残りの21歳組のさねカナとぎゆしのです。
だいぶ夜も深まって来た。空には三日月が既に姿を現している。
実弥は、柱稽古にて相も変わらず無能な隊士達を扱きまくり、また、本日は柱稽古の一環にて実弥は冨岡と手合わせをした。
冨岡との手合わせは充実したものだった。あいつとの手合わせは自分が強くなっていくのを実感できる。とはいうものの、まだまだ冨岡には敵わず、伸されることが多いが。
圧倒的な実力差が悔しくて堪らない。だが、負けねェ。ずっと追いかけてきたんだ。その背を。俺も冨岡みたいに大切な人を守れるような男になれるようにと。
禰豆子が太陽を克服したことで、無惨との決戦は近い。必ず、奴を討つ。お袋を鬼へと変えた憎き無惨を。
今度こそ、俺は強くなって守り抜くんだ。
実弥は家族の待つ風柱邸への帰路につく。
邸の前に立てば、家族の笑い声が聞こえてきた。その声に実弥も笑みが零れる。
扉を開ける。
「帰ったぞォ。」
「おかえり!実弥兄ちゃん!」
「おかえり。実弥。」
「おかえりなさい。実弥君。」
弟妹達、お袋、カナエが笑顔で出迎えてくれる。
―…ん?カナエ…?
「って…!なんでテメェがここにいやがる!?カナエ!」
「まぁ、いいじゃない。それよりも早くしないと。お夕餉、冷めちゃうわよ。」
「おい!」
グイグイとカナエは実弥の腕を引っ張っていく。
なんて力だ。さすがは花柱といった所か。
かくいう実弥であれば、難なく振りほどける程度の力なのだが。しかし、あまつさえ惚れている女だ。力づくで振りほどくのは、あまり気が進まない。
まァ、このままでもいいかァ…。
そう思っていたら、廊下の隅で弟妹達がニヨニヨと笑っているのが見えた。
アイツら…。後で覚えてろォ…!
カナエに引っ張られるままに食卓につき、よく状況が飲み込めないままに夕餉を食べ始める。
「ふふっ。カナエちゃんは料理が上手ね。この煮付け、いい味が出てる。」
「ありがとうございます。お母様も。このお吸い物、本当においしいです。どんな出汁を使っているんですか?」
「ああ。それはね…。」
まァ。カナエとお袋が朗らかに笑い合う姿は見ていて和むが…。
「ねぇねぇ!カナエ姉ちゃんはいつ実弥兄ちゃんのお嫁さんになってくれるの?」
突然の爆弾発言。
妹のその言葉に口の中のものを噴き出しそうになるのを必死に抑える。
「おい!揶揄うのもいい加減にしろォ!」
「わーー!!実弥兄ちゃんが怒った~~!!」
キャーーと笑いながら悲鳴を上げ、顔を真っ赤にする実弥から弟妹達は逃げ惑う。
その様子をカナエと志津はニコニコと眺めていた。
ひと段落して、実弥は縁側に座る。
なんだかドッと疲れた。ハァと深いため息を吐く。
「お疲れ様。実弥君。」
「カナエ…。楽しそうだなァ…。」
カナエも実弥のすぐ傍に腰を下ろす。その表情は屈託のない笑顔を浮かべていた。
「だって。嬉しいもの。実弥君が私の夢を叶えてくれたから。」
「カナエ…。」
よくコイツは言っていた。
『鬼も人も仲良くできたらいいのに。』と。
ハッ。とんだ夢物語だ。鬼は人を喰らう醜い生き物だ。俺はその目で幾度となく、鬼に理不尽に喰われ、幸せを壊された者達を見てきた。
けれど、一方で心にずっと鬼となったお袋の存在があった。鬼が憎い。だが、鬼を否定することは、鬼となったお袋をも否定することになりはしないかと矛盾した想いを抱えていた。
そんな中で、カナエの願いは真っ直ぐで眩しかった。
気付けば、その姿を目に追っていた。
妹達と笑い合う姿。稽古に懸命に励む姿。優しい手で誰かを治療する姿。
後に気付いた。俺は恋をしていたのだと。そして、年月をかけ、その想いは結び、俺達は恋人となった。
「禰豆子ちゃん達の処遇を巡る柱合会議の時だったかしら。」
「何の話だ…?」
「実弥君を好きになったの。迷いなく鬼の禰豆子ちゃんの存在に命を賭ける真っ直ぐな姿を見て、私は恋に落ちたのよ。」
「そォかい。」
ぷいっと実弥はそっぽを向く。
覗く耳は真っ赤に染まっていた。かわいい。
そんなことを思ったら、実弥君に怒られそうだけど。
カナエは実弥に寄り掛かる。
恋人との優しい時間。
夜空が二人を覗いていた。
**
それはだいぶ夜の闇が深まった頃。
しのぶの部屋に
「何を見ているんです?」
「月を。」
闇夜に浮かぶ月はただ一つの眩い光だ。けれども、どこか寂しそうにも思える。それは月を見つめる彼の表情がそう思わせるのかもしれない。
