もし氷川姉妹に兄ちゃんがいたら   作:富岡生死場

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壱章 ︰ 『ごめん』

「じゃあ このまま面接しちゃいましょうか」

 

目の前には初老の男性が立っている。ここのコンビニの店長だ。顔には沢山のシワがあり、しゃがれた印象を与えているが 不潔感は無い。髭の手入れもされており白髪も見受けられないので きっと外見には気を遣っているのだろう 商売をしている人間だから当然といえば当然なのだが こういう清潔感のある大人というのは素晴らしいものだ。

 

部屋にはその初老の男性と『氷川悠地』の2人しか居ない。何故こんなことになってるか、それは目の前の男性が言ったそのままの意味だ。本来はバイトの面接の日付の確認をしに来たのだが、やり取りのタイムラグが煩わしいらしくもう今日そのまま面接をしてしまうらしい。こちらとしては嬉しい限りだ。

 

手元の紙に目を落とす。ガラス製のテーブルの上には空欄が埋まっていないまっさらの履歴書がある。本来は履歴書を自分で書いて持参するのが決まりだと思っていたのだが 最近は履歴書不要のバイト面接も増えているらしい。今回俺が受けたバイトもその形式だ。ネットの求人広告には「履歴書不要!!」と大きく書かれていた。履歴書が不要だからこのバイトを選んだ。って訳では無いが面接が楽な事に越したことはないと思い ここにした。

 

「じゃあ 一旦席外すから その間に書いといてね」

 

初老の...いつまでもこの呼び方では手間だ。せっかく胸にネームプレートがあるのだ、名前は...『山崎』さんか。これからは初老の男性ではなく、ヤマちゃんと呼ぶことにしよう。内心だけだが。

 

ヤマちゃんが部屋を出ていった。別に面接を放棄した訳ではない。いくら履歴書不要とは言え履歴書が無いと面接は出来ない。矛盾している気がするがこの場合の「不要」は履歴書が不要な訳じゃなく持参が不要という意味なので何ら矛盾はしていない。ただの言葉足らずだ。

閑話休題(それはともかく)、退室したのは俺に履歴書を書く時間を与えるためだ。履歴書は持参する訳ではなくその場で書く方式らしい。空欄は名前、性別、住所、連絡先、経歴、希望する時間帯、入れる日数、希望する給料、これまでの経歴、趣味特技、やっていたスポーツ、等だ。趣味とかスポーツとかはバイトの面接で必要なのか。絶対要らないと思うのだが。

 

まぁ書く欄が設けられているって事は必要なんだろう。文句を言う必要もメリットもないのでさっさと書いてしまおう。住所などの個人情報は迷うような事も無いので問題なく記入していく。ただ問題はバイトへの要望についてだ。今までバイトをしたことが無いため、実際自分が学校が終わったあとどれぐらい勉強が出来るのかが分からないのだ。

 

高校三年生からバイトを始めるなんて本当はありえないのだけれど。俺が今まで1度も社会に出て働くということを全くしてこなかったし、それに対して特に興味も無いような人生を送ってきたため両親も見かねたらしく。大学を決める前に1度社会を知ってみろって事でバイトをする事にした。そのためだいたいみんながどれぐらい働いているのかが全く分からない。とりあえず週3日ぐらい...かな。これが多いのか少ないのかも分からないけど。

 

あとは趣味特技とスポーツか。スポーツはサッカーで決まりだな。というかサッカーしかできない。小さい頃に某サッカー漫画にどハマりしたせいで始めたのだが、足を使うスポーツしか小さい頃にやってなかったため、他の上半身を使う球技が全く出来なくなってしまった。もし自分に子供が出来たらテニスとかやらせてあげたい。絶対そっちの方が他のスポーツもできる人間になると思う。

 

残るは趣味特技だ。正直人に胸張って言えるような特技も趣味も無いんだよな。フーセンガム膨らませたら結構でかいの作れるぐらいしか自慢出来るものがない。そんな事をかけるはずもないのでなにか適当にでっち上げておこう。例えば『人と仲良くなる』のが得意、とか。調子乗った事でも書いておこうか。別に本気でそう思ってる訳じゃないけど比較的苦手ではないと思っている。

 

(まぁ、『比較的』にだけど)

 

俺には2人の妹がいる。そいつらに比べてなら人と仲良くなるのは得意な方だと思う。俺自身があまり特徴的な人間ではないため、話しかけやすいらしい。自分自身ではそう特徴の無い人間だとは思っていないのだが。だって髪の毛の色、緑色だし、個性的だとは思うんだけどな。緑色と言っても染めている訳では無い、親からの遺伝だ。

 

「そろそろ書けたかな、大丈夫?」

 

ヤマちゃんが帰ってきた。履歴書の空欄にはもう書ききってしまい、暇をしそうになっていたところだったので非常に助かる。声がした方を向くと優しげな表情を浮かべたヤマちゃんが居た。ほんとに商売するならこういう優しい表情って大事なんだろうな、まだ大した話もしていないけど既に少しこの人のことが好きになってしまっている。あ、BLとかでは無いけど。

 

「はい、書けました」

 

