もし氷川姉妹に兄ちゃんがいたら   作:富岡生死場

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タグにモカとリサつけてるけど一切出てこないっていう


伍章︰『フィクサー』

頭を思いっきり掴まれたまま映画を見せられているのような感覚で意識が少し冴える、顔の周りが少し暖かいような気がする。今まで何をしていたのか、今どこなのか、何時なのか、全てが曖昧で 全てがどうでもいい。

 

「お兄ちゃん」

 

声がする 誰かの声が意識の中に組み込まれる

鼓膜を打ったような刺激はなく、すっと脳に入ってくるように聞こえた。不思議な気分だ。

 

俺の事を『お兄ちゃん』と呼ぶのは、日菜ぐらいだ。昔は紗夜もそう呼んでいたのだが いつからか『兄さん』に変わっていた。何がきっかけだったかは いまいち覚えていない。

 

「お兄ちゃん」

 

鬱陶しいな 黙っていてくれ

声には出さない というか、出せない

喉が発声の仕方を忘れているように、喉が動かない。というか、全身が動かない。手も足も、指先も目も瞼さえも動かない、喉も震えない。

 

脳ミソが身体の支配権を全て投げ出したような、不思議な気分だ。もしかしたらこのまま死んでしまうんじゃないのか。そう思うほど何もできないし、なにもしたくない。

 

こんな気分のまま死ねるなら

それならそれでいいかもな

 

「お兄ちゃん」

 

頭によぎる甘言を引き離すような声が脳を駆ける。ホントに 煩いな 黙っててくれよ

 

せっかくいい気分なんだ

真っ白の白い旗の上に疎らにペンキを零されたような 漠然とした 苛立ちが脳を埋める

 

声を振り払いたい衝動が湧いてくるが 振り払うための手も動かない。そもそもどこに声の主が居るのかも分からない。

 

─────もういい加減にしてくれ

 

どこかで似たような事を言ったような気がする 誰に対して、いつ言ったのかも分からない。心の中で思っただけなのかもしれない。だが、確かにそう思った事が ある気がした。

 

「お兄ちゃん」

 

目が やっと動きそうな気がする

頭を掴まれていた感覚はフェードアウトしていき、頭が軽くなったような 肩が軽くなったような 解放感

 

ああ ほんと、邪魔しないでくれよ

 

 

 

 

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「お兄ちゃん!!!」

 

煩い、というより寒い

張り付いたように思い瞼をゆっくり開けて眩しい視界をかき分けて目の前の顔に焦点を合わせる。ぼやけた輪郭が纏まって 見覚えのあるものに変わる。日菜だ。

 

「おはよ」

 

ちゃんと言えてるかどうかもイマイチ分からないけど。一応朝の挨拶をする。喉がまだ寝ているのだろうか吐き出した言葉全てに濁点がついたような声を絞り出す

 

さっきまで見ていた夢の内容を思い出そうとするけれど何も思い出せない。そもそも夢を見ていたのかすら怪しい。

 

「今、何時だと思う」

 

日菜が顔を顰めながら俺に聞いてくる。その様子を見るにきっと朝早いわけじゃないんだろうな。それがわかるぐらいには思考が纏まってきた

 

「わからん、9時ぐらいとか?」

 

「11時!!」

 

日菜が地団駄を踏みながら今の時刻を教えてくれる。まさか、昼まで寝ていたなんて。いつもの起きる時間を考えたら、9時でもだいぶ遅い方なのだがそれよりももっと寝坊をしていたなんて。

 

「お母さんもお父さんも、もう出掛けちゃったよ。いつまで寝てるの?」

 

日菜にこんな事言われるだなんてほんと『兄ちゃん』失格だな。

 

「まじか、ありがと」

 

せっかく教えてくれたので一応礼を言っておく

それを聞けて満足したのか プリプリ怒っていた日菜の忙しない動きが少し落ち着く。もう暫くすれば怒るのもやめていつもの調子に戻るだろう。

 

「昨日、どうだった?」

 

こちらの方を見ずわざとらしく腕を組んで窓を見ながら日菜が聞いてくる。そういや、昨日は家に帰ってからこいつらとあまり話してないな。

 

昨日は家に帰ったのが18時ぐらいで、そのあとは飯食ってすぐ寝た気がする。無性に眠かったし、紗夜に昨日の感想を言うとかそういうのも忘れて風呂入って寝た。なんであんなに眠かったんだろう、ライブではしゃぎすぎたのもあるし、多分神田の件も精神的に疲れてしまったのかも。

