誤字報告してくれた人ほんとにありがとうございました。危うく食器を食べさせたままになるところでした。
少しづつ雨が強くなっていく
左には俯いた日菜がいる。俺はちらちらと様子を伺っているが、日菜とは1度も目が合わない。ずっと俯いたまま、って事だ。
帰り道、今いる所から家まではあと10分ぐらい。かなり歩いたと思ったが。まだ10分以上歩かなければいけないのか。
時間が相当長く感じる
聴覚を未だに這いずっているのは日菜の言葉
『逃げないでよ』
だなんて 妹に言われてしまうのは、兄失格だと思う
定まらない雨のリズムと 追い抜いていく自転車と道路の擦れる音以外に何も聞こえない。 踏みしめた靴裏が水分と混じって湿った感触を 足先で感じる。あのままあそこに居たら今頃寒かっただろうな。
網膜に絡まっているのは 曇天の中、泣いていた日菜の顔。喧嘩して泣き出したのを眺めているのとは別の、段違いの罪悪感が胸中を揺さぶる。なんであそこに居ることがわかったのだろうか。
そもそも俺が家出したことを なんであんなに早く気づけたんだ。普通、誰かの家に遊びに行ってると思うだろ。日が落ちる前に俺の事を見つけるなんて 考えられない。あそこにあんなに早く現れるのは、異常だ。
『あそこ』だなんて暈してみせたけど 誤魔化さずに言うとさっきまで一人でいた工場跡地だ 俺が家出して逃げ込んだ場所。帰路について落ち着いてから考え直すと、なんであんな場所に行ったんだろう。
誰かに見つけて欲しかった。っていう気持ちもあったのかもしれない。
あの頃の思慮や遠慮なんて全くなかった頃に、帰り道3人でいつも寄ってたあの場所に自然と足が動いたのは。あの頃に戻りたい気持ちがあったのかもしれない。
「お兄ちゃん」
日菜が ようやく口を開いた。
左を向くとこちらを見上げた日菜の瞳と視線が重なる。1時間近く歩いた帰り道の中 1度も重ならなかった視線がようやく交わった。
「今日の事 誰にも言わないから」
絞り出すような声で 日菜が言う。
まだ 泣いているのだろう。声を少し詰まらせながら俺を気遣った提案をしてくる。
「...ありがとう」
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「私にも教えて、日菜と兄さんの隠し事」
肌が粟立つ。ぞくりとした悪寒が 走り抜けていく。手のひらに汗がじわりとしみでて、冷たかったはずの手の感覚が余計に薄まっていく。
俺と日菜の隠し事。
どうせまたカマをかけただけだろう、そう思う事にする。
「なんの事だよ」
冷たくあしらう。隠し事って言っても、もしかしたらさっきの日菜との約束の事かもしれない。追求されたらそっちを教える事にしよう。
「私達が中学に上がった時」
『達』か、そうだなお前たちが中学に上がって、俺が中学2年で。多分、1番お前らとの距離感がわからなくなった頃。今も中途半端な関係だとは思う、でも 安定はしていると思う。俺もこいつらも、こいつら同士も 満足はしていないかもしれないけど、不満があるかもしれないけど、しょうがないって これでいいやって思えているはずだ。
少なくとも、俺はこれでいいって思う。
でも、あの頃は違う。不透明で不安定で常に「これでいいのか」っていう疑いが心の中に居座ってた。そんな時期に俺が起こした、いや違う。起こし損ねた事件。
「兄さんが携帯を無くして 日菜と一緒に探しに行ったの 覚えてる?」
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「ただいま〜♪」
同一人物だとは思えないほど 楽しそうな声で家の玄関を開ける日菜。日菜は「誰にも言わない」と言ったきり、喋らなくなってしまっていたが 家に着いた途端、元気に喋り始めた。
「おかえりなさい 2人揃ってどうしたの」
ちょうど玄関を開けてすぐ 紗夜が居た。
レジ袋を持っているから多分自分の部屋に持っていくところだったのだろう。なんてタイミングが悪いんだ。
いつものように適当に返事すればいいんだろうけど とっさに言葉が出てこない。何も言わない俺に 紗夜が不思議そうな顔をする。
「も〜、聞いてよお姉ちゃん!」
日菜が紗夜に駆け寄っていく
