エースを探せ!   作:66

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時間が飛ぶと言いましたが、大量の感想を読んでいるうちに稲実戦を書けてしまったので一応投稿します。
あくまでact0(序章)とact1(前編)の間のお話なので、読み飛ばしても特に問題はないです。


act0.5
VS 1


 間違いなく、青道史上最強のクリーンナップだった。高校を卒業して即座に全員がプロに入り、何年目かに差はあれど打撃タイトルを手にしたのだから。

 

 東勇輝が迎えた、最初の夏。

 結城哲也が迎えた、二度目の夏。

 東清国が迎えた、最後の夏。

 

 彼らが擁したのは、間違いなく青道最弱の投手陣だった。

 

《完璧に捉えたぁぁあ! あとは距離だ!》

 

 炸裂音と共に、稲実エース鈴本のストレートがバックスクリーンを遥かに超えてとんでいく。

 

《東、反撃のホームラァァアン! この予選大会で6本目のホームラン! 5対8!》

 

 声も枯れよと、実況が叫ぶ。

 西東京地区予選決勝。後ろに控える従兄弟とタッチを交わし、するりと東はベンチへ帰った。

 

 初戦、弱小校と言うこともあり17-1で快勝。

 次戦、これまた弱小校相手に15-2で快勝。

 準決勝では薬師なる高校を下し、8-4で圧勝。

 

 そして迎えた決勝。ショートとセンターに1年生のスタメンが並ぶ、投手王国稲城実業との対決。

 

 幸先よく、東清国の2ランで先制。結城の公式戦3本目となるアベックホームランで3点を先取したが、これまで好投を続けていたエースの平田が炎上。

 一挙に5失点を喫するも、下位打線で作ったチャンスをクリーンナップがモノにし同点に追いつく。

 

 その後は、取ったり取られたりのシーソーゲームが続いた。しかし投手陣が水準に達していない青道と、水準以上の投手を多く抱える稲実では得点効率の差が大きい。

 

 何故青道の投手陣はこれほどまでに燃えたのか。それは、投手以上に守備の要な存在が怪我で離脱してしまったからである。

 

 離脱した選手の名は、滝川・クリス・優。

 彼は1年の頃から一軍でマスクをかぶっていた程に能力の高い――――打撃にムラのない御幸のような強肩強打のすごいやつだったのだが、夏の予選前に痛恨の故障。

 

 これによって、なんとか取り繕えていた投手陣が決壊した。クリスと御幸では、才能に大きな差はない。ただ、経験が違った。

 クリスは、この投手陣の操縦に慣れていた。というより、クリスをして1年かけてやっと慣れたところだった。比較法として、御幸は慣れていなかった。

 

(眼が死んでいる)

 

 中々に強メンタルな御幸をも黙らせる投手陣の爆発ぶり。というか、リードしようがないのだ。ど真ん中にすっぽ抜けを投げられては。

 

「追いつくさ」

 

「追いつかれるさ」

 

 ごもっとも。

 東清国が2ベースを放ち、チャンスに強い結城がその巨体をホームに返したものの、これでも2点差。

 

 投手と捕手との共同作業、それがピッチングというものである。捕手がいくら頑張っても、相方がすっぽ抜けたり四球出したり好き勝手してくれればどうにもならない。

 

 パカーンと打ち返される球をフェンスまで走って見送り、赤髪のショートがダイヤモンドを歩く。

 またすっぽぬけ。あの飛び方は、そうとしか思えない。

 

(鳴はすごい投手だったんだなぁ)

 

 巨体の割には巧みな三塁守備を見せる東清国が飛びついて追いつきファーストへ転送。

 なおも暴投による進塁を許し、三塁にランナーを置いた状態で迎えるは五番の原田。

 

 やっとマトモにリードに応えてくれた渾身のストレートにつまらされ、フライはライトへ。

 

 ライトを守るのは急造外野の東勇輝。一塁以外を守ったことがあんまりないこの男の守備を鑑みて、稲実・国友監督は抜け目なくタッチアップを指示。

 しかし、ライト東は急造外野特有の無駄ステップを踏みながらも渾身のバックホームで走者を辛くも刺し、なんとかスリーアウト。

 

「すいません、松葉先輩。送球が遅くなってしまって」

 

