僕は、小さい時から霊が見えた。街を歩いても、店に行っても、家にいても、学校に行っても。そして僕はどうやら霊感がものすごく強いらしく、その霊と話すこともできた。共感もできた。
色んな霊がいた。殺された霊、自殺した霊。そのどちらにも様々な理由があって、例えば強盗に殺された、恨みを買って殺された、虐待されて殺された。いじめられて自殺した、犯されて自殺した、人生に疲れて自殺した。そういう人たちは『生きている』僕に、決まってこう言うんだ。
「死なんていいもんじゃないよ」
僕もいいもんじゃないと思う。というより生きてる人間はほぼ全員そう思ってるはずだ。でも、僕に会う霊はみんなそう言ってくる。それじゃまるで僕が死にたがってるみたいじゃないか。
──なんて文句を言ってみたものの、実際僕は死にたがっているらしい。僕は霊感が強いからか、共感能力も高かった。今では大人しいものだけど、泣いてる人を見たら泣いたし、笑ってる人を見たら笑ったし、怒ってる人を見たら怒ったし、友だちの好きな子を好きになった。
それは、霊に対しても例外じゃない。「死なんていいもんじゃないよ」とご高説を垂れる割には死んでよかったみたいな顔をしている霊と、本心から死にたくなかったと思ってる霊と板挟みにあった僕は、『生きたくなって死にたくなった』。そして泣いてる人を見たら泣いたし、笑ってる人を見たら笑ったし、怒ってる人を見たら怒った僕は、『生きながら死ぬこと』を覚えてしまった。
そうなると、僕の心は当たり前のように歪んでしまった、らしい。僕にはそのことがわからない。そのことだけはどうしても共感できなかった。
「……」
朝。登校すると、僕の机に『死ね』だの『ウザい』だの『気持ち悪い』だの『臭い』だの、罵倒するときに使う言葉ベスト10にランクインするであろう言葉たちが、吸い過ぎるとハイになる臭いを放つ赤い文字で書かれていた。
『死ね』。あぁ死んでみたい。でも僕は生きてみたい。これを書いた人は僕にどうしても死んでほしかっただろうけど、僕は生きたいんだ。だから、上から彫刻刀で『生きます』と刻んだ。
『ウザい』。あぁ僕はウザいんだろう。誰もが僕を『生きながら死んでいる』と評するくらいだ。理解のできないものはそのまま嫌悪につながる。僕は僕を見てもウザいとは思わないけど、これを書いた人は僕を心底ウザいと思っているはずだ。だから、上から彫刻刀で『改める努力をします』と刻んだ。ちょっと手を切った。
『気持ち悪い』。僕も気持ち悪いと思う。だって気持ち悪いからこんなひどいことをされてるんだろうし、気持ち悪いからこそ『死ね』だの『ウザい』だの書かれているんだろう。僕が僕を見ても気持ち悪いと思う。だから、上から彫刻刀で文字をなぞるように『気持ち悪い』と刻んだ。
『臭い』。……。僕は上から彫刻刀で『臭くない』と刻んだ。
「よし!」
「じゃねぇよ」
彫刻刀をしまって達成感に満ち溢れていると、同級生から蹴られてしまった。この子はどれだろうか。『死ね』の人だったらおめでとう。君は僕に死んでほしいから殺しに来たんだね。僕は弱いからすぐに殺されるだろう。『ウザい』の人だったらやはりおめでとう。君は言葉だけじゃなくて実際に行動で示してみせた。君の気持ちはほんものさ。『気持ち悪い』の人ならそりゃそうだ。そう感じている人からすれば僕は排除するべき存在であり、こうやって暴力を振るうことは咎められない。『臭い』の人ならごめんなさい。僕は君にとって臭いらしいから、きっとその上履きも臭くなってしまったことだろう。
「いたた……なにをするのさ。僕が暴力に慣れてなかったら危うく死んでたところだ」
「……気持ち悪いんだよ。なんでお前まだ学校にこれんだよ」
「?」
「およそ懐かしいと言われるいじめも全部やった。上履きに画鋲、イスに接着剤、机の中に虫、二階から水、トイレに監禁。そんなことやられてなんでお前はまだへらへら笑って学校にこれんだよ!」
嫌悪、恐怖、その他悪感情。同級生はどうやら本気で僕を嫌っているみたいだ。ちょっとショックだな。僕はこれでも親しみのある喋り方をしてるつもりなのに、それでも嫌われるなんて。
「確かに、君からすれば僕が学校にきてるのは信じられないんだろう。痛かった、惨めだった、怖かった、冷たかった、死にかけた。でも僕は信じてるんだ」
僕は同級生に近づいて、その手を握った。生きている人の手だった。
「僕が君のことをわかるように、いつか君も僕のことをわかってくれるんじゃないかって!
