あーんと口を開け、しのぶさんに診てもらう。
身体はもう大丈夫のようで問題なく終わった。
「あ、そうだ。しのぶさん。一つ聞きたいことがあって。〝ヒノカミ神楽〟って聞いたことありますか。」
「ありません。」
「え!?じゃ…じゃあヒノカミ神楽と日の呼吸との関連とか…」
「知りません。」
見事なぐらいにバッサリだった。
炭治郎は最初から事情を説明した。
家に代々伝わる神楽で技が出せたこと。そこには火が見えたこと。鱗滝さんから俺は日の呼吸に適性があると言われたことから、ヒノカミ神楽と日の呼吸には何か関連があるんじゃないかと思ったこと。
俺はあまり説明が得意な方じゃなかったので、大変だった。
けど、しのぶさんは根気強く聞いてくれた。
「――なるほど。事情は分かりました。ですが、私ではあまり日の呼吸について仔細は分からないんですよ。ごめんなさい。なにせ始まりの呼吸である日の呼吸は長い間、継承が途絶えていましたから。」
「そうですか…。」
「日の呼吸のことなら同じ日の呼吸の使い手である義勇さんに話を聞いてみるのが一番かもしれません。」
「え!?義勇さんがですか!?でも、義勇さんが使っていたのは、たしか水の呼吸だったような…」
とても流麗で澄んだ水の剣技だった。
それに刀も日の呼吸の色である漆黒じゃなくて、赤かったような…
『赤くなるんですねぇ。』
『お侍さまの刀、戦う時だけ赤くなるのねぇ。』
『普段は黒曜石のような漆黒なのね。とっても綺麗ですねえ』
あれ?そう言っていたのは誰だろう?
「ああ。義勇さんは日の呼吸と水の呼吸、二つの呼吸を修めているんですよ。」
「二つの!?」
すごい…。俺は水の呼吸もヒノカミ神楽もどちらも不完全で、ちゃんと扱えないのに…。
本当にすごい人だなぁ。義勇さんは…。俺とは全然違う。
「義勇さんはちょうど炎柱の煉獄さんと同じ任務に出ています。鴉を使って連絡しておきましょう。煉獄さんに話を聞いてみるのもいいかもしれませんね。彼の使う炎の呼吸は長く継承の続く呼吸ですから。もしかしたら、日の呼吸やヒノカミ神楽についても何か知っているかもしれません。」
「そうですか!ありがとうございます!」
炭治郎は出立の準備を始める。
向かうは鬼の巣食う『無限列車』へと。
**
「うまい!うまい!うまい!」
「煉獄。声を落とせ。他の乗客に迷惑だ。」
「む!すまない冨岡!」
無限列車の車内。
そこにはパクパクと弁当を食べ続ける煉獄さんと、そんな煉獄さんに若干、呆れたようにため息を吐く義勇さんの姿があった。
煉獄さんも弁当を食べ終わると、俺はヒノカミ神楽について聞いてみた。
「うむ!そういうことか!だが知らん!『ヒノカミ神楽』という言葉も初耳だ!冨岡は知っているか!」
「ああ。」
「本当ですか!?」
義勇さんはコクリと頷いてくれた。
「今から三百年以上昔、戦国の世のことだ。鬼舞辻無惨をあと一歩の所まで追い詰めた始まりの呼吸の剣士、継国縁壱という男がいた。だが結局、縁壱は無惨を仕留めることは叶わなかった。その後、炭売りの男に自身の呼吸と耳飾りを託した。それが炭治郎、お前の先祖だ。日の呼吸は神楽として受け継がれる形で今も遺る。それが『ヒノカミ神楽』だ。」
初めて知った『ヒノカミ神楽』の由来。
チリンと耳飾りが揺れる。父から託された日を象る耳飾り。
それが熱を持っているように感じる。受け継がれてきた想いの日が籠っているような気がした。
「俺が知るのはこれぐらいだ。だが、縁壱は当時の炎柱に自身の呼吸について話していたはずだ。それは手記となって残っていると聞く。そこにならより詳しいことが書かれているはずだ。」
「おお!あれか!父はよくそれを読んでいたが、俺は読んだことはない!そこには日の呼吸について記されていたのか!」
「ああ。」
「ならば、溝口少年!あとで俺の生家の煉獄家に来るといい!手記を見せよう!」
「!?俺は竈門です!ありがとうございます!よろしくお願いします!」
ガバリと炭治郎は頭を下げる。
炎柱の煉獄さん。面倒見のいい親切な人だなぁ…。
ふいにガタンゴトンと汽車の動く音がした。
「炭治郎。善逸。伊之助。」
「はい。」
「これは先ほど煉獄にも言っておいたことだが、夢に囚われるな。」
「?」
「幸せな夢の中にいたいと思うだろう。だが、夢は所詮、夢だ。俺達はどれほど現実に打ちのめされようと、前を向き生きなければならない。夢の中での自身の死が現実への目覚めとなる。忘れるな。」
「はい。」
なぜ、義勇さんは急にそのようなことを言ったのか。それはどういう意味なのか。俺には分からなかった。けれど、その言葉はやけに心に染み渡っていくような気がした。
パチンと車掌さんに切符を切られる。
そこで炭治郎の世界は変わった。