 落ちた帽子を拾いながら小走りでベンチまで戻ってきて、東は開口一番頭を下げた。

 

「あぁ、いや、いいよ……」

 

 東は、どちらかといえば打撃が好きである。だが、守備でミスはしてこなかった。

 今のは、エラーではなかった。結果だけを見ればアウトにした。それでも、許せるものではなかった。

 

 結果良かったから、いいじゃん。そういうものではないのである。

 

「すいません、監督」

 

「わざとではない。他のことに気を取られていたわけでもない。必死の末のプレーを、あまり気に病むな」

 

 監督の方にも頭を下げ、許しをもらってからベンチに座る。

 攻撃は、7番から。その光景を見ながらも蘇るのは、かつての記憶。

 

『あのさぁ、ファーストだからって打てばいいってもんじゃないのわかる?』

 

 白髪のクソ生意気なガキ――――リトル成宮のお説教。

 確かこのときは、4本のホームランを打ったが2失策したときだった。

 

『プロでも打率10割は無理なんだよ。だけど、守備ってのは10割を目指せる。それに凡退はお前の成績が下がるだけだけど、エラーは味方が迷惑するだろ? つまり、守備が大事なんだよ』

 

 エースはごもっともな講釈を垂れた。それを素直に受け止めて、東は必死こいて守備練習に励んだ。だからシニアでは3年間で無失策という結果を出している。

 

 やってしまった。

 そういう自責の念と、反省と検討。それを手短に済ませて頭を切り替えた東の隣に、凡退してきた御幸が座った。

 

「お前、薄々わかってたけど肩強いのな」

 

「ああ」

 

「ストライク送球もできる。しかも左」

 

「ピッチャーはできないぞ。念の為に言っておくが」

 

 東は、いくら燃えようが投手を責めない。

 なぜなら、打者に自ら向かっていく獣のような闘志を持つ者のみが投手になれることを知っているから。

 打者とは、狩人である。待ち構え、罠を張り、迎え撃つ。

 

 捕手として投手のふがいなさをダイレクトに受け止めている御幸も、決して投手は責めない。頭を抱えてはいるが、自分たちではできないことを知っているのである。

 

 野手と投手を両方、高水準でこなせるのは才能の天秤が釣り合った存在のみ。彼らはどちらも、大きく野手に傾いていた。

 

「さあ守備だ。切り替えて行こうぜ」

 

 キャッチャーマスクを手にとって、御幸一也は駆けていく。東もライトへ向かいながら、スコアボードを睨みつけた。

 

(上位打線からだ)

 

 1番から。となると、確実に3番たる自分には打席が与えられる。

 7回裏を1失点で堪えた8回表。4点差は、追いつけない点差ではない。

 

 3年生エースの鈴本も、2番手の2年生井口も打ち崩した。

 特に井口は、W東に強か殴られてグロッキー。

 

 たとえば稲実が普通の強豪であったならば、これで勝負は決していただろう。心を壊すホームランを喰らい、井口はほぼ続投不可能というくらいに打ちのめされている。

 

 3年生のエースも、2年生のエースも打たれた。3年の二番手もいるが、抑えられるとは思えない。

 

 ――――打ち勝つ。

 

 その意志を砕きに、小さいエースがやってきた。

 

『稲城実業高校、投手の交代をお知らせいたします。ピッチャー井口くんに代わりまして――――』

 

 小走りではなく、ゆっくりと。試合を締める守護神のような風格を出しながら、白髪のエースがマウンドに向かう。

 

 未だベンチに座る東にとっても、御幸にとっても、それは見慣れたシルエットだった。

 

『成宮くん。10番ピッチャー、成宮くん』

 

 

「拙い」

 

「なんや、1年坊やろ」

 

 東清国にとって、今年が最後の夏。絶対に勝つという思いは誰よりも強い。

 

 打ち勝つ。共有されたその感情を一番強く持っていたのは、間違いなく彼だった。

 1年坊呼ばわりの原因は侮りではなく、意気。必ず勝つ、打つ。その決意が、強い言葉を吐かせた。

 

「初見では打てませんよ、あれは」

 

「4ヶ月前まで中坊やないか」

 

「俺もそうです」

 

 打率.638、6本16打点。それが、4ヶ月前まで中坊だった男が、あとのない3年生たちを打ち崩して打ち立てた成績。

 