 

「めっちゃ良かったよ」

 

とりあえず、ライブの感想を日菜に伝える

本当に凄かった。何回も言うようだが同じ学生だとは思えなかった。元から凄い人間になるなんて言うのは諦めてはいたが実際に凄いやつを目の前にすると諦めて正解だと思った。

 

あんなにすごい奴らと同じ土俵でなんて、戦えない。絶対に無理だ。

 

「ふ〜ん」

 

日菜が興味なさげに言う

興味無いなら聞かなきゃいいのに口には出さず脳みその中だけで悪態をつきながらベッドから出ようとする

 

 

「他に、なんかあったでしょ」

 

 

日菜がベッドから立ち上がろうとする俺を目で制しながら腕を組んだまま言う。まるで返事するまで逃がさないとでも行ってるみたいに俺とドアとの間に立ち塞がる。

 

ほんと、鋭いな。

こいつのそういうとこが末恐ろしく感じる。そしてそれと同じぐらい『感謝』もしている。

 

「お兄ちゃんが寝坊する時って、だいたいなんかあった時なの、私知ってるんだよ」

 

確かにそんな気もする。何かあった日だったり、何か嫌なことを感じた日には 大抵死ぬほど眠くなる。だが今回は嫌な事があった訳じゃない。

 

多分、神田の事を解ってしまったせいだろう

 

「別に、俺はなんも無いよ。...ただ、紗夜のバンドが解散するらしい」

 

日菜の表情が少し呆気を取られたような表情になる。さすがに驚きを隠せないらしい。

 

「昨日紗夜のバンドメンバーの人がバンド辞めるって言ってた、それ以外はなんも無いよ」

 

立ち上がり日菜の方を向く。前に組んでいた腕を頭の後ろで組み直し大袈裟な動きをしながら何か考え事をしているらしい。

 

日菜はどう思っているんだろう

 

一昨日の日菜のお願い『紗夜をバンドから抜けさせる』が叶って嬉しいのだろうか。それとも、紗夜のこれからの事を案じて それどころじゃないのかもしれない。

 

「そういや、紗夜はまだ家?」

 

「うん、部屋にいたはずだよ〜」

 

なるほど、じゃあ紗夜ともちょっと話してくるか。昨日のライブの感想とか神田の、Reeves Roseの事とか。

 

考え事をしながら俺の部屋をぐるぐる回っている日菜を置いておいて部屋を出る。目指すのは紗夜の部屋、多分ギターの練習をしに行くと思うからなるべく早く話は済ませておかないと紗夜が家から姿を消してしまう。

 

あいつは日菜がギターに興味を持つことを酷く嫌がっているので、決して家では練習しない。必ずどこかのスタジオを借りたりカラオケボックスに行って練習しているらしい。でも、その努力は無駄だ。

 

 

 

なぜなら 日菜は絶対にギターを始めないからだ

 

 

 

 

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「入るぞ」

 

ドアをノックして、確認をとる

ドア越しのぼやけた声が聞こえた。正直よく聞こえなかったけど 多分了解の返事だろう。ドアを開ける。部屋には携帯を持ったままの体勢でこちらを見る紗夜がいた。

 

「おはよ」

 

「こんにちは」

 

俺の朝の挨拶に昼の挨拶を返してくる紗夜。声音も表情も少し怒っているように感じる。いいだろ休日なんだから寝坊したって。

 

「で、何の用?」

 

面倒くさそうに聞いてくるお前が頼んだんだろ、ライブに行ってきて感想伝えてくれって。なんでそんなに嫌な顔してんだよ

 

「昨日のライブの事、昨日結局話してなかったから話そうと思って」

 

ああ、と納得した様子の紗夜、昨日は寝っぱなしだったから感想を伝えることができなかった。だから紗夜が家にいるうちに伝えておきたかった。感情は生物だ、どんなに強い感情もどんなに熱い気持ちも 時間が経てば腐っていく。

 

もしかしたら、俺もいつかあの時の気持ちを忘れるのかもしれない。あの時の日菜の泣いた姿を、惨めな感情を、あの時決めた、『こいつらの兄になる』決意も、腐っていくのかもしれない。

 

「どうだった?」

 

しばらく間を置いた俺の沈黙に耐えれず、紗夜が続きを促す。いつの間にか携帯を置いて俺の話を聞く体勢に入っている紗夜

 

「凄かったよ 特にAfterglow」

 