**
「義勇。」
呼ばれた声に振り返る。
「蔦子姉さん。」
そこには最愛の姉の姿。
そして、その奥に――…。
「「義勇。」」
「父さん!母さん!」
バッと駆け寄り、抱き締める。涙が次から次へと溢れてきた。
「もう。義勇ったら、もういつまで経っても甘えん坊なんだから。」
「いいじゃないか。親にとって子供はいつまで経っても可愛いものだ。」
優しい温もり。優しい世界。
ああ。これは夢だ。優しくて残酷な夢だ。
両親は病で死なず、姉は鬼に襲われることもなく、俺も鬼狩りとして刀を振るうこともない。
とても優しい夢。いつまでもここにいたい。
けれど、だからこそ行かなければ。
「父さん。母さん。姉さん。俺、行かなくちゃ。」
「義勇?」
「優しくしてくれてありがとう。俺はここにはいられないけど、ずっと大切に想っているから。」
ふいにぎゅっと抱き締められた。
「それは義勇にとって、とても大切なことなのね。」
「母さん。」
「俺達はずっと何があってもお前の味方だ。」
「父さん。」
「「「――いってらっしゃい。義勇。」」」
そっと背を押し、優しい笑顔で見送ってくれる。そのことにまた涙が零れそうになる。けれども、決して涙を零さぬよう我慢する。
「いってきます。」
最期は笑顔で家族に別れを告げたかった。
失ったものもある。
けれど、だからこそ得たものもある。
俺は進む。前へと。ただ託されたものを胸に。
**
ずっと夢を見ていたい。とても幸せな覚めることのない夢を。
少女には大切な家族がいた。優しく温かい両親、美人で心優しい姉と家族四人で幸せに暮らしていた。
けれども、その幸せはある日突然、何の前触れもなく崩れ去ってしまった。
両親が流行り病で亡くなった。姉は幼い私を養うために朝から晩まで休むことなく働いた。その無理がたたい、姉も両親が亡くなって数年としない内に死んでしまった。
私は一人になった。私には身寄りも無かった。
紹介された住み込みの奉公先で、奴隷のように扱われ、心身共に擦り減らしていた。
もう死にたいと思った。死ねば、大好きな家族が待っていてくれると思った。
そんな時だった。あの人が私の前に現れたのは。
あの人は私に素敵な夢を見せてくれた。家族と仲良く暮らしていた頃の夢。幸せだった。
あの人に命令された。「夢の中に入って精神の核を壊せ」と。
幸せな夢を見るためならば、他の奴らがどうなろうと知ったこっちゃない。
だって、私は今まで奪われてきたんだもの。奪ったっていい筈でしょ。
夢の端に行き、錐で空間を裂いて無意識領域へと入る。
そこには、どこまでも果て無く続く澄んだ水面が存在していた。なんて美しい。
「お前は本来、ここに来るべき者ではない。」
そこには、額に痣のある太陽を象った耳飾りを着けた男がいた。
物静かで、どこか哀しげな澄んだ瞳をした男だった。
「なんで無意識領域に人がいるのよッ!!」
それは聞いていた話と違った。
「私は義勇の無意識領域に巣食う亡霊。私はこの世界を守る者。」
「私達が生きていた世界はありとあらゆるものが美しい。この世界に生れ落ちることができただけで幸福だと思う。だから、お前は帰るべきだ。元いた世界へ。ここにいるべきではない。」
「ふざけないでッ!!アンタに何が分かるっていうのよ!!」
何も知らないくせに…!!私が一体、どんな思いで…!!
はあはあと肩で息をして、思いの丈をぶちまける。
男はただ、じっと私の話を聞いていた。
男の瞳はこちらが哀しくなるほど優しいものだった。
「うわぁぁぁあああん」
気付けば私は思いっ切り泣いていた。
いつぶりだろう。こんなに泣いたのは。
ずっと涙が枯れていた。泣いた所でどうにもなりはしないことを理解していたから。
男は優しく私の肩に手を置いてくれた。心地よい温もりだった。
優しさが枯れた心に染み渡っていくような気がした。
どこまでも果て無く続く澄んだ水面。そこに棲まう優しい人。
この世界はどこまでも温かかった。
私が夢の中に入った青年の心を表すように。
**
煉獄は夢を通して過去を見ていた。
『柱になったから何だ。くだらん…。どうでもいい。どうせ大したものにはなれないんだ。お前も俺も。日の呼吸の使い手の柱がいるのだからな。』
「父上…。」
水柱 冨岡義勇。
水の呼吸、そして一番最初に生まれた最強の御業たる日の呼吸の使い手。
冨岡はすごい男だった。
物静かでありながら、心の内に熱い炎を持つ男だった。
一度、冨岡の日の呼吸の剣技を見たことがある。
それはとても美しいものだった。
俺はそんな冨岡と同じ柱となり、共に戦えることを誇りに思った。俺も炎柱の名に恥じぬよう奮起しなければなるまいと思った。
だから。
こんな夢の中で燻っている場合では断じてない!