「天才やろが、お前は」

 

 東清国は、忘れていない。三重に遊びに来ていたこの従兄弟を自分が所属していたリトルの助っ人に差し向けたときのことを。

 

 それは清国がシニアに入って、4番を打ち始めて少しした夏休み。

 

 隣のやつに誘われて野球を初めたと言っていた従兄弟に、少し上のレベルを見せてやろう。そんなつもりで、1年前までは所属していたリトルの監督に頼み、3試合ほど出してもらった。

 

『どや、打てたか?』

 

 全然打てなかったと、東勇輝は答えた。

 初心者なんてそんなもんやと励まして、その後清国はお礼がてら改めてリトルの監督に会いに行き、従兄弟の成績を聴いた。

 

 12打数11安打10本塁打1二塁打。それが、東勇輝が残した成績。最初は8番を打たせていたのが、いつの間にか4番に座っていたと監督は言った。

 

『綺麗じゃなかったから』

 

 ホームランの軌道が思ったのと違った。もっと高くて、もっと速いのを目指していた。だから、全然打てなかったと言った。

 

 これが天才なのだと、東清国は理解した。初めて現れた壁に追いつく為に死ぬ気で努力し、2歳年下の従兄弟に負けぬ程の打者になった。

 

「あいつに勝った覚えはありませんよ。1度たりとも」

 

 正直に言って、尊敬していた。どこまでもストイックなこの従兄弟を。感謝すらしていた。確実に、こいつに会わなければどこかで自分の実力に慢心していただろうから。

 

 そんな男が、天才だと言う投手の指先から放たれた白球は空気を穿ち、破裂するような音と共にグラブに突き刺さる。

 

(こいつも、そうなんか)

 

 天才。凡人の道を遮る壁をあっさり超えてくる、化け物の類。地を駆ける獣を空から見下ろす天与の才を与えられ、必死に翼で空を叩く怪物。

 

 これまで8出塁を果たしていた1・2番があっさりと打ち取られ、ネクストで珍しく素振りをしていた東が打席に立つ。

 

 

 てめぇ、このやろう。

 

 

 挑戦するかのように突き出されたグラブからわずかに見える口パクでそう言われ、東は少し首を傾げた。

 

(何を怒ってるんや、鳴ちゃん)

 

 その眼は赤く、優しさとは程遠い剣呑さがある。関西弁が感染った。そんな変化にすら気づかず、東勇輝はバットを肩に寝かせた。

 

(カッカしてるなぁ)

 

 鳴ちゃんプンプン。何やらかしたんだこいつという、相手キャッチャーからの視線が痛い。

 

 何もやってません。むしろやられた方です。

 そんな弁明をする程の余裕はない。

 

 確かに勝った覚えはない。自分が上だと確信した覚えはない。ただ、負けたこともない。かと言って、それは4ヶ月前のこと。

 

(決め球はチェンジアップ)

 

 シンカー気味に落ちる独特の必殺球を思い描き、感覚を鈍化させて螺子を弛める。

 

 遅れれば、左手で圧し込む。速ければ、右を引く。タイミングが合えば右で叩く。たったそれだけが、東勇輝の打撃術。

 

(鳴、落ち着け)

 

(落ち着いてるけどぉ!?)

 

 両手を広げて平静を取り戻すことを諭す原田にマウンド上で蹴った土と視線で答え、グラブを前に構える。

 小さな身体を目一杯に使った、ダイナミックな古典派オーバースロー。現在の主流とか、そういうのは関係ない。瞬間瞬間に全てをかける、エミール・ザトペックの如き全力の動作。

 

 糸を引くようなストレートを、東は手を出さずに見送った。

 

(雅さん、外すよ)

 

(こいつは今まで、投手が代われば必ず粘る。今の内にカウントを有利に進めるべきじゃないのか?)