履歴書を半回転させ、テーブル越しに俺の向かいに座ったヤマちゃんが見やすいようにする。頷きながら履歴書を確認するヤマちゃん、いちいち所作が愛想いい。なんというか人に嫌な思いを一切させない雰囲気というか、とりあえずこの人の事が好きになってしまう。あ、BLとかでは無いけど。

 

「うんうん」 「へ~」 「はいはいはい」

 

ヤマちゃんの独り言が止まらない。どうしよう。まぁでもこのぐらいの歳の人って思ったこと口にしないと気が済まないと聞く、放っといてあげよう。ヤマちゃんの気が済むまで部屋の中を見学して過ごそう。物理的にウロウロする訳にもいかないので視線だけだが。

 

今いる部屋はコンビニのレジの奥にあるスタッフ用の部屋で、通常のお客さんが入ることは無いため 普段見れないようなものが沢山ある。公共料金の支払いの際に行うことのメモや、たくさんの電話番号、シフト表やマニュアル。これらをこれから自分が覚えて 実践するとなると少し不安だが 同時にワクワクもする。

 

「今までバイトとかしてなかったんだ」

「じゃあウチが初めてってことだね」

 

俺が不安な気持ちでいると思ったのだろう、今まででさえ優しい印象を与えていた表情がもう1段階優しくなって気がする。この人の優しさに底はあるのだろうか、いや 無い気がしてきた。

 

「うんうん ここまで来るのはこの住所だと、自転車かな?だいたい家からここまでどれぐらいかかる?」

 

信号にもよるけれど、大体は20分ぐらいのはずだ。家から学校に行くまでの道の途中にここのコンビニがあるのだが、だいたい折り返しぐらいの位置だったので多分20分ぐらい。

 

「うんうん 問題はなさそうかな。ウチ 結構人手少なくて困ってるから 採用って事でいいかな」

 

はっや。ネットに載ってた話だと結構バイトの面接って申し込みしてから採用まで時間かかるって話だったんだけど。いやまぁ 早いに越したことはないしいいんだけど。まぁたしかにスタッフ募集中ののぼりを駐車場に何本か刺してるぐらいだし 結構困ってるのかも。

 

「じゃあまた詳しい時間とかは電話で連絡するから、今日はもう帰ってもらって大丈夫だよ」

 

履歴書を回収して 紙に自分の電話の番号を書きながら言う。面接って、こんなにあっさり終わるんだ。ちょっと緊張してた自分が恥ずかしい。

 

ヤマちゃんから貰った連絡先を受け取る。

 

「では 失礼します、今日はありがとうございました」

 

最後の挨拶ぐらいは自分から言いたいので 丁寧に挨拶をする。ヤマちゃんがにこやかに手を振りながら「ありがとね」の言葉を返してくれる。ほんと 気持ちのいい人だ。もう少し話してたかったような少しもどかしい気持ちのまま部屋を後にし 何を買うわけでもなく自動ドアをくぐり 3月にしては少し暖かい晴天の外に出る。今まで室内で過ごしていたため 急な日光は少し辛い。瞼を少し閉じながら停めていた自転車まで急ぐ。

 

(あれ RINE来てる)

 

自転車に跨ってから気づいた。そのままゆっくりと自転車を進めながら内容を確認する 送った主は俺の妹のうちの1人 『氷川日菜』だ。俺とは違う個性的な妹の中でも厄介な方だ、どっちも厄介だけど こいつの厄介はレベルが違う。なんて説明していいのか正直分からないが ざっくり言うと何でもそつなくこなしすぎて一緒にいてしんどい みたいな感じらしい。

 

まぁ 深く関わりさえしなければ多分一緒にいて面白いとは思うんだけどな。そう簡単にはいかないらしい。例えば自分が必死にやってるモノがあって それをあとから始めた日菜が軽々自分の成果を超えていくような そんな事があればコイツの事を嫌いになると思うんだけど。あいにく俺にはそんな必死になれるようなことが無いからな。そんな事をぼんやりと考えながらメッセージの内容を見てみる

 

「ポテチ買ってきて」

 

前言撤回 ちょっとこいつのこと嫌いになったわ。うわぁ もっと早めに見とけば良かった 早めに見ておけばコンビニで済ませれたのに。まぁでもコンビニだと高いし 結果オーライだよな。帰りにドラッグストアあるし そこで買おうかな。ポテチと言っても色々種類があるけど ここ最近のコイツが言うポテチは1個しか無い。硬めのポテトチップスに最近日菜はハマってるらしい。たまに買い物のついでに頼まれることがあるけど 最近はこればっかりだ。

 

自転車を漕ぎ始める。天気のいい日に自転車で街に出るのは気持ちがいい。暖かい太陽の光と 自転車のスピードが起こす少し冷たい向かい風が肌を流れて気分を少し上げてくれる。さっきまでずっと初めての部屋で縮こまっていたのも相まって いつもよりも余計に気持ちがよく感じる。何かをやり遂げたあとの行動は いつにも増して良いものに思える。

 

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10分ほど自転車を漕ぐと 目的地であるドラッグストアまで着いた。駐輪場は比較的空いているが 駐車場は少し混雑している 不思議なもので何故かここのドラッグストアはいつも駐車場がいっぱいで、学校の帰りにここの駐車場の前をよく通るのだが空いている方が珍しいぐらいだ。

