もし氷川姉妹に兄ちゃんがいたら   作:富岡生死場

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書き直す前の方と展開がここから結構変わってきます。


弐章︰『過去形の賛辞』

暗いリビングにテレビの光が明滅してリビングの白い壁が暗い部屋の中で見えたり見えなくなったりを繰り返している。テレビに映しだされているのは先日録画した映画だ タイトルは『カトラリー』引きこもりになってしまった息子とその母親を描いた作品だ。カトラリーは食器という意味 料理、というか食卓が鍵を握る作品なのだが そこから食器を題名にするのは『粋』というものだ。

 

「兄さん これ結局どうなったの」

 

紗夜が俺に問いかける。俺の横で紗夜がクッションを抱き抱えながら、ソファに座っている。俺は1度この映画を見たことがあるから理解できるが、紗夜はきっと初見だろうから、わからないのも無理はない。いまいちこの映画はセリフが少ないのだ。BGMや効果音の雰囲気はすごくいいのだが、いまいち言及している部分が少ない 比喩表現などで上手くぼかされている。

 

 

この映画には基本的に登場人物は2人しか居ない そして特に重要なのが引きこもりになってしまった子だ、この子の両親は離婚してしまった。そんな離婚した母と子供の少しギクシャクした関係や、それから普段通りの 平和な日常に戻るまでの過程や雰囲気が描かれている。

 

紗夜が気になっている部分はきっとどうして男の子が立ち直れたのか って事とか、なんで最後ハッピーエンドで終わったのかって事とかだろう。途中少し不穏な場面もあったりしたが結局最後はハッピーエンドで終わってしまい、肩透かしをくらったような気持ちなんだと思う。

 

だからそんな紗夜に兄ちゃんが説明をしてあげよう

 

「あのな......」

 

 

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「はい この話終わり」

 

いつまでもお説教紛いのことしててもしょうがない、口うるさく説教を続けるのは趣味じゃないんだ。さっき閉めたばっかりのポテチの袋を開けるために 洗濯バサミを外して適当な所に置いとく。こういう使ったものをすぐ色んなとこに置くから片付けが大変になるんだろうな。怠慢の証拠をまざまざと見せつけられているような感覚を覚える まぁ見せつけられるって言うか見せつけてるのかもしれないけど。

 

紗夜のバンドについて小言を言うのもおしまいにして ポテチを食べるよう促すように袋を紗夜の方に寄せる。何も言わないまま 袋に手を入れ 食べるのを再開する、何か言いたげな表情だが 何も言わない。

 

「ねぇ」

 

紗夜が俺に話しかけてくる なんだろう さっきの説教への文句か、いいぞ かかってこい。殴り合い以外なら受けてたってやる。昔なら受けてたってたかもしれないけどさすがに高校生で妹と殴り合いの喧嘩だなんてシャレにもならない。

 

「また今度 一緒に映画見ない?」

 

いつもの口調よりも砕けた喋り方だ。普段ならもっとかしこまった喋り方だが 少し遠慮したような感じで俺に提案してくる。そういや昔はよくこいつと映画見てたな。毎週1回づつぐらいのペースでリビングで一緒に映画を見ていたはず、懐かしいな。正直何見てたとかあんまり覚えてないけど。

 

「別にいいけど 何見るんだ?」

 

何見るんだろ、最近のこいつの映画の趣味とか全然知らないぞ。俺は最近まったく映画見てないからいい映画とか詳しくないし 紗夜のセンスに任せよう。昔はどうだったっけ、そん時も紗夜の選んだヤツを一緒に見るって感じだったっけ。あ、でも確か1回友達が教えてくれた奴を一緒に見ようって事でDVD再生してみたらホラー映画だった時は大変だったな。結局ホラー展開が起きてからはクッションで顔隠して音だけ聞いてた気がする。結局感想言うために俺が説明してあげたんだっけ。

 

「前に観た映画なのだけれど」

 

喋り方が元に戻ってきた 自分の映画を一緒に見るという提案が受け入れられ、少しいつもの調子に戻ってきたようだ。前に観た映画、か。なんだろう結構な数見てたから正直言われてピンとくるかは怪しい。

