このシリーズで、こんなにも恋愛描写を書いたのは、この話が初めてです。今までも若干、ぎゆしの描写があったけど!
また、今回の話は急に降って湧いてきた話です。
そのため、これまでの話と若干、矛盾点が見受けられたため、十一話目の後書きにある大正コソコソ噂話を修正しました。
加えて、原作が終了し、青い彼岸花の正体が明らかになったことで、六話目も加筆しました。
原作終了前に、しかも、大雑把に行き当たりばったりで書いていくからこうなる、という…。
「伊黒は甘露寺に告白しないのか…?」
「は?」
柱稽古の一環として行われた柱同士の手合わせを伊黒と義勇が終えた折。
蛇柱邸。
冨岡の口から唐突に、なんの脈絡もなく発せられた言葉。
その言葉に伊黒の口から常には無い呆気に取られたような声が漏れた。
何を言っているのだろうか。この男は。
甘露寺に想いを告げることなどできる筈もないというのに。この身は穢れに満ちているのだから。
**
それはこの身に深く深く刻み込まれた決して消えぬ罪の証―――…。
俺の一族は蛇鬼が人を殺して奪った金品で贅沢な暮らしをする業突く張りの醜い一族だった。そして、その代わりに赤ん坊が大好物だというこの鬼に、生贄として生まれた赤ん坊を捧げていた。
俺は生まれた時からずっと座敷牢に入っていた。一族の者は皆、猫撫で声で気色が悪い程に親切だった。
俺は十二になって、初めて座敷牢から出され、この蛇鬼と対面した。
それからは、ただ逃げることだけを、生きることだけを考えていた。簪で木の格子を削り続けた。
やっとのことで逃げた先で、俺は当時、炎柱であった煉獄の父、煉獄槇寿郎と鬼殺隊の『戊』であった冨岡に保護された。
冨岡は俺の裂かれた口の痕を痛ましそうに見つめ、触れた。初めて感じた優しい人の温もりだった。
「遅れてすまなかった。」
そう言って、冨岡は深く俺に頭を下げた。
冨岡が頭を下げる必要などなかった。この男に非などある筈もない。十分すぎるほどに助けられた。
俺の一族は皆、生きていた。冨岡が蛇鬼を斬り、俺達一族を助けた。
けれども、深い傷を負った者もおり、また、蛇鬼に殺されかけた衝撃からか皆、ひどく怯えた様子だった。
俺の姿を見た途端、従姉妹は目を吊り上げ、手を振り上げた。
叩かれると思った。
パシンと鈍い音が響いた。
けれど、痛みはいつまで経っても来なかった。見れば、冨岡の頬は叩かれた衝撃で赤く腫れていた。俺は冨岡の背に庇われていた。
「何よ!なんで、こんな奴なんか庇うのよ!こいつが逃げたせいで私達は殺されかけて酷い目に合ったのよ!生贄のくせに!!大人しく喰われてりゃ良かったのに!!あんた達も同罪よ!!あんた達が出しゃばらなきゃ私達はこんな目に合うことも無かったのに!!」
違う。冨岡に責められるべき事などある筈もない。
ぱくぱくと言葉は声へとならなかった。従姉妹の言葉が嫌という程、俺の心を抉った。
冨岡はただ従姉妹の罵詈雑言を受け入れていた。
その澄んだ蒼い瞳は凪いでいた。
「とみっ…」
「すまない。伊黒。」
再び冨岡は静かに俺に詫びた。
冨岡のこの言葉を最後に、俺達は島を出た。
その後、俺は煉獄家へと引き取られた。しばしの間、冨岡も煉獄家に滞在した。
「うむ!君が伊黒小芭内か!俺は煉獄杏寿郎という!よろしくな!」
俺を助けた男に酷似した炎のように熱い男だった。
それからの煉獄家での日々はとても充実したものだった。
偉大な槇寿郎さん。可愛らしい千寿郎。厳しくも美しく優しい瑠火さん。優しく強い冨岡と煉獄。
彼らと共に過ごせることが何よりの幸せだった。
俺と煉獄は年の頃をほぼ同じくした。
煉獄はまだ選別を受けておらず、日々鍛錬していた。むしろ、その年で鬼殺隊の上の階級にいる冨岡の方が特異なのだろう。
俺は鬼狩りを志した。
屑の一族に生まれた俺も、また屑だ。ただ生きたいという思いで、一族の者を見捨てた。優に俺が逃げれば一族の者がどうなるかなど考えが及ぶことであるのに。
背負う業が深すぎて普通の人生を歩む資格など無かった。
