もし氷川姉妹に兄ちゃんがいたら   作:富岡生死場

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今回は短めです


陸章︰『雨』

あの日の俺のように何をするでもなく ただそこに蹲っている紗夜、そしてそれを呆然と見ている日菜。5年前の再現のような光景だった。

 

「日菜」

 

こちらを振り向く日菜、その表情には何も映っていなかった。悲しみも驚きも何もない、ただ、泣きそうな表情。

 

「紗夜」

 

振り向くことはなく、丸まった背中は 家を出る前に見たあの背中とはうって変わって 酷くみすぼらしいものだった。罪悪感と自責の念によって丸められた紗夜の体は いつもよりもずっと小さかった。

 

ごめんな、こんなになるまで放っておいて。お前に頼りすぎてたみたいだ。強い紗夜を見すぎていたみたいだ、本当はこんなに弱くて、こんなに小さいのに。

 

少しづつ 紗夜の元へ歩いていく、日菜は 立ち尽くしたまま何も言わない。俺が来る前は どうだったのだろうか。あの頃と同じで『逃げないで』と言ったのだろうか。

 

あの一言が 俺の事を縛った、そしてその一言が 日菜の事も縛ってしまった。

 

「お兄ちゃん」

 

日菜が俺の事を呼ぶ。振り向きはしない、今振り向けば きっと日菜は俺の事を止める。また、今までの関係に戻ろうとする。あの惨めで、不自然で、歪な関係に。

 

確かに、納得はしていた。壊れてしまうぐらいなら あのままで居続ければいいと思っていた。でも、もう限界なんだ。

 

日菜がいつまでも我慢をし続けるのも。紗夜がこのまま悩み続けるのも。

 

お前たち2人の才能を見続ける辛さよりも、こいつらが苦しみ続ける方が 俺には我慢出来ない。

 

だから

 

 

 

─────ごめんな、日菜

 

 

 

「紗夜」

 

もう一度 紗夜の名前を呼ぶ

返事はない 振り向きもしない。だけど 俺の声は届いてるはずだ。紗夜の元に近づいていく 少し 紗夜の背中が震えているような気がした。

 

紗夜の背中に 自分の背中を合わせるように 座る。前を見ると 日菜が立ったまま 俺の事を見ている。ほんとにあの時にタイムスリップしたみたいだ。記憶のままの 日菜の表情に 少し笑いそうになる。

 

「前も こんな感じだったよな」

 

日菜に 話しかける。日菜が少し俯いて返事をする。それは「うん」と言ったのかそれとも別の事を言ったのか 判断がつかないぐらい小さな返事だった。

 

「お前らが中学上がってすぐに ここにさ...俺、1人で来てたんだ。今のお前みたいに」

 

返事は無い。2人ともが 無言のまま俺の話を聞いている。紗夜が少し こちらを向いたような気がした。

 

「俺さ、結構しんどかったんだ。お前ら2人ともホントすげぇ奴で 俺もなんか...頑張んなきゃって、すげぇ事しなきゃって ずっと...思ってたんだ。」

 

今まで言わなかった、隠してた事を 2人に自分の口で言う。日菜からすれば きっと随分前から感じ取っていた。俺の弱さ。日菜が守って隠してくれた 俺の弱さ。

 

「でもさ、俺。全然凄いやつなんかじゃなくて全部中途半端で、何にも本気じゃなかったんだ。だから...逃げたんだ。お前らから。」

 

手が震える。寒さからなのか緊張からか、それともこいつらに弱さをさらけ出す怖さからなのか。震えが止まらない。

 

その弱さを噛み殺すように手を合わせて懺悔するみたいに顔の前に持ってくる。目を閉じて恐怖を抑え込む

 

「逃げてここに来た。気がついたらここに逃げ込んでた。そんでもって日菜に助けられたんだ」

 

1度閉じた目を開け日菜の方を見る。泣きそうなままの日菜。ほんと、ごめんな。

 

「今のお前と、一緒だよ。」

 

日菜の方を向いたまま。震える手を抑えながら。紗夜に言う。

 

「お前も、辛かったんだろ?このままでずっと過ごすのが。神田の話聞いて思ったんだろ?俺たちの関係も考え直さなきゃいけないって。」

 