「月が綺麗ですね~。
きっと、朴念仁な彼はこの言葉の本当の意味を知らないだろうけれど。
「とある著名な文豪の言葉だったか。」
「あら。驚きました。ご存知だったんですか?」
「ああ。だが、俺は死んでもいいとは言えないぞ。しのぶ。」
ギュッと抱き締められ、肩口に顔をうずめられる。
「無惨を討つまでは俺は死ねない。」
「はい。」
「お前も死ぬな。しのぶ。」
「はい。」
「…お前から藤の香りはしないな。」
「…ええ。大丈夫です。」
このやり取りにも随分と慣れたものだ。
視線が重なり合う。それはとても熱っぽい。
布団に身体が沈み、重なっていく。
そんな二人の姿を夜だけが見つめていた。
**
深い夜の逢瀬。
それは今から一年以上前のことだった。
しのぶは藤の花の毒を飲むことに決めた。
上弦の弐が憎かった。
愛しい人を、大切な姉を傷つけて、今もなお、平然と生きている上弦の弐が。
けれども、上弦の強さは少なくとも柱三人分の力に匹敵し、鬼の頸を斬ることのできないしのぶでは、倒すことは不可能。
ならば、自身を藤の花の毒で満たし、あえて喰らわれることで弱らせ、託そうとした。
けれど、結果として、しのぶがその藤の花の毒を飲むことは無かった。
藤の花の毒に手を出そうとしたとき、しのぶはカナエに思いっ切り引っ叩かれた。そして、物凄い剣幕でしのぶを怒鳴りつけた。
いつも朗らかで優しく、笑みを絶やさない姉さん。そんな姉さんのあんなに怒った様を見るのは初めてだった。
そして、諭された。姉さんは涙を流していた。
考えなかったわけじゃない。きっと、この選択は大切な人を悲しませるって。
けれど、それよりも上弦の弐が、無力な自分が憎くて憎くて仕方が無かった。
「蟲柱 胡蝶しのぶ。私は花柱としてあなたを補佐する身。しかれば、己の死を前提とした策など認められる筈もありません。…足掻きなさい。足掻いて、足掻いて…生きてあの鬼を討つの。あなたが足りない分は私達が補います。しのぶ。あなたは一人じゃないのよ。」
その言葉にハッと目の覚めるような気持ちがした。
ごめんなさい。姉さん。ごめんね、カナヲ、アオイ、きよ、すみ、なほ。――義勇さん。
もう大丈夫だから。
その夜のことだった。義勇がしのぶの自室に訪れたのは――。
義勇はしのぶの部屋に入るや否や、唐突にしのぶを抱き締めた。そして、スンッと匂いを嗅いだ。
「藤の香りはしないな…。」
その言葉に彼の『記憶』の中のしのぶは、藤の花の毒を飲み、あの鬼に喰われて死んだのだと察した。
両頬を掴み、義勇の顔を窺い見た。
それはまるで迷子の子供のようだった。
「…大丈夫。大丈夫ですよ。私は死にません。絶対に。あなたを置いて逝きませんから。」
ギュッと腕を背に回す。
そして、どちらからともなく唇が重なり合い、身体が沈んだ。
それから、この夜の秘密の逢瀬はしばしあった。
明確な言葉があったわけじゃない。けれど、彼と肌が触れ合っていると、不思議と彼の想いが伝わってきた。それは、私も同じだった思う。
身体も、そして心も深く深く、私達は繋がり合っていた。
けれど、今宵はどこか義勇の様子が違って見えた。
まるで、彼が深い闇に溶けていきそうで怖かった。ただ離れたくなくて、彼を決して離さなかった。
朝の光が私達を照らす。
カア…とヨボヨボと震えた鴉が舞い降り鳴いた。たしか、この鴉…。義勇さんの鴉の…。名前は寛三郎さん…。
サッとしのぶは肌を隠す。頬が見る見るうちに赤く染まっていくのが分かる。
義勇と長年連れ添った相棒に、このような場面を見られるのは、何とも言えぬ羞恥がある。かく言う片割れの朴念仁の義勇さんは気にした様子もなく、鴉からの伝令の文を読んでいるけれど。
「お館様よりの報せだ。俺は行く。」
「はい。」
ふいに顔が近づき、唇が軽く触れた。
「無惨との決戦は近い。無惨を斃したら、しのぶ、お前に言わなければならないことがあるんだ。聞いてくれるか。」
「はい。もちろん。」
スッと義勇の指に自身の指を絡める。
「指きりげんまん。約束です。」
「…ああ。」
そこには、たしかな未来の約束があった。
そうして、義勇さんはお館様のお屋敷に赴いて行った。
だけど、思いもしなかったの。それが、あんなことになってしまうなんて。この時の私は思いもしなかったんだ。
