第拾壱話 対峙
――幸せが壊れる時にはいつも血の匂いがする
ちらちらと雪が降り積もる。吐く息が真っ白に染まった。
炭焼き小屋の六人兄弟の長男 竈門炭治郎は愛しい家族の見送りを受けながら、町へと炭売りに向かう。
「炭治郎。」
ふいに少し家から離れたところで声をかけられた。
「義勇さん!」
パッと彼の傍に駆け寄る。
この人は冨岡義勇さん。
彼との出会いは数日前。一緒に町に出かけた禰豆子がガラの悪い大人に絡まれたのを助けてくれたのが始まりだった。
どうにかお礼をしたくて、でも中々、お礼を受け取ってもらえなくて、それでもと言い募っていたら、それならと家の近くで大事な用があるということでここ数日、義勇さんは家に滞在している。
その際、宿代ということで多すぎるほどのお金を渡されそうになったが、それは断固として固辞した。それではお礼の意味がない。
彼は不器用だけど、とても優しい人だった。
俺も、弟妹達もすぐ義勇さんが大好きになった。
お兄さんのようでもあって、弟のように抜けた所もある義勇さんには皆、すぐに懐いた。彼からはいつもどこか哀しげで、それでいてとても優しい匂いがしていた。
「お前の留守中、お前の家族は命に代えても俺が守る。」
「はい!ありがとうございます!」
彼に手を振り別れる。
そこにはたしかに幸せな時間が存在していたんだ。
**
だいぶ夜の闇が深まった頃。
静けさの中で、遠方より規則的に雪を踏みしめる音が聞こえてくる。
(来る……!!)
義勇は自身の色の別れた日輪刀の漆黒の部分を撫でる。
縁壱…。
彼も共にいる。共に戦っていてくれる。導いてくれる。
そう思えば、心は解れ、不思議と力が湧いてくるような気がした。
コンコンと戸を叩く音がした。
その音に立ち上がろうとした竈門家の者達を押し留める。
「葵枝さん。禰豆子。花子。竹雄。茂。六太。これから先、何を見ようと、どんな音が聞こえようと、朝が来るまで絶対に家の中から動くな。」
義勇は刀を持ち、戸の方へと向かう。
ふいに着物の袖をくいっと引っ張られる感覚がした。
禰豆子だった。
彼女は瞳に涙を溜め、不安に面持ちを揺らしていた。
とても嫌な予感がしたの。
義勇さんの声は、とても闇に溶けいるかのように凛とした厳しさがあって、それでいてとても優しいものだった。
まるで義勇さんが遠く離れていってしまうかのようで…。
「大丈夫だ。禰豆子。ありがとう。」
その微笑みはこちらが哀しくなるほどの優しく穏やかなものだった。
その微笑みに亡き父の面影を見た。
父は優しい人だった。
この人も同じように逝ってしまうのではないかと漠然な不安を覚えた。
スルリと義勇さんの着物の袖が私の指からすり抜けた。
戸の開いた先にいたのは、人の形をした人ではないナニカだった。
**
義勇は戸を開ける。
それと同時に触手が襲い掛かる。
――【日の呼吸 壱ノ型 円舞】
触手を斬り落とす。
『記憶』の中では何度も見た。けれども、現実では初めて目にするその姿。
全ての悲しみと憎しみの元凶。
「お前が鬼舞辻無惨か。」
この男は心臓が七つ、脳が五つあった。
暴力的な力が身体に漲っていた。
男は俺を見ると、激しい怒りで顔が赤黒く膨れ上がっていた。
その男は俺を見ているようで俺を見ていないと思った。この男は俺を通して過去の、自身の忌まわしき記憶を見ている。
「縁壱に託された。自身の魂に誓った。悲しみを失くすと。できなかったことをやり遂げると。そのためにもお前はここで殺す。鬼舞辻無惨。」
――【日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天】
託された想いを胸に義勇は赤き刃を振るう。
全ての悲しみを終わらせるために―――…
**
鬼舞辻無惨は忌まわしいあの男の痕跡を消すため、わざわざ自ら動いていた。
そこで目にしたのは、左頬に流水のような痣を持ち、黒い髪を後ろで束ねた男だった。
その男は、覇気も闘気も憎しみも殺意も、何もなかった。
ただ静かで、まるで水の如くのようだった。
その姿に、無惨は身体を灼き尽くすほどの憎悪と怒りが漲っていくのを感じた。
初めてその鬼狩りを見たのは、配下である鬼を通してだった。
忌々しいあの男と同じ赫い刀、同じ呼吸、痣を持つ男。
その鬼狩りは今、私の目の前に立っている。
忌々しい記憶が鮮明に蘇る。
――重なる。
「このッ…!亡霊がッ…!!」
――【日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡】
男が刃を振るう。
ふざけるな。ふざけるな…。ふざけるな…!!