 

「いえ、やっぱりタイトルは今度観る時に言うわ」

 

イタズラをひとつやり終えたような表情。ドラッグストアでも思ったけど やっぱこいつのドヤ顔腹立つわ。何とかしてその鬱陶しい表情を剥がしてやりたい 何かいい方法は無いか。

 

「なんだ、ホラー映画でも見るのか」

 

こいつの苦手なもの弄ればちょっとはその表情も崩れるだろう。案の定顔が曇った、少しムッとした表情でこちらを睨んでいる、ざまぁみやがれ。こいつの悔しそうな表情を見ながらポテトチップスを食べる、なんて贅沢なんだろう

 

「うるさいわね、未だに4桁の暗証番号は元カノとの記念日使ってるくせに」

 

別にいいだろ いちいち番号使い分けてたら面倒くさいんだよ。本当はちゃんと使い分けとかないとセキュリティ的には問題有るんだろうけど普段使う分には楽なのだ。ていうか、

 

「なんで俺の暗証番号知ってんだよ」

 

暗証番号の意味ねぇじゃんか 他人が知っちゃったら。俺が未だに元カノに未練があって暗証番号変えてないっていう恥ずかしい事実よりもそっちの方が重要だ。まさか悪用してねぇだろうな。

 

そんな俺の心配を他所にクッションの上で胡座をかいて呑気にポテトチップスを頬張っている紗夜。こいつの鼻をへし折ってやろうと思って紗夜の苦手な物を言ってやったのに、手痛い返り討ちにあってしまった、無念。

 

「冗談で言ったのに、当たっちゃったみたいね」

 

はあぁ、ため息がでてきた。こいつにカマかけられてただなんて、最悪だ。一生の恥 人生の汚点だ。ていうか冗談で言うにしてはピンポイントすぎるだろ 本当は知ってたんじゃないのか。いや、でもそういやこいつが俺の記念日知ってるわけ無いよな。ほんとに適当に言って当たったっぽい。

 

もういいや、バれたのが日菜じゃなくて 紗夜だっただけマシだ。これが日菜だったらどうなっていただろう きっとニヤニヤしたまま死ぬほど弄られるんだろうな。多分1ヶ月ぐらいは賞味期限切れないだろう。

 

「携帯、震えてるわよ」

 

紗夜が俺の携帯を指さしながら言う。まじか、全然気づかなかった。ちょっとショックが大きすぎて周りの物音なんかに気を配れるほど余裕が無かった。

 

まぁいい 携帯を確認しよう。きっと誰かからのRINEだろうから 通知欄みてだいたい確認すればいいはず。既読をつけるかつけないかは内容次第だけど

 

「いいこと聞いちゃった」

 

ちょっと待て。

 

 

 

 

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送り主は日菜、ってことはこの主語がない『いいこと』って言うのは十中八九あの事だ。2番目に俺の弱みを聞かれたくない相手に 俺の弄られる弱みを見せてしまった。さいっ悪だ。

 

既読なんてつけてる暇は無い。RINEを送るのも億劫だ 直接文句を言いに行こう 紗夜には「悪い それ食べてていいぞ」とだけ伝えて自室を飛び出し、日菜の部屋を見てみる ドアが半開きだ。これは完全にやってんなぁ。

 

半分空いてるし ノックも別に必要ないだろう、少し乱暴にドアを開ける。部屋の中には足を組んでふんぞり返っている日菜が居た、女の子らしい って言う訳でもない 白色を基調とした大人しい色ばかりで揃えられた部屋に 邪悪な表情を浮かべた悪魔が居る。

 

「あれ、どおしたのお兄ちゃん?」

 

うぜぇ 『どうしたの』じゃなくて『どおしたの』って言ってる感じが信じれないぐらいウザい。紗夜のドヤ顔とか今日2、3回見てきたけどそれ足し合わせても今のこいつの言動には全く歯が立たないんだろうなって思うぐらいウザい。

 

「どおしたの?じゃねぇよ なんでお前人の話盗み聞きしてんだよ、趣味悪すぎだろ」

 

