アイマスの設定を借りました。
多田さんではない誰かです。
ロックになりたい女の子のお話です。

1 / 1
ロックになりたいです

ショートの黒髪によく睨まれてると誤解される三白眼。

それに八重歯が特徴的な女の子、坂本柚季はポケットに手を突っ込んで

人混みの中を歩いていた。

目指すはカラオケ店。

雑踏の中で耳に入ってくる様々な雑音をかき消すためにイヤホンをすれば、

ハードでロックな曲調の歌が耳を癒してくれる。

そのまま曲に耳を傾けながらボーっと歩いていた柚木だったが、

突然背後から肩を叩かれた。

っ!?

びっくりして振り返ると、スーツを着た男が笑みを浮かべながら立っていた。

君、アイドルにならない?

スーツの男からすると出来る限りの営業スマイルだったが、柚季には胡散臭く映った。

それに男の言葉も信じられなかった。

私がアイドルですか?

そう、アイドル

私、男っぽいってよく言われますけど

だが、それがいい

男はニコニコしていた。

柚季はめちゃくちゃ怪しいと思った。

 

 

スカウトを受けて、アイドルになって、しばらくして。

柚季はトレーニング室へ向かう道すがら悩んでいた。

最近は嬉しいことに、ミニライブながら人前に出る機会も増えてきた。

いろんな人に自分の歌声を聴いてもらうのは、とっても気持ちが良くて、楽しい。

しかしそれだけではアイドルは務まらない。

最近、柚季に求められ始めたのはダンスだった。

歌声だけでなく、ダンスも踊ることで人々の心を惹きつける。

それは分かっていた。見栄えもいいだろう。

多くの人がアイドルと言われて思い描く、共通のアイドルの姿である

それでも、柚季は自分がダンスを踊りながら歌うことに素直になり切れない気持ちがあった。

なぜなら柚季は、映える衣装を着てダンスを踊ることよりも、歌声一つでマイク一本で

ステージに立つ方がよほどロックだと思っていたからだ。

ダンスはどこか卑怯なような気がしていた。空手の試合で道具を使うような感じである。

ダンスならばダンスだけをやるべきだ。

考えているうちにトレーニング室へと着いた。

今日ももやもやした気持ちのまま、柚季はトレーニング室の扉を開ける。

 

1、2、3、4 1、2、3、4、 はい、もっとテンポ上げて

トレーナーの指示のもとで、ダンスのトレーニングが行われる。

柚季の他にも、今度、共にライブをすることになっている他のメンバーが

横一列になって一緒に練習していた。

そのままペースを保ってステップ ステップ

トレーナーの指示が飛ぶ。運動はもともと得意ではない。柚季は必死に食らいついていくが、

慣れない動きに苦戦する。

他のメンバーは柚季とは違いスムーズに動けていた。

はい ターンして決めポーズ

トレーナーが一段と大きな声を上げる。

曲の最期、大事なポイントだったが柚季は自らの脚につまずいて体勢を崩してしまった。

倒れこんだ先は、横で踊っていたメンバーの足元だった。

うわ 危ない

ごめんっ

踊りたその子に、柚季は反射的に謝った。

横にいたメンバーも心配そうに見つめていた。

坂本さん 怪我してない? 

はい 

じゃあもう一回

トレーナーの声で、トレーニングは再開した。

 

トレーニングが終わり、トレーナーが室内から去った後に柚季は、先ほどの子に再び謝った。

迷惑かけてごめん 皆も練習止めちゃってごめん

頭を下げる柚季に、メンバーはそれぞれの表情をしていた。

冷たい視線を向けるもの。微妙な表情を向けるもの。

ただ確かなことは、誰も柚季に暖かい言葉をかけようとは思っていないということである。

坂本さん、何か集中していないよね

この前も同じところで間違えてたよ

ごめん 次 次こそ成功させるから

それこの前も言ってたよ

 

メンバーは口々に不満を言う。

柚季はメンバーが怖くて、顔を上げられなかった。

坂本さん、やる気ないんじゃない

鋭い言葉が、柚季の心をえぐった。

やる気がないわけではなかった。ただその言葉を完全に否定することもできないと思った。

ちゃんと踊らないとメンバーに迷惑をかけることは分かっていた。

だからこそ真剣にやっていた。

だが同時に、自分がダンスをやりたくないちう気持ちが表に出てしまっているのも感じていた。

それをメンバーにも見抜かれていたのだ。

だからこそ、柚季はメンバーの言葉に反論できなかった。

とにかく振り付けちゃんとやって 本番でミスられたら迷惑だから 

そう言い残して、皆は部屋を後にした。

柚季は悔しいような情けないような、いろいろな感情がぐちゃぐちゃになって

その場でうずくまってしばらく泣いていた。

 

 