僕は彫刻刀を僕の席に突き立てて、
「君たちなんか死ねばいいと思ってるよ。僕をこんなひどい目に遭わせてる君たちなんか」
へたりこんだ同級生に手を差し伸べて、「大丈夫? 立てる?」と言っても同級生は僕の手を取ってくれなかった。きっと、もう彼の世界からは僕は外されたんだろう。関わらない方がいいと思われたのかもしれない。『好き』の反対は『無関心』。よく言ったものだ。なんでこうも僕は人と分かり合えないんだろう。
「さ! 先生! 授業を始めましょう!」
そして、先生も僕のことが嫌いらしい。だって、遅刻してきた僕になんの注意もせず、今の僕の発言にすら返事してくれなかったから。
《やぁどうも》
「やぁこんにちは」
放課後。帰宅途中で当たり前のように霊が絡んできた。なんでも、霊は自分たちのことが見える人と見えない人がわかるらしい。その中でも僕は特別わかりやすいらしく、こうやって当たり前に話しかけられるのが日常となっている。
《わ。私の事ほんとに見えるんだね。有名な見える人がいるって聞いたけど、まさかほんとだったなんて》
「嬉しいね。僕がそんなに有名になってるなんて。そのおかげで君みたいな可愛い子と会えたならなおさらだ」
僕の隣に浮いている彼女は、それはそれは可愛らしい人だった。目が大きくてくりくりしてて愛らしい。きっと学校で人気者だったんだろうなと思う。まぁ、彼女の綺麗に残っている部分が目だけっていうのが残念だけど。
彼女は腕と脚がおかしな方向に折れ曲がっており、目以外の顔のパーツはぐちゃぐちゃで、頭は割れ、血の向こうに辛うじて制服が見えるくらい全身血まみれだった。
《ありがとう。ね、聞いてくれる? 私が死んだ理由》
霊は決まってお喋りだ。きっと生きてる人と話せるのが楽しくて嬉しくて仕方ないんだろう。この世に未練がある霊ほどその傾向が強い。生きてる人間と話せば、まるで自分が生きてると錯覚できるからかもしれない。僕は霊じゃないからわからないけど、多分そうだ。
「僕でいいならお相手するよ」
恭しく一礼して答えてみせると、彼女は嬉しそうに笑った。危うく惚れるところだった。生きてる女の子はみんな僕と話してくれないから、僕は女の子に弱い。でも、男の子ならみんなそうだと思うんだ。決して僕だけがそうだってわけじゃない。これだけは分かり合えると思う。
《さっき君が言ってくれたように、私って可愛かったんだ》
「そうだと思うよ。声も可愛いし、きっと人気者だったんだろうね」
《男の子からはね》
察しがついた。僕は霊からのお話をたくさん聞いてきたせいで、霊のお話についてはものすごく察しがいい。これを日常生活で発揮できれば友だち百人作ることなんて夢じゃないと思う。もっとも、霊と話してるこの瞬間だって僕にとっては日常なんだけど。
《私、女の子からいじめられててさ。調子に乗っててムカつくって。私にはそのつもりなかったんだけど、周りからはそう見えたみたいで》
さっき自分で自分のこと可愛かったって言っただろ、という指摘はしなかった。自分で自分のことを可愛いと思えるくらい彼女は可愛かったに違いない。だからこそ彼女は自分が調子に乗ってないと思ってたし、周りの女の子はそれを面白く思わなかった。
《無視から始まって、机に落書きされて、教科書は切られて、制服は切られて、大事なところも切られて》
なんかどうでもよくなっちゃって、屋上から。と彼女は悲し気に呟いた。なんて悲しいんだろう。彼女は当たり前のように生きていただけなのに、それを妬まれて、いじめられて、結果彼女は追いこまれて身を投げた。なんでこんなに若くて可愛い子が死ななきゃいけなかったんだ。