腸が煮えくり返りそうな程の怒りの感情が喉から溢れだしそうだったが 理性で必死に押しとどめ 努めて冷静に言う。これでもまだ頑張って堪えている方だ。

 

はたから見たらちょっと恥ずかしい事聞かれたぐらいで怒りすぎだろ、器ちっさ。って思われるかもしれない 相手が日菜じゃなかったら俺もそう思ってた、でも相手は日菜だ。こいつは他人には興味が無いけれど 俺と紗夜には別だ。

 

紗夜の事は異常に好きだし、俺のことは異常に扱いが悪い。玩具だと思っている節がある。常にそうっていう訳じゃないけど 1度からかいだしたら留まる所を知らない。

 

昔コイツに友達から借りた漫画が見つかったことがあり、たまったまそこに少しセクシーな描写があっただけで 1ヶ月間俺のあだ名が『M字開脚』になった事がある。しかも家の中だけならまだ許せたかもしれないが外でも俺の事を『M字開脚』呼ばわりしてきた。

 

こういうエピソードが示すように こいつになにか弱みを見せるとほんっとうにろくな事がない。なんとしてでもコイツの暴走を止めなければ。

 

そして日菜以外にも注意しなきゃいけないことがある

 

「マジで絶対 母さんとかに言うんじゃないぞ」

 

母さんにバレたらシャレにならない。あれでいて割とおしゃべりな母さん、本当にこの2人を腹痛めて産んだのかってぐらい人付き合いが大好きだ。

 

もし、万が一、仮に、例えば、if、母さんにバレて。何かのきっかけでご近所さんなんかに「この間ウチの子が〜」なんて感じでバレてみろ。ワンチャン元カノの家まで伝わりかねない。そんな事になってしまえば俺の学校での居場所がない。

 

めちゃめちゃイタイヤツになる。

絶対に回避しないといけない。

 

「えぇ〜どうしようっかな〜♪」

 

ふざっけんなマジで

 

ああぁぁ、さいっ悪だ。ほんとに。なんでこんなに面倒な事になっちまったんだ 原因はなんなんだ。

 

「そもそもなんでお前盗み聞きなんてしたんだ」

 

「盗み聞きなんてしてないよ〜♪」

 

してんじゃねぇか。いやいやいや 嘘は良くない。現にお前が盗み聞きしてるから今こういう最悪の事態になってるんだろ。

 

そう言いたい気持ちを一旦押え 冷静になるように努力をする。日菜の発言にはまだ続きがありそうだ。

 

「お姉ちゃん帰ってきたしお兄ちゃんがグミ持ってるかな〜って思ってたら たまたま聞こえちゃったんだ〜♪」

 

「盗み聞きじゃん」

 

なんで俺に非があるみたいな言い方してんの。お前がフラっと人の部屋にやってきて盗み聞きして人を恐喝してるだけじゃん。

 

「お兄ちゃんがお姉ちゃんにカマかけられるのが悪いの、日菜は悪くないもんね〜」

 

鬱陶しいなぁ まぁたしかにそもそも俺が「そんなわけないだろ」って一蹴してれば済んだ話だしな。くそ なんでそこまで頭が回らなかったんだ。いやいや、ドアの向こうに悪魔が潜んでいるなんて誰が予想できるんだよ。

 

「で、俺は何したらいいの」

 

日菜に問いかける。

どうせコイツのことだ、交換条件を出してくるんだろう。ギブアンドテイクってやつだ。一体どんな無理難題を言ってくるのだろう。少し楽しみになってきてしまった。

 

「さっすがお兄ちゃん♪話が早いね〜」

 

足を前後に揺すり、上機嫌な様子だ。

ジタバタしながら器用に座っている回転イスを回してバカみたいに回りながら喋り続ける。

楽しそうでなにより。

 

だが そんな楽しそうな仕草とは裏腹に嫌な予感が俺の肌を粟立たせていた。

 

「お姉ちゃんを 今のバンドから抜けさせて」

 

 

笑顔にそぐわない台詞が 酷く気味悪かった

 

 

 