翌日、柚季は事務所でプロデューサーと仕事の打ち合わせをしていた。

そろそろ休憩しようか

話が一段落して、プロデューサーが休憩を持ちかけた。

あ、お茶入れてきます

柚季は素早く席を立つ。

珍しいね

いえ

柚季は、台所へ行きヤカンに水を入れる。

お湯を沸くのを待つ間、柚季はプロデューサーに背を向けたまま

ヤカンを見つめじっと立っていた。

頭の中では、プロデューサーに言いたい言葉を探していた。

ただ言ったところで、自分が何を求めているのか自分でもよく分からない。

ダンスしたくないんです。

向いてないんです。

踊らなくちゃだめですか。

言いたい気持ちもあったが、いざ口に出そうとすると

それと同じくらいの恐怖を感じた。

柚季にはその恐怖の正体が分からなかった。

そのうちにお湯が沸いて、注いだお茶を2人分持って席に着く。

どうぞ

ありがとう

プロデューサーが美味しそうにお茶をすする間、柚季はただ黙ってうつむいていた。

2人の間に静寂が流れる。

プロデューサが湯飲みを置いた。

柚季、何かあった?

プロデューサーは優しい声で、柚季に問いかけた。

柚季は、自分の様子を見てプロデューサーが様子を尋ねてくれることを

分かっていながら、それでも口を開くことに勇気が出せずにいた。

俺は柚季のプロデューサーだ 何でも相談に乗ろう

プロデューサーは何かあることを察して、柚季の次の言葉を待つことにした。

再び静寂が流れる。

柚季は膝の上に置いた拳を震わせていた。

その後もただ静かな時間が流れ続けた。

そのうちにプロデューサーは次の仕事があるからと席を立った。

いつでも話は聞くからね

そう言って、プロデューサは去って行った。

 

柚季はその日、重い足取りでトレーニング室の扉を開けた。

既にいた何人かのメンバーは、柚季を冷めた目でちらりと横目で見たが

興味無さげにすぐに視線を戻した。

準備体操をしているとトレーナーがやってきて、ダンスのトレーニングが始まった。

柚季は前回のような失敗はしないように、自分でもたくさん練習を重ねてきていた。

その甲斐あって、メンバーの動きに遅れることなくついていけるようになっていた。

坂本さん、笑って

トレーナーが声をかける。

ついていくのに必死で意識が届かなくなって、つい笑顔を忘れがちになる。

はい ターンして 決めポーズ

前は失敗したラスト。今回は上手く決まった。

メンバーはお互い労いの言葉を掛け合っているが、柚季には誰も喋りかけてこなかった。

それでも柚季は気にしなかった。

メンバーが自分を信頼していないことは痛いほどに感じていた。

それでも本番で良いライブが出来れば認めてもらえるはずだ。

冷静になれば大丈夫だ

柚季は汗をタオルで拭きながら、そう思った。

この調子なら何とかなるはず。

柚季は自分で自分を励ました。

心にはまだ、ダンスを踊る自分にもやもやがあったがそれを気にしてはいられない。

明日はとうとうライブの日である。

 

ライブが終わった。

失敗した。駄目だった。

柚季は曲の途中で歌詞を飛ばしてしまった。

そして思いだそうと慌てた拍子に振り付けも分からくなってしまった。

そのまま後は、頭が真っ白になり何もできずに立ち尽くしていた。

練習不足だった。歌も踊りも。

柚季は顔を真っ青にして、楽屋に戻った。

戻る間、目にしたスタッフ全ての人に頭を下げた。

楽屋にいる誰も何も口を開かなかった。

どんよりとした空気が楽屋を包み込んでいた。

ごめん・・・

柚季の震える声も、すぐに静寂に溶けて消える。

着替えるでもなく、部屋の隅の方で小さくうずくまっていた柚季に、メンバーの誰かが声をかけた。

最低ね

その言葉は鉛のような重さをもって、柚季の身体にしみ込んだ。

 

柚季は玄関の扉を開けると、すぐに自分の部屋へ行き、ベッドの布団にもぐりこんだ。

暖かい布団に包まれて、ようやく心を落ち着かせることができた。

柚季は布団の中の暗闇を見つめながら、今日のライブを振り返る。

失敗した。皆の足を引っ張った。

原因は分かっていた。

結局、自分がダンスをしながら歌うことを受け入れられないままだった。

そんな曖昧な心情で準備をして、本番を迎えた。

メンバーの呆れる目とプロデューサーがスタッフに頭を下げる様子が思いだされた。

しかしこんな結果を招いた後でも、柚季の気持ちは変わらないままだった。

歌って踊るのはロックじゃない。

柚季はそんな風に思う自分を、まるで他人事のように見つめて気持ち悪いと吐き捨てる。

ただ、そんな頑固な自分を肯定している自分もいることに気づいて、やはりそれも気持ち悪いと吐き捨てた。

とにかく確かなことは、今日の自分はもっともっとロックじゃなかった。

これからどうしよう、と自分に問いかけながら柚季は深い眠りについた。

 