 

自転車を停め ドラッグストアの自動ドアをくぐる。入ってすぐのところにはシャンプーや化粧品などが置いてあるコーナーで そこから右に曲がってまっすぐ行くと掃除用品やキッチン用品、生理用品の棚が順に並んでおり それらを超えた先にやっとお菓子の棚がある まずはそこに向かおう。

 

掃除の行き届いた通路を進む。ほんとドラッグストアの床ってどうしてこんなに綺麗なのだろう。天井の照明が反射して少し眩しいくらいだ 少し言いすぎたかもしれないが。部屋での生活が続いている目には眩しいものに思えた。そんなどうしようもないことを考えていたらもうお菓子のコーナーに着いてしまった。

 

頼まれていたのはポテトチップス 25%増量と書いてあって かなりのボリュームだ。個数は指定されていないが2個くらいあれば今日は文句ないだろう そう思って商品棚を見てみたがあいつの好きなポテトチップスがもう3つしかないようだ 随分人気らしい。こういう風に在庫が少ないものを見ると買いきってしまいたい衝動に駆られる。ポテトチップスの袋を棚に置いてある3つ全て摘み すぐ横にあったカゴを手に取り 中に入れる。

 

あと残りの買い物は頼まれていないけど だいたいあいつがお菓子頼んだ時はジュースもセットで買っておかないといけない。前に頼まれたとおりにお菓子を買って渡したら気が利かないとブーブー文句を言って機嫌が悪くなってしまった事がある。自分で用意しとけよって話なのだが そうもいかない。あいつが機嫌悪くなると面倒くさい。確かこのコーナーの1個向こうにジュースなどが置いてあったはずだ。

 

カゴを右手にぶら下げながらひとつ先の棚に行く。あいつは炭酸が好きだったはず なんて事を考えながら商品達に目を通す 適当にビタミンがたくさん入ってるらしい『強強炭酸!!』と書かれたペットボトルを手に取る。そんなに強いならきっと味が濃いのが大好きな日菜は気に入るだろう。強いにこしたことはない 大は小を兼ねるってやつだ。

 

ジュースとポテチを入れ終えもう買うべきものはない、はずだ ちゃっちゃと済ませて家に帰ろう。そう思いながら通路に足を踏み出すと視界の端に見知った人影があるような気がした。緑色の長髪を流した人影に注意を向ける やっぱり、あいつだ。

 

「おい、紗夜」

 

『氷川紗夜』俺の妹のどちらかと言うと厄介じゃない方、正直こんなとこで会うのは驚きだ ドラッグストアのお菓子コーナーで棚を凝視しているだなんて 超意外。てっきり家でギターの練習してると思った。こいつには俺と違って人に誇れる趣味がある 趣味って言うとこいつからしたら違うのかもしれないけど、俺から見たらただの趣味だ。

 

俺の声を聞いてこちらへ振り向く 眉毛の下がり具合を見るに 少し機嫌が悪い。そんなに外出先で家族に会うのが嫌か。紗夜がいるのは俺がさっきまでいたお菓子コーナーのさっきまでポテチがあった位置だ。もしかしてコイツも買いに来てたのか ほんと姉妹揃って同じものが食べたいなんて さすが双子だ。周りの人間はこの2人のことを真逆だとか似てないだとかよく言うが。外面だけじゃなく内面まで見れる家族から言わせてもらえれば大差ない。

 

トイレに行くために部屋を出るタイミングだの、食べたい物だの 毎回紗夜と日菜が被って、その度によく紗夜がむくれながら日菜に譲っている。いいお姉ちゃんと言えばそうなのだが 実際年齢に差がある訳でもない。紗夜は損だなって思うけど 本人はその事については文句は無いみたいだった。

 

(『その事については』、だけど)

 

紗夜と日菜の仲がいい訳では決してない。むしろ今、過去最強に仲が悪いと言っていい。この間紗夜の前で日菜の事を口に出したら露骨に機嫌が悪くなった。まぁ どうして最近過去最強に仲が悪くなったのかについては大体検討がつく。きっと紗夜がギターに過度に熱中しているせいだろう 今までも何度かあった 紗夜がやっている事を日菜が軽々と超えていく。前に言った日菜の事を快く思わないやつの典型が紗夜だ。

 

「何探してんの?」

 

そんな日菜アンチの紗夜さんにお話を伺ってみる。まぁ お菓子コーナーに居るやつが探してるものなんてお菓子に決まっているが 聞いてみる。もしコイツが探してるものがいつものように日菜と一緒だとしたら 生憎だが既に商品棚には並んでいない。なぜなら俺が買い占めてしまったからな、まぁ買い占めと言える程の量では無いけど。

 

「お菓子を探しているのだけれど 無いの」

 

うわぁ 絶対一緒のヤツじゃん。だってこの棚さっき俺が取ったポテチ以外全部揃ってるもん やっぱ双子だな。紗夜にカゴを見せびらかしてみる どうだ、お前のお求めの品だぞ。うっわ、目こっわ。人間の1人や2人殺してそうな目でこっちを見てくる。最早女子高校生がしていい顔じゃない。

 

「そんなに欲しいなら俺のちょっと分けてやるよ そんな顔すんな、怖いんだよお前の顔」

 

