凪は日輪と共に   作:蜜柑凪

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第拾話 笑顔

――愛する人や大切な家族は漠然と明日も明後日も生きている気がしていた。

 

それはただの願望でしかなくて、絶対だよと約束されたものではないのに。

そんな確証など、どこにもありはしないのに。

 

どうして人はそう思い込んでしまうのだろう。

どうして人は失って初めてそのことに気付くのだろう。

 

 

「カアアアーーーッ!!!花柱 胡蝶カナエ。水柱 冨岡義勇。上弦ノ弐ト交戦!!交戦!!」

 

鴉の声が闇夜に劈く。

しのぶはその声をどこか現実のものではない遠くで聞こえた気がした。

 

(姉さん…!!義勇さん…!!)

 

ただ無我夢中で走る。

 

『上弦の鬼』。

十二鬼月の中でも下弦とは別格の戦闘能力を有し、この百年、何人もの柱が打ち破れ、一度たりともその存在が討たれたことは無い。

 

 

大丈夫。

姉さんは強い。義勇さんは鬼殺隊最強の剣士。

だから、大丈夫。大丈夫…。

胸を過る不安を必死に振り払う。

 

私が行っても、きっと足手纏いにしかならない。何の力にもなれはしない。

そんなこと誰よりも自分自身が分かってる。

けれど、私は何もできずに、もう大切な人を失いたくない…!!

私は父さんと母さんが殺され、鬼に喰われていくのを見ているしかできなかった。

もうあんな思いは嫌。

 

お願い。どうか間に合って…!!

 

ただ必死にしのぶは夜の道を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

**

 

――時は数刻前に遡る。

 

とても月の綺麗な夜だった。

その日、胡蝶カナエは自分の担当地区の見回りを行っていた。

 

その時、ふいに色濃い血の匂いをカナエの嗅覚が捉えた。

急ぎ、その場に赴くとそこにはたくさんの、血に濡れ、こと切れた女性達がいた。そこには鬼殺隊の隊士や彼女達の鴉も混じっている。

その中心にはバリボリと貪り喰う鬼の姿があった。

 

くるりと鬼がこちらを振り向く。その口の周りは血に塗れている。

 

「やあやあ。初めまして。俺の名前は童磨。いい夜だねぇ。」

 

その鬼の虹色の瞳には『上弦・弐』と刻まれていた。

 

「私は花柱 胡蝶カナエ。」

「そっかあ。カナエちゃんっていうんだね。ぴったりの可愛い名前だね。」

 

鬼はニコニコと屈託なく笑う。

そのあまりに常軌を逸した異様な光景に、鬼の数字よりもまずそちらに目がいった。

 

「俺は〝万世極楽教〟の教祖なんだ。信者の皆と幸せになるのが俺の務め。誰もが皆、死ぬのを怖がるから、だから俺が喰べてあげてる。俺と共に生きていくんだ。永遠の時を。俺は信者たちの想いを、血を、肉をしっかりと受け止めて救済し高みへと導いている。」

「~~~…ッ!それは救いではないわ。」

 

グッと柄を握り締める。

 

「ええ、悲しいなぁ。でも、大丈夫。俺は優しいから君のことも救ってあげる。」

 

――【血鬼術―『蓮葉氷』】

 

扇から氷の蓮が放たれる。

カナエが応戦しようとしたその時だった。

 

「カナエ!後方へ跳べ。」

 

その声の言われた通りに咄嗟に跳ぶ。

 

――【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

「冨岡くん!!」

「そいつの術を吸い込むな。肺が壊死する。」

 

続いて放たれる氷の連撃の全てを悉く義勇は受け流した。

 

「わぁ。すごいね、君。初見でこれを避けるなんてさ。さっき攻撃を全て見切って受け流したことといい、君は目がいいのかな?」

 

――【水の呼吸 弐ノ型 水車】

 

答える義理はないと言わんばかりに義勇は刃を振るう。

その太刀は童磨の片腕を斬り飛ばした。

 

「いきなり斬りかかるなんて酷いじゃないか。」

 

その腕からはボタボタと血が滴り落ち、再生は遅い。

 

「うわーーっ!すごい。すごい。傷が全然再生しないや。君のその赤い刀に秘密でもあるのかな?」

「うるさい。貴様と話すことなど微塵もありはしない。それに俺は喋るのが嫌いだ。話しかけるな。」

「つれないなぁ~。もっと君は話した方がいいと思うよ。」

 

意にも返さない態度、義勇から燃えるように熱い灼熱の殺気が漂う。

 

初めて見た。こんな冨岡くんを。

 

カナエは知っていた。

冨岡くんは鬼に対し、哀れみ慈しみを持って接していた。

けれども、今、この鬼に対してそんな様など微塵も見られない。ただあるのは、憤怒と殺意のみだ。

 

 

んーー?と童磨はどこか腑に落ちないといったように、しばし頭を捻らせている。

ふいに何か思い出したのか、ポンッと手を叩いた。

 

「あ!思い出したよ、その赤い刀に、その頬の流水のような痣!あの方に言われてたんだ~。君は絶対に殺すようにってさ。」

 