あの男と同じ存在が再び生れ出たというのか。どこまで私を蝕むというのだ。
「いい加減、その身を死に晒せ。異常者がッ!!」
「ここで全てを終わらせる。無惨。」
**
荒い呼吸を繰り返す。汗が滴り落ちる。とめどない血が隊服を滲ませる。
一体、どれほど時間が経ったのか。何度、型を繰り返したのか。よく分からない。
身体が悲鳴を上げ続けている。覚束ない。
けれど、立ち止まるわけにはいかない。
こいつを仕留めるまで、最期まで俺は戦い続ける。たとえ胴が引き裂かれようと、腕が千切れようと止まらない。
もう二度と悲しみを繰り返さないためにも。託されたものを繋ぐためにも。
「はああああ!!」
ふいに覚束ない足取りに、グンッと身体が引っ張られるような感覚がした。
無惨の触手が迫る。
しまった……!!避けられない…!
無惨がニヤリと嗤った。
触手が身体を抉る。ビュシャッと血が勢いよく飛び出す。
けれども、それは俺のものではなかった。
俺を庇うようにした薄紅色の着物が見える。
「ふん。小娘に庇われたか。だが所詮、無駄な抵抗だ。」
その声をどこか遠くで聞いた気がした。
「禰…豆子…。」
彼女の肌は異様なほどに白い。
まだ温もりはある。けれども、それは人ならざる者へと変わりゆこうとしているのを直感した。
守られてばかりで、守れなかった。
ふらりと立ち上がる。
こんなにも冷たい感情になったのは初めてだった。
それはどこか自分のものではないようにも感じた。
それからのことを俺はよく憶えていない。何をしたのかも。何があったのかも。
ただ身体をバラバラにされた無惨が「鳴女!!」と叫び、ベンッと琵琶の音が鳴ると同時に突如として開いた襖が無惨を連れ去り閉じたのを見た。
ドサリと身体が崩れ落ちる。血が雪に滲んでいく。
スッと禰豆子に触れる。
「すまない…。禰豆子……。すまない……。」
「禰豆子!義勇くん!」
「「「「お姉ちゃん!義勇さん!」」」」
禰豆子の母、そして弟妹達の悲鳴じみた声で名を呼ばれるのが聞こえる。
こちらへと駆けてくるのが分かる。
うっすらと開けた視界で見た彼らの顔は真っ青だった。
それを最後に義勇の意識は闇へと沈んでいった。
**
炭治郎が困っている人の手助けをしながら町で炭を売り終える頃にはもう随分と空が暗くなっていた。
三郎爺さんの勧めで一晩泊めてもらい、朝一に家へと帰る。
そこには、家族と義勇さんが俺の帰りを待ってくれている筈。遅くなったから皆、心配しているだろうな…。
そう思いながら、家への道を歩いた。
家の前に着く。
そこは、雪が血で真っ赤に染まっていた。辺りを包む色濃い血の匂い。
「母ちゃん!義勇さん!禰豆子!竹雄!花子!茂!六太!」
なだれ込むように家へと駆け込む。
「炭治郎。」
「「「「お兄ちゃん!」」」」
母ちゃんと竹雄、花子、茂、六太は無事だった。そのことに安堵で涙が滲んだ。
けれども、義勇さんと禰豆子は身体中に包帯を巻き、酷い傷を負って布団に横たわっていた。
「た…ん…次郎…。」
「義勇さん!!」
炭治郎は傍へと駆け寄る。
「す…まな…い。禰豆…子…が……。」
彼からは血の匂いを覆い隠すほどの深い自責の匂いがした。
「炭…治郎…。俺…は大…丈夫だ…から…禰…豆子を…頼む…。たと…え…どんな…に残…酷な現…実に…打ちの…めされ…よう…と決し…て妹…の手を…離す…な。」
「義勇さん…。」
家族を見やれば、こくりと覚悟をしかと宿した眼差しで頷かれた。
「はい!」
その思いに応えるように炭治郎も頷く。
禰豆子を背負い、雪の道を駆ける。
その背後で一筋の風が強く吹いていた。
**
「緊急招集ーーーッ!!緊急招集ーーーッ!!水柱 冨岡義勇、雲取山ニテ鬼舞辻無惨ト交戦ッ!!交戦!!」
鴉の声に実弥は、ただ只管突き走る。
早く…。もっと速く…!
間に合えッ…!!
俺の担当地区は冨岡のいる所の隣だ。俺が一番早く着ける。
鬼舞辻無惨!!
お袋を鬼にし、家族の幸せを壊し、たくさんの人を苦しめる全ての悲しみと憎しみの元凶!
絶対に逃がしゃしねェッ……!!