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自分の部屋のドアを開ける。

そこにはまだ紗夜の姿があった、てっきりもう居ないと思っていたのに 俺が部屋を出ていった時と同じ体勢で座っていた。こちらを振り向くこともせず 携帯に注意を注いでいるようだ。

 

片付けをしたおかげで少し整理された部屋に その後ろ姿はやけにしっくりときていた

 

「まだ居たのな」

 

紗夜に声をかけてみる。気の抜けた「ええ」という返事で応えてはくれたが、それ以上は何も言わない。そんなに携帯で大事な連絡を取っているのか。

 

自分に部屋なのに、何故か居心地が悪い。

部屋の主のはずなのに なんで俺がゲストに気を遣わなければいけないのだ。もっとこう 遠慮とかしろよ、親しき仲にも礼儀ありって言うじゃん?

 

「兄さん」

 

黙りこくっているかと思いきや急に声を出した紗夜、携帯は持ったまま こちらに振り向く事もなく、俺の事を呼んだ。

 

「なに どしたん」

 

紗夜に続きを言うように促す。

とりあえず携帯消してどっかに置いといて、こっち向いて話してくれよ。なんか怖いんだよノールックで話するのって、表情見えない分相手の真意がわかりづらいから 俺は割と苦手。そっちの方が気が楽って人も居るみたいだけど、俺はあんまり理解できない。

 

「ガールズバンドって、興味あるかしら」

 

ガールズバンド、と言うと。紗夜が今やってるような事を指すのか?だとすると正直興味は無い 特に積極的に知りたいと思ったこともないし、どこに行ったらガールズバンドの演奏が見れるのか、そんな基本的な事も全く知らないのだ。

 

まぁでも、音楽自体に興味が無い訳じゃない、通学中とか家の中とかでもよく聞いてるし。楽曲だとか音楽全体を通して考えれば、ガールズバンドに全く無関心という訳でもないのかもしれない。ガールズバンドがやってるのも、音楽なわけだし。

 

「興味無い訳じゃないけど、それがどうしたんだよ」

 

俺の返事を聞いて、やっと紗夜がこちらへ向いた。だが手に持った携帯は離さずに、携帯の画面を注視したまま話を続ける。こいつそんなに重度な携帯依存症だったっけ、兄として心配になるんだけど。

 

「ならちょうど良かった。」

 

おやおや?

『ちょうど良かった』で始まるって事は まさかこいつからなにか頼み事をされるって事か?待て待て待て、俺さっき日菜から頼まれたばっかりだぜ?悪いけど同時に頼み事引き受けるなんて面倒な事なんてしないぞ。

 

「私にバンドメンバーが明日ライブを見に行くのだけれど 兄さんも一緒に見に行ってくれないかしら」

「相手の意見は3つまで通してくれるんでしょ?」

 

 

そういう意味で言ったんじゃないんだけど

 

 

 

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「じゃあ よろしく頼んだわね」

 

紗夜がそう言い残して 俺の部屋のドアを閉める。ポテチを完食して満足したのか 機嫌はすこぶる良いままの退場だ。

 

紗夜から伝えられた内容をまとめると

元々紗夜のバンドメンバー達がライブに行く予定を組んでた。それに誘われていたけど既に予定があったため紗夜は行けないので、紗夜の代わりに俺がそのライブに行く。

 

そしてその感想を紗夜に伝えるまでが紗夜の頼み事らしい、そんなにライブ気になるなら予定どうにか変えて自分で行けばいいのに、って思ったけどそうは行かないらしい。

 

『紗夜の代わり』にライブに行くことで あいつが今やってるバンド活動を少しでも知って欲しいらしい。まぁ、そう言われたら断れないけど 俺1人で行けばよくない?