危ない、あと数回煽ってたら殴られてたかもしれない。昔から兄妹喧嘩を良くしてたのは日菜だけど殴り合いの喧嘩になった回数は多分紗夜の方が多い。言い合いの喧嘩にならずにそのまま殴り合いになるんだよな、紗夜だと。パッと見で沸点は低く見えないのだが こいつの沸点はかなり低い。4つあるお菓子を俺がふたつ食べた時にグーで殴ってきた事がある。グーでだ。せめてパーでお願いします。

 

「いいけど...一緒に食べるの?」

 

そんなに嫌そうな顔しなくても良くない?別にいいけど 慣れてるし。家族に煙たがれるのは親父だけの役じゃない、兄も漏れなくその対象だ。昔はよく2人で買い物とか3人で遊びにも行っていたのだが、やはり思春期の女子高生にとって 家族はやはり煩わしいものなのだろう。あの頃の可愛げがあった頃の紗夜に戻って欲しい 扱いづらくて困る。

 

「そうだけど。普段あんま喋んないんだしたまにはいいだろ」

 

こいつ確か最近上手くいってないみたいだし。日菜から聞いた話なのだが どうやら紗夜がお友達と上手くいってないらしい。紗夜が最近熱中しているギターに関連するのだが こいつが今入っているバンドのメンバーと少し揉めているらしい。これがよく聞く音楽性の違いってやつなのか。音楽性というか人生観というか、あいつはきっと「自分にはギターしかない」ぐらいに思ってるんだろう だからきっと学生のワイワイしたいノリと合わないんだ。

 

「まぁ...いいけど」

 

しぶしぶ了解、と言った感じだ。そんなに嫌な思いしてまで食べたいのか これがポテトチップスの魔力、末恐ろしいな。煩わしいはずの兄と過ごす時間さえ苦にならないものに変えてくれるポテトチップス、最強です。

 

「じゃあ、兄さんの奢りってことね」

 

少し勝ち誇ったような表情を見せる紗夜、まぁ確かにそういう捉え方もあるのか。というか普通に考えたら俺が奢ってあげてるだけなんだよな コイツの してやった 感が出てる顔見るのすごい腹立つんだけど。

 

「それでいいよ別に 俺先に帰っとくから またな」

 

これ以上こいつのしたり顔を見ていたら店内で暴力事件を起こすところだった 危ない危ない。 別れの言葉を聞いて紗夜は手だけあげて応える。ポテチ以外にも欲しいものがあるらしく、まだお菓子コーナーに居座るようだ。食べすぎで太ればいいのに。

 

紗夜のことは置いといてレジへ向かう。レジは3つあるようだが今は2つしか動いてないようだ。向かいあわせのレジは忙しなく動いており、おばあちゃんと小学校低学年ぐらいの子供を連れた金髪の主婦が会計をしている。子供はレジに並ぶなどの退屈な時間をひどく嫌うので少しグズっているが 携帯を弄る片手間に上手くあやしている。見た目に反して子供の面倒を見るのが上手いようだ。

 

自分の携帯が震える。この震え方は多分RINEだ。音がならないようにしてはいるが、バイブレーションはONにしているので音がならなくてもなんの通知かはある程度わかる。ちょうどレジに並ぶ間何もすることが無いので確認してみる。日菜からだ

 

「ごめんグミも買ってきて」

 

遅せぇよ、もうレジ並んでるんだけど。グミ買いに行くために引き返そうとしたがおばあちゃんの方の会計が終わってしまいもう引き返せなくなってしまった。店員がカゴに入っている商品を会計していく。そうだ、紗夜がまだお菓子コーナーに居るはず。

 

「なんでもいいからグミ買ってきてくれ」

 

紗夜にRINEを送る。こいつとのトーク履歴見て気づいたけどこいつからの返信スタンプだけなんだけど。俺に対してはほんと適当だなぁ、こないだ紗夜の友達が家に来ててちょっと話したらすごい丁寧な人でRINEも長文で返してくるみたいな事言ってたんだけど、外面良いのほんとやめろ。とか言ってたら返信が帰ってきた。くまがOKマークを作っているスタンプが帰ってきた。やっぱり適当だなこいつ。

 

1000円札を店員に渡してお釣りが帰ってくるのを待つ。今度はこれを俺がやるんだな。コンビニの面接が問題なく終わり来週ぐらいにはお世話になるはずだ。実際にレジ打ちやるとこの人みたいにテンパるのかな。

 

「ありがとうございました〜」

 

会計が終わって店を出る。お菓子だけが入った袋を持って自転車にまたがる。時刻は3時過ぎ、太陽が真上から少し下がった頃、目が慣れてきだしたけれども まだ少し太陽に光が目に痛い。網膜の裏側に針を刺されたような鋭い痛みが起きる、なるべく下を向いて歩こう、涙とか別に零れないし。

 

自転車のスタンドを上げ、携帯にイヤホンを刺す。走行中にイヤホンはあんまり良くない事だけど、1人で帰るのは退屈なのだ。携帯を操作し自分の好きな音楽をかける、最近はずっと『Teenager Forever』聴いてる気がする。歌詞がどうとか、曲がどうとか、詳しいことは全く分からないけれど 曲の始まりからラストまでの疾走感がたまらなく好きだ。