さっきの事をバラされるんじゃないかと思ってドキリとする。心臓が少し縮むような感覚がした。
「お兄ちゃんが携帯無くしてて大変だったんだから!」
日菜が紗夜に抱きつくようにもたれかかりながら言う、少し面倒そうな中に満更でも無さそうな表情を浮かべている
「酷いんだよ!!駅に置きっぱなしにしててさ〜」
俺から遠ざけるように、紗夜にくっついたままリビングに一緒に入っていく。咄嗟に何も出来なかった俺の代わりに日菜が嘘をついて 庇ってくれた事すらしばらくの間気づけなかった。どうやら相当頭が回ってないみたいだ。
頭を起こすために数回顔を叩いて 靴を脱ぐ
リビングから紗夜と日菜の声が聞こえてくる
日菜がついてくれた嘘
俺の家出未遂を無かったことにする為の嘘
その優しさを無為にしないように
日菜の嘘に 合わせることにした
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「あったな...そんな事」
さも今思い出したようなフリをする
本当は「日菜と俺だけの隠し事」って言われた時点でこの事しか頭になかった。表情をなるべく柔らかいものにする、やましい事など何も無いみたいに。
「その時 本当は何があったの?」
なにか裏がある そう確信があるのだろうか。力強い瞳で俺を貫く、一体どうしてこのタイミングであの事を言及してくるんだ。
なにか関係があるとすれば、紗夜に言った 「逃げる」っていう言葉ぐらいだ。それも紗夜が知っている筈がない。あの時起きたことは、日菜と俺しか知らないのだ。
それ以外でなにかあの秘密と関係あるとすれば
「この映画」
俺の返事を待たずに紗夜が口を開く
「どんな内容だったか覚えてる?」
「......引きこもりの男の子の話だろ」
紗夜の質問にぶっきらぼうに返す
返事を聞きながらリモコンのボタンを押し、やっとの思いで探し出した映画を再生する。
家の外側から窓越しに映る食卓が、この映画の初めの場面 母親が1人で突っ伏している。2人分の家事で憔悴した様子の、若い女性だ。
「気のせいかもって思ってたけれど、あの日から 明らかに兄さん、変わったの」
あの日より前と後では、心情的には大きく変化したが。俺の行動自体は そこまで変化していないはずだ。元から別に日菜と紗夜自体をそこまで嫌っていた訳では無い。確かに悩みの種ではあったが、嫌っていたのは不甲斐ない自分自身だ。
「なんも変わってねぇよ」
結局俺は何も出来ない。中途半端な人間のままだ。お前らみたいに凄い人間じゃないって、ただ納得しただけで、別に何も変わらなかった。変わることすら、できなかったんだ。
俺があの日から変わったのは一つだけ。
お前らの兄ちゃんだけど、特別な才能も努力する根性もない、ただの凡人だって。でも、それでもいいんだって。そう考えただけだ。
紗夜は何も言わない
ただ、俺と目を合わせ続ける
見透かすように俺の瞳を覗き続ける
映画はとうに次のシーンへ進んでいる
自分で一緒に観たいって言い出したのに 全くテレビの方を見ていない。画面の中には ドア越しに息子に話しかけている母親が居た。
「変わったわよ」
俺から視線をずらして ようやくテレビを見る
テレビの光に照らされる横顔は寂しそうに見えた
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「お兄ちゃん」
俺の部屋に、日菜が入ってくる
紗夜と一緒にリビングに入ったのを見送った後、俺はすぐに自室に居た。1人になって 色々考え事をしていた。
いや、違うな。考え事なんて出来なかった。
まだずっと、日菜の言葉が頭に残っていた
何をする訳でもなく勉強机の椅子に座って、ドアとは反対側にある窓の外を見続けていた。本降りになった雨が窓ガラスを濡らす。不思議よ雨の音は耳に入ってこなかった。
日菜が俺の部屋のドアを閉め、鍵を閉めた。
カチリ、という小さいはずの音が
酷く煩いものに感じた
「なんでお兄ちゃんがあそこに居るってわかったと思う?」
その言葉を聞いて 初めて窓から視線をずらす
日菜の表情は全く読めない、一体何を考えているのだろう。検討もつかない。
「お兄ちゃんの顔が、すっごい怖かったの」
今日、日菜と会ったのは1度だけ。