翌日、プロデューサーに呼び出されて柚季は事務所へと向かった。

事務所につくとプロデューサーはソファに座っていた。

おはよう

柚季を見ると、笑いながら声をかけてきた。

おはよう・・・ございます・・・

ライブで迷惑をかけたという後ろめたい気持ちが、柚季の言葉を重くしていた。

プロデューサーはそんな柚季に、向かいのソファに腰かけるように促す。

失礼します

柚季はゆっくりと座った。

そんなにビクビクしなくていい ミスは誰にだってあるもんだ

目の前で縮こまる柚季にプロデューサーは優しく声をかける。

今日は作戦会議をしようかなって もう失敗しないようにね

プロデューサーは腕を組みながらそう言った。

実はトレーナーさんに話は聞いててね あまりダンスに集中出来てないことがあったみたいだね

・・・はい 

この前のライブが失敗した原因は明らかに練習不足だ だからなぜ集中できていなかったのかを

理解して対処しないといけない 何か心当たりあるかな?

それは・・・

柚季は言葉を詰まらせた。

ロックじゃないから、とか?

っ!?

柚季は目を丸くした。見抜かれているとは思っていなかった。

ははは、そんな驚かないでよ アイドルを見守るのが僕の仕事だよ

それに柚季の口癖じゃん 

そうでしたっけ

ロックじゃない~ ロックじゃない~、ってね

ふふっ、そんなふざけた感じで言ってませんよ

柚季はおどけるプロデューサーに思わず笑ってしまった。

でも本当に ロックじゃないって思ってたんです 歌と踊りを同時にやるのは

ロックじゃないって 

うん

私は歌だけで勝負するのがかっこいいと思います そういう一つの武器だけで戦うのが だからダンスは抵抗があって

なるほどね 分からくは無い でもそれは言い訳かもしれない

えっ?

一つのことを極めるのがかっこいいのは分かる でもそれが複数のことを極めるのが難しいから 自分には難しいから

だからそれをロックじゃないっていう言葉に変えて、逃げたりはしていないかな

それは・・・その・・・

プロデューサーは責め立てるでもなく、柔らかく落ち着いた口調で語り掛けた。

柚季にとってのロックって何かな?

かっこいいってことです

歌もダンスも極められたら、めちゃくちゃかっこよくない?

かっこいい・・・かもです

柚季はこの瞬間に気づいた。

自分が今まで感じてきたもやもやは、ロックじゃないって感覚は、ただの言い訳に過ぎなかった

だから前にプロデューサーに気持ちを打ち明けようとしたときも怖かったんだ

自分は力不足ですって言うようなもんだから そんな情けない姿を晒したくなかったから

柚季は自覚すると、何だか恥ずかしい気持ちがこみ上げていた。

力になれたみたいで良かった

プロデューサーさん、私みっともないですね

みっともなく何かないさ

でも

自身なんて最初は皆無くて当たり前だよ それに自分の力量を見定めようとすることは賢いと僕は思うよ

プロデューサーさん

ただ、見誤るのはよくない 僕は君がもっともっと大きな可能性を持っていると信じてスカウトしたんだからね

っ!! ありがとうございますっ!!

それじゃあ、めちゃくちゃロックなアイドルを見に行こうか

え?

ほら急いで急いで

プロデューサーはそう言いながら柚季を立たせると、背中を押して

あれよあれよという間に車の助手席に座らせた。

シートベルトしてね 出発進行

2人を乗せた車が走り出した。

 

車が到着した先はどこかのライブハウスだった。プロデューサーの後について柚季も中へと入る。

するとそこではすでにライブが行われていて、たくさんの人が曲に合わせて熱狂していた。

重低音の響きが特徴的なハードな曲だった。

ほらあそこ 見える?

プロデューサーの示す先を追えば、ステージの上に立つ3人組の女性が見えた。

その瞬間、柚季は目を見開いた。衝撃を受けた。

彼女らはとてもかわいらしい外見をしているが、そんな彼女らが曲に合わせて激しくキレのあるダンスを踊り狂っていた。

しかしその中にはどこか優雅さもあって、そのギャップに酔いそうになる。

さらにその歌声は圧倒されるほどに力強くて、心が噛みつかれるような錯覚を覚えた。

観客たちに漏れず、柚季もあっという間に彼女らに魅了されてしまった。

柚季は気付くと、涙が出ていた。心が震えるのを感じた。

うちのアイドルなんだけど 彼女らが柚季の目指す目標になればいいかなって

は゛い゛!な゛り゛ま゛す゛う゛う゛!

え?柚季? 何で泣いてるの? え?

な゛っ゛て゛み゛せ゛ま゛す゛う゛う゛

困惑するプロデューサーを横目に、柚季は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらもステージ上の彼女らを目に焼き付け続けた。

柚季はこの日、超ロックなアイドルを見た。

 

それから柚季がメンバーに謝って、歌もダンスも頑張って、最強のロックアイドルになるのは別の話。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。