 

そんな好きな曲を聴きながら自転車を漕ぐ、ここから家まではだいたい10分ぐらい、必死に漕げば5分ほどだ。まぁ家に必死こいて帰ることなんてほっとんど無いけど。

 

 

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家に着いた、自転車を降りてスタンドを下ろす。車の陰に自転車を隠しとけば盗難される事も無いだろう、俺はされた事ないけど友人が何度かされた事あるらしい。人の振り見て我が振り直せ、ってやつだ。用心するに越したことはないだろう。そして車が停めてあるって事は父さんも母さんも家に居るってことだ。

 

「ただいまー」

 

母さんの返事は聞こえた。父さんと日菜の声は聞こえないから多分両方部屋だろう。買ってきた商品たちをキッチンに置いておこう、ジュースは冷蔵庫に入れて置いて ポテチはサイドテーブルの上に置いてあるカゴに入れとけばあいつもわかるだろう。だいたい家の誰かが買ってきたお菓子とかはココに置いておけば大丈夫みたいな節がある。

 

携帯が震える、誰だ 紗夜か?「おかえり」通知欄に送られてきたメッセージの内容が表示される。日菜からのようだ、口で言えよ。「ポテチ持ってきて」通知欄に次のメッセージが表示された。買いに行かせたんだからせめて部屋に持ち込むぐらいの労力は惜しむなよ、企業努力をしろ。

 

自分でやれって言ってもどうせブツブツ言われるだけだし大人しく持って行ってやるか。なんで兄ちゃんのはずの俺がパシられてるんだろ、なんか悲しくなってきた まぁいつもの事なんだけど。

 

日菜の分のポテチとジュースを持って日菜の部屋に向かおう、日菜、紗夜、俺の子供3人の部屋は全部二階にある、階段に近い 向かい合っている2つの部屋は紗夜と日菜の部屋で、もうひとつの奥の部屋が俺の部屋だ。

 

階段を上がって日菜の部屋の前まで来た、一応ノックしとくか。あいつ俺の部屋にノックして入ってくる事なんてほっとんどないんだよな。だからってやり返せばいいって言うわけでもないし、こちらはこちらの正義を見せてやればいい テロリストには決して屈しない。

 

「入るぞ」

 

ノックをしっかりして 確認をとってみる。中からくぐもった返事が聞こえる ドア越しだからやっぱり聞き取りづらい。ドアを開けて日菜の顔を見てみる。家族が言うのもなんだけど結構可愛い顔だと思う 普段の仕打ちのせいで可愛いというか憎たらしさの方が際立つのだが、内面的な部分を知らずに見たら普通に可愛いと思う。髪型もふんわりしてる なんというか、女の子っぽい髪型で 共学のとこに通ってたらきっとモテてたんだろうな。女子校だからそういう浮ついた話は聞いたことがない、もしかしたら家族に気づかれないようにこっそり付き合ってたりもしてるのかもしれないけど。

 

「ポテチってどうせこれの事だろ 置いとくから」

 

ポテトチップスの袋を投げ渡す、日菜がわざとらしく驚いた反応をしてキャッチする。あざてぇなぁこいつはほんとに、こんな可愛こぶった反応とかいちいちやってたらモテモテだろうな。だがあいにくこいつは共学じゃない、ざまぁみやがれ。流石に炭酸のジュースを投げ渡すのは良くないので近づいて手渡す。

 

「気が利くぅ♪」

 

うぜぇなぁ、持ってこなかったらどうせ文句言うくせに。適当に「はいはい」とだけ返事してあしらっておこう、紗夜はもうすぐ帰ってくるだろうから 適当に部屋の掃除でもしておこうかな。日菜の無駄に嬉しそうな顔を見ながら考える。俺の視線に気づいたのか 日菜も俺の顔を見返してくる

 

「グミちゃんと買ってきてくれた?」

 

ああ、そういえば買ってきてないな、紗夜に頼んだ事こいつは知らないし 言っとかないとな。

 

紗夜と日菜は今これまでに無いぐらい仲が悪いんだけど日菜自身は紗夜のことが嫌いではない、むしろ大好きぐらいだ。大好き過ぎてたまにストーカーじゃねぇかってぐらいの事もしてる。沙夜がやってるバンドの演奏をこっそり見に行ったり紗夜のバンドメンバーや友達にもしょっちゅう声をかけてるらしい。俺が紗夜のバンド活動に全く興味がないのに紗夜が上手くいってないのを知ってるのもそのせいだ、直接俺が聞いた訳ではなく こいつから聞いただけだ。

 

「お前が注文するのが遅かったから買ってないぞ」

 

「えぇぇぇ」

 

わかりやすく日菜が落胆する。その顔が見たかった、紗夜が買ってくることは伏せて 俺が買ってないことだけ伝える。人をパシッた罰だ、せいぜい落胆してな。

 

「嘘だって 紗夜に買ってもらうように言っといたから 安心しな」

 

こいつのアホ面も十分堪能したし、ネタばらしをしておこう もっと顔が明るくなるかと思ったけれど 以外にも顔は曇ったまま。感情がすぐ表情に出る日菜にしては珍しくリアクションが遅い、何故だ もっと喜べよ。