鴉の案内にて実弥が雲取山へと着く頃には、もう早い日が顔を見せ始めていた。
そこは血によって真っ白な雪が赤く染まっていた。普通の嗅覚しか持たない俺でも分かる色濃い血の匂い。
遅、かったのか……?
「冨岡ァ……!!」
バンッと家の戸を開ける。
そこには、その家の者と思わしき母親、娘、息子と身体中に包帯を巻き、重傷を負った冨岡の姿があった。
「不、死川…か…?」
「冨岡ァ!無惨は!無惨のヤロウはッ……!!」
「す…まな…い。取…り…逃が…した…。」
「クソッ……!!」
ガンッと拳を叩きつける。
その音にこの家の幼い子供がビクッと震えた。
「不…死川。お前…に…頼み…があ…る。」
そう言って、冨岡は同じく重傷を負い、布団に寝かされている娘を見やった。
「俺…を庇…い、その…娘…は…鬼にさ…れた。だが、ま…だ鬼と…して…目…覚めては…いな…いし、誰…も殺して…いない。」
「―――ッ!!」
「じ…きに…この家…の…長…男が…帰って…くる。彼ら…を俺の…育手の…鱗滝…さんの…住む…狭霧…山…へと…導いて…くれ。」
「頼む。お前に…しか…頼め…ない。同じ…痛みを…持つ…お前にしか……!」
冨岡は傷によって息も絶え絶えになりながらも言葉を紡いでいた。
蒼い瞳から涙が零れ落ちる。
初めて見た。いつも表情の変わらないコイツの涙を。
鬼殺隊に入って、鬼を狩っていく内に分かったことがある。
俺もあの頃の冨岡と同じ柱になった。
柱となった者が鬼となったお袋を信じ、人へと戻す方策を示す。それがどれほどの奇跡かということが。
きっと、もしあの時、俺達の前に現れたのが冨岡以外の他の誰かであったならば、お袋は今も生きていない。
言葉にも態度にも表すことはなけれど、実弥は義勇に感謝していた。
「テメエには借りがある。任せとけェ。」
柱となろう者が鬼を見逃す。あまつさえ、あれだけ憎んでいた鬼だ。
自分でもとんでもないことをしようとしている自覚はあった。
だが、冨岡には大恩がある。
それに何より、自分とお袋と同じ存在を斬り捨てることなんてできなかった。
「ありがとう。実弥…。」
「おゥ。」
やがて、張っていた気が解け、安心したのかスウスウと息遣いが聞こえてくる。寝たか…。
寝顔だけなら、子供みてェだがなァ。弟妹達と変わらないように見える。とても鬼殺隊最強の剣士には見えない。どこか抜けてる。
そんなことを心の隅で思った。
冨岡の言っていたこの家の長男であろう奴と対峙する。
随分と甘ったれた奴だと思った。
だが。
ジッと斧の刺さった木を見やる。
そして、俺から兄を守るような行動に出た鬼の妹。
「こりゃあ化けるかもなァ。」
きっと、こいつらの存在は風向きを変える。
静かな空に風を巻き起こす。そして、それは嵐となり、きっと鬼舞辻無惨に届く刃となる。
何かが起こる。変わっていく。
そんな漠然とした予感を感じぜずにはいられなかった。
【大正コソコソ噂話 後書きでわかる簡単那田蜘蛛山までのまとめ(原作との差異)】
~狭霧山での修行~
錆「俺達は義勇の頼みでお前を鍛えるためにやって来た。」
炭「義勇さんの…!?」
錆「だが!断じてお前達を認めたわけではない!お前の妹が人を喰ってみろ。死んでもお前を許さない!」
~刀の色~
炭治郎の刀が黒く染まる。
鋼「おお~!!黒だぁ~~!!まさか黒い刀身が見れるとは~~!!」(←刀に頬ずりする鋼鐵塚蛍 37歳)
炭「あの、黒だと何かいいことでもあるんですか?」(←若干、鋼鐵塚さんに引いている)
鱗「黒い刃に染まった者は始まりの呼吸である『日の呼吸』に適性のある者の証だ。日の呼吸は一番初めに生まれた最強の御業。そうは出ぬ。」
*日の呼吸について知る炭治郎。ただし、ヒノカミ神楽との関連は知らない。
~浅草編~
鬼になった男性を止めるのに協力する珠世達。
珠「あなたが竈門炭治郎さんですね。義勇さんと実弥さんからお話は伺っております。私もあなたへと力を貸しましょう。」
珠世達の屋敷にて不死川母と出会う炭治郎達。
炭「この人は…?」
珠「この方は不死川志津さん。鬼となってしまった不死川実弥さんのお母さまです。」
炭「不死川さんも…!?」
――そして、舞台は那田蜘蛛山編へ。
ほとんど原作と同じ内容になりそうだったので、ここまでの流れをダイジェストでお送りしました!