「緊急招集―――ッ!!緊急招集―――ッ!!産屋敷邸襲撃ッ…。産屋敷邸襲撃ィ!!」
激しい爆発音が轟く。
しのぶはただ己の目の前でお館様の屋敷が爆発に呑み込まれるのを見てるしかなかった。
**
「…初めましてだね。鬼舞辻……無惨…。」
「…何とも醜悪な姿だな。産屋敷。」
静かな夜だった。そこには風一つ吹くことなく、ただ静寂のみが支配している。
産屋敷邸。
そこで、鬼殺隊の長たる産屋敷耀哉は鬼の始祖 鬼舞辻無惨と相対していた。その姿はまるで対のようだった。
千年間、私達が追い続けてきた鬼の始祖。
根深い憎しみ、怒り、そして、どこか感慨のようなものを耀哉は感じていた。
フッと五日前のことを思い起こす。
病の進行で床を動くことすら叶わなくなり、最早余命幾許もない。
彼の傍には、義勇と行冥の姿があった。
「五日…以内に無惨が…くる…。私を…囮にして…無惨の頸を…取ってくれ…。」
この残り少ない命でせめても無惨に打撃を与えることが叶うように。少しでも、私の子供達の力になれるように。どうか、もうこれ以上、私の大切な子供たちが死なないようにと願って―…。
「他の…子供たちは…私自身を…囮に…使うことを…承知しないだろう…。君達にしか…頼めない…。義勇…。行冥…。」
「御意。お館様の頼みとあらば。」
「……御意。」
義勇の表情はこれ以上なく歪められている。
きっと、耀哉が己の命を囮に使うことに心を痛めているのだろう。義勇はとても優しい子だから…。
義勇も行冥も自身の想いを押し殺しても、耀哉の願いを聞いてくれた。強くそれでいて優しい子達だ。彼らの『父』となれたことをとても誇りに思う。
「…義勇。君の…『記憶』の中で……無惨は…倒せたかな…。」
「…はい。しかと。その身が太陽に灼かれ、灰となって消え逝く様を。たしかに目にしました。」
「…そう。よかった…。」
それを知れて。これで、安心して逝ける。
あの日のことに思いを巡らせ、耀哉はフッと笑みを漏らす。
「永遠というのは人の想いだ。人の想いこそが永遠であり、不滅なんだよ。現に継国縁壱の想いは義勇へと、そして義勇から炭治郎へと繋がれている。」
その言葉に、今まで耀哉の言葉をただ流すだけだった無惨が、初めてピクリと反応を示した。
「そんなに義勇が怖いかい?無惨。」
「……!貴様ッ…!」
顔に青筋が浮かび上がる。
「君はね、無惨。何度も何度も虎の尾を踏み、龍の逆鱗に触れている。本来ならば、一生眠っていたはずの虎や龍を君は起こした。彼らはずっと睨んでいるよ。絶対に逃がすまいと。この…人の想いと繋がりが君には理解できないだろうね。無惨。」
無惨はただ生きることだけに固執している生命体。故に、千年もの長きに渡り、太陽の克服と青い彼岸花を求め、不滅と永遠を求め続けてきた。
無惨にとっては自分という個が全て。想いの繋がりは存在しない。
「私達は見つけたよ。君が千年間、探し求めてきた青い彼岸花を。」
「!!」
「どれほど時間をかけたとしても、それは君には決して見つけられないだろうね。人を否定する君には。」
「下らん。それで話は終わりか?」
「ああ…。こんなに話を聞いてくれるとは思わなかったな…。ありがとう。無惨。」
最期まで始終、耀哉は穏やかな笑顔を浮かべていた。
ドンッと激しい音と共に爆炎が邸を包み込んだ。
**
「…んっ。」
パチリと耀哉は目を開ける。
目は最早、そこに景色を映すことはできない。けれども、生い茂る木々を感じた。ここは森だろうか。
左胸に手をやる。ドクンドクンッとたしかに心臓の鼓動を感じた。生きてる…。どうして…。
「あなた…。」
妻の声が聞こえた。
無惨と対峙したのは、耀哉のみだった。妻と娘二人も耀哉の傍を離れようとはしなかった。けれども、決して耀哉はそれを良しとはしなかった。特に義勇から『記憶』を聞いたからには。犠牲は私だけで十分だ。
「なぜ…。私は……」
「お館様。」
水の如く染み入るような声だった。
「義勇。」
「命に背き、申し訳ありません。けれど、俺はあなたに死んでほしくはなかった。それに誓いましたから。記憶の中の悲しみを失くせるよう励むと。」
その言葉にこの子と初めて会った日のことを思い出した。
とても優しく、強い芯を持った子だった。
誰が責められるだろうか。この子のしたことを。この子の優しい思いを。誰が否定できるだろうか。
「…ありがとう。義勇。」