家を出る前に、玄関ですれ違った時だ。
「それと一緒にもう、会えなくなっちゃうんじゃないかってぐらい、寂しくなった」
「そしたらね、なんか。聞こえた気がしたんだ。あの頃に戻りたいって。」
いつも突拍子も無い事をよく日菜は言っていた
「るんっ!」と来たからとか「びびっ!」と来たとか
でも 俺には何となく理解できるような気がした
そんな抽象的なモノではなく、俺にはもっとはっきりとしたモノが、見える時があった。
もしかしたら、それと同じモノが日菜にも見えたのかもしれない。
「ねぇお兄ちゃん」
日菜の表情が 少しづつ柔らかくなっていく
もしかしたら今も 日菜にはソレが見えているのかも。だとしたら 今俺が考えている事も 日菜には筒抜けなのかもしれない。
「約束して」
日菜が工場跡地の時と同じ、泣き出してしまいそうな顔で真っ直ぐに俺を見る
「もう、頑張らないで」
少し、笑いながらそう言った
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「変わったわよ」
そう言った紗夜はそれ以降、口を開くことは無かった。映画も終盤へと差し掛かり、男の子は母親のために変わろうとしていた。
お互いに言葉を交わすことは無い 静かな空間だが、不思議と 気まずさはなかった。
このまま紗夜に話してしまっても、良いように思えてきた。俺の弱い 逃げた自分の事を さらけ出しても良いように思えてきた。
でも
やっぱり俺は 何も変わってないみたいだ
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「ここで良いんだよな」
教えられた待ち合わせ場所らしき場所に着いた
紗夜から教わった場所は ここで合ってるはず
『Pelargonium』という文字が書かれた黄色の看板が目印の喫茶店が教わった待ち合わせ場所だ。外から伺える店内の様子はちらほら客がいるが混雑はしてないみたいだ。明るい色の照明で照らされた店内は 暖かい印象を与えてくる。
ここで紗夜のバンドメンバーである2人と会う予定だ。時刻は13時過ぎ 俺は家を出る前にご飯を食べてきたが紗夜の友達2人は先に合流してご飯を食べてから来るらしい。
先に席についておこう
喫茶店の中に入る。
壁にはレンガ風の壁紙が貼られており 入口のすぐ近くにもレンガ調のカウンターがあった。やけにレンガ風のものが多い店内、きっと内装を考えた人はレンガが大好きなのだろう。
店員さんに後から人が来ることを伝えて 1人で4人用のテーブルに誘導してもらう。少し奥のテーブルで 窓からは遠い場所に座る。ここからだとギリギリ入口が見えるぐらいの角度だ。先にコーヒーだけ頼んでおく。待ち合わせは13時半のため、しばらくはまだ来ないだろう。その間に 昨日あった事でも考えよう。
あの後、紗夜には結局あの事は話さず 沈黙だけが流れた。紗夜も諦めたのか「変わったわよ」と吐き捨てるように告げた後 あの事については話さなかった。今日のこのライブに行くための要件だけ告げ 自分の部屋に帰った。
俺がかつてあいつらに抱いていた苦手意識は、きっと今紗夜が抱いている日菜へのコンプレックスと 根底にあるものは同じなのだろう。自分と日菜が持っている才能の違いに紗夜は悩まされているに違いない。
でも、紗夜と俺とじゃ決定的に違うものがある
俺には無くて紗夜にあるもの
それは『絶対に譲れない物』だ。紗夜にとってギターはきっと 自分の命より大切な物なんだと思う。
その譲れない物がどんな物なのか今日俺は見に行く。紗夜によれば今回見に行くのはコピーやカバー曲のみが演奏される対バン形式のライブで5組ほどのバンドが出演するらしい。
1度で5組見れるなんてすげぇお得だなって思ったけど。それは客側だけじゃなくて演奏するバンド側から見てもお得らしい。バンド側もノルマがあるらしく、あまり有名でないバンドは 対バン形式で複数組まとめてやらないと人を集めるのは難しいようだ。
そんな意外と世知辛いライブハウス事情を考えながらぼーっと喫茶店の入口を見ていると 2人組の客が入ってきた。多分 紗夜のバンド仲間。1人は茶髪ロングでデニムのワンピース、もう1人は黒髪ショートで白の肩が見えるベルト付きのブラウスにデニムスカート、デニム多いな。