**
炭治郎は夢を見ていた。
それはとても幸せな夢だった。
禰豆子は日の下で青空の下で生きていた。家族の皆も幸せそうに笑っていた。俺も刀を持つことなんてなかった。
あの日、無惨さえ来なかったら。こんな風にありふれた幸せな日常が続いていた筈だった。
けれど、俺はもう戻れない。失っても前へ進むしかない。
義勇さんの言葉が蘇る。
『幸せな夢の中にいたいと思うだろう。』
…はい。
『だが、夢は所詮、夢だ。』
…はい。
『俺達はどれほど現実に打ちのめされようと、前を向き生きなければならない。』
はい…!
ありがとうございます。義勇さん。あなたがいたから、ここが夢だと気付けた。あの日、あなたがいてくれたから家族は生きることができた。あなたに導かれて、俺は家族を守る力を得ることができた。
『夢の中での自身の死が現実への目覚めとなる。』
あなたが示してくれた。
だから、俺は目覚めなければならない。
――義勇は
「……………!!」
――煉獄は
「はあああああッ!!」
――炭治郎は、
「うおおああああ!!!」
心の炎を燃やす。前へと進むため。夢から覚め、現実と戦うために。
**
「あああああ!!」
ガバリと炭治郎は目を覚まし、起き上がる。
汗がドッと湧き出ていた。思わず夢で斬った自身の首の感触を確かめる。脈がある。生きている。戻って来れた…。
「…う。起きたか炭治郎。」
「義勇さん!」
「よもや!鬼の血鬼術にかかってしまうとは!柱として不甲斐なし!」
「煉獄さん!」
そこには同じく目を覚ましていた義勇さんと煉獄さんがいた。
手首が繋がれた縄を禰豆子の血鬼術で燃やしてもらう。けれど、頬を叩き、揺さぶるも善逸と伊之助は目を覚まさない。
「義勇さん…!!煉獄さん…!!一体、どうしたら…」
「よもや!」
「落ち着け、炭治郎。禰豆子。切符を燃やせ。そうすれば、目を覚ます。」
「ム!」
ふいに錐を持った少女が俺達を襲う。
他にも錐を持った人達が俺達を取り囲んでいた。けれど、その中にただ二人、涙を流す人がいた。
「もうやめて…!」
涙を流した少女が義勇さんを庇うように前に立つ。
「おねがい…!この人を傷つけないで…!!」
「何してんのよ、あんた!夢を見せてもらえなくなってもいいわけ!?元の、家族もいない、奴隷のようにこき使われる生活に戻りたいの!?」
ふるふると頭を振りながら、涙を流し、震えながらも、それでも義勇さんを守ろうと前に立っている。
ああ。この子はきっと義勇さんと繋がっていたのかな。彼の心はきっと優しくて温かかっただろうなぁ。
「ありがとう。」
義勇さんは少女の肩に優しく手をやると、瞬く間に錐を持って向かってきた者のみ意識を失わせ、寝かせる。
ジッと義勇さんは少女に目を合わせた。
「もう大丈夫か。」
「うん。ありがとう。あなたと無意識領域で会った耳飾りの男の人。あなた達のおかげで私も前を向ける。」
「そうか…。」
縁壱…。お前が守っていてくれたのか。…ありがとう。
「気を付けてね。」
「ああ。」
「猪突猛進!!」
切符が焼かれたことにより伊之助、そして不完全ながらも善逸も目を覚ました。
「炭治郎。禰豆子。善逸。伊之助。煉獄。この汽車は鬼と融合している。俺と煉獄で乗客を守る。禰豆子と善逸は俺達の補助。炭治郎と伊之助。お前達は感覚が鋭い。石炭室の真下にある鬼の頸。お前達で斬れ。」
「行くぞ。煉獄。」
「ああ!」
ドンッと音が響いたかと思えば、瞬時に肉塊が斬り払われ、あっという間に義勇さんと煉獄さんの姿が見えなくなる。
すごい。速い……!!
ハッとする。感心している場合じゃない。
義勇さんと煉獄さんは乗客を守ってくれる。俺達を信じて任せてくれた。その思いに報いるためにもやるべきことをやらなければ!