 

そう思ったのだが、まぁ1人で行っても楽しくないしな。それで納得しよう、初対面の人とライブに行って楽しめるかは一旦別として。

 

クッションの上で胡座をかいていたが、いつまでもぼーっとしている訳にもいかない。立ち上がって問題集を探す。俺は今年から高校3年生、受験生は勉強が本分だ。本当なら今日みたいに遊んでばかりじゃいられない。

 

問題集を取り出して 机に置く。昼はずっと外に居たし、家に帰ってからはろくに勉強もしていないのでこれ以上ずっと時間を無駄にする訳には行かない。今からご飯の時間まではまだ十分時間がある、今のうちに勉強をしておこう。

 

 

 

 

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「兄さん、ご飯」

 

軽いノックの音と紗夜の声がドア越しにくぐもって聴こえた。返事よりまず時計を確認する 時刻は7時半、2時間ほど経っていたみたいだ。紗夜が声をかけるまで取り掛かっていた少し手をつけてしまった問題を消しゴムで消しながら

 

 

「わかった、今行く〜」

 

大きい声で返事をする。ちゃんと俺の返事が聞こえたみたいだ、それ以上紗夜はこちらに何もすることなく 階段を踏む音が一定のリズムでギシギシ聞こえてきた。リビングに向かったのだろう。

 

問題集を片付け、筆記用具もだいたいの位置にまとめて置いておく。今日のご飯なんだろ なんて考えながら椅子から立ち上がり、ドアを開ける。

 

あ、100%カレーだ。もう匂いがカレーだもの。まだ階段にさえ差し掛かっていない2階の廊下でさえわかるほどの匂いが漂ってくる。

 

紗夜を追いかけるように階段を早足で降り リビングに向かう。俺以外はもう集まっていたらしい ダイニングテーブルを囲んでいる椅子はひとつを除いて満席だ。

 

受験生である俺に気を遣って待っていてくれたらしい ほんとに良い家族をもったと思う。俺にはもったいないぐらいの。

 

空いている席につく いつもの位置だ。父さんの横の椅子に座ってテーブルに置かれたカレーを見る。美味そう。母さんのカレー、具は少ないけど味はめちゃくちゃ美味しい。こないだすき焼きの汁でカレー作るなんて言い出した時には勿体無いことするなぁって思ったけど。めちゃめちゃ美味しかった。

 

コクというかなんというか、芳醇な味がした。

正直コクも芳醇もあんまり意味わからないで使ってるけど、この言葉さえ使っておけば料理を何となくわかってるっぽく思われる。

 

足に何かが当たる 前を向いてみると日菜がニヤニヤしてこちらを見ていた。なんだぁ、てめぇ。俺の前の席には日菜がいてそっから右へ母さん、紗夜の順番だ。

 

「じゃあみんな揃ったし 食べよっか」

 

母さんが笑顔で言う。真横にいるニヤニヤしながら人の足を蹴ってくる悪魔に気づかないで 楽しそうに笑っている。そんな悪魔の事なんて誰も意に介さず母さんの合図でみんなが手を合わせる。

 

『いただきます』

 

さっきから俺の鼻をくすぐってやまないカレーを口に放り込む。少し甘さが混じった辛さが口の中に広がる。

鼻からは絶えず美味そうな匂いが漂ってきている。口と鼻、両方でカレーを味わう。

 

うめぇ 家族のみんなもあんまり喋らない。ごちゃごちゃ喋るよりもカレーを味わいたいのだろう。1人を除いて。

 

「自分で作っといてなんだけど美味しいね!」

 

自画自賛ってやつなのだろうけど、本当に美味いから何も言えない。 自分の料理が上手く出来た事が嬉しかったのだろう 家族は曖昧な返事しか返さないものの、母さんはずっと喋り続けている。

 

別に家族の仲が悪い訳じゃないが いつもの光景だ。母さんガ盛り上がって1人だけ口数が多い。そしてその相手をするのは基本的に俺だ、父さんもたまに相手しているが だいたいは俺だ。でも今日はちょっと相手できない。カレーが美味しいのもあるけど普通に日菜の件がしんどい。

 

食器同士がぶつかってカチカチと鳴る。錆びることのない 食器 普通通りの平和な日常を送っていれば、当たり前に使い続ける物なので錆びることなんて無い。でも俺は高校3年生だ、来年 大学生になって家を出ることになれば こんな当たり前の家族の時間も無くなってしまう。そうなれば俺の食器は錆びてしまう。

 

なんだっけな。

どっかで聞いたことがある気がする。

思い出そうするが思い出せない モヤモヤした感情のまま食べ進める。するとあっという間に食べ終わってしまった。

 