《でも、君は強いよね》
「僕が?」
そんなことはない。僕は誰よりも自分の事を弱いと思ってるし、実際そうだ。僕が強かったら今頃いじめられてなんかいない。強いものにひれ伏すのが人間だ。中には強いものに対抗する人間もいるが、それにしたって僕には味方がいなさすぎる。
何を言っているんだろうと疑う僕に、彼女は首を横に振った。はず。実際にはへし折れてるから頭がぷらぷらしただけだけど。
《だって、私よりもひどいことされてるのにまだ生きてる。私よりも強い証拠だよ。だから、そんな君にお願いがあるんだ》
僕の隣で浮いていた彼女は僕の前に浮いて、その可愛らしい顔に凶悪な笑顔を貼り付けて、キスをする前の恋人のように顔を近づけて、
《私をこんな目に遭わせた人を殺してほしいの》
復讐代行。彼女が頼んできたのはそんなことだった。死んでる自分にはできないから、僕にやってほしい。同じとはいかないまでも、似たような環境にいる僕に。同じような恨みを持っているであろう僕に。
僕は、そんな彼女の頼みを聞きつつ、素通りした。小さい頃は触れた霊も、今じゃまったく触れない。触れたなら今頃彼女とキスでもできただろうに。
《まっ──》
「ねぇ名も知らない可愛い子。辛かったよね。痛かったよね。苦しかったよね。悲しかったよね。独りだったよね。もっと生きたかったよね。僕も辛い。痛い。苦しい。悲しい。独りだ。もっと生きたい。共感した。
振り返り、彼女を見る。なんだかさっきよりも距離を感じた。
「僕がそんなことするわけないじゃん。なんで今会った君のために人殺しなんてしなきゃいけないの?
《……だから、君は生きてるんだね》
「同じくらい死にたいと思ってるよ」
《死なんて、いいもんじゃないよ》
言って、彼女は消えていった。この時、僕は確信した。霊が決まって僕に言うこのセリフは、ご高説なんていう素晴らしいものじゃない。単純に、霊まで僕を拒絶したって話だ。つまり、『お前と同じに何てなりたくない』ってことだろう。僕はこんなにも分かり合いたいと思ってるのに、うまくいかないなぁ。
少年漫画の主人公なら、悩みを抱える霊の相談に乗ってあげて、まっとうな方法で解決して、成仏させてあげるんだろう。僕はそれを素晴らしいと思うが、僕がそれをやろうとは思わない。その霊に共感はしても、その霊のために何かしてあげようとは思わない。だって、自分が可愛いから。誰だってそうだと思う。世のため人のためと言いつつ、結局最後は自分が可愛いんだ。
例えば僕は今神社にいて、一人の時間を楽しんでいるが、ついさっき茂みの方に女の人が連れ込まれていた。正義感にあふれる人なら助けに行くんだろうが、僕は違う。きっと助けてほしいだろう。怖いだろう。痛いだろう。
「
《何してんだテメェら!!》
いつの間にかよく言うようになった言葉を漏らしていると、茂みの方から男の人の怒鳴り声が聞こえた。見ると、女の人を連れ込んでいた男が一目散に逃げ出している。まるで、信じられないものを見たかのように。その顔には殴られた跡があった。
何かに突き動かされるように僕は茂みの方へ走り出した。焦燥、歓喜、偶然、必然、生死。僕を突き動かした何かが『何か』なんて答えは見つからないが、僕は走り出していた。
「……」
女の人は既に逃げ出していたのかそこにはいなかったが、代わりに凄まじい存在感を放つ男の人がいた。オーラってやつが見えるんだとしたら、逆にこの人のオーラは大きすぎて見えないんじゃないかって言うくらいの存在感。この人が男を殴って女の人を助けたんだろう。そうに決まってる。これは直感だけど、この人は僕とまったくの逆なんだ。