昨日の1番の衝撃、どのバンドよりも優れていた...のかは正直わかんないけど、どのバンドよりも俺の心を奪ったのは 明らかだ。安っぽい言葉で言えば「エモ」かった。

 

「そう...」

 

おもむろに携帯を操作する紗夜、その横顔は何を考えているんだろうか。こいつは、バンドが解散することをどう思うのだろうか悲しむのだろうか、それとも何も感じないのだろうか。

 

「お前らも普段あんなすげぇ事やってんの?」

 

聞いてみる昨日見たあの光景を思い出す。誰もがステージの上の、俺と同じ高校生が演奏する曲に胸を躍らせ 心を弾ませ 思いっきり楽しんでいた。ああいう風に人を楽しませるライブをこいつらもしているのだろうか。

 

「...まぁ、そうね。まだまだだとは思ってはいるけれど」

 

紗夜が髪を触り、手で耳を隠しながら答える。こいつが耳を隠す時は 照れてるサインだ。だが、まだ納得はしていないらしい。こいつからすれば『まだまだ』のようだ。

 

ほんと、ストイック妖怪だな

 

「こないだ...さぁ」

 

曖昧な切り出しで話を始める。こないだの事と言えば、あれだ

 

「お前に言ったじゃん、話し合いしろってやつ」

 

一昨日の昼に言った事だ。紗夜の性格で勝手に判断して 余計なお世話を焼いたあれだ。バンドの不和はこいつのワンマンな行いでは無くて、そもそもの意識の違い。神田に言わせると 『わがまま』が原因だった。それを俺は知りもしないのに紗夜が悪者だと決めつけていた。

 

「ごめんな、てっきりお前がわがまま言ってるのかと思ってたわ」

 

「...いいわよ別に思い当たる事もあったし」

 

耳に当てていた手を下ろして、足の上で手を握っ言う。少し気まずい空気が流れる 昨日のソファでの会話日菜と俺との秘密についての会話よりもベタついた嫌な気まずさだ。

 

「練習したいし、出かけるわね」

 

先に音を上げたのは紗夜だった、もしかしたら本当に練習に向かう時間だったのかもしれないが。ギターの方に向かっていく紗夜

 

「おう、がんばれ」

 

その背中に俺は耐えきれずに振り返り紗夜の部屋から逃げるように出た。自堕落な俺には何かに取り組む紗夜の背中が眩しかった。耐えきれるようなものではなかった。

 

 

 

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やることも無くやりかけの問題集に手をつけていたが手を止める。自室を見回しながら 一旦休憩。紗夜も外に出かけて家には俺と日菜しか居なくなった昼下がり。 朝ごはんも何も食べていないので腹が減ってきた。

 

携帯の振動、日菜からRINEだ。

 

「お腹すいた」

「家にいるの飽きた」

 

友達と飯でも食いに行ってこいよ。そう思ったけれど俺も腹が減っているしなにか買ってきてもらおうかな。一昨日のお返しだ、パシってやろう。

 

「なんか買ってきてくれ」

 

「え〜」

 

「ハンバーガーとかでいい」

 

「わかった〜」

 

意外、もう一悶着あると思ったが素直に買ってきてくれるようだ。まぁ俺も受験生だし 気を遣ってくれたのかもしれない。気が遣えないようで、この家族で一番気が遣えるのは日菜だ。

 

今のこの、満足はできていないが誰もが納得している兄妹の関係性はきっと日菜が気を遣ってくれているからこそ成り立っている。

 

日菜がギターを始めないのもそれが原因

 

昔から日菜は、俺がする事や紗夜がする事をよく真似ていた。俺が好きなゲームは一緒にやってたし紗夜が好きになった趣味も引っ付いて一緒にやっていた。

 

そして、全て日菜が1番だった。

 

俺はまだいい方だ、初めから本気じゃなかった。1番になろうなんて思ってなかったから。でも、紗夜は違う。だから、日菜の存在をきっと憎んですらいたはずだ。

 

だからきっと日菜はギターを始めない

 

俺が起こした家出未遂から、日菜は必要以上に気を遣うようになった。俺に無茶苦茶なことをしているようで必要以上に馬鹿なマネはしない。兄妹の距離感であいつは俺と接してくれている。

 

あの日こいつらの兄である事を放棄して、逃げようとした俺が逃げないように

 

だからあいつの、日菜の勘の鋭さに感謝している。異常なまでの勘の良さに。

 