 

「なんでお姉ちゃんに頼んだの?」

 

あー、確かに 説明不足だったな。急に紗夜の名前出てきても困惑するよな。急に出てきた紗夜の存在に混乱を隠しきれないようだ、まさか2回もこいつのアホ面が拝めるだなんて 今日はツイてるな パシられた甲斐があったってもんだ。

 

「ドラッグストアでたまたま紗夜にあったんだよ その後お前からRINE来たけどレジしてる途中だったから紗夜に頼んだんだ。紗夜とお前は好み似てるし大丈夫だろ。」

 

ポテトチップスの好みも一致したんだ、どうせグミも好きなやつ一緒だろう。紗夜のセンスに丸投げだ 俺の説明に納得したらしくわかりやすく大袈裟に頷く。口で「ふむふむ」って言ってる奴初めて見た、身内じゃなかったら引いてたかも。やっぱ身内でも引くわ ちょっと距離おこう。

 

「だから紗夜が帰ってくるまではお預けだ 大人しくポテチでも食ってな」

 

それだけ言ってドアを閉める 捨て台詞を言ったら返事は聞かずに去る。これが相手をウザがらせるのには必須のテクニックだ 返事を聞かない事で相手側は余計にモヤっとする。

 

日菜の部屋から脱出したことだし さっさと自分の部屋に行こう。早く自分の部屋に帰って片付けしないと、紗夜の逆鱗に触れちゃう。1度紗夜が俺の事を起こしに部屋に入ってきたのだが夜遅くまで遊んだままそのまま寝てしまっていたので酷く部屋が散らかっていたらしく(起き抜けにそのまま片付けをさせられたからどれぐらい酷かったかは正直覚えていない)紗夜がその惨状を見て、激怒した事件があるのだ。この事件の事を俺は『朝青龍事件』と呼んでいる。朝に青い髪の逆鱗に触れたので朝青龍だ。

 

アホなことを考えながら自分の部屋に入る。組立式のクローゼットや 勉強机、ベッド、ちゃぶ台ぐらいの高さのテーブルにクッションが数枚、あとは読みかけの雑誌が何個か散らかっている。リモコン類も結構置きっぱなしにしているせいでかなり散らかっているように見える。

 

あー、紗夜が来る前に片付けれそうで良かった。多分これ見つかってたら一緒にポテチ食べながらお喋りなんてできる空気じゃなかったと思う。絶対お小言いわれながら掃除する羽目になってたと思う。

 

とりあえずリモコン類は100均でこの間買った小物ケースにしまう あとは雑誌を並べて本棚に入れておけばちょっと片付いたふうに見えるだろう。クッションもちゃんと並べておけば男子高校生の部屋として考えれば片付いているほうだ。きっと。多分。

 

「ただいま」

 

玄関のドアが開く音と紗夜の声が聞こえる。さすがに2階からおかえりを言った所で聞こえないので心の中だけで言っておこう。片付けの前にあいつが帰ってこなくて本当に助かった。余裕をもって迎え入れる事ができそうだ。

 

階段を上がってくる音が聞こえる。ひえぇ、鬼が上がってきたぞぉ。朝青龍事件の事を思い出してたせいで少し紗夜の事が怖くなってきている。殴り合いの喧嘩は紗夜の方が多いって話はちょっと前にしたんだけど、朝青龍事件の時には殴り「合い」じゃなくて一方的に殴られたんだよな。どんだけ散らかしてたんだろその時の俺、あいつがただ単に散らかしてるだけでそこまで怒ると思えないし よっぽどだったんだろうな。

 

呑気に考え事をしていたらもう紗夜が階段を登りきってしまった。さながら火が灯った導火線のように無常にも上がりきってしまった。導火線だとしたらもうすぐ爆発してしまう、やだ怖い。

 

「兄さん、入るわよ」

 

日菜とは違って律儀にノックをする紗夜、礼儀正しいのだけはこいつのいい所だ すぐ手が出る爆弾女なのは良くないところだけど。「入っていいぞ」とだけ返事をしておく。てか帰ってきてから いの一番に上がってくるなんてどんだけ楽しみだったんだよこいつは。そんなに兄ちゃんとお話がしたかったのか。違うよな ポテチ食いたかったんだろうな。わざわざドラッグストアのお菓子コーナーを座りこんで眺めるぐらいだし。そんなに欲しけりゃストックしとけよ。

 

紗夜が部屋に入ってくる。見ろ、この片付いた部屋を。どうだ、どうだどうだ。普通にノーリアクションでした、そりゃそうだよな。

 

クッションを差し出して座るように促す、それを受け取った紗夜は下に敷いて座る。紗夜が座ってる間に日菜にポテチ渡しに行く時についでに持ってきといたもう一個のポテチを机に置く。わかりやすく紗夜の眉毛が動く 日菜程じゃないけど感情が表情に出るな。

 

「じゃああれやるか、パーティー明け」

 

ポテチの袋の後ろを全部開けて複数で食べる時に食べやすくなるあれだ。大人数ってほどではないけれどまぁ向かい合って食べるわけだし 普通に開けてたらきっといちいち袋回さなきゃいけないとだからパーティー開けした方がきっと楽だろう。