《ん? もしかして、お前俺のことが見えてるのか?》
僕が『生きながら死んでいる』なら、この人は『死にながら生きている』。
僕の目の前にいる霊は、
「……見えてるよ」
《おぉやっぱりそうか! 他のやつとは何か違うと思ったんだ。あ、もしかしてさっきの女の子を助けに来たとか? それなら心配するな! 俺がしっかり助けておいた!》
「女の子を助けるって、なんで僕がそんなことしなきゃいけないの?」
霊の手を優しく振り払って、睨みつける。
「僕が勝てるわけないし、そんな勇気があるわけでもないし、あの人の人生に僕は関係ない。万が一僕が死んだらどうするんだよ」
《そうか、それは素晴らしいな! お前はすごいやつだ!》
呆気にとられた。理解できなかった。こんな心無いセリフを吐くやつなんて、全員が気持ち悪がるに決まっている。さっきも霊の女の子に嫌われたばっかりだ。それなのに、そんな僕の気持ち悪さを真正面から受けてなお男の人は笑っていた。
「すごいやつって」
《自分にできることとできないことがわかってるってことだろう? それに、死を怖がっているのも俺は嬉しい! 俺は死を怖がらずに人助けした結果、こうして死んじまったからな!》
「……バカじゃないの? 自分が死んでちゃ意味ないじゃん」
《なんでだ? 俺が助けた人は生きてるのに》
本当に、僕の言っている意味がわかっていないみたいだった。この人はそれでいいと思ってるんだ。自分が死んだって、こうして僕以外の誰にも気づかれなくなって、あまつさえ怖がられるようになっても。助けられたならそれでいいって笑うんだ。
《実際俺も自分のことが可愛いんだが、どうも我慢できなくてな。だって俺には助けられるだけの力があったんだから。俺が襲われたら助けてほしいって思うから俺は助ける》
「それでも死んだら意味がない!」
《そういうな。死ってのも案外悪いもんじゃないぞ》
「──」
それは、霊が僕に決まって言うセリフとは違ったもの、というよりまったく逆のものだった。死の肯定。それは、僕という人間を受け入れる言葉でもあった。生きたくて、死にたい僕を。誰からも好かれない、誰とも分かり合えないこの僕を。
《そうだな、せっかく俺のことが見えるんなら友だちになろうぜ! お前、名前は?》
僕は、僕のことを受け入れたこの人が
「……」
しかし僕は、差し伸べられた手を取った。受け入れられたことが嬉しかったから? そんな幸せな理由じゃない。ただ、分かり合うために。そうだ、今思えば今までの人たち、霊たちとだって分かり合えるはずがなかった。だって、僕は共感能力の高さにかまけてその人のことが分かったつもりになっていた。自分を抑えながら自分を解放していた。そんな人間と誰がわかり合おうとするんだろう。この目の前にいる霊の他に、そんな人が、霊がいるわけがない。
「名乗る機会なんてほとんどなかったから、忘れちゃったよ」
《そうか、それならこれからお前のことは"友だち"と呼ぶことにしよう! 俺は
「うん、よろしく。いい友だちになろう」
僕は、色んな人と分かり合うために、まずは僕が人生で唯一わからないと思った続と分かり合おうと思った。
次の日。朝に親からいってらっしゃいと見送られ、学校に来た僕は驚愕した。
僕に対するいじめは、ぴたりと止んでいた。あれだけぐちゃぐちゃになっていた机も元通りになってた。遅刻したら先生に怒られた。前の席の子がプリントを回すときに後ろを向いてくれた。「今までごめん」なんて言ってくれた。
