を早々に切り上げるつもりだった。
攻守に光を見せた東を空いているライトに入れて、青道打線としては完成する。
東勇輝には、勝負を避けられがちになった東清国の前を打たせるつもりだった。こうすることで、隙のない打線が完成する。
(絶望し、諦めるならばその時点で切り上げるべきだ。しかし、成長を見せてくれると言うならば)
絶望し、諦めてしまえば学べるところは少ない。しかし、胸に燃える闘志があるのならば、続ける以外の選択肢はあり得ない。
監督してではなく、教育者として、そう思う。
四番の東を下げて5回で切り上げるつもりだった自身の見識不足を恥じながら、片岡鉄心はふたたび強面を崩した。
「だぁぁぁぁあ!」
振り切って打ったボッテボテのゴロからの、ど派手なヘッスラ。練習試合だということを覚えているのかいないのか。
なんとかかんとか出塁した前園に、ベンチの1年生たちからヤジが飛ぶ。
雰囲気がいい。1年生たちを包むのは、2年生たちの年季のある落ち着いたムードではなく、水をかければすぐに消えてしまいそうな不安定な熱意。
だが、しゅんと灰のように静まってしまった先程よりかは余程良い。
7番山口がポテンヒットで繋ぐも、8番麻生が痛恨のショートゴロゲッツー。9番川上三振で攻撃はあっさり終わった。
しかし、意気は衰えない。その裏の2年生ズの下位打線を三者凡退に抑え、3回表の攻撃。
(内野陣のプレイを見るに)
麻生のショートゴロゲッツーを、倉持はよく見ていた。
ファースト、セカンド、サード。いずれも動きは良く、反応が速い。
だが、ショートの反応が鈍かった。松井稼頭央という大スターへ憧れをいだき、ずっとショートをやってきた倉持だからこそわかる、同一ポジションの動きの悪さ。
(転がせば、安打にはなるだろ!)
バットで、ボールを叩きつける。跳ねながら三遊間へ転がる打球をショート楠木が拾い、握り直し、投げる。
握り直しのワンステップが、余計だった。悠々と一塁を駆け抜け、大きくリードを取る。
2番は、木島。普通にやれば打ち取れる打者を、ヒットで出すにはどうするか。
つまり、普通にやらせなければいい。大きくリードを取り、盗塁する素振りを見せる。
しかしそれはあくまでも、素振りだけ。
(メンタルがどうたらってことは、一塁にいたほうがいいだろ)
嫌でも目につく、大きなリード。二塁へ行くことはできるだろうが、視界から消えてしまう。動揺させるならば、集中力を奪うならば、撹乱するならば一塁にいたほうがいい。
「フォアボール!」
強面を取り戻した、片岡鉄心が高らかに告げた。
丹波の、悪い癖が出てきた。普通にやれば勝てる相手から、逃げる。投球に集中できず、傷を広げるノミの心臓。
カキンと、綺麗な音が鳴った。
打撃の基本は、センター返し。白州があっさりと塁に出る。
(帰れるか!?)
三塁ランナー倉持は、脚に絶大な自信があった。このままノンストップで突っ込めば、伊佐敷の強肩との戦いにも勝てる算段があった。
彼の視線は、ホームベースに注がれる。陥れれば、勝ち越せる。その誘惑は何よりも大きい。
だが。
(ちげぇよな)
バッティンググローブに包まれた手が、まだいいとこちらを指している。広げられた掌が、俺に任せろと言っている。
(頼むぜ、四番)
背が反る。構えればバットが肩口から出る程に寝ている、スイングスピードに絶対の自信がなければ取れないフォーム。
左のカブレラ。純一西武ファンたる倉持にはそう見えて、だからこそ絶対の安心感があった。
「1点か、4点か」
背を反らしながら、呟く。囁くといったほうがいいかもしれない。動揺している丹波に、ぎりぎり聴こえる程度の声量。
歯を噛みしめる。負けたくない。丹波にもその気持ちはある。
だが、勝てる気がしなかった。どす黒いオーラが、こちらを歯牙にもかけていないような赤黒い瞳が、絶対的な威圧感があった。
(負けて)
腕を引き絞る。投げるのは縦のカーブ。先程はホームランにされたが、それでも絶対の自信を持つ決め球。
(たまるか!)
内に切れ込ませようとした球は、思いっきり外へ。そしてその球を、初級から振り抜かれたバットが捉えた。
どこまでも続くような飛球は、フェンスの彼方へ。
「ファール!」
内を攻められなかった。逃げた先でもあわやホームランという飛球を打たれた。
ここから立ち直るすべを、この時の丹波光一郎は知らない。
背が反る。バットが寝る。脚の先が、マウンドを差す。
満塁ホームラン。その光景が見えた。
「フォアボール! 押し出し!」
声音に怒りが混じり始めた片岡鉄心の宣告が、丹波の限界を現していた。
たまらずタイムをとった宮内がマウンドの丹波へと駆け寄り、内野陣も集まる。
緊迫した、数分間。タイムが終わるのを、御幸は軽やかに鼻歌を唄いながら待っていた。
(1失点は、仕方がない。問題はこの気のない三振をした安牌を確実にゲッツーに仕留めることだぞ、丹波)
汗をダラダラと流しながら、丹波は宮内のミットをだけを見つめて脚を上げた。
御幸の前の打席の、気のない三振。そのイメージが、限界ギリギリの丹波を支えている。
選択したのは、ストレート。カーブの精度は東のとんでもない飛距離のホームランを喰らって以来落ていた。
だから、外角へ抜けた。だから、腕だけで振ったようなスイングでもあんな大ファールを打たれた。
宮内は、このことを言わなかった。武器が錆びていることを告げ、己は無手なのだと悟らせるのを避けた。
だからこその、ストレート。ストレートから、ピッチングを立て直す。
「だよな」
呟く。
そんなことは、わかっていた。この男は御幸一也。誰よりも東にホームランを打たれた投手の介護をし、誰よりも動揺の酷さを――――そして、立て直しの困難さを知っている男。
(俺もそうしてたよ)
ストレート一点狙い、得点圏、冴えて読みに支えられた一振りは、低めのストレートをすくってセンターへ。
グランドスラム。良いところをすべて持っていく鬼畜の所業。
7-2。1年生軍団、2度目の勝ち越し。
東の応援歌は天下無双学園のチャンテです。もしくは清本のテーマ。