以前テレビでやっていた

生霊が見えるという芸人がスタジオの芸人に憑いてる生霊を見て今までの行いや、今どう言った人間とどういう風な関係を築いているのか全てを言い当てていく、そんな不思議な番組があった。その中で学者が彼に言ったのが『共感覚』についてだ。

 

脳波の研究が進み 相手の脳波と指向性を合わせることが出来る、『共感覚』を持った人間の存在についてだ。

 

俺も日菜も、それと似たようなものがあるのだと思う。日菜は家族に対して、俺は赤の他人に対して、相手の感情や気持ちが解る事がある。

 

逃げ出した頃の俺が 絶えず周りから聞こえてきた『天才双子の兄の癖に』の言葉や、昨日の神田の『わがまま』の真相。きっとこれと同じことが、日菜にも起こっているのだろう。

 

だから 誰よりも気が遣える。俺がして欲しいことや、紗夜がして欲しくない事が予めわかるから、先回りして手を打っている。そしてそれに俺が気づいていて 合わせている事もきっと日菜はわかってる。

 

ほんと、日菜はすげぇ奴だ。

 

周りの人間はただの天然で、ただ天才的な凄さだと思ってるけど 俺から見たらあいつは 気味が悪いぐらい、不自由で、人工的で、誰よりも要領が悪い。

 

素直になれば、気を遣わない関係性になれれば。あの映画みたいに、なれるのかもしれないのに。

 

 

──────でも日菜はそうしない

 

 

日菜がそうなってしまったのは俺のせいだ。俺が逃げ出したからだ、だから俺は日菜の作り出したこの関係性を壊さない。日菜を変えたのは俺だ、俺の責任だ。だから俺は、このままのあいつらの兄であり続ける。

 

それがあの日の、日菜との秘密。

 

この歪な兄妹の関係のフィクサーだ。

 

 

 

 

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日菜が買い物に行ってから2時間が経った

さすがに遅すぎる。どこに買いに行ったんだ。

 

時刻は3時過ぎ、昼飯どころかおやつの時間だ。事故にあってないといいのだが、大丈夫だろうか。心配なので一応連絡をしておく。

 

「大丈夫か?」

 

主語も無い質問、状況がわからないので、とりあえずの質問。日菜の事だし 大丈夫だとは思うが、一応の安否確認。

 

「友達と会ってた〜もうちょっとで帰る」

 

大丈夫っぽい。元々家に居るのに飽きてたらしいし、まぁそんな事もあるか。

 

「別に急がなくていいぞ、友達と遊んでこい」

 

既読だけついた。まぁ、家に食べるものはあるし。日菜が友達と仲良くやってるなら文句はない。ハンバーガーしか食べたくないっていう気分でもないし 適当にカップ麺でも食べるか。

 

自室から出て、キッチンに向かう。ちょうど好きな味が残っていた、やったぜ。

 

お湯を沸かしながら携帯を弄っていたら、ちょうど神田からRINEが来た。昨日の帰りに神田とは連絡先を交換していたのだ。

 

「紗夜に話してきました」

 

心臓が少しだけ跳ねた

まるで別れ話を切り出される予感を掴んだような、そんな気分の悪い緊張と同等の驚きが身を襲う。

 

「どうだった?」

 

面と向かって話さない、文字だけのやり取りで良かった。今の情けない反応を妹の友達に見られるだなんて、兄としての面子が潰れてしまう。

 

「ちゃんと話して、解散しました」

 

どうやら、Reeves Roseは解散したらしい。『ちゃんと』話して、それでさよなら出来たなら、何も言うことは無い 部外者が口を出すのは野暮ってものだ。

 

「納得はできたのか?」

 

「はい」

 

なら、良かった。でも、少しモヤモヤする。結局1度も紗夜の、Reeves Roseの演奏を聞くことは出来ないまま解散してしまった。せっかく昨日のライブで興味が湧いたのだが。

 

でも、音楽をやめる訳では無いし いつだって聞く機会はあるはずだ。解散したから一生会わない、なんてこともないだろうし いつか聞ければいいかな。

 

ふと、違和感が湧いた。

 

紗夜は練習を神田たち3人としに行ったのだろうか。解散の話し合いをする人間が、練習という体で紗夜と会いに行くだろうか。普通は「話がある」とかで呼ぶのでは無いだろうか。

 

神田にメッセージを送る

 

「今日、紗夜と練習した?」

 

「いや、たまたま会ったので練習はしてないですよ」

 

『たまたま会う』だって?普通ギターの練習は音を気にしなくていいスタジオか、カラオケボックスとかだろ。なにかおかしい。もしかしたらほんとにたまたま会っただけなのかもしれないけど。でも、なにか引っかかる。