少し義勇の纏う空気が和らいだのを感じた。
草が擦れる音がした。
義勇達が歩む道はひどく険しい。
「…いってらっしゃい。義勇。」
「…!はいっ…。いってまいります。」
その背を見送ることしかできないけれど。私の子供たちの未来が明るいことを願って――…。
**
無数に枝分かれした棘が無惨の身体を貫き固定する。
無惨が棘を吸収しようとした瞬間。珠世の拳が無惨の腹を貫いていた。
「吸収しましたね。無惨。私の拳を。拳の中に何が入っていたと思いますか?鬼を人間に戻す薬ですよ。どうですか。効いてきましたか?」
「そんなものができるはずは……」
「完成したのですよ。状況が随分変わった。私の力だけでは無理でしたが。」
無惨の甘言に乗り、鬼となり、身内を喰い殺した後。珠世はただ自暴自棄になり、日々を過ごしていた。
何もかもどうでもいい。瞳に映る景色は灰色でくすんで見えた。
けれど、縁壱と対峙したあの夜。
珠世は闇をあっという間に滅し去るほどの圧倒的な眩い日の光を見た。
その瞬間、珠世の瞳に映る景色は鮮やかに色付いていった。
縁壱に逃され、導かれて鬼を人に戻すための薬の研究を始めた。
縁壱さん…。義勇さん…。実弥さん…。炭治郎さん…。禰豆子さん…。胡蝶さん…。産屋敷。
様々な人の協力があった。数多の人の想いが、希望が、願いが込められている。
「お前は今宵、必ず死して地獄に堕ちる。私は罪を償うためにもお前を殺す。そして、私は生きる。殺した以上に人を救わなければ。罪を償うために。」
「ふん。所詮は夢物語だ。今まで何百もの人間が私にその言葉を吐き散らかしたが、それが叶うことは決して無かった。気の毒なことだ。」
「いいえ!それは違う。お願いします!!」
「南無阿弥陀仏。」
「…………。」
その言葉と同時に、悲鳴嶼が無惨の頸を斬り、義勇は無惨の身体に吸い込まれていた珠世の腕を斬り落とした。
義勇は呪符を頭に付け、無惨から切り離した珠世を兪史郎へと預ける。
「義勇。よくぞ珠世様を守った。礼を言ってやる。」
「…いらない。礼なら無惨を斃し、全てが終わってからにしろ。」
「…違いない。」
続々と柱達が集って来る。
――【霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り】
――【蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ】
――【蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り】
――【恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪】
――【花の呼吸 肆ノ型 紅花衣】
――【音の呼吸 壱ノ型 轟】
――【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】
――【日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽】
――【霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海】
――【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】
――【風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風】
――【ヒノカミ神楽 陽華突…】
ニヤリと無惨が嗤った。
ベンッという琵琶の音と共に、皆の足元に襖が開く。
「これで私を追い詰めたつもりか?貴様らがこれから行くのは地獄だ!!目障りな鬼狩り共。今宵、皆殺しにしてやろう。」
「地獄に行くのは、お前だ。無惨。絶対に逃さない。必ず倒す。」
「お前は俺達が必ず倒す。あの夜、やり遂げられなかったことを必ず。」
「やってみろ。できるものなら。竈門炭治郎!!冨岡義勇!!」
襖の中に吸い込まれていく。
長い夜が始まりを告げる。
やっと無惨襲撃に行けた~~!!三度目の正直!
最近、ヒロアカの轟焦凍成り代わりを書きたい衝動に駆られてます。けど、荼毘の正体と最終回を迎えるまで、絶対に書けない…。
鬼滅にて、最終回前に小説を書いて、修正に懲りた作者です。