「ごちそうさま」

 

食後の挨拶をして 自分の食器をシンクへと運ぶため 席を立つ。日菜が「私のもお願〜い」って言いながら俺の食器に被せてくる。それに続いて母さんも「私のもお願いしま〜す」なんて調子のいい事を言う。いっつもこの2人の分も持っていってる気がする、まぁ 別にいいけど。

 

3人分の食器をまとめるのに手間取っている間に 紗夜と父さんは手早く食器をシンクに運んでいく。

 

「お皿水につけといて〜」

 

皿を洗うのは俺の仕事だ。カレーは洗う時に予め水につけといてもらわないとご飯とかがついてて面倒くさい。カレーの時はいつも言っているのでそんなの言われなくてもわかってる、と言わんばかりの気の抜けた返事を2人が揃って返す。

 

まぁ わかってるだろうけど一応ね。

 

3人分の皿をようやく運び終え 食器を洗うべくスポンジに洗剤をつける。水に皿をつけている間にスプーン達を先に洗ってしまう。カチャカチャとなる音、いつも聞いてる音なのになぜか今日は 嫌に耳に残る。さっきのモヤモヤとなにか関係あるのだろうか。

 

少し思い出せそうな気分もする。なんだったっけ。

考えながら、洗い物をする。

ふと 顔を上げてみると紗夜が立っていた、シンク越しにこちらを見ている。そこまで明るくない 換気扇付近の照明の明かりで手元を照らしている。リビングの照明をバックにしているため 紗夜の方向を見ると 少し眩しい。

 

「兄さん」

 

声音は明るい でもなにか企んでそうな雰囲気だ。

 

「映画、今日観ましょう」

 

 

 

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両手が冷たい さっきまでずっと水を触っていたせいで部屋の空気ですら暖かいもののように感じる。既にリビングのソファに座って俺が来るのを待っている紗夜。リモコンを操作して再生の準備をしているようだ。ディスクを入れるとかの作業をしてないので きっと録画したヤツなんだろう。

 

「おまたせ」

 

紗夜の横にどかっと座る。反動で紗夜の体が上下に揺れる 顔こっわ。一瞬だけこちらに視線を向けたと思いきや、リモコンの操作を続ける。皿洗ってる時からずっと弄ってるけど一体何をしているんだ。

 

「で、なに観んの?」

 

まだこいつから何を観るか聞いてない。

確か昔に見たことがあるやつ って言ってたよな。

 

「ちょっと待ってて もうすぐあると思うから」

 

USBの外付けハードディスクにある膨大な量の録画番組からお目当ての映画を探してるみたいだ。いったい何をそんなに必死に探してるんだ そんなに観たいのがあるのか。

 

「あったわ」

 

やっと見つけてようだ。紗夜が少し疲れたような、その苦労の分嬉しそうな表情でこちらを見て言う。お疲れ様。心の中で呟く どれどれ、こいつがそんなに必死になってまで探してた映画は 一体なんなんだ。そんなに観たかったのか。

 

テレビの画面を見る。録画した番組が10個ほど並んで表示されている。その中から母が好きなアイドルのバラエティ番組とかばかりで映画が見当たらない。いや、1つだけあるのか。

映画のタイトルは『カトラリー』

 

 

 

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「あのな......」

 

クッションを抱き抱えたままこちらを見てくる紗夜

少し眠いのを我慢しているみたいだ 目尻が下がっている、激しいアクションシーンなどは無いため 夜にじっと見てると眠くなってきたんだろうな。どうしよ 映画の内容説明しても頭に入ってこないんじゃないのか。

 

「どうする?寝るか?」

 

「嫌よ」

 

キュッと瞼を閉じ 一気に目を開く。

眠そうだから素直に従うかな、と思ったんだけど逆効果だったみたいだ。ムキになってしまった。

 

しゃあなしだし 解説してあげるか。

今にも眠そうな紗夜に向き直って 目を合わせる

 

「なんで男の子は引きこもったんだと思う」

 