俺は炎柱の槇寿郎さんの下、炎の呼吸を学んだ。
けれども、俺は炎の呼吸を修得することは叶わなかった。
呼吸することすらおぼつかず、肺が悲鳴を上げた。
惨めさと悔しさで視界が歪む。胸が焼き焦がれるかのようだった。
「伊黒。お前に炎の呼吸は合わない。諦めろ。」
「………っ!」
その言葉にヒュウッと息を呑む。心臓が掴まれるような心持だった。
「お前は流麗でしなやかな水の呼吸の方が向いている。といっても、お前は純粋な水の呼吸に適性があるわけではない。お前はあまり筋力をつけられない。だが、代わりに手首の柔らかさ及びその可動範囲が広い。柔軟性と速さに重きを置く水の派生の蛇の呼吸に純粋な適性がある。」
そう言われ、教わった蛇の呼吸は驚くほどに伊黒の身体に馴染んだ。
後に、俺はこの蛇の呼吸で鬼を斬り、選別を突破し、鬼殺隊の隊士となることが叶った。
そうして、絶え間なく鬼を斬り続け、俺は蛇柱へと就任した。
冨岡は不思議な男だった。
いつも俺達が見ることの叶わない遠くを見ていた。
冨岡は鬼殺隊最強の剣士と謳われるほどに強く、数多の醜い鬼を斬り、命を救った。
その姿は、醜い血の流れた俺にとって何よりも眩いものだった。
けれども、ただ一つだけ理解できないことがあった。
冨岡は優しい男だ。醜い鬼にさえも慈悲の心を持つ。
後に知った。冨岡は祝言を翌日に控えた姉と共に鬼に襲われた。けれども、決して逃げることはなく、鬼と果敢に戦い、姉を守り通した。
一族を見捨て、逃げた俺とは雲泥の差だ。
けれど、冨岡も醜い鬼に幸せを奪われた。にもかかわらず、なぜ鬼を哀れめるのか。
一度、問い質したことがある。けれども、やはり理解が及ばぬことだった。
煉獄杏寿郎。
ずっと共に過ごした仲だ。
炎を纏うこの男は、伊黒にとって眩い光そのものだった。
煉獄の傍にいると、暗闇の中にいる自分でさえも温かな気持ちになれた。
――そして、幾度となく季節が巡り、桜が咲き誇る春。
俺も蛇柱としての任に随分と慣れた頃のことだった。
初めて瞳に映したその少女は満開の桜のように美しく、俺は最初、桜の精と見間違う程だった。
「あのっ。私、本日付けで恋柱に就任することになった甘露寺蜜璃っていいます。それでそのっ、お館様にご挨拶をと思ったんですけど、あわわわわ、ちょっとまよってしまいましてっ!」
彼女はあまりにも普通の女の子だった。
ささいなことではしゃいで、鈴を転がすように笑う、その愛くるしい笑顔。
その姿に救われた。甘露寺といると、まるで自分も普通の青年になれたようで幸せだった。
それと同時に、これほどまでに可憐な普通の女の子の甘露寺までもが戦わねばならないこの世界が、鬼の存在が憎くて堪らない。
一刻も早く、全ての鬼を斃し、甘露寺が運命の殿方と平和に暮らせる尊い未来を願う。
そして、その隣にいるのは俺ではない。俺にその資格はない。
本来ならば、何よりも尊く大切な存在である冨岡とも、煉獄とも、そして甘露寺とも傍にいることすら許されない穢れた身なのだから。
**
「…お前こそどうなんだ。胡蝶妹に告白しないのか。」
冨岡としのぶが互いに想い合っていることなど周知の事実だった。むしろ、恋人同士でないことの方が不思議な程だ。
俺と冨岡は違う。冨岡は穢れの無い尊い身だ。愛する者の傍で幸せを掴んで欲しい。
結果として、俺は冨岡の問いから逃げた。
冨岡は微笑んでいた。その笑みはどこか儚く、水に溶けていきそうだった。
「とみ…」
「甘露寺の『記憶』を見た。」
けれど、次に発せられた言葉は決して聞き逃せないものだった。
「どういうことだッ!何故、甘露寺が…!いや。この際、それは置いておく。それよりも、貴様、何を見た!?今すぐ仔細を語れ。余すことなく全て…!!」
ギリギリと冨岡の胸倉を掴んだ手に力が込められる。
対する義勇の表情は凪いだままだ。
「甘露寺は涙を流していた。お前の腕の中で。お前達は互いに想いを交わし合い、来世で共に幸せになることを誓い合って息絶えた。」