一応紗夜に頼んで俺の服装の特徴は伝えてもらったはずだから、見つけてくれるはず。今の服装は青いパーカーの上に黒の少しオーバーサイズのジャケット、下は適当に細身のジーンズ。そして何よりも紗夜と同じ 緑色の髪が何よりの特徴だろう。
紗夜のバンド仲間、確か名前は茶髪ロングの方が『神田 咲』で黒髪ショートが『江戸川 美雪』だったはず。茶髪の方と目が合う 談笑するテーブルの間をすり抜けて2人がこちらへ向かってくる。
「氷川悠地さん、ですか?」
茶髪の、神田が話しかけて来た。後ろには江戸川が引っ付いている 神田は笑顔を浮かべて友好的な表情だが、それとは対象的に 江戸川は少し強ばった表情だ。
まぁ 普通はそうだろうな。いくら友人の兄とはいえ 初対面の年上の異性なんて、警戒するのは当たり前だ。なるべく警戒心を刺激しないよう、表情に気を使いながら 肯定の意を伝える。
「合ってるよ」
それだけ言って テーブルに座るように促す俺が今座っているのは店の壁を背にした入口から見て左側の席、その目の前に神田が座り 神田の右肩にぶつかるほど近くに 江戸川が座った。暑苦しいぐらいにくっついて座ってる 多分、よっぽど仲がいいんだろう。2人は 信頼しあっているような、そんな気がする。
「2人とも 仲良いね」
2人ともを見ながら言って、すぐにコーヒーに手をつける。話題を見つけあぐねているので、誤魔化すように口にコーヒーを流し込む。なにか話す事が決まってしまえば楽なのだが。妹の友達、と言うだけで何の繋がりも無い初対面の年下相手に何を話していいかなんて 全く検討がつかない。
とりあえず 2人の関係について聞くことにした。そっちの方が話しやすいだろう。
「みっきーとは、バンド組む前からずっと学校一緒で友達なんです」
多分、『江戸川 美雪』のあだ名なんだろうな
神田と江戸川がお互いを見合いながらそう 教えてくれた。そっか、友達同士で組んだバンドなのか。でもそうなると余計疑問が浮かんだ。
その友達同士のバンドに、なぜ紗夜が入っているのだろう。あいつの活動については全く知らないが あいつの性格については 解っているつもりだ。一応16年間あいつの兄貴をやってきたのだ。多分、今の紗夜はギターに対して 妥協なんてしない。なのに何故、この仲良しバンドに紗夜が入っているのだろう。
「え、いつからやってるの?」
わざとおどけて聞いてみる
いつからこのバンドで紗夜は活動していたのだろう。ギターを始めたのは確か中学を卒業するよりちょっと前だったはず。
「去年の夏ぐらいに始めたんだよ」
てっきり神田が応えると思ったが、答えたのは江戸川だった 少し俯いていた顔がこっちを真っ直ぐ見る。
なるほどな。じゃあ半年ぐらいは1人でやってて そっからはこいつらとバンドを組んだのか。今まで知ろうとも思わなかった紗夜のギター遍歴について詳しくなってしまった。
「そうそう 去年の夏にライブ見に行って そん時見たバンドのサポートに紗夜が居たんだよね」
神田が江戸川に続いて言う
「そうそう、てかそのライブハウスもここなんじゃなかったっけ」
ほう、じゃあここはこいつらの思い出の場所なのか。そこをわざわざ待ち合わせ場所にするなんて 紗夜は意外とロマンチスト、って言うわけじゃなく。ただ単にこの喫茶店と今日行くライブハウスが同じ店だからだ。
現在居るのが『Pelargonium』のカフェエリア、別の入口を通って地下に行けば 今日の目的地のライブハウスだそうだ、おしゃれな店もあったもんだ。
「どうして 紗夜を?」
質問ばっかで 申し訳ないけどもう一度質問を重ねる。今日は紗夜の「譲れない物」を知るために出かけたのだ。遠慮せずに色々聞いてみよう。
「えーっと、笑わないでね?」
少し恥ずかしそうに笑いながら神田が前置きをして、話し始める。笑うわけないだろうとは思うが、もしめちゃめちゃ面白い理由だったら 保証はできない。
「初めて紗夜の演奏聞いた時にかっこよくて、月みたいだなって思ったんだ、それでバンドに誘ったの」
月みたい、か。確かにあいつの雰囲気は冷たく暗いものだそれがかっこいいって思ったのかもしれない。でも、それで誘われただけであの紗夜がバンドを組むのか?