何も反応がないのを「分からない」の返事だと理解し、論を先に進める。この映画は男の子の心情の変化が見えてこないと ストーリーの展開が唐突なのだ。しかも、見た人の解釈の仕方によっていくらでも色んな見方ができてしまう。

 

そういう物語の可動域が広い所が この映画の面白い所ではあるのだが、そこがこの映画の難しいところでもある。ひとつのストーリーとしての正解が欲しい人はきっと苦手なんだろうな。俺は好きだけど。

 

「男の子は、家族に遠慮して 両親が離婚の話をしてる間、自分を殺してたんだ。」

 

この映画の主題歌の歌詞に 家族に身を委ねる みたいなフレーズがある。これはきっと男の子の心情なんだろう 自分を出さずに両親の意向に従おう、それでもし自分を忘れてしまっても良いとさえ思ったんだ。

 

「離婚した後も男の子の心は閉ざされたまま、引きこもってしまった」

 

これもまた主題歌の歌詞なのだが、錆び付いた食器を棄てるような歌詞がある。

 

これもきっと男の子の心情だ。

カトラリーは食器 普段の食事で使われるはずの食器が錆びるなんて 普通ならありえない事だけど、家族揃って食卓を囲むことがない生活を続けていたら。きちんとした食事を食べることも無く 錆び付いてしまうのかもしれない。

 

「男の子は もうこんな辛い思いをするぐらいなら死にたい とさえ思ったんだと思う」

 

最悪の場合は君が終わらせてよ、だなんて考えるぐらい追い込まれていたんだろうな。

でも。

 

「お母さんの姿を見て 考えが変わったんだ」

 

息子が引きこもったのは自分のせい、という気持ちがあり。息子と話し合うことも無く 世話だけを続ける母。そんな母無しには生活が出来ない自分。

 

愛想がつきてしまう前に、気兼ねすること無く、わがままに振舞って後悔ないようにしよう。そう言った歌詞が、後半にある。

 

この映画の大事な部分は全部この歌詞に詰まっていると思う。家族を思ってわがままを言わないんじゃない。家族だからこそ わがまま言ってもいいし、気兼ねなんかしなくてもいい。

 

「男の子は お母さんのためにわがままを言って お母さんは息子のために気兼ねなく接すようにしたんだ」

 

紗夜の方を向く わかったようなわからないような表情でこっちを見てくる。まぁ わかんないよなぁ。多分1度も家族との関係で悩んだ事が無い人からすると、そんなの当たり前な事だろ、で済むはずだ。

 

 

もしかしたら紗夜にもわかる日が来るかもな

 

 

 

 

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「この映画......」

 

俺のモヤモヤしていた原因がわかった気がする。俺が1番こいつらとの接し方に悩んでいた、4,5年前に観た映画だ。境遇自体は俺と全く違うのだが、何故か俺はこの男の子の気持ちが 痛いほどわかった。

 

ところどころ出てくる一見意味が分からないような そもそも意味なんてないような細かい表現でさえ 自分のことのように、手に取るようにわかった。

 

「兄さん」

 

紗夜の方を見る。あの時とは違って背も高くなり、身に纏う雰囲気も随分と変わった。月明かりみたいに優しかった雰囲気は冷たい夜風のようなピリピリしたものに変わっていった。今の紗夜なら この映画を、どう感じるのだろう。

 

「覚えてる?一緒に見た時のこと」

 

今、思い出した。

眠たそうな紗夜に、俺が感じたこの男の心情を。同時に、その頃の俺が抱えてた悩みを さらけ出すように紗夜に話したんだ。

 

「兄さんに教えてもらって、そんな事までわかるなんて凄いって思った」

 

過去形で語られた賛辞の言葉。ただ単に昔の出来事だからかもしれない。でも俺には、今は凄いと思ってないからこそ来る 過去形のように感じた。

 

「ねぇ兄さん」

 

俺の瞳を見据えて 紗夜が口を開く。

 

 

「私にも教えて。日菜と兄さんの隠し事」




次回予告

「なんの事だよ」

「その時 本当は何があったの?」


「お兄ちゃん」
「約束して」


「変わったわよ」



「次は、Afterglow!!!」


参章:『Afterglow』











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