「……は?」
僕は、吐いた。それはもう盛大に、凄惨に、正常に。だってそうだろう。昨日まであんなに僕を嫌っていた連中が、無関心だった連中が。僕を普通の同級生として扱い始めた。僕を意識の内に入れ始めた。こんな、
「気持ち悪い」
え? とクラスの誰かが呟いた。みんなとはいかないまでも、何人かは僕を心配してくれていた。物語なら嫌われ者でも誰かは好きでいてくれてるが、そんなことは一切なかった僕のことを。昨日までは確実に全員が僕のことを嫌っていたのに。無関心だったのに。
また吐いた。吐こうとした。何も出なかった。そういえばほとんど何も食べさせてもらえてなかったっけ。いや、僕みたいなやつを家に住まわせてもらってるだけでもありがたいんだ。そこに文句を言っちゃいけな──。
待て。僕が家を出るとき、親は何て言った? いってらっしゃいなんていう
「──ぅ゛ぉぇ」
なんで、なんでこんなことになってるんだ。僕の親が僕にそんな優しくするはずないのに。なんで僕を受け入れた。いや、僕を受け入れてくれること自体は喜ばしいことのはずだ。僕が言いたいのは、僕が何もしていないのになんで勝手に受け入れ始めたんだってことだ。
「気持ち、悪い」
「なぁ、どうしたんだよお前──」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! なんなんだお前ら!? 僕に何したか覚えてないのか! お前らは足に刺さった画鋲の痛さを知ってるのか、椅子から離れられないみじめさを知ってるのか、机から虫が出てくるおぞましさを知ってるのか、二階から水をかけられる冷たさを知ってるのか!!」
叫ぶ僕に、同級生は何も言わない。
「死にかけることの、恐怖を知ってるのか!! なぁ、なんでそんな平気な顔で僕に話しかけられるんだよ! 君たちはそうじゃないだろ、僕をバカにして笑ってろよ。僕をそんな簡単に受け入れるなよ! 僕が、僕がそんな簡単に君たちを許す善性の持ち主なわけがないだろ!?」
「
今のは誰が言った言葉だ。教室中を見回しても答えは見つからない。誰から、どこから聞こえてきた言葉かもわからないのに、その言葉は嫌に僕の耳に張り付いて離れなかった。
「俺たちは、お前に申し訳ないと思ってるんだ」
その言葉を発していたのは、昨日僕を蹴り飛ばした同級生だった。
「──っ!」
人を殴ったのは、初めてかもしれない。共感能力の高い僕は、人を傷つけたらその分自分にも返ってくるはずだと思ったから。それに、そんな力任せで頭の悪い暴力なんて手法で、何かが解決するなんて思ったこともないからだ。なにせ、僕にはそんな力がなかったから。
「……なんで、殴られたままなんだ」
同級生は僕に殴られた頬を抑えて、俯いていた。殴られても仕方ない、なんて思っていそうだ。あぁ仕方ない。実際僕は君が死ねばいいと思ってたし、殴りたいと思ってた。でも君はそうじゃないだろ。殴り返せよ。その後に君は言うんだ。「やっぱりお前は気持ち悪い」って。
「……殴って許してもらおうなんて思ってねぇけど、思う存分殴ってくれていい」
「ぁ」
「だから、俺たちとこれからを考えちゃくれねぇか?」
「 !!!」
声にならない叫びが出た、と思う。思うって言ったのは、僕の意識がなくなるくらいキレてたからだ。
結局、気づけば保健室のベッドの上で、放課後になっていた。
神社に行くと、そいつはいた。
《おう、"友だち"!
