エースを探せ! 作:66
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轟音は、鳴らなかった。その音を訊けば、それとわかる。それ程に特徴的な音は消え、乾いたような音が木霊のように響く。
東の為に増設されたネットを超え、白球は空を切り裂いて飛んでいく。
「……復・活」
呆然と、永遠に続くのではないかとすら思われたアーチを見送ったのは、川島。川上に次ぐ、2年生の2番手ピッチャー。
とっさに膝をついて流し方向に叩き込める下半身の粘りは、正直言って高校生離れしている。その粘りも、盲腸の治療にかかった3週間のブランクで翳りが差した。
それを取り戻すためにひたすら走り込み、守備で横の動きを鍛え、全体練習を終えてやっと迎えた初打席。
「相変わらずでなによりだ」
とは言いつつも、隣で打っていた結城哲也の身体から闘気が迸る。
負けてられん。その意気と共に振るわれたバットが白球を攫い、天へと連れ去った。
そのまま20球打ち込み、結城と東が同時に代わる。ひたすらうなずくか、動画を撮っていた男たちがバッティングケージから目を離す。
「春だな……」
投手と、回転する白球。それら以外の全てが暗転していた景色が、急速に色を取り戻す。
舞い散る桜が風に乗り、目の前まで降ってきていた。
「お前、木製使うようになったんやな」
次の、次の打者。増子の後ろに並んでいた前園が、東が手に持つ黒いバットを見て呟いた。
実力的には、元々飛び抜けた物がある。1年時からクリーンナップに抜擢されたことも、盲腸から帰って即座にスタメン起用を示唆されたことも、なんの不思議もないと思うくらいには。
ただそれでも、金属バットというミート・パワー共に増幅させるチートアイテムを使うことが許されている高校野球において、木製バットを使うことは珍しかった。
「まぁ……色々あったからな」
一塁線、ないしは三塁線。東はタイミングを取りかねて、ファールゾーンのギリギリを襲う強烈なライナーを放つことがある。
霞む程のスイングスピードと圧倒的なパワーで打った打球は、まさに殺人的な速度で飛んでいく。とくに金属バットでは芯を食わなくても勝手に飛んでいってしまうのが痛かった。
ライナーが一塁手にぶち当たり、打撃結果として内野安打をもぎ取ったものの相手が負傷交代。そんな光景を見たのは、一度や二度ではない。
反応が遅い公立校に多いその現象を見て爆笑できる程、東はひねくれていなかった。かと言って同情もしないが。
「やりにくいんだ。極めて」
木製であればファールになるものが、塁線上を襲う。ライナーになる。
野球がしたいのである。公立校の選手も、私立の選手も野球が好きだというのは変わらない。
そんな選手を負傷させるのは、本意ではない。避けたりグラブで受けたりしろ、とは思うが。
「それに、耳が壊れる。自分も相手も壊れるというのはよろしくない」
破裂するような打撃音の被害を1番受けているのは、発生源から1番近い存在。つまるところは東なわけで。
その点木製であれば、それ程大きな音は鳴らない。軽ーく鐘を突いたような、木霊の音。
「……ホンマに言ってみたいわ、そんなこと」
「まずフォームを固めることだな」
くいっと、顎で打撃練習に励む増子を指す。
3年。最後の夏に向けて挑む姿には、2年生にはない危機感がある。
「増子さんが完成形だろ。ポジションも含めて」
前園も増子も、典型的なプルヒッター。引っ張り方向の打球が多く、引っ張ればよく伸びる。
「右方向に打ちたいんや」
驚弾炸裂。俺はお前らとは違うと、見せつけられたような逆方向。
何故、飛ばしにくい逆方向へのホームランがフェンスどころかネットを超えるのか。今も木製で逆方向へと打ち込み、増設されたネットすら超えていた。
1年生軍団対、2年生ズ。昨年の今頃に見た景色が、まだ眼に焼き付いて離れない。
(そう良いものでもないが)
個人の目標に、口を出すのはやり過ぎである。間違った目標ではないし、後輩ならばともかく同学年。
どこに入っても、1点である。ただ、逆方向を狙えば打球が切れにくいからそうしている。
増子が8割方引っ張って柵超えを連発していたのとは対象的に、右方向にライナー気味の打球が飛んでいく。
前園は右打者。東は左打者。左右で感覚は異なるが、わかることもある。
つまり、流そうとしている時点でホームランは狙って打てない。あくまでも、ホームランとは打球を引っ張って打つものなのだ。
東は右方向に打つときは左手で引っ張り、左方向――――所謂逆方向に打つときは右手で引っ張る。
打撃の重心、スイッチを入れ替える。利き手を変える感覚に近い。
(……他人がごちゃごちゃ言うのも悪いか)