「初めは紗夜、組んでくれなかったんだよね」
やっぱり。周りの人間からは誤解されやすいが、紗夜は意外と「自己中心的な人間」なのだ。日菜より紗夜の方がその傾向は強い気がする。
その証拠に、日菜は俺の家出を誰よりも早く察知し、誰よりも早く俺を見つけた。
「どうやって組んだんだ?紗夜、あんな奴だから大変だっただろ」
江戸川が俺の返事を聞いて、神田の方を見て笑う。多分、神田が必死に頼んだんだろうな。神田の恥ずかしそうな顔が、物語ってる
「あー、何となくわかったわ」
めっちゃお願いしたんだろうな、そんな気がする。もしかしたら、こないだアイツに言ったアドバイス、無駄だったかもな。てっきりバンドメンバーと演奏について揉めてるのかと思ったけど、ちょっと様子が違うみたいだ。
神田たちは、きっと練習を怠けてなどいない。そんな気がする。具体的に言うと、神田と江戸川は紗夜の求める水準までは きっとこなしているのだろう。紗夜が同じメンバーとして認める基準はクリアしたからこそ こうして今バンドを組めているのだ。
じゃあ、なぜ日菜は俺に 紗夜達のバンドが上手くいっていないと教えたのか。あの日紗夜に説教紛いの事をしたのは、日菜から「紗夜のバンドが上手くいっていない」と聞いたからだ。
そして、日菜は俺に紗夜をバンドから抜けさせてくれと頼んできた。一体、どうしてだろう。
「ちょっと みっきー!」
神田と江戸川が楽しそうに2人で話している。その様子を眺めながら またコーヒーを流し込んだ。
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「もうすぐ始まるよ」
神田が江戸川に教える。
時刻は14時20分、あの後カフェエリアでしばらく3人で話した後 ライブハウスにやってきた。地下に入るとすぐ金属製の扉があり、そこを開けると何人かが受付に並んでいた。今日演奏する5組のバンドの名前が書かれたポスターが貼られていた。
神田と江戸川におすすめのバンドを聞いたところ、二人共が揃って『Afterglow』と答えた。バンド活動をしている2人が太鼓判を押すぐらいだ 余程凄いのだろう。
客席は思っていたよりも広く、この中に観客が200人入るらしい。高校生のバンドにそんなに大勢の人が集まるというのだから、驚きだ。
今 俺たちが居るのはステージのちょうど真ん中辺り、俺の横に神田が居て、その横に江戸川。俺は大丈夫だが 神田たちは女の子だし身長的に見えるか心配だったが、観客も女性が多く 杞憂だったようだ。
「そういやさ」
カフェで聞いてなかった事が 一つだけあった
先程も見かけたがポスターに書いてあったバンド達のように、神田たちのバンドにも名前があるはずだ。
「神田たちのバンドってなんて名前なの」
聞いてみる。すると少し間を置いてまた恥ずかしそうに神田が教えてくれた
「Reeves Roseって名前」
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1組目のバンドが、演奏を終えた
観客達はまだ1組目だとは思えないほど 多種多様の盛り上がりを見せている。手を突き上げ声を出す奴もいれば1件落ち着いているように見えるが静かに演奏を楽しんでいる奴もいる。みんなそれぞれの楽しみ方をしているみたいだ。
ちなみに神田と江戸川は前者で。大袈裟に盛り上がっている。中でも神田は特に楽しそうだ。目を輝かせてステージを注視する。まるで小さな子供みたいだ。
「氷川さん!」
俺の視線に気づいたのか、神田が俺を呼ぶ
「ライブ!すごいでしょ!!」
少し暗い客席でステージの照明を受けて半分だけ照らされた神田の顔はよく見えなかったが、とても魅力的なものに思えた。
「そうだな、マジですげぇよ」
今回のライブ、コピーやカバー曲以外にも条件があってそれが高校生バンドのみ、との事だった。つまりここで演奏をしているのは全員俺と同級生か、それより年下だけって事。そんなヤツらがこんなすげぇ事やってるだなんて、想像もつかなかった。
紗夜がいくら真剣に向き合ってるとはいえ、ただの趣味だろ。って考えがどこかにあった。でも、全然違った。
「でしょ!!」
まるでテストの点を褒められた子供みたいに無邪気に喜ぶ神田。別にお前は褒めてないんだけど、まぁいいや。
1組目のバンドがステージの上の自分たちの道具を片付け次の出番のバンドの名前を叫ぶ
「次は、Afterglow!!」
次回予告
「叫べ!!!」
ボーカルの少女が身体をくの字に折り曲げ 精一杯の声で叫ぶ
「氷川さん」
神田だけが この空間から切り離されているみたいに 場違いな、落ち着いた表情を浮かべていた
「わがまま言うのは、やめました」
肆章:『わがままの行方』
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