「伊之助、行くぞ!」
「たりめーだ!ギョロギョロ目ん玉と半々羽織に負けてられっか!」
前に行くにつれて匂いが強くなっていく。
石炭室の真下。義勇さんの言う通り、ここが一番匂いが強い。
――【ヒノカミ神楽 碧羅の天】
炭治郎の一撃が鬼の頸を切り裂いた。
瞬間。
凄まじい断末魔が響き渡り、のたうち回るように列車が激しく揺れる。
前方車両にいた義勇は、すぐさま出せる限り技を出す。
汽車は脱線し、怪我人こそ多いものの死者はいない。そのことにホッと息を吐き、義勇は怪我人の安全の確保に取り掛かる。
ドォンと辺りを切り裂く衝撃音が響き渡った。
**
突如として現れた上弦の参と煉獄さんの激しい攻防。
煉獄さんの左目からは血が流れ落ち、衣服からも血が滲んでいる。
――【炎の呼吸 玖ノ型・煉獄】
――【破壊殺・滅式】
土煙が舞う。
一体、どうなって…。煉獄さんは…。
土煙が晴れる。
そこには煉獄さんの腹を貫く寸での所で腕を斬り落とされた猗窩座の姿があった。
「すまない。煉獄。遅れた。」
「義勇さん!」
よかった。義勇さんが来てくれた。これなら…!
――【日の呼吸 伍ノ型 火車】
これが義勇さんの日の呼吸…!
なんて美しいんだろう。まるで、本当にそこに神様がいるかのように思える。
疲れも一切なく刀を振るっている。炭治郎のヒノカミ神楽の舞とはまるで異なる。同じ型なのに、動きがまるで違う。そこには一切の無駄がなく、精練されたものだ。
上弦の参を圧倒している。
猗窩座は弱者が嫌いだった。強者を好む。
なのに、なんだ。目の前のこの男の不快感は。
この男は強い。童磨と無惨様を寸での所まで追い詰めた鬼狩りだ。
にもかかわらず、神経に障る嫌悪感があった。
こいつにはまるで闘気を感じない。羅針が発動しない。まるで水とでも相対しているかのようだった。
加えてこちらを哀れむように見つめてくる。なんだ。何故、貴様がそのような目をする…!
「もうやめろ。」
「何…?」
「なぜ、お前は強さを求める。思い出せ。お前には守りたいものがあったはずだ。」
「――狛治。」
それは、とても澄んだ響きだった。
『俺たちは侍じゃない。刀を持たない。しかし心に太刀を持っている。使うのは己の拳のみ。』
やめろ。
『ハクジのハクはコレか。狛犬の狛かあ。なるほどな。お前はやっぱり俺と同じだな。何か守るものが無いと駄目なんだよ。』
やめろ。
『狛治さん。』
やめろッ…!!
「冨岡義勇。やはり貴様は不快だッ…!!」
――【術式展開 終式 青銀乱残光】
**
義勇さんからとても哀しい匂いがした。
鬼を思いやっている。
義勇さんは上弦の参を倒そうとしているんじゃない。救おうとしているんだ。
陽光が差し込む。
上弦の参が森の中へ駆ける。逃がさない…!
自身の刀を上弦の参に向かって振り投げ、突き刺す。
「逃げるな!!卑怯者!!向き合え!!」
煉獄さんは果敢に戦い抜いた。
義勇さんはお前を救おうとしたんだ。
だから、お前も逃げるな!向き合えッ!!
猗窩座は走り去り、森の中へ消えた。
日の光が照らす。
けれど、俺達の心はどこかポカリと穴が開いたままだった。
それから俺達は後に来た隠により蝶屋敷へと運ばれることとなった。
「れ、煉獄さん…。怪我は…。すみません。俺にもっと力があれば…!」
煉獄さんの左目は潰れ、肋骨も砕け、内臓も傷ついていた。
煉獄さんはその怪我により柱を一時、退くこととなってしまった。
「気にするな。竈門少年。上弦を相手に誰も死ななかった。それは何よりも誇るべきことだ。」
「でも……!!」
「自分の弱さを悔いるのならば、強くなれ。心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け。」
弱いことが悔しい。
力になれなかった自分が不甲斐ない。
強くなりたい。もっと。もっと。
義勇さんや煉獄さんのように皆を守れるように強く―――…。
「はい…!」
前を向く。
思いに応えるように炭治郎は強く頷いた。
次回は遊郭編を予定…しているんですが、かなり行き詰っています。
上手いこと全体の構成が思いつかない。たとえ、できたとしても、すごく短くなりそう…。
というか、投稿できるかどうかも、あやふやです。
もしかしたら、遊郭編をすっ飛ばして、前半部分がある程度構成がしっかりとできている刀鍛冶編にいくかもしれません。