 

 再びストライクゾーンに構えた原田のミットに首を振り、手招きする。

 タイムをとって近寄り、原田は問うた。

 

「東勇輝はその場の役目を果たせる打者だ。お前という情報のない投手が出てきた以上、必ず2ストライクまでは振らない。なぜなら――――」

 

「これまでがそうだったから、でしょ?」

 

 ギロリと、青い瞳が1つ年上の先輩を睨む。エースの意地、プライド、経験。踏んだ場数、生の情報。それらに支えられた圧倒的な自信が、成宮の眼にはあった。

 

「俺をこれまでの投手と比べないでよね。あいつは余裕があるときに、他の役目を果たしてるだけなんだよ。あいつは、主軸だ。俺が認めた四番打者だ。絶対に次を狙ってくる」

 

 前の2人にやったみたいに悠長に2ストライクまで待ってたら、俺は打てないよ。

 

 原田は怒ると言うより、呆れた。呆れたと同時に、納得した。

 クソ度胸と、絶対的で確かなプライド。なるほど、これはエースの器だと。

 

「リードはお前に任せたほうが良さそうだな」

 

「うん。でも、他のは任せるよ」

 

 冷静なのか、そうではないのか。投げると告げられたのは、スライダー。

 

 左対左。極めて有効なその球に向けて振り抜かれた剛剣が奔り、空振る。

 どよめきが、グラウンドを包んだ。ベンチも、観客も、審判も。東勇輝の空振りを見たことがなかったのだ。

 

(流石はエース……)

 

 撒き餌にも引っかかってくれない。

 終盤、最も大事なその時に活躍できるようにと仕込んできた罠が、俊敏な白鷹に根こそぎ破壊された。

 

(流石は鳴だ。どうにもならん)

 

 東は、このとき全てを捨てた。今まで初球を振らなかったこと。終盤での逆転への布石も、読みも、経験も捨てた。

 必殺球の存在も、球種も、ストレートの速さすらも捨てた。全部忘れて、背を反らしてバットを寝かせた。

 

(次で、決める)

 

(合っていないからか?)

 

(開き直られると勝てないから)

 

 東勇輝は、なるべく論理立てで勝とうとする。本能に任せることを嫌う。

 彼は正気で、打率10割を目指していた。だから、理屈で誘導したり罠を張ったりと色々する。

 

 しかし、咄嗟に開き直るときがある。理屈という鎧をパージし、罠を捨て、弓を捨て、剥き出しの才能で向かってくるときがある。

 それがたまらなく恐ろしい。そうなればこれまで積み立ててきた配球も何もかもを無視される。超人的な反応のみで打たれると、博打にならざるを得ない。

 

(遊んでる暇はない)

 

 追い詰めたように見える。だが、同時に追い詰められてもいる。

 

 決め球は、チェンジアップ。奴の頭には、まだそれがある。

 だが、成宮鳴は進化した。この4ヶ月、四番に捨てられたエースは進化した。

 

 スクリュー。ストレートと同じ軌道・同じ速度で進み、打者の手元で斜め鋭く落ちる空振りを取るための奥の手。

 

 見せていない物を、打てるはずがない。そんなことは考えない。奴は、平気で打つ。なぜなら自分が認めた四番だから。

 

 だから、知ってても打てない球を知らぬままに投げる。

 

 体感速度――――ノビも、キレも全く同じ。それがいきなり、鋭く斜めに落ちる。

 外角からストライクゾーンに入ってくるように落ちていくそれを見て、バックネット裏の観客は感嘆の声を上げた。

 

 147キロ。ストレートのMAXは150キロであると考えると、驚異的な速度。

 

「はい」

 

 どうでも良いような、突き放した呟きと共にバットが風を切り裂く。

 

 軌道を最後まで、眼で見ていた。

 

 成宮がスクリューを投げられないことを、東勇輝は忘れている。チェンジアップを投げられることも、空振ったスライダーすら忘れている。

 

 逃げた先にある球を、東は膝を突きながら薙ぎ払った。

 弾かれたように逆方向へ、白球は綺麗に飛んでいく。

 

「嘘だろ……」

 

 飛んだ先を見もせずにグラブをマウンドに叩きつけた成宮に代わって、原田雅功は呟いた。

 

 理性と思考を捨て去った怪物は、堂々とダイヤモンドを回ってくる。

 反撃のソロ。どよめいていた観客が叫び出すまでには、そう時間はいらなかった。

 

 しかし、成宮鳴もまた怪物だった。叩きつけたグラブを拾い、無理矢理気を鎮めて残りひとりを仕留めていく。

 

 東清国をストレートで。

 結果的にはたった1本のヒットしか許さずに、成宮鳴はこの試合を締めた。




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