「……ッ!」
「俺はお前を苦しめ続けている咎を知っている。それは俺が背負うべきものでもあるから。」
「冨岡…。」
「だが、俺はお前達には幸せになってほしい。来世ではなく、今世で…。」
その言葉は、伊黒に刻み込まれた傷に優しく染み渡っていくかのようだった。
**
「あ!伊黒さーーん!!」
「――…甘露寺。」
甘露寺が、こちらに溢れんばかりの笑顔を向け、ピョンピョンと走って来る。
その姿はいつ見ても愛くるしい。
共に通い慣れた定食屋の個室に入り、席に着く。
並べられた沢山の料理をパクパクと平らげていく甘露寺を見つめ、鈴を転がすように楽しげに語る話に時折、相槌を打った。
口元の傷のこともあり、伊黒はあまり食事を取ることを好まない。けれど、そんなものを取らずとも甘露寺が楽しそうに食べる姿を見るだけで自然とそれ以上に満たされた気持ちになった。
甘露寺から語られるのは、つい数日前から柱稽古に参加できるようになった竈門炭治郎のことだ。
伊黒自身、炭治郎のことは認めている。その成長速度には目を瞠るものがあるし、遊郭の件では大いに貢献した。
だが、愛しい女性からあいつの名前が出るのは、実に気に食わない。ただ、それだけだ。
「甘露寺。君に伝えたいことがあるんだ。」
甘露寺が食後の桜餅に舌鼓を打った後、伊黒は切り出した。
告げるのは、自身の罪の記憶だ。
俺は穢れた身だ。美しく穢れの無い甘露寺の隣に立つことは許されない。そのことに、恐怖で身体が震えた。
冨岡に告げられた自身の最期の『記憶』が過る。
それを聞いた時は、ただ羨ましかった。甘露寺に受け入れられ、共に傍で死ぬことができた自分が。嫉ましいほどに。
けれど、無様にも甘露寺を死なせた『記憶』の中の自分が許せなかった。
冨岡から聞いた時から誓っていた。必ず甘露寺を守ると。絶対に死なせはしないと。
俺は『記憶』の通りにはならない。
『俺はお前達には幸せになってほしい。来世ではなく、今世で…。』
そして許されるのならば――…。
「甘露寺。俺は人を殺して私腹を肥やす汚い血族の人間だ。屑の一族に生まれた俺もまた屑だ。助かるために一族の人間を見捨てた。まず一度死んでから、汚い血が流れる肉体ごと取り替えなければ、君の傍らにいることすら憚られる。だが「そんなことないッ…!!」、」
伊黒の言葉を甘露寺が声を上げて遮る。
その声はとても強い響きに満ちていた。
「伊黒さんはとっても優しいもの!絶対に汚くなんてないっ!たくさんの命を救ってる!伊黒さんはとっても優しくてカッコイイ人なんだから!初めて会ったお館様のお屋敷で迷ってた私を助けてくれた。私に縞々の長い靴下をくれた。伊黒さんと食べるご飯が一番美味しいの。だって伊黒さん、すごく優しい目で私のこと見ててくれるんだもん。どんなに伊黒さんが自分のことを否定し続けても、絶対、私が何があっても肯定し続けるわ。だから、そんな風に言わないで。だって、だって…、わたしっ…私、伊黒さんが好きなんだもん…!」
「甘露寺…!」
ギュッと甘露寺の身体を抱き締める。
自然と瞳から涙が溢れて止まらない。
「俺も君が好きだ。君が俺でいいと言ってくれるなら。絶対に幸せにする。死なせない。必ず守る。今も、これからも、そして生まれ変わってもずっと君と生きていたい。」
「うん…!!」
甘露寺の手が口元の包帯へと触れ、スルリと解かれていく。
傷口に甘露寺の唇が触れた。次いで唇と唇が重なり合う。
「汚くなんてない。綺麗よ。」
「甘露寺…」
それは、まるでこの身にかかった呪いが美しい娘の口づけで解けていくかのように。
永きに渡る呪縛の鎖が解けていく。
どちらからともなく、自然と互いに唇を重ねる。
初めて会った時に見えた桜の花が舞ったように思えた。
初めて書いたおばみつです。
おばみつ尊い…!!
今回の話もこんなにも長くなるつもりはなかったんだけどなぁ…。
あれよあれよという間に一話分に…。
次回はちゃんと無惨襲撃まで行けるかなぁ。三度目の正直で!