「やっぱりお前か」
どうだった? なんて、僕の状況を考えればどういう意味かなんてすぐわかる。僕に訪れた不条理、超常、嫌悪、すべては続のせいってことだ。
《いやぁ、"友だち"が大変だったみたいだから、つい気合い入っちまってな! ちょっとやりすぎたかなって思ったんだが……》
「うん。ありがとう。これで僕は普通の日常を送れるよ。感動した」
僕の言葉に、続は嬉しそうに笑った。バカが。
「なんて言うわけねぇだろ。お前、僕をバカにしてんのか?」
《バカになんてしてねぇって! なんでそんなこと》
「いくら助けるって言っても、やり方に問題がある。君がそうして死んじゃったように」
《だから死ってのも案外いいもんだって言っただろ?》
「人の心考えずに何が救いだよ」
続から笑顔が消えた。
「君が死んだことで何人の人が悲しんだ? 君はそうやって人を片っ端から助けてしまう。きっと人望も厚かったんだろう。両親からの期待だって大きかったはずだ。もし妹がいるならお兄ちゃんなんて呼んでくれて、随分と慕われていたんだろう。だったら死んでどうする。僕は悲しいよ。君の死を悲しむ周りの人に共感した。だって、君が死んだら僕みたいなやつとしか会えないじゃないか」
《──お前、俺を怒りに来たんじゃないのか?》
「現に怒ってるだろ」
《いや、てっきり俺は──》
「あぁ、それはいいんだ。また僕の評判を地に堕としてやったから」
は? と続が呆けた。いい気味だ。
「簡単な話だよ。放課後になって、教室に行って、無茶苦茶なお願いをして、渋ったら『僕をいじめてたのに?』って言うだけでいいんだ。それを繰り返して、帰りそうになったら『僕をいじめてたのに?』。すぐだったよ。いつも通りに戻るのは。人間やっぱり根っこからは変わらないものさ。ちょっと分かり合うのは難しくなったけど、これから頑張ればいい。
僕は彫刻刀を続に投げた。心臓を狙ったそれは続の腕に防がれたが、続の腕からは死んでいるはずなのに血が流れてきた。苦痛に歪む続の顔を見て、僕はやっと安心感を覚えた。あぁ、痛そうだ。やっと共感できた。
「心底気持ち悪いよ、お前。だから友だちになろう。だけど僕に助けはいらない」
《いいや助けるさ。なぜなら俺にはその力がある》
「なんでもかんでも手を貸すことが助けになるとは限らない。時にそれは人をダメにするんだ。僕にはわかるよ。きっと、お前が死んだことで悲しむ人と同じくらい、ダメになった人がいたはずだ。赤ちゃんが一人じゃ生きていけないように」
助けてもらえる立場に甘んじていた人は、そうなっていることだろう。そして気づくんだ、自分がダメになってるってことに。そんなの、助けたかもしれないけど救いになってない。
「初めて霊に対してこの世の未練をなくしてあげようなんて思ったよ。ねぇ続、分かり合おう、友だちになろう。君はどんな未練を抱えてまだ生にしがみついてるの?」
僕の質問に、続は黙って考え始めた。僕が霊のために何かしようなんて僕らしくない。厳密に言えばこれは霊のためじゃなくて僕のためなんだけど、結果的には霊のためになるんだからそうなんだ。
続はしばらく悩んだ後、小さく笑って言った。
《助けたい。人も、霊も、全部。そうしたら俺は満足して成仏するだろうな》
「それは無理だよ。何せ、僕は君を利用するけど助けは借りない」
つまり、僕がいる以上続は成仏できないってことだ。困ったな、それじゃあ続を救うことができない。僕をこんな目に遭わせてくれたお礼に成仏させてやろうと思ったのに。
そうして悩む僕を、続は「なんだ、簡単じゃねぇか!」と笑い飛ばした。
《てことは"友だち"を助けることができたら、俺は世界中の誰をも助けられるってことだろ?》
「……? 僕を助けることと、世界中の困った人を助けることに関係はないと思うけど」
《そんくらいの力があるって証明できるってことだ。だから手始めにお前を助けるぜ、"友だち"》
「なら僕はまず手始めに君を救うことにするよ、続」
こうして僕に、分かり合えない競争相手ができた。いつか分かり合いたいとは思ってるけど、それがいつになるかわからない。僕は続が大嫌いだし、今すぐ視界から消えてほしいと思ってるし、あんなことをした続が許せない。気持ち悪い。だけどそれは僕だ。嫌われて、消えてほしいと思われて、許せなくて、気持ち悪い。みんなから見た僕を表すのに最適な言葉だった。つまり、僕からみた続は、みんなから見た僕に似ているんだ。となると、案外僕たちが分かり合うのに時間はいらないのかもしれない。
僕は、続を理解するために続に付き合うことにした。なんでも、続は日夜人助けをしているらしく、正直僕と会っている時間も気が気じゃなかったらしい。それならと、僕も連れて行ってくれと頼んでみた。初めて空を飛んだ。初めて人を助けた。初めて心からお礼を言ってもらえた。初めて分かり合うのが簡単なことかもしれないって思えた。
だから僕は、放課後になると霊に会いに行く。分かり合うなんて言って、その中身は利用し合って恨んで気持ち悪いと思ってて綺麗じゃないけど、僕はこれが綺麗だと思ってしまった。
どうか、誰か共感してくれますように。