横から投げてもらい、ティーをする程に逆方向にこだわりを見せる前園にこういうことを言うと、マトモに聴いてしまって余計混乱するかも知れない。
真面目なやつなのである。他人の言うことをそのまま聴き、他人のやることをそのままやろうとする。
振り抜きつつ合わせられた打球が飛んでいく様を横目に見ながら、東は肝心要なブルペンへと足を運んだ。
打撃投手を努めているのは、謂わば二軍の投手たち。彼らは味方に打たれて心を鍛え、実力を磨かなければ一軍には上がれない。
ブルペンに居る者こそが、一軍。彼らのピッチングをしばらく眺めていると、奥で投げている投手の目がそんな観察者を捉えた。
「復帰したのか、東」
「あ、おめでとう。ブランクはどう?」
短く刈り揃えられた髪に、強面。2種類のカーブを投げ分ける、現在のエースとリリーフエースが投げ込みをやめて視線を向けた。
「まぁ、ぼちぼちです。心配おかけしました」
「ああ………」
東が倒れた試合は、秋季大会3回戦となる市大三校戦。
丹波光一郎は、そんな試合を前に緊張していた。エースとしての初陣だから、ではない。既に1回戦で初陣は果たした。打線に助けられての試合だったとはいえ、丹波は見事に6回を投げて勝利投手となった。
なぜ、緊張していたのか。それは友であり、憧れである真中要との投げ合いだったからである。
小学校から中学校と、丹波は常に真中の2番手投手に甘んじていた。そんな自分が青道のエースとして、常に自分の前に居た友と投げ合う。
勝てるのか。そんな気持ちはあった。打線が、ではない。真中要に、丹波光一郎は勝てるのか。
緊張があった。萎縮もあった。そんな中で抑えられるわけもなく、初回に失点。
負けたと思った。そんな中で東が放った逆転3ラン&病院送り。
倒れた瞬間ダッシュで駆け寄った監督、救急車を呼んだ部長に、広がる動揺。青道の未来の四番は、散々ボコボコに打ち込んでくれたあいつは大丈夫なのか、と。
丹波は、そんな倒れるまで頑張った男の努力を無駄にしてはならないと必死で投げた。緊張も萎縮も、吹っ飛んだ。
気がついたら、試合は終わっていた。9回1失点。敵味方共に動揺があったとはいえ、丹波は強豪・市大三校相手に完投勝利を挙げたのである。
今までの消去法エースから、堂々たるエースへ。真中要に投げ勝って、どこか変わった。そんな殻を破った丹波は、黙々と投げ込みに戻る。
「……調子いいんだよ、丹波さん」
丹波の集中力を切らないように、こっそりと囁く。人の良さが出ている川上の今までの
「そう言うお前はどうなんだ?」
「うっ」
1試合3死球。それが、川上憲史がデビュー戦で残した記録。
配球の軸となるストレートに、カウントを取るスライダー。そして、決め球のシンカー。その決め球を、投げていない。いや、投げられないというべきか。
シンカーを打者3人に連続してぶつけてしまった結果、川上は己の決め球を軽く封印状態にしてあるのである。
「シンカーはまぁ、ね」
(なにかあったな)
投手は繊細な生物である。試合に臨むまでにコンディションが上下し、試合中に悪いところを修正し、あるいは悪化させる。
だからこそ決め球を狙い打ちにすれば試合中にピッチングを崩壊させることもできるし、決め球に空振れば調子に乗らせてしまうこともある。
まあ、その何かを深くほじくるつもりは無かった。あくまでも、ピッチングが終わってからの程よいタイミングで軽い挨拶をして終えるつもりだったのだから。
(春季東京都大会、か)
新入生も参加できる大会。未だルーキーたちは入寮することすらかなわないが、ともすればスタメンを追われる可能性すらある。
監督から手渡された背番号は9。現在の構想上はライトでスタメンだと示されたことになるが、高校野球は短期決戦。調子が悪ければ代えられる。
今までを見てきても、あまり片岡監督はそういうことをしない。レギュラーと決めれば口では厳しいことを言いながらも、なんだかんだ信じて使ってくれる。
打順もイジらないし、守備位置も滅多に代えない。鍛え上げた主力の復調を待ち、心中するスタンス。
(期待には応えてみせる)
ウエイト室へと向かいながら、思うのだ。
そう、うかうかしてもいられない。秋季大会で負けてからの時間を、東は錆びついた能力を戻すことに費やした。
しかし、周りは新学期までの時間をレベルアップに使えている。この差は大きい。
追っていく者から、追われる者へ。
ポジションの幅が小さいからこそ、東は気合を入れて駆けていった。
次回から更新は不定期になります。
暇つぶしにこれを使ってパワプロでペナントでもして待っててくださると嬉しいです。ちなみに所属球団はアナログスティックくんをガチャガチャやって決めました。
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