「こんにちは〜!」
立派な門扉の前で大きな声で呼びかけた曜は、
「──いらっしゃい曜さん。……いくら黒澤家の歴史が古くても、インターホンくらいはありますわよ?」
出迎えてくれたダイヤに呆れた顔をされた。
「あ、そっか。えへへ、つい千歌ちゃんとか果南ちゃん家に遊びに行った時みたいにしちゃった!」
本人の反応から察するに、反省の意はなさそうだった。
「……まあ良いです。ルビィが待っていますよ。お入りなさい」
「うん! お邪魔しま〜す!」
時刻はすでに夕方。遅くなりはじめている日没も、すぐそこまで迫っていた。
曜はとあるドアの前に立つと、軽くノック。すぐにドアが開き、見慣れた明るい髪の毛が視線よりやや低い位置で揺れる。
「曜ちゃん! いらっしゃい!」
「お招きありがとう! ヨーソロ〜!」
曜は笑顔で敬礼すると、部屋の隅に持ってきたカバンを置いた。水泳でも使っている、大きめのカバン。それを見たルビィが、
「もしかして、着替え、持ってきたの?」
「うん。もう時間も遅いし、多分終バス間に合わない気がして」
学校の授業が終わった後、部室でAqours全員から一度祝われている曜。帰宅後にルビィに呼ばれ、こうして訪れているのだった。
「お姉ちゃん、パジャマなら喜んで貸してくれるよ?」
「うーん、そうだけど、衣装作りで泊まり込むたびに借りてるしさ。自分で用意できる時はしようかなって」
「…………」
褒められた判断なのだが、姉の肩を落とした姿を、ルビィは予想できてしまった。
「──それはさて置き、だよ。ルビィちゃん。実は、結構楽しみだったんだよね」
用意されたクッションに座った曜は、すぐに身を乗り出した。その目は、分かりやすいほどに輝いている。
「うん、ちょっと待ってて」
ルビィは立ち上がると、クローゼットを開く。そしてそこに収納されていたハンガーの一つに手をかける。
取り出したそれは、何かの洋服だと思われるが上から黒い布で覆われているので中のデザインは分からない。
「そ、それが……!」
「曜ちゃんのお気に召すかは分からないけど……どうぞ」
やや自信なさげに、ルビィは黒い布をハンガーごと曜に手渡す。
受け取った曜は、隠しきれないワクワク顔でルビィに視線を送る。
「……開けていい?」
「うん」
黒い布についていたファスナーを開け、曜は中に隠れていた服を取り出す。
それは、
「ふ、ふわあぁぁぁぁ〜……! 制服だぁぁぁぁぁぁ」
白を基調とした、所々に水色をあしらえたブレザーの様な服だった。
「これ、ルビィちゃんがデザインして作ったんだよね⁉︎」
曜はケータイを取り出し、メッセージの文面と同じ手に持った服を交互に指差す。そのメッセージには、『曜ちゃんの為に、制服をデザインから作ってみました。よかったら受け取りに来てね』と書かれていた。
「すっごい私好み! まさか一人で一着衣装を作っちゃうなんて……ルビィちゃん、凄いなぁ。全然気付かなかったし」
つい三日前にも、Aqoursの衣装作成の為にこの部屋を訪れたばかりである。
「確かにクローゼットは覗かなかったけどさ〜。サプライズ、されちゃったなぁ」
「えへへ、喜んでくれて良かったぁ」
よほど嬉しかったのか、曜はためすすがめつブレザーを何度もひっくり返す。そして、
「──ん?」
裏地に、黒い糸のほつれを見つけた。
手作りだしそのくらいはあるか、と糸をつまんで軽く引っ張る。──背中側を縫い付けていた、ミシン糸の端を。
返し縫いがされていなかった縫い糸はスルスルと引っ張られ、曜が気付いた時には既に手遅れだった。
「えっ……⁉︎」
要の縫い糸が抜かれたブレザーの背中は、真ん中からパックリと二つに割れてしまっていた。誰が見ても、服としては機能していない。
「ごめ──」
「…………!」
謝ろうとした曜を遮って、ルビィはブレザーに飛びつく。作った本人であるが故か、原因の特定も早かった。
「返し縫い……忘れるなんて……」
消え入るような声で呟き、その場に座り込む。
「えっと……」
心配になった曜が覗き込むと、
「ごめん……なさい……っ」
その目には、大粒の涙がたたえられていた。
「うわわっ、泣かないでルビィちゃん!」
「せっかく……曜ちゃんの為に作ったのに……。お誕生日当日に間に合わせようと焦って……こんなミスするなんて……。ごめんね……曜ちゃん……ごめんね……」
今にも溢れそうな涙を見下ろしながら、
「ねえ、ルビィちゃん」
曜は口を開いた。
「ミシンって、どこにしまってあるんだっけ?」
「……ふぇ?」
「あと、裁縫セットも」
「それなら、机の横だけど……」
曜は言われた場所に歩み寄ると、すぐに目的の物を探し出す。そしてそれを丸テーブルの上に置くと、
「──直そう!」
元気な声を出した。
「え……?」
「ルビィちゃんが作った制服、まだちょっと糸が抜けちゃっただけだもん。まだまだ元通りにできるよ!」
お泊りセット持ってきて良かった〜、と曜は呟く。
「ほらほらルビィちゃん、お誕生日の曜ちゃんをもてなしてよ!」
「も、もてなすって言われても……」
「自分で着る制服を手直しできるなんて、最高のご褒美であります! でもその為には、デザインしたルビィちゃんの力が必要不可欠! だから、一緒にやろうよルビィちゃん!」
曜なら一人でも元通りに直せる事は、ルビィにも分かっていた。
「──うんっ!」
それでも、自分にできる精一杯のお祝いをしてあげたい。そんな思いが、ルビィに元気な声を出させていた。
涙はとっくに、乾いていた。