神田は、勇気を出して 安寧を壊した。

今の環境、状態に疑いをもってより良いものに変わるために一歩踏み出した。自分の大事なもの『友達』のために、バンドを解散した。

 

「日菜」

 

紗夜ではなく日菜に問いかける

 

「今まで、ありがとな」

 

お前が頑張ってくれなきゃもしかしたら俺たちはぐちゃぐちゃになってたかもしれない。あの日日菜が俺の事を見つけてくれなきゃ、俺の弱さを守ってくれなきゃもっと酷いことになってたかもしれない。

 

でも俺は、俺たちは変わらなきゃいけない

 

ぬるま湯の中の安寧に浸り続けてちゃダメなんだ。大切に思うだけじゃダメなんだ。

 

「でも俺、このままじゃ嫌だわ」

 

気兼ねなく誰も我慢しなくて済むそんな関係が俺は欲しい。

 

「日菜、お前のやりたい事をやってくれ」

 

ぐしゃぐしゃの日菜の顔を見据えて言う

 

「お前、姉ちゃん好きなんだろ?」

 

いつの間にか顔をあげた紗夜の方を見ながら、もう一度言う。

 

 

「日菜、お前のやりたい事教えてくれ」

 

紗夜が日菜の方を向く

俺も日菜の方を見る

 

ぐしゃぐしゃに泣いた日菜が震えながら、俺と紗夜の顔を交互に見た。

 

怯えて、顔色伺うなんてしないでくれ

こんなのでも、俺と紗夜は

お前の姉ちゃんと兄ちゃんなんだから

 

「私、お姉ちゃんと一緒がいい」

 

 

「私、お姉ちゃんと話がしたい」

 

涙をボロボロ零しながら、拳を握りしめながら日菜が言う。

 

 

「私、お姉ちゃんが大好き!!!」

 

下を向いたまま叫ぶ日菜

嗚咽を吐く日菜の元に

何も言わずに歩み寄る紗夜

 

「私もよ、日菜」

 

さっきまで空を覆っていた雲は嘘みたいに消えて無くなっていた。工場跡地の景色はあの日とは、全く違っていた。

 

泣きながら抱き合う2人

 

3月の太陽が2人を照らしていた。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

あれから、3日が経った

結論から言うと、まだ俺たち3人は何も変わってない

結局日菜と紗夜が2人きりで話すことはまだ無い

 

あの日の帰り道、俺たち3人は一緒に家に帰った。紗夜と日菜は目を真っ赤にして。泣き腫らした顔を隠すみたいに俯いたままだった。

 

まだ2人とも心の整理がついてないみたいだ。4年間もお互いに触れ合っていなかった状態だったのだ。たった一日でその距離を越えられるはずがない。

 

でも、紛らわして距離をとって、一方的に相手を想うだけの関係は、終わったはずだ。これからきっと、2人はゆっくり、2人の時間を過ごしていくはずだ。

 

表面的には何も変わっていない。

紗夜が逃げ出した事もお互い口には出さない

変わったことといえば

 

 

日菜がギターを始めた

 

今までの日菜なら絶対に始めることが無かった、これはきっと日菜の心の変化の表れだ。あの時俺が言った「日菜のやりたい事」紗夜が言った「私もよ」の言葉。あれはきっと日菜に対してだけじゃない。俺の気持ちと、紗夜の気持ちは一緒だったはずだ。

 

紗夜も、きっと日菜に我慢して欲しくなかったはずだ。

 

でも 素直になれなかった。追い越されるのが、それでまた日菜を嫌いになるのが怖かった。

 

でも、2人とも変わった。

 

ちゃんと お互いに向き合う事が出来たはずだ。

 

これからどうなるのかなんて分からない

もしかしたらあのまま、ぬるま湯みたいな関係のままいた方が良かったって 思う日が来るのかもしれない

 

でもそれでも。

 

俺は良かったと思う

 

いつかきっと、日菜と紗夜がお互いを認めあって笑い合える日が来るはずだ。

 

 

だから

 

 

これからもよろしくな。日菜、紗夜




次回から、2部です
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