 

袋を開けようと手をかけた瞬間紗夜に制止される。

 

「いいえ、ここは私に任せてくれるかしら」

 

やけに自信満々だな、こいつ。そこまで言うならなにかきっと考えがあるのだろう、大人しく袋を差し出す。自慢げな表情のまま袋を手に取った紗夜は手際よくポテチの下部分を折っていく。折られた下部分は綺麗に底面になって袋が自立できるようになった、これがこいつが自信満々だった理由か。

 

「こっちの方が食べやすいと思うのだけれど」

 

やってやった感が滲み出ている顔、本人はさりげなくやった感じなのだろうが 表情がぎこちない。きっと紗夜も友達にこれをやられたのだろう、友達から聞いた豆知識とか小技って、誰かに見せびらかしたいもんな。

 

「えー、すげぇじゃん」

 

いちいち「それ、どうせ友達に教えてもらったんだろ」とか追求してもこいつの機嫌が悪くなるだけだ。ここはおだてておこう、豚もおだてりゃ木に登るってやつだ。豚なんて言ったらこいつきっと怒るんだろうなぁ。そんな失礼な事を考えているとは露も思わない紗夜は満足気な表情で袋を開けている。

 

「じゃあ」

 

「「いただきます」」

 

紗夜と2人揃って食事の挨拶をする。親からは挨拶だけはちゃんとするようにしつけられているので 2人ともたとえ相手がお菓子でもきっちり いただきます は言う。ここら辺はほんと親に感謝だ。

 

何気に初めて食べるこのポテトチップス。他の奴とかは友達の家とかで食べたことはあるんだけどこの硬いやつは食べたことがない。日菜と紗夜が2人揃ってお気に入りなぐらいだ、双子ほどではないけど兄妹同士でもきっと好みは似るはず。

 

「結構おいしいな」

 

美味しい。塩が効いてていい感じだ。硬いのを売りにしているだけはある、かなり硬めで沢山食べると顎が疲れてしまいそうだ。しかも噛んだ後の破片が結構鋭い。気をつけないと口の中切ってしまいそうだ。

 

俺が素直に美味しいと言ったのが原因か、紗夜の満足気な表情がさらに嬉しそうな顔になっている。自分が好きな物褒められるとちょっと嬉しいもんな。俺も好きな女優さんがテレビとかで可愛いって言われてるの見ると嬉しくなってニヤニヤしちゃうもん。わかるぞ、その気持ち。

 

 

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その後は特に話さずに黙々と食べ進めてしまった。喋りながら食べるつもりだったが、ポテチが硬いせいで噛む方に集中してあんま喋っていない。このままだと紗夜にポテチ奢ってあげた甲斐が全く無いので一旦休憩にしよう。

 

「顎疲れて来たから一旦休憩しようぜ」

 

紗夜もさすがに疲れてきたみたい、食べる手を止めて一旦休憩の構えだ。部屋に置いてある洗濯バサミを取り出して ポテチの袋を閉じる そんなに時間たってないと思うが、半分ぐらい食べてしまった。結構な量だと思うのだが 2人だと呆気のないものだ。

 

「お前さ」

 

さて、ここから本題。真面目に行こう。別に殴りつけて「殴ってなぜ悪い」みたいな事をする訳では無いけけど ちょっとだけお説教。最近のこいつの行動は 少し目に余る。今までも何度か仲違いをする所をよく見るけど こいつのは「わがまま」が過ぎるのだ。

 

こいつからすれば努力なのだろうが それは1人で勝手にするものだ。周りの誰かを巻き込んで強いるものは努力ではなくただのワンマンな身勝手だ。俺が詳しく知ってる訳では無いけど どうせこいつが自分の意識と周りの意識が違うから その意識の差で摩擦を起こしているのだろう。

 

別に そういう奴らと無理して合わせろ。って言いたいわけじゃない ただ「上手く付き合って欲しい」だけなんだ。人という字は人と人が支え合うってよく言うが 本当にそうだと思う。社会に出ればきっと今以上に身に染みるはずだろう 俺は1回も出たことないからわかんねぇけど。

 

そういう助け合いの生き物である 俺たち人間が周りと「上手く付き合う」ことをやめてしまってはいけない。だが こいつはストイック過ぎるが故に周りに合わせる事をしない。子供っぽいのだ。

 

「最近 どうよ」

 

まずは浅く切り出してみる。親戚のおじさんが久しぶりに会った甥に話を切り出すような そんな当たり障りのない切り出し。具体的なことを一切言わず漠然とした主語のない何かに対する どうよ。紗夜もさすがにピンとは来なかったらしく、

 

「主語が無いと分からないわ」

 

だって。まぁ普段こいつのバンド活動とか一切興味なかったし、それについて俺が話そうとしてるなんて検討もつかないよな。さすがにこのまま「あれだよあれ」みたいに続けてもラチがあかないので 主語を出してあげよう。

 

「お前がやってるバンド」

 

少し紗夜の眉毛が動く。幼い子供が母親に点の悪いテストを見つけられたような そんな反応。少し 睨みつける訳では無いが眉間を狭め じっとこちらに注目する。日菜と比べれば可愛いらしい訳では無いが整った綺麗な顔が少し歪む。