そっか、そっかぁと納得したように童磨は笑う。

 

「いやぁそれにしても今日は良い夜だなぁ。あの方が探し求めていた鬼狩りに、女の子の柱。次から次に上等な獲物がやってくる。嬉しいなぁ。」

 

その笑みは、不気味で歪なものだった。

 

 

 

 

**

 

どれほど時間が経っただろう。

カナエは荒い呼吸を繰り返す。その身体には数多の切り傷が刻まれている。

けれども、それよりも、カナエとは比べ物にならないほどの傷を義勇は負っていた。それは全て上弦の弐の攻撃からカナエを庇ってできたものだ。

 

悔しい。柱なのに冨岡くんの足を引っ張るばかりで何の力にもなれていない。

 

けれども、冨岡くんの攻撃でつけられた傷は今もなお、上弦の弐の身体を灼き続け、再生を阻害している。

加えて夜明けも近い。あともう少し。もう少しよ。

 

 

――【花の呼吸 弐ノ型 御影梅】

――【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 

ふいに空が白み始め、陽が姿を現そうとしていた。

バッと童磨は視線をやると、すぐさま走り出そうとした。

 

逃がさない。お前だけは必ずここで…!!

義勇の脳裏を巡るのは、しのぶの涙、そして壮絶な最期の姿。

絶対にそんなことにはさせるものか…!!

 

――【水の呼吸 拾ノ型 生生流転】

 

――【血鬼術―『霧氷・睡蓮菩薩』】

 

 

巨大な氷の菩薩が義勇達を襲う。

ここにきて、こんな大技。まだそんな余力があったのか。

上弦の弐が去っていく後ろ姿が見える。

血が滴る。

意識が闇へと落ちていく。

ク…ソッ……。

 

 

「姉さん…!義勇さん…!」

 

意識が落ちる直前、最後にその瞳が映したものは、ボロボロと涙を零すしのぶの姿だった。

ああ。そんな顔をしないでくれ。

もうお前のそんな顔を見たくはないんだ。

 

「…泣かないでくれ。」

 

そっとしのぶの頬に触れる。

フッと義勇は微笑む。その顔にまたしのぶは泣き出しそうな顔をしていた。

 

それを最後に義勇の意識は完全に闇へと沈んだ。

 

 

 

 

 

**

 

誰かが泣いている。

ああ。泣かないでくれ。お前に泣かれると困る。

俺は…

 

 

フッと義勇は目を覚ます。

そこは見知った蝶屋敷だった。

 

「俺は…」

「目が覚めましたか、義勇さん。」

 

ニコリとしのぶは微笑む。その笑みは恐ろしいほど美しくて、どこか無理をしているような気がした。

 

 

あれから気を失った俺とカナエは、しのぶによって蝶屋敷へと運ばれ手当てを受けたらしい。

重傷だが命に別状はなく、今は快方へと向かっているとのこと。

 

「そうか…。無事でよかった。」

「ええ。本当に…。」

 

ああ。またその笑みだ。

 

「泣くな。」

「…私、泣いていませんよ。」

 

たしかに表情としては泣いていない。けれども、俺にはその笑顔が必死に涙を耐えたものとしか見えない。

 

「…泣いていい。」

「さっきと言っていることが真逆ですが。」

「そんな無理して笑うくらいなら、泣いた方がいい。」

 

 

 

しばしの沈黙が訪れる。

 

「…泣きませんよ。」

 

しのぶはそれだけを絞り出した。

 

「…そうか。」

 

義勇の顔を見る。

むしろ彼の方が泣きそうだと思った。

 

「いつかお前が本当の笑顔を見せてくれるのを、再び涙を流せるようになる日が来るのを待ってる。」

「…随分と先になりますよ。」

 

今はまだ無理だから。

大切な人達を傷つけられて、もう以前のままではいられない。どうしても、どす黒く醜い怒りが心にへばりついてる。

 

「それでもいい。待ってる。」

 

その言葉に、ほんの少しだけ心が軽くなったような気がした。

 

 

 

 

 

**

 

――それから二週間後。

 

上弦の弐との戦闘での負傷により、ままならなくなったカナエは一時、柱のままではあるが、代わりに蟲柱となったしのぶの補佐的役回りに就くこととなった。

 

――『水柱 冨岡義勇』

――『蟲柱 胡蝶しのぶ』『花柱 胡蝶カナエ』

――『炎柱 煉獄杏寿郎』

――『音柱 宇随天元』

――『恋柱 甘露寺蜜璃』

――『岩柱 悲鳴嶼行冥』

――『霞柱 時透無一郎』『時透有一郎』

――『蛇柱 伊黒小芭内』

――『風柱 不死川実弥』

 

柱は揃う。

時は移り変わっていく。雪降る季節へと。

 

 

そして、舞台は雲取山へ――…。

 

 

 

 




これにて、原作開始前の第一部 完です!
次回からは原作の話へと突入します。
また原作のまんまだと思われないように、結構似通った部分は省かれると思われます。
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