 

「どこで会ったの?」

 

「商店街でみっきーと遊んでたらたまたま会いました」

 

沸かしていたお湯を止め、携帯を置く

すぐに2階へと上がり、紗夜の部屋を見に行く。そこには整理された紗夜らしい部屋があった。そして、そこには紗夜のギターもあった。

 

(あいつ、なんで嘘なんかついたんだ)

 

あいつはギターの練習をしに、出かけたはずだ。すぐにキッチンに戻って携帯を操作する。

 

「今どこにいる」

 

普段ならこんなにいちいち行動を確認したりしない。気が変わったのかなぐらい、でも、今日はなんか違う。嫌な予感がする。思えば一昨日、急に俺と日菜の秘密を知りたがった時点でおかしかったのだ。

 

既読も返事も来ない、そりゃ送って直ぐに返事が来るとは思っていないけれど、でもこの時間が、酷く俺を苛立たせる、長いものに感じた。

 

商店街って言ってたよな

 

行ってみるか、沸かしてた途中のポットを片付け 最低限の準備として財布と携帯だけ持って家を出る。冷静さなんてものは一切無かった。嫌な予感に突き動かされるまま自転車を漕ぎ出す。

 

頼むから、杞憂であってくれ

 

 

 

 

 

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やっぱ居ねぇ

 

商店街に来てみたものの検討もつかない。あいつの事を知っていたようで、あいつが普段どこに行ってるかとかあいつがどんな場所が好きかとか全然知らなかった。

 

兄失格だ。そんな言葉がよぎるがそんな考えをしてセンシティブに浸っている時間が惜しい。もしアイツが悩んでるなら助けてあげたい。もしアイツが困ってるならそばに居てやりたい。別にこれは兄としての体裁を保つためなんかじゃなく、心の底から思った感情だ。

 

ほんと、どこに行ったんだ

 

ここまで来る途中、15分ほど自転車を漕いでいたが連絡は帰って来ない、既読もつかない。空を見上げると少し曇り始めていた。

 

まるで、あの日みたいに。

 

そう思った瞬間、自転車を漕ぎ出していた。

もしかしたら、あいつも俺と同じ気持ちなのかもしれない。あいつもあの時の俺と同じで、逃げ出したくなったのかもしれない。

 

あいつが行きそうな場所なんて全く検討はつかなかったけど、俺が行きたかった場所なら検討がつく。俺と同じ心境だったならもしかしたらあそこに向かっているのかもしれない。

 

あの時の俺は誰かに見つけて欲しかった、誰かに自分と共感をして欲しかった。だからわざわざ1人になれるあの場所に行った

 

紗夜も、そう思ったのかもしれない

 

あいつもあいつなりに、俺たち兄妹の関係性や日菜を憎んでいること、それにReeves Roseの事。悩みがあったのかもしれない。気づくポイントはいくらでもあったはずだ、なのに俺はすぐに気づけなかった。

 

やっぱり、何も変わってない

 

事態が起こってから、起こしてからじゃないと何も出来ない。あの日逃げた時から何も変わっちゃいないそんな奴なのか。

 

そんな感情を振り払うように、力一杯に自転車を漕いだ。誰よりも先に、紗夜を見つけてやりたい。

 

あの日の俺と同じなら、今度は俺が助ける番だ

 

商店街から全力で自転車を漕ぎ、もう工場跡地は目の前。空はほとんど雲に覆われてしまった。暗くなり始めた景色はまるであの日にタイムスリップしたみたいに、そっくりだった。

 

自転車を停め、破れたフェンスを潜る。もう誰も使っていない、訪れる人のいない工場跡地、草を手入れする人もおらず乱雑に生えた草を踏み廃墟になったコンクリートへ向かう。

 

少しづつあの日の記憶が蘇ってくる。

 

1人で歩いてここまで来て疲れた俺は倒れるように1番奥にあるゴミ捨て場みたいなところに行ったはずだ

 

昔に行った場所へ向かうべく歩みを進める

 

 

少しづつ雲が空を覆っていく

 

 

少ししめった空気が工場跡地を満たしていく

 

 

今にも降り出しそうな雲

 

 

あの日のままの工場跡地

 

 

そこには蹲った紗夜が居た

 

 

 

そして、日菜もあの日みたいに立っていた




次回予告



「日菜」





「紗夜」





「今まで ありがとな」





これからも よろしくな




陸章︰『雨』








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