 

「上手くいってないらしいじゃん?」

 

今すぐにでもため息をつきそうな表情だ。余程この話が嫌なのだろう。「お前もそれを言うのか」みたいに考えてるんだろうな。俺の事をお前呼ばわりしてるのかは分からないけど。

 

「兄さんには関係ないでしょ」

 

典型的な拗ねた時のセリフだ。ほんとにコイツは子供っぽい。普段の言動なんかは日菜の方がずっと子供っぽいけど こういう怒られた時とか喧嘩する時とか そういう時にはこいつはとことん子供っぽい。普段が大人っぽいぶん 反動で子どもっぽく育ってしまったのだろうか。

 

「あのさぁ お前」

 

確かに関係はない。お前がバンドの仲間となかよしでもそうでなくとも俺には全く影響はない。

 

「別に 俺はバンド仲間と仲良くしろって言いたいんじゃない ちゃんと話をしろって言いたいんだ」

 

こいつは『話し合い』をしない 一方的に自分の意見だけ言って 相手の言い分を聞かない。普段の生活ではそうでも無いけど。自分の意見と相手の意見がすれ違った時 話し合って良い意見を作る っていう事がこいつには出来ないだろう。

 

紗夜の表情は変わらない。むくれたような 納得いっていない表情だ まぁ確かに、急に事情も知らない奴に話し合いをしろなんて言われてもイラッとするだろうな。俺もそう思う。だけど。

 

「しょうがないから人付き合いヘタ子のお前に兄ちゃんが良い事を教えてやろう」

 

俺はこいつの兄だ。いくら個性が無いだの 妹と違って普通だの と言われようが、俺は16年間 こいつらの兄をやってきた、家族だ。家族が困っていたら それを助けてあげるのは当たり前、別に本人が助けてくれなんて言っていなくても お節介を焼いてあげないとダメだ。

 

「いいか よく聞け。相手の意見をまず3つ通してあげる。自分の意見はそれからだ」

 

めちゃめちゃ損じゃん、だってこっちは1個しか通らなくて相手は3個も意見とおるんだぞ。って思うだろうけど そうじゃない。自分がこれだけは通したいっていう意見を1つだけ通してそのあとは全部相手の好きなように譲ってあげる。これで最悪の場合自分の本当にどうしても叶えたい意見は1個通る。

 

それに大抵の場合、そのまま1:3で意見が纏まるなんてことはない。お互いの意見をすり合わせて折衷案を作る過程で きっと話し合うことになると思う。その場合相手には「自分は3つも意見通ってるのに相手が1つだけなのは不公平」っていう思いがある。だからその折衷案をつくる過程で こちら側は少し有利になるのだ。そこまで説明しようと思っていたのだが 紗夜はみなまで言わなくとも 俺が言いたい事は伝わったみたい。

 

「別にお前がバンド仲間となかよしになる必要は無いと思うけど 別れ話ぐらいきちんとしろよ」

 

もしこいつが「私と貴方とじゃ合わないみたい、さようなら」だとか、一方的に突き放すだけ突き放してバンドを辞めてしまう日が来るのかもしれない。それはそれでカッコいいのかもしれないけれど 人間としては最悪だ。幼稚すぎる。

 

「ちゃんと話し合わないと 逃げただけだ」

 

逃げ出すのは 良くない。嫌なことがあったり どうしようも無いことに直面したり したとしても、逃げちゃダメなんだ。そんな事しても意味ない。結局あとから逃げた場所に空いた穴に また一周して戻ってくるだけだ。問題から逃げる事なんて一生できない。余計に肥大化するだけだ。

 

「逃げたらもう、誰も紗夜のこと助けてくれないぞ」

 

こんな事を 俺に言えた義理は無いのかもしれないけど はっきりと『逃げない』ように言う。昔、俺が日菜に言われたように。

 

 

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『逃げないで』

 

雨が今にも降りそうな曇天の中、俺と日菜が顔も合わさずに立っている。昔によく3人で遊んだ空き地、小学校からの帰り道にあった 下校後の遊び場。かつては工場のような施設だったのか、色んな機械が放置されていて 天気が悪く辺りが暗いのも相まって 不気味な雰囲気を出している。

 

明かりもなく薄暗い空き地、周りを囲むフェンスもあちこちが錆びており まるで俺の心模様を表しているようだった。そんな寂れた空き地に破れて端が無いブルーシートの上に座っている俺、その後ろでボロボロの壁にもたれかかったままそれ以降言葉を発さない日菜。

 

頭上の雲が 堪えきれなかったように ぽつりぽつりと雨が降り始める。それと同時に 日菜も泣き出す。どうしていいか分からない俺は 立ち上がって日菜のもとに歩み寄る。

 

雨も降り始め、日菜も泣き出した。

 

どうしようもない状況で、俺はただただ 「ごめん」と繰り返していた。




次回予告

「兄さんこれ結局どうなったの」
「また今度一緒に映画観ない?」


「いいこと聞いちゃった」

「えぇ〜どうしよっかな〜♪」
「お姉ちゃんを〇〇させて」



「おまたせ」


「兄さん」
「私にも教えて。日菜と兄さんの隠し事」


弐章、『過去形の賛辞』







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